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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と誕生日  作者: 橋本 直
第三十三章 『特殊な部隊』の年の暮れ
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第80話 事も無しの隊長室

「今年も終わりか……2684年が終わる……まあ、一年なんてものはいつかは終わるものなんだけどね……そして来年が来る……それが良い年になるかどうかは別の事だけど」


 そこは司法局実働部隊の隊長室。別名『特殊な部隊』の隊長室。隊長である嵯峨惟基特務大佐は大きめの椅子から立ち上がりカレンダーを見ながらそんなことをつぶやいていた。

挿絵(By みてみん)

「おい、『駄目人間』アタシがここにいるのに気付かねーとは耄碌(もうろく)したか?見た目は25歳なのに頭はもう爺さんになったか?まあ、それなら風俗通いもしねえだろうから隊に変な病気を持ち込むこともねー。アタシとしては万々歳だ」


 隊長の机の前にはカウラの誕生日お祝いイベントから戻ったランが後ろに管理部長の高梨渉を引き連れて立っていた。


「兄さん、とりあえず座るよ。まあ、兄さんだって油断をする事もあるから人間なんだと思いますよ。それにクバルカ中佐は本当に気配をさせずに近づいて来るんで、僕も声をかけられるたびに心臓が止まる思いですよ。いくら前線指揮担当者でもその殺気を消して人に近づく癖はなんとかした方がいいと思いますよ」


 高梨は昨日嵯峨の娘で隊に間借りしている法術犯罪専門捜査隊である法術特捜主席捜査官の嵯峨茜が、この普段は埃だらけのこの部屋を掃除したことを知っていたので、人呼んで『茜お嬢さんの消毒済み安心ソファー』に腰かけた。


「ランも座れよ。年末くらい穏やかに過ごしたいもんだ……今年はやるべきことはやった……そういう俺達なんだ。いまさら人からサボってるとか文句を言われても知ったことじゃないよ」


 そう言うと嵯峨はカレンダーから目を離してそのまま高梨とランが座るソファーの目の前に腰を落ち着けた。


「それより隊長の『武悪(ぶあく)』は隊長が付けた『全自動温泉卵製造器』として以外は使いもんになんねーぞ。あの無茶のあるほどのパワーのあるエンジンに機動機器も腕部や脚部のアクチュエーターも耐えきれねーからな。とにかくあの甲武国民が自らの先祖が作ったと言って今でも威張り散らしている『ゼロ戦』とそん色ない伝説の機体と呼んでる九七式のトラウマに駆られて甲武の技術部の連中は『エンジンはデカけりゃいい』としか考えてねー作り方をしているのが見え見えだ。あれもゼロ戦と同じでエンジン出力の不足を補うためにあらゆる性能を犠牲にした機体ってわけだ」

挿絵(By みてみん)

 ランはそう言って苦笑いを浮かべた。


 甲武国が27年前に始まり7年戦った第二次遼州大戦で常に主力シュツルム・パンツァーとして戦い続けた九七式。そのたぐいまれなる運動性と格闘性能はまさに『現代のゼロ戦』そのものだったが、その運動性能は第二次世界大戦の傑作戦闘機の零式艦上戦闘機と同じく『大出力エンジン出力を開発するだけの技術力が絶対的不足した状況で敵国の戦闘機を圧倒できる戦闘機を作る』という設計思想の副次的産物に過ぎなかった。


 その為に多くの性能を犠牲にすることによって成り立った零式艦上戦闘機の格闘戦能力と同じく九七式も多くの性能を犠牲にしたうえで初期の地球との戦いでの圧倒的戦果と数々の伝説を次々と打ち立てるシュツルム・パンツァーとなった。


 そもそも近接戦闘での戦闘を前提としているシュツルム・パンツァーであるにもかかわらず、九七式はエンジン出力不足を補うため必要最低限の装甲以外はろくな装甲も無く、航続距離を伸ばすために機銃弾を軽く被弾した程度でも誘爆することを覚悟の上でバックパックを大型化して熱核反応式エンジンの冷却棒の予備を装着していた。ゼロ戦が『逃げるは軍人の恥』とばかりに連合国の戦闘機の急降下についていくことが耐えない強度しか持たない機体構造を持っていたように、九七式の大気圏降下能力はその後の地球降下作戦では大きな足かせとなった。など『兵器に人間が合わせる』ことが当たり前の甲武軍以外は絶対に採用されないような設計思想がその驚異的性能による多大な戦果を支えていた。


 その設計思想は敗戦後、甲武の伝統の魂ともいえる身分制度にメスを入れようとする西園寺内閣の時代になった今でも変わってはいなかった。


 東和共和国と言う戦争と言うものを異常に嫌う遼州人の国が開発し、パイロットの人命を第一に考える設計の『方天画戟』に乗り慣れたランからすれば『武悪』の設計思想は狂気の沙汰以外の何物でもなかった。


「それは良い。人殺しが戦争だもんな。その殺しの道具に殺す人間の配慮なんてしねーのは当然の話だ。しかし、その殺しをする人間が法術師なら何でもできると甲武の技術陣は考えてるんじゃねーのか?確かにあのエンジンの設計思想は法術師がとんでもねーことが出来るということを証明することは出来るが、アタシから言わせればそれ以上は何の役にも立たねー飾りもんだ。エンジンの出力を殺して操縦するなんてただ神経が磨り減るだけでエンジンをデカくした意味がまるで分らねー」


 嵯峨はランの言葉を聞きながら静かにタバコを吸っていた。彼自身、先の大戦ではパイロットの負担など一ミリも考えていない試作機で最後の戦いを戦った経験があった。甲武の兵器製作技術陣の考えそうなことなど嵯峨にはそちらの方が当たり前で東和のシュツルム・パンツァー設計者はパイロットには甘いんじゃないかと考えている自分が居る事に気付いて苦笑いを浮かべた。


「ともかく、今のままじゃー『武悪』はそのエンジンのパワーを生かしきれねー。東和の技術ならその何割かを改善できることはアタシの目でもはっきりとわかるんだ。だから島田には隣の工場から05式の予備パーツのアクチュエーターや重力制御型推進器に交換してその負担を少しでも減らすように考えろと言ってはあるが……それでもあのエンジンパワーはそれでも絶対に余る。じゃああのパワーは何の意味があるんだ?」


 ランの言うことをもっともだと思いながら嵯峨はタバコをくわえたまま静かにうなずいた。


「アレは明らかにアタシの『方天画戟』のアクチュエータークラスを動かすことを前提にエンジン出力を強化している。『方天画戟』に使ってる駆動系の部品を菱川重工の本社から取り寄せてほとんど新規に作り直さねー限り戦場に出せるような代物じゃねーぞ。アレは菱川にとっては競合他社への技術上の絶対的優位を示すためのモニュメントなんだ。おいそれと量産ラインに乗せるもんじゃねー。だったら量産ベースのアクチュエーターを積んでる05式の奴でどうにかするしかねーわけだ。隊長はそんなに器用にエンジンを絞りつつ戦闘をするような芸当が出来るのか?アタシには出来るがそんな機体なら最初からエンジン出力を小さくすりゃあ良いだけの話だ……それとも隊長は菱川本社に乗り込んで『方天画戟』の予備部品を分けてくれとでもいうつもりか?そんなのただ門前払いされて終わりだぞ」


 開口一番ランは厳しく嵯峨に向けてそう言い放った。


「まあね、でも俺にはとりあえず『方天画戟』と同様の機動をできる潜在能力はあるということは分かった。これで今は十分だと俺は思ってるよ……40年前の『方天画戟』の予備パーツ……まあ、アレは貴重な機体だから保存してるだろうし、事実、遼南内戦で破壊されたお前さんの『方天画戟』はわずか一月で修復されて隣の工場に置いてある。でもねえ……」


 なんとも奥歯にものが挟まったような口調でそう言うと嵯峨は高梨に目をやった。


「兄さん、すまない。そもそも予算が無い。菱川重工の目立の本社にはそれこそあと数機『方天画戟』を作れるほどの予備パーツは有るからとりあえず菰田君に言って見積もりを取ってもらったんだが……とてもじゃないがうちでどうにかなるような金額じゃ無かったよ。それにそれを『武悪』に合わせて調整するとなるとうちの技術部では無理だ。隣の工場に頼むしかない。そうするとさらに金がかかる。今年度中のクバルカ中佐の言うプランでの稼働は不可能だと言っていいね」


 高梨の言葉にランは明らかに苛立っていた。


「甲武は使えねえ機体を押し付けてきたわけか……うちは何時から不要な機体を引き取る廃品回収業を始めたんだ?そんな話聞いてねーぞ。あの国の兵器は何から何までどこか抜けてるんだよな。確かに『現代のゼロ戦』と呼ばれてる『九七式』だって本物のゼロ戦と同じでエンジン出力が小さすぎてそれをカバーするために強度なんてまるで無視で機体をひたすら軽くすることだけを考えて最低限の装甲しか装備してねー。装甲で相手の主砲をはじき返して突撃して手足の存在を生かしての格闘戦に持ち込んでこそのシュツルム・パンツァーじゃねえのか?その一番の肝である装甲を薄くしたら兵器としての存在意味がねーじゃねーか。確かに第二次遼州大戦の開戦時は圧倒的な運動性と機動力でどうにかなったが、大戦末期にはその運動性を生かせない新米パイロットが乗って地球圏のパイロットから『マッチボックス』呼ばわりされたのも当たり前だな」


 そう言って怒りの表情を浮かべるどう見ても8歳幼女にしか見えない機動部隊長のランを見ながら嵯峨は静かにタバコに火をつけた。


「まあ、そう言いなさんなって。俺は何時だってありあわせの機体で何とか戦争してきたんだぜ。だから今回もなんとかする……それにしばらくはシュツルム・パンツァーでの出動は無いと思うよ……俺も神様じゃないから絶対にとは言えないけど……シュツルム・パンツァーの出動が有るとしたら落盤事故の復旧作業とか道路の陥没が発生した時に転落したトラックを引っ張り上げるとか……それこそ神前でもできる簡単なお仕事だけだ。そんなの隊長の俺のお仕事じゃ無いでしょ?それこそ俺が運用コストが馬鹿高い『武悪』で出る意味が無い」


 そう言うと嵯峨は静かにタバコの煙をタバコを吸わないラン達の居ない背後に吹き出した。


「でも万が一に備えるのがうちの仕事だ!それだったら『武悪』を隣の工場に運んでアタシの『方天画戟』をうちで使えばいい話じゃねーか!」


 ランはそう言ってちっちゃな手で激しくテーブルを叩いた。


「『方天画戟』はあくまで実験機として機動実験や各部動作に関するデータ収集のみを行うこと。それが菱川重工からのお願いなんだよ。それに『方天画戟』をうちの所有にするとそれこそとんでもない額のお金がうちから出ていくことになる。渉……今年の残ってる予備費でそんなことできるか?」


 嵯峨はまるでランを笑うかのようにそう言いながら高梨に目をやった。


「やっぱり僕にそれを言わせるんだね、兄さんは。今残ってる未消化の予算では『方天画戟』の下半身ぐらいしかうちでは買えないね。クバルカ中佐、その状態で戦場に出られます?コックピットは買えないですよ?」


 小太りの高梨の温和な笑顔を向けられてそう言われてしまうとランも黙り込むしかなかった。


「その点、俺の『武悪』は減価償却済みの機体だもの。資産価値ゼロ。だからうちに置いておいても何にもお金は発生しないと言いたいけど……まあ強力なエンジンを積んだ05式だと思えばいいんじゃないの?俺も使えない機体には何回も乗ってきた経験があるからさ。アクチュエーターの限界くらいは把握してるから特に問題は無いよ……それよりなんで菱川重工が『方天画戟』をあんなに調べたがってるのかがちょっと気になってね……」


 嵯峨はそう言うと吸い終えたタバコを灰皿に押し付けた。


「菱川の本音はクバルカ中佐の30年にわたってあの機体に乗ってきて蓄積された戦闘データが欲しいんでしょうね。確かにあれは菱川重工の製品だが、菱川の手元にはまっさらな出荷状態の動作パターンデータしか無い。遼帝国南北朝動乱、第二次遼州大戦での内乱軍の鎮圧作戦、そして遼南内戦……クバルカ中佐の圧倒的なパイロットとしての能力を学習した戦闘データ。あれを作った菱川重工としてはなんとしても手に入れておきたいところなんでしょう」


 高梨の言葉は少しあきらめに似た色を帯びてそのままランを見つめた。


「菱川はそのアタシの戦闘データを売りに出すつもりか?売り手はどこだ?あんな機体を作れる国なんてそうねーぞ。技術的には地球圏の主要国……アメリカ、ロシア、ドイツ、フランス、イスラエル……遼州圏ならゲルパルトと遼北くらいのもんだ。この中でシュツルム・パンツァーの運用を実際にやってるのはアメリカと遼北だけだ。でも遼北はこの東和共和国の仮想敵国なんだぞ?実際、この国は遼北に対して民間企業の軍事転用可能な資材の輸出制限をかけてる。その戦闘データだって当然それに引っかかる。じゃあ菱川はなんでそんなにその戦闘データに拘るんだ?」


 半分不思議だという顔でランは嵯峨を見つめた。

挿絵(By みてみん)

「だから言ってるじゃないの。俺は神様じゃないんだよって。俺がすべてを知っているのならそもそもこんな部隊必要ないと思うよ。俺一人ですべてを解決できちゃうから。でも実際は違う……そしてこれはあくまで推論だが……まだその戦闘データの買い手はついてないんじゃないかな?それでもあれは間違いなく誰もが欲しがる人気商品だ。どんな値段を付けてもどんな国も欲しがる。別にまだシュツルム・パンツァーを持っていなくてもさっきお前さんが言ったようにあれのコンセプトと戦闘データをセットで売りに出せば買い手はうんざりするほどいるんだもん……とりあえずそのデータが汎用化できる商品になるまで研究し尽くしてから東和以外でも使えるデジタルデータに書き換えて在庫しておきたい。そんなところじゃないの?」


 嵯峨はそう言うと静かに立ち上がった。


「つかの間の平和……かも知れないねえ……でもそんな平和でも平和は平和なんだ。戦争の中の戦争よりもよっぽどマシだ」


 吐き捨てるような嵯峨の言葉にランはうなずかざるを得なかった。


「話は変わるけどさ。ランよ『釣り部』の連中の新巻鮭。俺にも分けてくんない?しばらく俺、魚を食ってないのよ。俺は月3万円で生きてる男だからたまにはいいものを食いたくなることがあるの……年中いいものを食ってるお前さんには分からないだろうけどさ」


 抜けた調子でそう言う嵯峨にランはあきれ果てたような顔をした。


「そんなもん、勝手にもってきゃいいだろーが!アタシは真面目な話を……」


 そう叫ぶランを手で制して嵯峨は再びタバコに火をつけた。


「いいじゃん、しばらく世は事も無しだよ……ランも明日から三が日はゆっくりしな。渉もそうだ。国防軍の仕事納めは昨日だったんだ。別に今急いだところで状況は何も変わらないよ……事件は何時だって事件を起こす奴の都合で起きるもんだ。事件を解決する俺達の都合に合わせて起きてくれるもんじゃないからね」


 そう言うと嵯峨は立ち上がり窓のそばへと歩いて行った。


 窓から見下ろすと怒鳴りあうかなめとアメリアとそれを仲裁するカウラと誠の姿が見えた。

挿絵(By みてみん)

「しばらくはのんびりしようじゃないの……人生息抜きも大切だよ……アイツ等を見て見なよ。ラン、渉。『後生畏るべし』という言葉がある。若い連中の楽しむ姿を見てこちらも楽しむ。それもまた人生さ」


 窓の下の部下達の笑顔を見ながら嵯峨はそう言ってほほ笑んだ。


「息抜きの合間に人生やってる奴が良く言うわ……」

挿絵(By みてみん)

 そんなランの皮肉を聞かなかったふりをして嵯峨は静かにタバコをふかした。



                                          了

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