第77話 朝の味噌汁は湯気が勝つ
「ああ、昨日は良かったのか……それとも悪かったのか……現実的には良い一日だったけど、想像するにはかなり恐ろしい一日だったような……しかし、日野少佐と渡辺大尉の味覚ってどうなってるんだろう……あんなものを喜んで食べるなんて……僕には絶対無理だ!しかもそんな人が『許婚』……あの絶世の美人な日野少佐と渡辺大尉が喜んでアレを全裸で四つん這い奪い合って食べている様を夢に見ちゃったよ」
30日。誠は寮の自室で目を覚ました。昨日はそのまま豊川と東都の往復などと言う無駄なことをしないために、屋敷にその変態プレイをかえでに施すために残るというかなめと別れた誠、カウラ、アメリアはそのまま寮に帰って普通の日常を過ごした。
黙り込んで一言も口を利かないアメリアにカウラは何度も話しかけたが、かえでの異常な趣味を妄想してしまったアメリアは純情なカウラをその色に染めるわけにはいかないと覚悟を決めて沈黙を守り続けた。
誠もまた、自分の『許婚』であるかえでに誠の想像する通りとすれば非常に変わった趣味があることをカウラに説明すればカウラを混乱させるだけだと思いを決め、カウラの質問にあいまいな答えに終始することで眠るまでの時間を過ごして何とかやり過ごした。
「それにしても西園寺さんは大丈夫かな……汚いのは嫌いだとか言ってたけど……想像しただけで食欲がなくなって来た」
誠は着替えを済ませるとそのまま階段を下りて脳内の拒否感を押しのけてに耐えかねて食堂に向かった。
「誠ちゃんおはよう。今朝はトイレに行けた?私は無理だった。昨日のかえでちゃんとリンちゃんのあの嬉しそうな顔でアレを奪い合うように食べるのがあれからトイレに行くたびに頭に浮かんできちゃって……」
ほぼ同時に階段を下りてきたアメリアには明らかに元気が無かった。
「アメリアさん。どうしたんですか?どこか悪いんですか?」
アメリアの体調不良の原因は誠にはほぼ特定できていたが、一応あいさつ程度にそう言ってみた。
「誠ちゃん……しばらくカレーを食べることはやめましょうね。それとトイレに行くとどうしてもかえでちゃんの顔が思い出されてきちゃうのよ……これはしばらく正常な心理状態に戻るには時間がかかるかも……アレを食べる人がいるなんて……確かにゲームや同人誌には出て来るけどリアルで会っちゃうとなんだかなあって感じになるのよ」
アメリアはその妄想力でかえでの印象を悪い方に塗り替えているようだった。
「どうしたんだ?二人とも元気が無いじゃないか」
食堂の入り口で雑談していた誠とアメリアに元気そうにカウラが声をかけてきた。
「おはよう、カウラちゃん。良いわね、純粋ってことは。私は産まれて初めて自分が純粋じゃないことを呪ったわ。カウラちゃんみたいに純粋か、そう言う趣味の人ならこの状況に対応できるでしょうけど……私にはとても無理だわ」
アメリアはそう言うと食堂のドアに手を伸ばした。
「ただいまー……って元気無さそうだな。アタシはシャワー浴びて来るから」
寮の玄関から入って来たかなめは一言あいさつするとそのまま足早にシャワーへと向かった。その普段と変わらないかなめの様子を見てアメリアと誠は顔を見合わせ大きなため息をついた。
「どうしたんだ?二人とも、ため息なんかついて。体調でも悪いのか?何ならサラの申し出は私だけで行くと言うのも考えておくぞ」
何も知らないカウラは憂鬱そうな表情を浮かべる誠たち二人にいつも通りの無表情を浮かべて訪ねてきた。味噌汁の湯気が鼻を通った瞬間だけ、昨日の映像が薄れた。
「良いわ、説明すると朝食に差し支えるから。とりあえず昨日の記憶を消すために食事にしましょう」
そう言ってアメリアは食堂に入った。誠も同じ気持ちでその後に続いた。二人の様子に首をかしげながら見つめていたカウラもまたその後ろに続いて食堂に入った。
その日の朝食が納豆定食なのを見るとアメリアの顔は明らかに昨日の出来事を想像しているうんざりした者へと変わった。
「今日は納豆……納豆まみれ……昨日のかえでちゃんとリンちゃんはかなめちゃんの出したアレまみれ……また想像しちゃった……食欲無くなるわ」
アメリアは食堂でもいつもの太陽のような笑みを失って黙り込んだまま食事当番からトレーを受け取り、誠とカウラと一緒にテーブルに着いた。
「アメリアさん、それは言わない約束でしょ?思い出しちゃうじゃないですか……」
誠はかえでとリンがいかなる状態で乗りに乗った『女王様』かなめの罵倒を受けているかを想像して減退する食欲に鞭打って納豆ご飯を口の中に流し込んだ。
「誠ちゃんも言わないでよ。思い出しちゃったじゃない。かなめちゃんが帰って来たってことはリンちゃんが送って来たんでしょ?リンちゃんは昨日凄いものを食べたのよ……それを想像すると……ああ、お腹いっぱい。御馳走様」
アメリアは半分ほどご飯を残したまま、納豆にもおかずの鮭にも手を伸ばさずに立ち上がろうとした。
「飯だ飯!なんだ、アメリア。まだ食ってるのか?今日はサラに御呼ばれしてるんだから早く食わねえと駄目だぞ!」
軽いシャワーを浴び終えたのか、さっぱりした表情のかなめが食堂に入ってくるなりそう言ってアメリアの隣に座った。
「かなめちゃん。平気なの?昨日その現場に居たんでしょ?というかその主役だったんでしょ?アレを二人に無理やりと言うか喜んで食べるのを見てたんでしょ?自分のモノをかえでちゃんとリンちゃんに食べさせたんでしょ?何も感じずにご飯食べられるわけ?かなめちゃんも変態?」
アメリアは普段と変わらないかなめの様子に呆れ果てたようにそうまくしたてた。
「何が?アメリアの言ってることの意味が良く分からねえんだが?」
憂鬱そうなアメリアの様子に対し、かなめの様子はいつもと変わらないものだった。
「昨日はかえでちゃんにあれからずっと付き合ったんでしょ?そのプレイも全部見てたわけでしょ?というか命令してやらせたんでしょ?二人の異常な食事現場にも立ち会ったわけでしょ?それでも平気なの?」
アメリアは相変わらず半分病気と言うような感じで元気そうなかなめにそう尋ねた。
「あんなもん、慣れだ慣れ。自分がしてるのは見慣れてるだろ?人様の物も見せたいって言うなら見てやりゃ良いんだよ!食いたいっていうのなら食わせりゃいい!結果、腹を下すのはアタシじゃねえ!何度も見てればそのうち慣れる!アイツ等も朝も何事も無かったみたいだから腹は誰も下してねえみたいだからそれで良いんじゃねえのか?アタシが租界でSMクラブに居た時はよくそう言う変態が居た。人間なんにでも慣れるもんだ。ただ、かえでやリンまで行くとあのクラスの変態はアタシは他には居ねえな。二人は喜んで話し合ってアタシが昨日食ったものを全部言い当てやがった。アイツ等はアノ道を究めてる。そこまで行くとさすがのアタシも感心させられた」
かなめの言葉は諦めを通り抜けてどこか悟りきった境地に達していた。
「僕はかえでさんの『許婚』ですよ。つまりそんなかえでさんの趣味に慣れろってことですか?アレにまみれるのが好きな人に慣れろと……西園寺さんの言ってることはそう言う意味ですよね?」
誠はみそ汁を飲むのを躊躇しながらかなめにそう尋ねた。
「そうだな。アタシはかえで達がアタシがその為の道具を使って腹の中に入れたものの量の多さに腹が膨らんでその苦しさにもがき苦しむ様が面白いから付き合ってやってるんだ。神前も人がもがき苦しむ様を見慣れればその結果出て来る信じられない量のアレにも慣れる。面白いぞ、アイツのいつものお高く留まった気取った顔がデカい腹を抱えて苦痛で歪むところを見るの。最高の気分だ!」
昨日のかなめによるかえでへの責めを説明するかなめの目には狂気の色が浮かんでいた。
「どうせ何を入れたのかは想像がつくけど、そんなこと食事中に言わないでよ!思い出しちゃったじゃない!」
得意げに自分の責めを自慢するかなめに向ってアメリアがそう叫んだ。
「さっきから貴様等は何の話をしているんだ。それとアメリア。朝食をちゃんと取らないと一日の活動に支障をきたすぞ」
何も知らないカウラはそう言って平然とデザートのライチを口に運んでいた。
「良いわね、純粋なのは……カウラちゃんがうらやましいわ。自分が汚れてるって今日ほど感じた時は無いわ」
アメリアはそう言って立ち上がった。
「カウラの言う通りだぞ!あんなの臭いのさえ我慢すれば最高のプレイだ。苦しみ痛めつけ辱める。『女王様』である私にとっては最高の瞬間だな!」
そう言ってかなめは平気な顔をして急いで納豆ご飯を平らげていく。その食欲に誠はただごく普通の日常を過ごしているようなかなめの姿に目を奪われて自分のちっぽけさを理解することになった。
「さっきから二人とも黙ったままで……一方、西園寺はやたらご機嫌で……貴様等、昨日から変だぞ」
いつものように出勤途中の『スカイラインGTR』の中でハンドルを握るカウラは心配そうに助手席の誠と後ろに座るアメリアに目をやっていた。
「いいのよ、純粋な人は。これ以上私の脳内が穢れていくのを笑えばいいわ。カウラちゃん、あなたにはその資格がある。羨ましいわね」
相変わらず半分も朝食を残した空腹がもたらす虚脱感からだれた表情のアメリアが力ない笑いをカウラに向けた。
「アメリア。貴様は何を言っているんだ?それと西園寺。貴様は知っているな、神前とアメリアの様子がおかしい理由を。正直に話せ。小隊長命令だ」
産業道路に向う側道で赤信号に引っかかった時、カウラはそう言ってかなめの方に目をやった。
「知ってる。でもテメエは知らねえで良いことだ。世の中知らねえで良いことが沢山あることくらい、軍人やってりゃ分かるだろ?そんなところだ」
かなめも自分の口からかえでの変態性を説明するつもりは無いらしくそう言って誤魔化しにかかった。
「それにしても、かなめちゃんが慣れると言うことは……そうだわ!」
突然アメリアの糸目が開かれてその腐った脳内にひらめきが走ったことを誠に知らせた。
「アメリアさん。またくだらないことを思いつきましたね」
こういう時一番に巻き込まれることに慣れてきた誠はまた厄介ごとを押し付けられると言う被害妄想から絞り出すような調子でそうつぶやいた。
「そうよ、ここはNGを解禁してそう言う趣味の人をターゲットにしたゲームを作ればいいのよ!かえでちゃんみたいにリアルにそういう趣味の人が少なからずいるのは事実なのだから、そういう層を狙ったエロゲを作れば間違いなく売れるわ!次回作はこれで決まりね♪アレの描写も色を変えられるような仕様にすれば売り上げの数も稼げると思うし……誠ちゃん、どう思う?」
アメリアは転んで顔面から肥溜めに落ちたとしてもただでは起きない女だった。そしてその原画を描かされる誠にとっては迷惑千万な存在だった。
「僕は嫌ですよ!僕も汚い絵は描きたくないんで!これまでのゲームだってそっちの方はなんとか誤魔化してきたじゃないですか!特にアレを喜んで食べてる美女の描写なんてとてもじゃないが描く気にはなれません!」
なんとか抵抗を試みる誠だが、一度決意をしたアメリアを翻意させることは無理なのは十分わかっていた。
「なんだ?昨日のプレイをゲーム化するのか?それなら昨日のプレイの様子はリンがデータで持ってるはずだから後で送ってやるぞ。それはそれは全身真っ茶色の臭いアレを裸の二人が絡み合いながら互いに全身に塗りたくりあって快楽に身を任せている『許婚』とリンの姿が見られるんだぞ。神前、楽しみにしてろ!」
かなめはそういってにやりと笑うとアメリアに視線を向けた。アメリアは覚悟を決めたと言うように静かにうなずいた。
「アメリアさんだけじゃなくって原画を描く僕も見るんですね。その動画。見たくないな……」
とても正視に耐えない画像を見せられることがかなめにより強制されることが決まった誠はがっくりとうなだれた。
「なによ、『許婚』が望んでいることよ!それに誠ちゃんとかえでちゃんとの結婚は私は許さないけど、それを無視して誠ちゃんがかえでちゃんと結婚することになったらそれはもう大変なことに……毎週毎週アレを見るわけだから。慣れないと駄目よね♪」
誠は当惑し、アメリアはその当惑を楽しむように下卑た笑みを浮かべた。
「貴様等は何を言っているんだ?それよりもうすぐ着くぞ。サラのお祝いとやらが楽しみだな」
純粋無垢な運転手のカウラの人となりに誠は一抹の清涼感のような存在だとカウラの事を思っていた。
『僕は穢れていく運命なのか……日野少佐……僕が本当に日野少佐の『許婚』で良いんですか?僕はあなたにはついて行けそうにありませんけど……でも……確かに日野少佐は見た目も仕事も完璧な美女なのは確かだからな……』
自分でもそれが未婚率80%の『モテない宇宙人』である遼州人である自分には贅沢すぎる悩みだと思いながらも素直にそれが喜べない誠がいた。




