第75話 鹿鳴の館、カレーの皿
かえでの屋敷は豊川の中心部から少し離れた森の中にあった。その途中の道でゴルフ場がいくつかあるようなかなり自然豊かな立地と言えた。
「ゴルフ場が一杯ありますね……千要はゴルフ場が東和で一番多いと聞きますけど、これだけ土地があると他に使い道は無いんですかね……それにしてもかえでさんもゴルフはするんですか?」
退屈を紛らすために誠はかなめに尋ねてみた。
「ああ、やるよ。アイツはハンデはシングルだって自慢してた。ただ、それほど好きと言う訳でも無くて、付き合い程度って言ってたけどな。アイツの運動神経はお袋に鍛えられて並みの男を優に凌駕するものだから。まあ当然と言えば当然か」
かなめは野球以外のスポーツにはまるで興味が無いのであっさりと誠の問いに答えた。
「付き合い程度でハンデがシングルって……かえでさんはどんな運動神経してるのよ!体力だけなら地球人の男性アスリートなんか敵じゃない『ラスト・バタリオン』の私だってお付き合いで何度かコースに出たことあるけどハーフで100切ったことなんて一度も無いのよ!まったく凄いの一言に尽きるわね」
中佐の階級もあって司法局のゴルフコンペにゴルフ嫌いな嵯峨とランの代わりに駆り出されることもあるアメリアはそう言って苦笑いを浮かべた。ちなみにアメリアは運動神経の方は男子のプロスポーツ選手を凌ぐほどなのなのだが、持ち前の根本的に欠如した集中力からゴルフは苦手だとその度に言っていた。
「そこの太い側道を入れ。そしてそのまままっすぐ行けばかえでの屋敷だ」
かなめの言うようにゴルフ場の入り口よりも立派な側道があり、カウラの『スカイラインGTR』はそのまま右折して側道を進んだ。側道に入ると左右を鬱蒼とした森が覆っていた。
「ここの左右のうっそうとした森は全部日野少佐の土地か?本当にもう一つ二つゴルフ場でも作れそうな広さだな」
いつまでも続く側道と両脇に続く広葉樹林にカウラは呆れた調子でそう言った。
「アイツの貴族趣味は筋金入りだからな。この樹林は狩猟許可地域でかえでの趣味の一つである狩猟の為に雉とか山鳥とかを放鳥しているらしい……明日はたぶんその猟の獲物も貰うことになるだろう。ほら、見えてきた」
後部座席から身を乗り出したかなめの指さす先に大きな屋敷の洋風の城を思わせるような立派な黒い門が目に飛び込んできた。
「立派な門ですね……なんだかとてつもない豪華な洋館がありそうだ……アメリアさんの好きなエロゲの『館モノ』に出てくるような感じの」
そのいつまで続くか分からなかった道の突き当り、まさに最上流貴族の邸宅にふさわしい門の前に車が止まり、誠がそう言った瞬間に黒い門が開いた。目の前の門の圧倒的な存在感に誠とアメリアは完全に飲まれていた。カウラはゲームをしないので誠の言葉の意味が分からずただ普通に車を発進させた。
「車が着くと自動開閉……フルオートなんだ……さすがお金持ちは違うのね。こんなところにお金を使うなんて……私には考えられないわ」
アメリアのため息の漏れる中、車はそのまま屋敷の敷地を進み、鹿鳴館を思わせる、社交場めいた洋館が現れた。まさにアメリアの好みのエロゲに出て来る洋館らしい洋館がそこにはあった。
カウラはその屋敷の車止めに車を乗り入れた。誠は思わず、かなめの『いつもの光景』という説明を思い出した。……が。そこには、いつもの執事姿のリンと二人のメイド服を着た女性が立っていた。
「なによ、全員裸じゃないじゃないの!せっかくかなめちゃんが裸のメイドを踏みしめて笑顔を浮かべると言う変態プレイが間近に見られると期待していたのに!損しちゃったわ」
屋敷の怪しい雰囲気に影響されて出迎えも変態的なモノだろうと期待していたアメリアがあまりに普通の光景に驚いてかなめの耳元でそうささやいた。
「カウラが居るから遠慮してるんだろ。カウラ、キーはリンに預けろ。車はリンが車庫に運転してくれる」
そう言うとかなめはいつも通り誠の座る助手席を蹴って早く降りるように急かした。
「これはこれは、遠いところわざわざ皆さんお揃いで。歓迎させていただきます」
静かに頭を下げながら後ろにメイドを控えさせているかえでの家宰のリンはそう言っていつもの無表情に無理のある笑みを浮かべた。
「いや、こちらこそ済まない。渋滞で時間がかかってしまった。車は渡辺大尉が車庫まで移動してくれるのか?」
運転席から降りたカウラはリンにそう言うと車のキーをリンに預けた。
「はい、私が車は車庫に入れておきます。かえで様が皆様のお越しを楽しみにしていらっしゃいます。二人とも、ご案内を」
『はい』
リンの言葉を聞くとかなめと同い年ぐらいの眼鏡をかけたメイド長と言った雰囲気の女性は二人のメイドを引き連れて屋敷の巨大なドアに向かって歩き出した。この扉もメイド達と誠達が目の前に立つと自動で開いた。
「家って金を掛けようと思えばいくらでもかけられるのね……司法局の偉いさんでもこんな屋敷に住んでる人なんて居ないわよ。『偉いさんとの私的な相手なんて仕事じゃねー』とかランちゃんがわがまま言うから代わりによく付き合わされるけど、せいぜい立地が都心の高級住宅街ってだけで普通の一戸建ての家で猫の額ほどの庭がある程度が普通よ。それに対してこの屋敷の庭……野球が出来そうな広さじゃないの……かなめちゃん、いっそのこと寮を出てここに住んだら?かなめちゃんの好きな野球がいつでもできるわよ。そっちの方が良いんじゃないの?いつも思ってたんだけどかなめちゃんは邪魔だから」
ドアを入る時に背後の庭を振り返ったアメリアは感心したようにそうつぶやきつついつものようにかなめを弄った。
「誰が邪魔だ!邪魔なのは無駄にデカいオメエじゃねえか!今日も足が長すぎて困ると愚痴りながらふんぞり返りやがって!隊に帰ったら射殺してやるからな!」
半分呆れながらアメリアはいつものお約束でかなめをからかってそう言うとかなめもいつものお約束で怒鳴り散らすという展開に誠はほっとしていた。
「でも……これは何か期待して良い雰囲気があるわね……エロ関係で。なんと言ってもこの館の主は究極の変態であるかえでちゃんなんだもの」
このあまりに豪華な屋敷の雰囲気にアメリアは怪しい展開に期待に胸を膨らませながら先頭を切って屋敷のエントランスホールにたどり着いた。
お約束通りの正面に螺旋階段。そしていくつもの手の込んだ装飾が施された扉が並ぶホールで誠達は立ち尽くした。
「お待ちしていましたよ!ベルガー大尉、誕生日おめでとう!」
螺旋階段を悠然と降りて来るかえではいつもの『特殊な部隊』の制服では無く、フリルの付いたシャツにベルベットの青いベスト、そして赤い乗馬ズボンと言ういで立ちで誠達の前に現れた。
「ささ、そんなところに立っていてもなんだ。まずは応接室へ」
かえでは誠達の前まで来ると二人のメイドを引き連れて奥にあるひと際大きな扉に向かって歩き出した。
「お姉さま、失礼ですが、この時間となりますと……もうお昼はすまされましたか?」
広大な応接室に通された誠達に向けてかえではそれも当然と言うような自然さでかなめにそう尋ねた。
「あの渋滞地獄の首都高で何を食えばいいって言うんだ?この年末渋滞でパーキングエリアも入り口が大渋滞だ。食おうにも食い物も食う場所もねえ」
笑顔満面のかえでに対してかなめは相変わらず不機嫌そうにそう言うと刺繍のあしらわれたソファーに身体を沈ませつつそう答えた。
「実は、先日薫様に神前曹長の好物を聞いてきてね、それを出したいんだがいかがだろう?僕にも『庶民的なもの』を理解する気があると、神前曹長にも分かってもらえると思うんだ。すべてに完璧を求めて成長を続ける僕らしい気遣いだよ。遠慮することはないんだ」
かえではそう言うとそのまま奥の扉の前に立っていた入り口で立っていたいかにもかえで好みの利発そうな面差しのメイドとは別のどこか隊の馬鹿女の代表のサラを思い起こさせるいかにもドジっ娘っぽい雰囲気のメイドに向けて目くばせした。
「神前の好物?何だよそれは。それとこの派手なだけが取り柄の屋敷で何食っても『庶民的』にはならねえと思うぞ。例えおしんこ一枚食べたとしてもただ貴族趣味が鼻につくだけだ」
かなめはあまりに立派過ぎるソファーやテーブルに遠慮して立ったままの誠、アメリア、カウラ達に向けてそう言った。
「僕の好物ですか?一応……カレーでして……。母のカレーもそうですが、寮のカレーもまた格別です。ああ、いわゆる高級洋食店に出てくるようなのは駄目ですよ。あれは『ライスカレー』で『カレーライス』じゃないと言うのが僕のこだわりです。ちゃんとお皿にカレーと御飯が一緒に乗っているのが正しいカレーライスなんです」
あまりにも普通なので誠は遠慮しながらかなめにそう言った。
「なるほど。『正しい盛り方』があるんですね。覚えておきますよ。なんと言っても君は僕の『許婚』なんだからね……神前曹長」
その誠とかえでのやりとりにかなめがげんなりした表情を浮かべるのを誠とアメリアは見逃さなかった。
「カレーだ?そんなに神前は寮のカレーが好きなのか……ああ、確かに旨そうに食ってたもんな。寮のカレーは以前いた西モスレムのエースだった人が特別にこしらえたルーを使ってるんだ。下手な洋食屋のそれより旨いからな。それよりかえで、今日はカウラを歓迎するんじゃねえのか?それとも久しく嗅いでいない雄の匂いに誘われてメイドが盛ってるのがそんなに気になるのか?」
かなめは下品な笑みを浮かべながら下品な内容を下品な口調でかえでに言った。
「いいえ、そんなつもりは無いですよ、お姉さま。確かにあの子達が神前曹長の放つ雄の匂いに惹かれているのは事実ですが……そう言う僕も……」
そう言ってかえでは誠を見つめて妖しげな笑みを浮かべた。誠は思わず背筋に寒いものが走るのを感じた。
その時、先ほどの利発そうな方のメイドが扉を開いて現れた。
「お食事の準備、できております」
メイドの言葉を聞くとかえでは再びいつものさわやかな笑顔に戻ってメイドが開いた扉へと足を向けた。
「では食堂に向かいましょう。うちのコックも腕によりをかけて最高のカレーを用意してお待ちしておりますので」
かえではそう言うと誠達を扉の中へと招き入れた。そこには廊下があり、しばらく行くと扉の前にメイドが立っていて誠達が着くとそのままその扉を開いた。
二十人は座れるのではないかと言うような大きなテーブルが中央に置かれ、そこに誠、カウラ、かなめ、アメリア、かえで、リンの分のカレーが置いてあるのが見えた。
「さあ、準備は出来ております。席にお付きください」
部屋の中にはカウラの車を車庫に移動させていたリンが戻ってきていて、誠達を食堂に招き入れた。誠達はリンに促されるままにそれぞれの席に腰を下ろした。
『海での西園寺さんもまさに『貴族』って感じだったけど……日野少佐のそれはその上を行くな……目の前にあるのはごく普通のカレーライスなんだけど……こんな部屋で出されたら海でのフランス料理を食べる時より緊張しちゃうよ』
誠は笑顔でカレーを前に動くことが出来ないでいる自分を一心に見つめているさわやかな笑顔を浮かべたかえでを前にしてただ何もできずに黙り込んでいた。




