第74話 かなめの動揺、かえでの招待
「おい!起きろ!」
それは12月29日の朝の事だった。それはあまりに突然だった。
クリスマス会兼カウラの誕生日パーティーから続く毎日のようなにぎやかな日々に満足していた誠の頭をかなめは容赦なく蹴りつけてそう叫んだ。
「いきなり何するんですか!この数日の楽しい日々はなんだったんですか!僕の頭はサッカーボールじゃないんですよ!ポンポン蹴らないでください!」
目覚めの朝にかなめに暴力を振るわれるのはかなめが寮に来てからは毎度のことなので、誠の反論にも慣れがあった。
「そんなことはどうでも良いんだ!今日は豊川に戻るぞ!用事が出来た。大事な用事だ。しかもかえで絡みだ!『許婚』であるオメエには断れねえ案件だ!これはすべてに優先する!それだけはちゃんと覚えておけ!」
かなめは明らかに動揺した調子でそう言い放った。
「用事ですか?なら西園寺さんだけで行けばいいじゃないですか。『許婚』なんて西園寺さんのお母さんとうちの母さんで決めたことでしょ?僕は関係ないですよ。それにもしも僕まで行かなきゃならないような大事な用事なら昨日のうちに言ってくださいよ。僕にだって心づもりと言うものが有るんですから。あの人変態すぎるんで。妹の日野少佐を究極の変態にしたのは西園寺さんでしょ?なんでその尻拭いを僕がしなきゃいけないんですか?」
いつもいつも面倒ごとに誠を巻き込んでくる身勝手なかなめに正直誠は辟易していた。
「アタシだけが対象なら別にこんなことはしてねえ!アタシ等全員が対象になってるんだ!特に『許婚』である、テメエには絶対に関係のある話だ!そう言えば分かるだろ?」
かなめが『許婚』と言ったことで、どうやらかなめの言うことが妹のかえでに関することらしいことは誠にも分かった。
「日野少佐の家で何かするんですね。分かりました、とりあえず下の茶の間でお話ししましょう。着替えるんで出て行っていただけます?」
毎度のかなめの乱入に慣れた誠はそのあしらい方もだんだんわかってきた。
「じゃあ、下で待ってるから。カウラとアメリアも集めておく。またあの真正変態18禁男女の相手かよ……面倒な話だ」
それだけ言うとかなめは部屋を出て行った。
「まったくなんだって言うんだよ……姉妹の事は姉妹で解決してくれよ……それに僕はまだ日野少佐を『許婚』だって認めたわけじゃないんだから……」
手早く着替えを済ませながら誠はそういつものように愚痴を言っていた。
着替えを済ませて茶の間に行くと、これもやる気の無さそうなカウラとアメリアの姿があった。
「おはようございます。本当にこの頃楽しい日が続いてますね」
誠は笑顔でカウラにそう話しかけた。そんな誠の言葉など聞こえていないかのようにカウラは微妙にひきつった笑みを返すだけだった。
「かなめちゃんの身勝手もそうだけど、かえでちゃんも……いくらかなめちゃんが自分が主催した晩餐会に来なかったからって急に呼び出すことは無いでしょうに。自分勝手なのは西園寺家の血筋なのかしら」
少し腹を立てている様子でアメリアはそう言って誠を糸目でにらみつけた。
「日野少佐が僕達を呼び出したんですか?何のために?」
アメリアはかなめからすでにかえでの用件を聞いているらしいことが分かってとりあえず詳しい話を聞くことにした。
「知らないわよ、そんなの。かなめちゃんが急に朝に客間の私とカウラちゃんを叩き起こしてかえでちゃんの屋敷に行く必要があるって言うんだもの。私が知っているのはそれだけ。それをあの暴力サイボーグがこれからその内容を説明するのよ。あの子が来るまで待ちましょう。どうせろくでもない話よ。いやな予感しかしないわ」
アメリアはそう言って苦笑いを浮かべつつ、朝食の準備をしている薫の後ろ姿に目をやっていた。
「おう、集まったか。嫌がる奴が出ると思ったが素直に来るとは……なんとまあ間抜けな奴等だ。アイツの罠に頭から突っ込むとは……まあ、アタシもだけどな」
階段を下りてきたかなめは三人が揃っているのを見るとそう言ってテーブルの誠の隣の席に着いた。
「西園寺。身勝手なのは西園寺家の家系か?貴様が身勝手なのは前々から知っていたが、日野少佐が突然貴様に連絡してきて今日我々に豊川に来るようにと言うのはどういう了見だ?」
カウラはどうせ豊川戻りの際には『スカイラインGTR』を運転することになるので面倒ごとはこれ以上御免だと言う表情を浮かべてそう言った。
「仕方ねえだろうが。今朝、アイツが通信を入れてきて、泣きそうな顔して遅くなったがカウラの誕生日をお祝いさせてくれって言うんだ。アイツはキレるとマジで何をするか分かんねえからな。アイツが法術師してはクバルカ中佐を別格とすれば現在確認されている今東和にいる法術師の中でも最強レベルなのは事実なのはアタシも認めたく無くねえが認めるしかねえ。それにそう言う問題では無くて自棄を起こしたアイツが全裸で真昼間に豊川の街で警察のお世話になったとか言ったら、アタシ等は二度と豊川の街には帰れなくなるぞ。とりあえず、ここはアタシの顔を立ててくれねえか。全責任はアタシが取る。身の安全も保証する。なんとか付き合ってくれ」
自分が勝手なことを言っている自覚はあるようで、かなめはいつもよりは控えめにカウラに向けてそう言った。
「お祝い事ならいいんじゃない?これが仕事の話だったら別だけど……でも豊川ってことはかえでちゃんの屋敷まで行くんでしょ?遠いわね。しかも里帰り渋滞で京要道は結構混むわよ。大丈夫なの?」
アメリアは好奇心の塊なのでかえでのお祝いとやらには興味が有る様だったが、この時間から首都高速の渋滞に巻き込まれつつ豊川まで帰るのが面倒くさそうに見えた。
「日野少佐もお祝いしたいんなら。僕としては反対する理由は無いですよ。行きましょうよ、日野少佐の家。僕も行ったことが無いですし。そう言えば、西園寺さんは日野少佐の家に何度も行ってるって聞いてるんですけど……どんな家なんです?」
誠がそう尋ねた時、かなめは黙って台所を指さした。
「誠。ちょっと長くなるかもしれないから、その前に朝ごはん食べてしまいなさい」
立っていた薫はそう言って誠の前にみそ汁の椀を置いた。
「オメエ等も手伝えよ、気が利かねえな」
かなめは立ち上がるとそのまま台所に並んでいるサケの切り身の皿に手を伸ばした。
とりあえず豊川行きは決定事項らしい。立ち上がって全員の分のご飯を盛りながら誠はまだ見ぬかえでの家の様子について想像をめぐらすことにしてみた。
朝食を済ませると、かなめは急かすように誠達をカウラの『スカイラインGTR』に押し込んだ。仕方なく、カウラはそのまま首都高速に乗り、予想通りの年末の朝の年末の帰省渋滞に巻き込まれた。
「西園寺さん。日野少佐の家ってどんななんですか?行ったことあるんでしょ?教えてくださいよ。貴族趣味の日野少佐の家ですからかなり豪華なお屋敷なんでしょうね」
渋滞の退屈を紛らわそうと誠はそう言って後部座席のかなめに尋ねた。
「私も興味あるわね。あのどちらかと言うと変わった趣味のあるかえでちゃんの家ですもの。普通じゃないわよね……怪しげな雰囲気に包まれた館……かなめちゃん好みの調教部屋があるとか」
アメリアは朝の不機嫌はどこかに吹き飛んだかのように興味深げに隣に座るかなめを見つめた。
「そこがアメリアの期待に沿えちゃうところがかえでの恐ろしいところなんだよな……。あの屋敷には地下に『そういう部屋』は確かにある!」
「あるんですか!……そう言えば毎月西園寺さんは日野少佐と渡辺大尉を調教しているって言ってましたから……やっぱりあるんでしょうね……」
力強く『そう言う部屋』の存在を肯定するかなめに誠はうんざりした顔でその事実を認めざるを得なかった。
「しかもあの部屋にはアメリアのゲームに出てくるようなものよりもっとすごいものがほとんど揃いすぎてて説明するのに疲れるくらいだ。アタシがあそこに行くとあそこの女共全員の『女王様』として相手をしなきゃなんねえ。一度に6人も縛って鞭打つのはいくらサイボーグの身体とは言え体力的には問題なくても精神的に疲れるんだ。本当に勘弁しろって言うんだ」
かなめは自分の苦労を察しろと車内の一同を見回すが、そもそもかえでをそこまでゆがめたのはかえで本人なので誰一人かなめの泣き言に同情する人間はいなかった。
「そんな貴様の言葉を聞いている私が疲れることを貴様は配慮しているのか?私は今運転中だ。あまりにとんでもない発言で私の集中を削がないでくれ」
直接本人からその手の話を聞かされている誠やアメリアと違って、かえでの変態性を伝聞でしか知らないカウラだが、かなめが時に得意げにかえでに施すプレイを大声で話す場面には何度も行きあたっていたのでまったく表情を変えずに前だけを向いて運転を続ける。
「それ以外にもかえで好みのアタシでも引くような過激で異常なマニアックな攻めまで要求される。アイツ等マゾの欲望には限りがねえのか!」
そんなかなめの怒りの拳を振り上げる様に歓喜の笑みを浮かべていたのがアメリアだった。
「ねえ、今度詳細にその内容を聞かせてよ。いつも聞くけどカウラちゃんが嫌悪感を感じて耳を背ける程度のプレイの話ししかしないじゃない?かえでちゃんのことだから純情なカウラちゃんがショック死するような過激なプレイの要求とかも当然あるのでしょ?今はカウラちゃんが運転中だからショック死されると私達も死んじゃうから後できっちり教えてよね♪」
すっかり笑顔のアメリアだが、かなめはそんなアメリアの言葉よりも自分がいかに調教しすぎたマゾの飼い主として苦労しているか話したい様だった。
「それについちゃあ、アタシの口からは言いたくねえ。最初の3時間はアタシの望み通りだが、その時点でかえでもリンも自分の意識が快楽で飛ぶのは予想しているようで、アタシにしてほしい超絶過激プレイをアタシの助手をさせているアイツの家臣のメイドに伝えてあるんだ。まあ、全部やったら二人とも確実に死ぬし、アタシも妹殺しにはなりたくねえからな。それ以前にあんなプレイを本当に一日で全部やるってアタシが生身だったらこっちが死んでるぞ!マゾが責めで死ぬのは分かるが、サドが攻めの過激さに耐えられずに死ぬなんてアタシのサディストとしてのプライドが許さねえ!」
かなめは大きなため息をつきながらとんでもないことを言い出した。
「6人?日野少佐と渡辺大尉と……」
誠はいくらかなめが生まれついての『女王様』だとしても6人の相手を務める本格的な『女王様』だとは思わなかった。そして、かえでとリン以外の4人の素性が気になっていた。
「ああ、6人の内容な、かえでと、リンとメイドが三人。それに料理人が一人で計6人と言う訳だ」
かなめは指折り数えながら日野屋敷の住人達の数を数えた。
「メイドさんが居るの?料理人は当然男よね……かなめちゃんはその男の料理人メインで責めるんだ」
アメリアは興奮した調子でそう言った。
「アメリア。オメエはかえでを分かってねえな。かえでは男の趣味についてはものすごく厳しいんだ。そんじょそこらの男で満足するようなタマじゃねえ。その料理人も当然女だ。全員が甲武の最底辺の岡場所の女郎屋から身請けしてきた食い詰め士族出身の女ばかり。全員がかえでの為なら命を懸けると言うようなあのリンと同じ精神構造を持ってる変態のマゾヒストだ。あの屋敷に入るとアタシも頭の中がおかしくなってくる……東和に来てからはそんなことはさせていないが、甲武では貴族の偉いさんから大金を巻き上げてなんだかすごいことをしていたらしいぞ。かえでがやってる私的な『疑似遊郭』みたいなもんだな。しかも花街の遊郭なんかじゃ味わえない過激プレイを味わえるんだ。しかもその一番の過激プレイを欲しがってるのは主催のかえで本人だ……頭が痛くなってくる」
明らかに呆れ果てた調子でかなめはそう言ってため息をついた。
「私はそんなところに行くのか……大丈夫なのか?私なんかが行って。面倒ごとに巻き込まれるのだけは勘弁してくれ」
『疑似遊郭』と言うかなめの言葉にカウラが明らかに嫌な顔をした。車は首都高速を抜けて京要道に入ったところだった。運転していたカウラが渋滞捕まったところで後部座席のかなめに不安そうな視線を向けた。
「その点は分かってるんじゃねえかな……アタシが行くと女共は全員裸でアタシの前に土下座して踏みにじってくれと迫ってくるんだ。たぶん今日はそんな上級プレイはやってこねえと思うぞ、なんと言っても今日は純情なカウラが主役なんだから。かえでは自分好みの女を落とすためならその超絶プレイガールスキルを見せるからな。当然、今回も主賓であるカウラの耐えられる程度の手加減はしてくるだろう。そう言う気が使えるところがアタシには気に喰わねえんだが」
かなめはあっさりとまたとんでもない発言をした。
『西園寺さん……西園寺さんはいつも妹の日野少佐を変態呼ばわりしていますけど、それにちゃんと応えてる西園寺さんも十分変態ですよ』
誠はそんな言葉が口を突いて出そうになるのを必死になって堪えた。自分がかえでの異常な脳内でどんな扱いを受けているのか想像すると誠はこの中での唯一の男として不安を感じざるを得なかった。




