第73話 誕生日の風景
「アメリア、何か都合の悪い事でもあったのか?クバルカ中佐は貴様に何か言おうとしていたぞ……貴様……自分に不都合な事実は我々に一切伝えない。それは悪い癖だという自覚は無いのか?」
急に端末の通信を切ったアメリアを不信の目で見ながらカウラはにこやかに笑ってケーキめがけて走っていくアメリアにそう言った。
「悪い癖?別にそんなことで作戦上の問題が起こったことは一回も無いじゃないの。じゃあこれからが本番よ!まずはケーキを切ってと……」
完全にカウラを無視して落ち着きを取り戻したアメリアはケーキの前に立った。カウラは相変わらずアメリアを監視するような視線で見つめていた。
「おいおい、一応パーティーなんだぜ。そんなに真面目な面でじろじろアメリアを見るなよ。主役がそんなしかめっ面じゃパーティーが台無しだぜ。パーティー慣れしてるアタシが言うんだ。間違いねえ。それに上の人間の知識が末端まで伝わるなんて言うのは軍人としては甘えとしか言えねえな。戦場はそんな甘いもんじゃねえ」
かなめは退屈そうにそう言いながら手にしたグラスの中の残り少ないワインを見つめていた。いつも飲んでいる蒸留酒に比べてアルコールの少ないワインに飽きてお気に入りのラムでも飲みたい。誠にはかなめがそんなことを考えているように見えた。
「アメリアさん、ケーキは最後にしましょう。それより他の料理が一杯あるんだから。皆さん遠慮しないで食べてね。でも本当に不思議よね、このお肉。ただヨーグルトに漬けただけなのにやわらかくて香りがあって……でも本当にその人西モスレムに軍人として国に帰られちゃったの?東都で、こんなおいしい料理が食べられるお店を出せば、立地条件さえよければたぶん人気店としてすぐに大金持ちになれるわよ」
食事を勧めつつ、薫はなんでも『特殊な部隊』にかつて居たカウラの前の第一小隊の小隊長だった西モスレムのエースが残したと言うレシピに基づいて作ったタンドリーチキンを口に運んだ。誠も一段落着いたというように、タンドリーチキンにかぶりついた。
「やっぱりケーキが無いと雰囲気でないわ!ちょっと誠ちゃん!テーブルの上のケーキを流しに運びましょう!そこで切るから!」
タンドリーチキンを一本食べ終えると思い直したようにアメリアはそう叫んだ。
「ケーキは後だ!とりあえず旨い鶏肉が有るんだからそれを食え!」
チキンにかぶりつきながらかなめはそう叫んだ。その誠から見てもとても上品とは言えない食べ方に甲武一の貴族であるかなめの本来の身分の面影は見えなかった。
「私は食事は小食、甘いものはたっぷり派なの!じゃあ、誠ちゃん!お勝手の流しにケーキを持って行ってそこでケーキを切りましょう!カウラちゃんのドレスにケーキのクリームが飛んだら大変でしょ?安全策よ。ちゃんと私は色々と考えている訳なの」
そう言うとアメリアは誠を見つめた。仕方なく誠はそのままテーブルの中央に置かれたケーキを持って立ち上がったアメリアについていって流しに向かった。
「おい……神前。全然飲んでねえじゃないか。ワインがアタシが飲んだ分しか減ってねえぞ」
かなめはそう言うとワインのボトルを手に立ち上がった。さすがにカウラの誕生日会と言うことでいつもよりペースが遅いかなめならいつものように誠の酒に細工をするようなことは無いと誠は安心していた。
誠はそのままテーブルから運んで来たケーキをアメリアに手渡した。
「誠ちゃん、ありがと。カウラちゃん!どれくらい食べる?……って!かなめちゃん!」
背後を振り返ったアメリアが叫び声をあげた。誠はその声に驚いて振り返った。
そこには手にしたワインの瓶の口をカウラの顔面に押し付けようとするかなめの姿があった。
「止めろ!」
ニヤニヤ笑いながらワインの瓶を押し付けてくるかなめにカウラがそう叫んで首を振った、その瞬間だった。
かなめの姿が瞬時にカウラの前から消えた。
それは誠から見るとどう見ても『消えた』としか思えないものだった。
「え?」
彼女を助けようと振り向いた誠だが、次の瞬間、居間の壁際にかなめが大げさに倒れこんでいるのが見えると言う状況だった。そしてそのすべてが分かっていたかのように薫は椅子から立ち上がるとかなめを助け起こした。
「まったく、酔っぱらいは困ったものね……誠も、あなたもね」
そう言って薫は何事も無かったかのように立ったまま自分の席に戻るとグラスの中のワインを飲み干した。まるで何が起きたかすべてを知っているような母の態度にも誠は驚かされた。だが、そこに踏み込むことは誠にはできなかった。
「なに?何があったの?」
ひたすらケーキを平等に切り分けるにはどう包丁を入れるべきかを考えることに集中していたアメリアは誠が立ち尽くしてカウラ達の方から視線を外さないのを見てもまるで状況が飲み込めないようだった。カウラもただ呆然と固まっていた。
「うー……」
かなめはしばらく首をひねった後、ゆっくりと立ち上がって手にワインがなくなっているのを見つめた。
「あれ?ワインが無い……アタシは……あれ?」
かなめは周りを確認してその急激な変化にただ戸惑うだけだった。
「駄目よ、飲みすぎちゃ。もう大人なんだから、酒は飲んでも飲まれるなよ。誠も覚えておきなさい」
そう言った薫の左手にはいつの間にかかなめが持っていたワインのボトルが握られていた。誠達はまったく状況がつかめなかった。ただ一人悠然とワインの瓶を手に薫は微笑んでいた。
「じゃあ続きよ」
説明が出来ない状況を追及するようなアメリアではない。そう言って流し台のケーキに包丁を入れた。誠もそれを見ながら切られていく白いクリームを見つめていた。
「アタシ……何があったか覚えてる奴いる?」
居間で相変わらず不思議そうにかなめがつぶやいた。カウラも誠もアメリアも状況がわからず黙り込んでいた。
「飲みすぎたんじゃないのか?いつもの事だ、気にするな」
カウラの言葉にもただ当惑しているかなめが椅子に座った音が聞こえた。
「誠ちゃん。何があったかわかる?」
ケーキを皿に盛るアメリアは小声で誠に尋ねた。一瞬だが、かなめが消えた瞬間、法術の反応は誠も確かに感じた。それは母から感じられていた。しかし母のそう言う能力の話は聞いていない。先日の法術適正検査でも、母からは能力反応が見られなかったと聞いていた。
「きっと今の空間転移は母さんの仕業だろうけど、母さんは法術師では無いはずだし……第三者の法術師が僕達を監視してる?そんなわけは無いな……僕のテリトリーにはまるでその気配を感じないし」
だが誠にそれを確信することはできなかった。誠は生まれた時から地球圏の国家の多くに監視されていた。彼等の中に『近藤事件』で法術が公になった今、その監視者の中に法術師が混じっていても不思議なことは一つもない。そう思い直して誠は気を落ち着けてこれまで彼等が監視以上の事をしてこなかった以上、今日もそんな事なのだろうと考え直した。
「ほら!ケーキよ!」
かなめが消えたことにばかり気が向いていて自分のやっていることに誰も関心を持ってくれない事態が気に入らないようにアメリアは大声を張り上げながら皿に盛ったケーキを運んできた。誠もそれに続いた。アメリアはまずプレートの乗った大きなかけらをカウラの前に置いた。
「ありがとう」
カウラはそう言ってチョコのプレートの乗ったケーキをうれしそうに見つめた。
「それでこっちがかなめちゃん」
イチゴが多く乗ったケーキの一切れがかなめの前に置かれた。
「ああ、うん」
まだ釈然としないと言うようにかなめはケーキを見つめた。そして彼女は思い出したように母にケーキを手渡す誠をにらみつけてきた。その犯人を決め付けるような視線に誠は戸惑っていた。
「なんですか!西園寺さんのその目!僕の仕業じゃありません!僕にはあんな器用な日野少佐や茜さんみたいな法術の使い方なんかできませんよ!」
誠はそれしか答えることが出来なかった。それでも納得できないと言うようにかなめはグラスにワインを注ぎ始めた。二人の微妙な距離感にカウラがあわてているのがわかり、二人ともとりあえず落ち着こうとワインを手にした。
「かなめちゃんはケーキを肴にワインを飲むの?変なの……」
自分のケーキをテーブルに置いて腰を下ろしたアメリアの一言を聞くと、かなめは相変わらずどこか引っかかることがあると言うような表情でケーキをつついた。
「大丈夫よ。ケーキには、何もしてないわよ」
そう言ったのは薫だった。誠は何か隠している母を見つめてみたが、まるで暖簾に腕押し。まともな返答が返ってくるとは想像できなかった。誠は仕方なくケーキを口に運んだ。
「あ!」
カウラがケーキのプレートを口に運びながら、突然気が付いたように声を上げた。のんびりと自分のケーキにフォークを突き刺していたアメリアが急に顔を上げてカウラを見つめた。その様子がこっけいに見えたのか、かなめが噴出した。
「なに?なんだ?何かわかったのか?」
笑いと驚きを交えたようにかなめはそう言った。今度はそんなかなめがおかしく見えたらしく、カウラの方が笑いをこらえるような表情になった。
「そんな大したことじゃない。思い出したことがあるんだ」
「だからなんなんだよ!」
怒鳴るかなめを見てカウラは困ったような表情を浮かべた。その様子を覗き見ながらアメリアは苦笑いを浮かべた。
「だからな。ケーキを食べるならコーヒーを入れたほうが……」
いかにも融通の利かないカウラらしい天然発言に一同は安堵の笑いを浮かべた。
「おい……くだらないこと言うなよ……ケーキにはコーヒーが無いといけないなんて言う法律は聞いたことがねえ」
かなめは怒りを抑えるようにこぶしを握り締めた。アメリアも誠もつい噴出してしまう。
「いいわねえ……女の子は花があって。男の子はだめ。つまらないもの」
そんなかなめ達を眺めながらぼやいてみせる母に仕方がないというように誠は顔を上げた。
「すいませんねえ。つまらない一人息子で」
愚痴る母親を見上げながら誠は甘さが控えめで香りの高いケーキの味を楽しんでいた。
「でも……いいな。こう言うことは」
カウラがそう言った。祝うと言うことの意味すらわからなかっただろう彼女の言葉に誠は心からの笑みを浮かべていた。
「そうだな。悪くない」
「悪くないなんて……かなめちゃんひどくない?素敵だって言わなきゃ」
「まあ、あれだ。オメエがいなけりゃ最高のクリスマスだな」
「なんですって!」
再びかなめとアメリアがじゃれあっていた。誠もカウラの表情が明るくなるのを見て安心しながらケーキを口に運んだ。
『これがクリスマス……こんな素敵な行事があるんだ……カウラさん、西園寺さん、そしてアメリアさん。こんな素敵な人たちと出会いがあった今年。隊長がいなければ僕はこの三人とは出会えなかった……そこだけは感謝してあげてもいいかな』
いつも自分をおもちゃにしてニヤニヤ笑っている顔しか思い出せない嵯峨の若すぎる顔を思い出して誠は苦笑した。




