第72話 いつものように
「これは……?」
しばらく絵を見つめていたカウラの表情が突然硬くなった。その微妙な変化に誠は何が起きたか理解できないでいた。それを見ていたかなめがにんまりと笑った。
「そう言えばよく見るとアメリアが前に作っていたファンタジーロールプレイングゲームとは名ばかりの男性の性的好奇心を満たすゲームのキャラに似てるな。特に目元が……神前は私をそんな目で見ていたのか……」
カウラの一言に誠は冷や汗が流れ出すのを感じていた。恐れていた指摘。写実調は自分らしくない。だからアニメっぽく寄せた。
けれど、普段アメリアに描かされている『人様に見せられない立ち絵』の癖が、目元に出た。
誠はそこで初めて、自分の絵柄がアメリアのエロゲ脳に汚染されてしまっていることを悟った。
そんな誠の焦りの表情を見てにんまりとかなめとアメリアが笑っていた。
「ああ、これって以前、誠ちゃんに頼んで描いてもらった純愛系エロロールプレイングゲームのヒロインでしょ?」
いかにも当たり前のように放たれたアメリアの言葉にカウラが固まった。それを見て我が意を得たりとかなめは笑った。
「で、アメリア。いくら稼いだ?……ああ、内容をカウラは知りてえのか?じゃあ教えてやるとだ、うだつの上がらねえ主人公が、女魔族に『教育』されて、だんだん歪んでいくやつだ。かえでの趣味が混ざって、ろくでもねえ方向に。オメエ等やかえでの考える事なんざアタシには手に取るようにわかるんだ。それで、それを同人サイトで売って小金を稼いだわけだ。いくら稼いだ、言ってみろ。それを言ったらこのキャラとその似ているキャラの関係をランの姐御には話さないでおいてやる。いくら稼いだ?」
冷やかすようなかなめの言葉にカウラの頬が怒りに震えていた。さすがのアメリアも自分の言葉にかなり神経質に反応しようとしているカウラを見て自分の軽い口を呪っているような表情を浮かべた。
「ええと、そのー……。まあ、純愛系だから。愛だから。それはもうソフトで穏やかな物語よ。愛と冒険で彩られたファンタジーのお話。かえでちゃんからのアドバイスは反映しているような……していないような……ねえ、誠ちゃん!」
誠の記憶では純愛系とは言え、かえでの助言により変態的なかなりハードな内容だったことを思い出しつつ誠は渋々うなずいた。
誠とアメリアの焦りの表情を見て一瞬笑みのようなものを浮かべた後、カウラは大きく深呼吸をした。
「ほう、純愛系か。それは逃げ口上に聞こえるのは私の気のせいかな?それにしてもどういうキャラなんだ?教えてくれないか。これは単純に好奇心から質問しているんだ。難しく考えてくれる必要はない。それと私は怒っていないからな。別作品だったとしても同じ漫画家のキャラクターが似ることは良くある話だということくらいは私も常識として知っている。教えてくれ」
カウラは怒りに震えながら一言一言確かめるようにしてそう言った。
誠もアメリアも黙り込んだままカウラの言葉の重い迫力に負けてうつむいてしまった。
「いい。何度も言うように単に好奇心から聞いているだけだ。別にそれほど深く考える必要は無い。純愛なんだろ?愛し合った結果なんだろ?それならそう言うことにしておいてくれていい。何度も言うが同じ絵師が描けばキャラクターが似て来るのは仕方がないとは理解しているから。安心して話してくれ……いや、話せ」
カウラは明らかに作った笑顔でアメリアを見つめた。とても好奇心で聞いているとは言えない顔がそこにはあった。
誠ははらはらしながら返答に窮しているアメリアを見つめた。
「あれってアタシに『こんなゲームはこれまでに無いわよ!』とかアメリアが言ってきた奴じゃなかったか?内容を聞いたらそんなのこれまでもうんざりするほどあるだろって思うようなありきたりな奴だった。高校生のうだつのあがらない主人公が、女魔族に自分が魔王の魂を持っていることを告げられて、その女魔族を付き従えてこの世界のいろんなことを一から教育していくと言う展開の物語って奴。その過程で女魔族の支配していた魔界で反乱を起こしたエロい攻撃ばかりしてくる魔獣やかつての配下のエロい連中からその世界を取り戻すといういわゆる典型的なエロゲのシチュエーションだな。その教育がかえでが神前にしたい『ご主人様育成教育』と言う真正のマゾのかえでの理想の飼い主にプレイヤーを育てるという展開はアタシから見てもありがちだと思ってたんだ。で、いくらで売ったんだ?神前の原画は同人業界では人気みたいだから結構数は出ただろ?あれだけありがちな展開だったら安くしたんだろ?で、どうなんだ?いくら儲かった?」
かなめはゲームの内容をほぼ完全に把握しているのは間違いなかった。たぶんアメリアに無理やりタバコ銭でデバッグか何かを頼まれたんだろう。したり顔で話を続けようとした。
「ちょっとたんま!お願い!勘弁して!薫さんもいるんだから!それにこういう時だと喜んでいつもはあれほど嫌がってるかえでちゃんの話を平気でするのね、かなめちゃんは!そんなに私が困るのが面白いの?酷いんじゃない?それに自分は無駄遣いばかりなのに人が頭をひねって手に入れたお金には妙に興味を示すのね!そんなにお金に困ってる私や誠ちゃんの財布の中身に興味があるの?」
アメリアは内容を知り尽くしているらしいかなめの発言が自分の都合の悪い方向に向かうのを避けようと必死になって叫んだ。
「え?私のことは気にしなくていいわよ。誠も結構そう言うゲームやってたわよねえ。お母さんが知らないと思ってたの?知ってたわよ、誠のゲームのコレクションくらい……それは知ってたわよ。17の頃、年齢偽って18歳以下は買えないはずのそう言うゲームに夢中だったのも。野球部の『あの事件』の後、ずっとそればかりだったのもね……なんてことをお母さんが知らないと思ってるの?」
薫の言葉にさらにアメリアが慌てふためいた。同時に隠していたつもりの端末のパスワードが実は母にはバレていてこれまでプレイしたゲームのログがすべて母に覗き見られていた事実を知って誠は絶望した。確かにそれを見ていれば薫がその中で出て来るどう見ても性的考え方が歪んでいる女性を誠が理想としていて、そんな本来実在するわけが無いそんな性癖の女性に限りなく近い考え方の持主のかえでを『許婚』と認めてしまった事実も納得がいく話だった。
そんな状況を母、薫はうれしそうに見ていた。かなめはここぞとばかりにアメリアと誠をいじるべくさらに何を言おうかと考えをめぐらした。
「それは興味深いな。その女魔族が私……で?その主人公はこの社会の常識をどのようにその女魔族に教えたのかな?あの日野の社会常識……限りなく性犯罪の匂いがするな……これは気になるところだな。アレは常識では無い。アレが常識ならその世界はその淫らさゆえに崩壊する。間違いない」
カウラはアメリアと一緒に無理やりこの手のゲームをやることもあるので、大体こういう時は主人公はろくな常識を無垢なヒロインに教えないと学習している。しかもその常識がかえでの性的嗜好を反映しているとなればすべて反社会的行為以外の何物でもないのは間違いないので、そう言ってアメリアをにらみつけた。
台本を書いたアメリアが黙り込んでその回答を拒否する様子を見て取ると、アメリアに聞くだけ無駄だと思ったようにカウラが今度はかなめに顔を向けた。かなめは明らかに誠を困らせようというこれ以上ないいい笑顔をして話をつづけた。
「まあ最初はSの香りが微塵も無い普通の高校生の主人公が、このどう見ても顔はカウラと言うヒロインのドMな魔族に手ほどきを受けて立派なサディストに育てていくわけだ。数々のクエストで出会うエロ魔人の調教を強制的に受け入れることでさらにMになるヒロインに救いの手としてさらに過激なプレイで正気を戻すというのがあのゲームの売りだよな?まああれだな。まあ、カウラにも分かりやすく言うとかえでが神前にやろうとしていることだな。アイツも東和の常識を知らねえのがまるわかりの内容だった。あんなことを普段したらすぐにお巡りさんのお世話になることになるぞ。まあ、かえでがそうなっても叔父貴とランの姐御とリンが八方手を回して釈放になるから大丈夫か。神前、あのゲームみたいにかえでを扱ったら間違いなくそうなるから注意しろよ。ああ、その時に童貞も捨てられるな。一石二鳥だな。良かったな……そん時は塀の中でかえでの思い出を胸に臭い飯を食いながら暮らせよ」
かなめは明らかに誠とアメリアへの嫌がらせの為にゲームの説明をした。アメリアはうつむいたまま動かなくなり、誠はただ愛想笑いを浮かべて怒りに肩を震わせるカウラを見守っていた。
「あー!あー!聞こえない!」
顔を上げたアメリアが突然大声で叫んだ。誠はただ諦めきった死んだ笑いを浮かべるしかなかった。
「つまり……そのマゾヒストの魔族のイメージが神前の頭の中にはあるわけだ……しかもカウラの顔で。ああ、そう言えばあの魔族は胸がでかかったなあ。やっぱ、神前はかえでの『許婚』にふさわしいわ。立派なサディストとしてアタシの代わりにかえでを調教してやってくれ。アタシもアイツで遊ぶのに飽きてきたところだ。丁度良いや、アイツをくれてやる。煮るなり焼くなり好きにしろ。アイツもそうすると喜ぶぞ。アイツは究極のマゾだから。本当に煮たら喜ぶぞ。まあアイツは不死人じゃないから死ぬけど本人がそれを望んでいるんだからそれでも良いんだろ。まあそうすると神前はやっぱり塀の中だな……娑婆の空気を今のうちに存分に味わっておけよ」
かなめはそう言って笑い始めた。誠はカウラの軽蔑するような視線が自分に突き刺さるのをひしひしと感じていた。
もうこうなったら現実から逃避しようと誰が見ていようが関係なくアメリアはランがこの状況を呆れた調子で見ている大画面の端末とは別の小型の携帯端末を取り出して時間つぶしの落ちゲーをはじめて逃避に走る。彼女に伝授され、そう言う系統のゲームがどう展開するのかカウラも知り尽くしていた。しかもアメリアの趣味に男性向け、女性向けと言うくくりは関係が無いものだった。
「ああ、しかもヒロインの登場場面は全裸じゃなかったっけ?あれも全部神前が描いたんだよなあ……童貞のくせによくあんなにエロい女の身体を描けるな……実は叔父貴みたいに童貞は童貞でも素人童貞で風俗には行ってるんだろ?正直に言ったらどうだ?ここからなら吉原も近いし」
大笑いを終えたかなめが最後にそう付け加えた。
「へえ、そうなのか……全裸か……日野少佐なら喜んで神前の前で神前に命じられれば裸になるだろうな……私は……そう言う目的ではお断りだが」
カウラの表情が次第に凍り付いていった。画面では他人事という安心感を前面に押し出しているようないい顔のランが映っていた。
「さ!プレゼントは片付けましょ!食事を楽しまないと。ねえ、かなめちゃんも雰囲気を変えて……そうだ!ケーキを切りましょうか?あ?ナイフが無い。それなら私が……」
ゲームに逃げていたアメリアは逃げても状況は変わらないと端末を投げ捨てると、慌てふためいてしゃべり続けた。だが、カウラの鋭い視線が立ち上がろうとするアメリアに向かった。
「逃げる気か?アメリアは自分が都合が悪くなるといつも逃げるな。要領が良いのと逃げて回るのは貴様の専売特許だな」
低音。カウラの声としては珍しいほど低い声が響いてアメリアはそのまま椅子から動けなくなった。
「でも……アメリアさんが理想の女性を描けばいいのよって言ってましたから……」
ポツリとつぶやいた誠の一言が本音として吐かれた。
それが場の空気を一気に変える事になった。カウラの頬が一気に朱に染まり、それまでびんびん感じられていた殺気が空気が抜けた風船のようにしぼんでいった。一方で舌打ちでもしそうな苦い表情を浮かべていたのはよりカウラがキレてどんな反応をするかを楽しみにしていたかなめだった。
そんなカウラを見てアメリアはここは攻めどころだとカウラの前に立ちはだかり教師のような口調で話し始めた。
「そうよ……ねえ、あくまで理想だから。フィクションだから。実在のカウラ・ベルガー大尉ともあのゲームの原案の日野かえで少佐とも関係ないから。企画、シナリオ担当の私が言うんだから間違いないわ。これはお遊び。分かった?」
言い訳がましくアメリアはそう言ってなんとかその場を取り繕うとした。
「誠の理想はカウラさんなの?ちょっと望みが高すぎない?かえでさんは……あの人はちょっと変わってるから誠にはちょうどいいかもしれないけど」
薫は終始笑顔で慌てるアメリアと誠を見守っていた。アメリアは必死にごまかそうとした。誠はただ苦笑いを浮かべるだけだった。
『おーい。ゲームの話で盛り上がっているところわりーんだけど、放置されてるアタシの身にもなってくれねーかな?薫さんが落ちを付けてくれたところで……アタシの話の方は良いか?』
ようやく切り出せると言う感じで端末の中で黙って様子を伺っていたランが口を開いた。アメリアはとりあえず気を静めようとグラスのスパークリングワインを飲み干した。
「サラちゃんの歓迎でしょ?まあこういう時は……」
自分にとって都合のいいタイミングで割り込んでくれたランに感謝するようにアメリアはそう言って話題を完全に『特殊な部隊』での野菜収穫についての話に持って行こうとした。その見事な切り替えにしばらく呆けていたカウラが我に返るのが誠から見てもおかしかった。
「サラの野菜が手に入るならいいんじゃないの?それに『釣り部』の連中もこういう時くらいは役に立ってもらわないと。薫さん、欲しい野菜は?魚なら何でも……ああ、蟹はこの前食べたからいいわよね。私としては誠ちゃんのアレより二倍は大きい鯛は譲れないわよ!正月にはそれを食べましょう!」
アメリアは自分に都合の悪い記憶をカウラから消し去ろうと必死になって話題を薫に振った。
「ええと、クワイはまだ買ってないでしょ。次にレンコンも無い。ごぼうはたたきごぼうにするから結構数が欲しいかもしれないわね……それと関東のお正月と言えば新巻鮭。あれって結構高いけど……本当にいただけるの?」
あまりに悲壮感漂う雰囲気のアメリアに声をかけられて驚いたように薫は足りないものを数え始めた。
『ああ、それなら後で一覧をメールしてくれねーかな。整備班の連中やかえでの猟友会のツテ、そして年中釣りしかしてねえ『釣り部』の連中に食材なんかに当てはまるのがあるようなら用意しとくから』
ランは薫の要求にすべて任せろというように小さな胸を張った。
「良いんですの?特に新巻鮭なんて結構するわよ」
薫はしばらく小さい子供にしか見えないランを見つめた。じっと薫に見つめられて困ったような表情でランはおずおずとうなずいた。
「じゃあこれくらいで良いでしょ?切りますよー」
『おい……それ……』
アメリアの手の中で端末の画面が暗転した。
ランが言いかけたのは『30日の件』なのか続いて何かを言おうとしたらしいことが気になったがアメリアは何かそれについて何か知っているようにランを無視してアメリアは通信を切った。
まるで何かを隠そうとしているような彼女の表情にカウラは何かの疑いを持った視線を浴びせ続けた。




