第71話 タイミングの良すぎる人
「こんな時間に連絡よこすなんてランの姐御ぐらいだぜ!あのくそちび!タイミングよすぎ!こんなタイミングで9歳にしか見えないその本人から通信……笑いが止まらねえや!確かに今回のカウラの誕生日の事は姐御も知ってるが、よりにもよって今かよ!さすがは『人外魔法少女』を自称するだけの事はあるな!まるでこっちで何やってるか見ているみてえだ!そりゃあ確かに誰も勝てるわけがねえわな!」
かなめはそう叫びながら笑う。アメリアも必死に笑いをこらえながら立ち上がるとそのまま携帯端末の画面を起動した。起動した画面に映っていたのが幼い面影の副隊長のランだったところから、それを見たとたんに思い切りアメリアは噴出した。
『おう、元気か?って……何やってんだ?どーせアタシの噂でもしてたんだろ?聞くのが嫌だから細かいことは聞かねーけど』
こちらの話題などはまるで知らないランが、ぽかんとした表情で画面に映っていた。ランの表情から通信のタイミングが今になったことには特に深い理由はないんだろうと誠は察した。
「いえ……別にこちらのことですから。でもまあ、ちょっとタイミングが良すぎたかなあとは思ったんですけどね」
アメリアは画面の中でいかにもアメリア達が自分の事をあしざまに言っていたということなどすべてわかっているという表情のランに向けてそんな言い訳をした。
『ふーん。オメーがそう言うならそう言うことにしといてやる』
ランの視線が画面の端へ泳いだ。宴の料理が気になっているのだろう。
幼い顔なのに、にらみつけるみたいな迫力の目……誠はなぜかライバル魔法少女を連想して、ひそかにときめいていた。
「本当に何も言ってたわけじゃないんですよ。何にも無いですよ、別に何にも……姐御はいつも立派で偉大で尊敬するに値する上司だと言ってただけで……マジでそんな話をしてたところに通信があっただけですから」
かなめも下手に言い訳をすると何かというと洒落にならない折檻方法を具体的に述べながら色々脅して来るランの怖さは知っていたので、作り笑いを無理やり浮かべてカメラの範囲内でじっとしていた。
『西園寺がそう言うところを見ると、アタシのことでなんかひでー噂話でもしていやがったな?どうせ言ってる内容は想像がつくから詮索しねー。出来た上司だろ?アタシは……話の内容を聞いていない以上査定には響かねーから安心しろ』
そう言うとランは苦笑いを浮かべた。その穏やかな表情を見ればこの通信が緊急を要するものでないことはすぐにわかった。誠はとりあえず飲もうとして口に持っていったグラスをテーブルに置いた。
『まあ、あれだ。隊長からオメー等の個人的な集まりに口を出すなんて野暮だから止められてお祝いに行けなかった連中からなんだけど、おめでとうってカウラに伝えとけってことだから代表してアタシが連絡したわけだ。特に整備班の連中は島田の馬鹿が隊長の口車に乗って勝手に作業指揮をサボって抜け出した以外は、ほとんど不眠不休であの使えるかどうかも分からねー『武悪』の調整でてんてこ舞いだ。エンジンだけは隊長の力で回るが、重力制御もアクチュエータも追いついてねえ。馬力がでかいだけの車で、路地を走ってるみたいなもんだ。まあ、そこら辺は隣の工場の05式の余剰部品と取り換えて見るそうだが……それでもまだエンジンの出力が余るんだ……あんなもん作った馬鹿の気が知れねーや』
誠は昼間に出会った島田とサラと菰田のことを思い出した。そして今頃はそれが嵯峨の差し金と知って四人を並べて隊長室で説教しているランの姿を想像して渋い笑みを浮かべた。
「ご苦労様ですねえ、副隊長殿……整備班は良いとして他はどうなんです?私としてはうちの子が勝手に暴れたりしてないかが心配なんですけど……エロゲの作成というする仕事を与えてた間は良いんですけど、今はそれも終わってあの子達すること無いじゃないですか?私だって考えてあの子達を使ってるんですよ……その過程で私の趣味が絡んでいるだけですから!」
アメリアは、運航部の連中が心配なのだろう。一応、部長職として放っておくと何をするか分からない運航部のアメリアに毒されて笑いに走る人生を歩んでいる運航部の女子達が心配の様だった。
『は?アメリア。テメーが休みを取りたいとか色々駄々こねたからこうなったんだろうが!まったく誰のせいだと思ってんだよ。連中はオメーがやってるアタシには見せたくないとか言うゲーム作りでずっと宿直室にこもりっぱなし。なんでもオメーのやる『デバッグ』とか言う仕事を自分達もしたいと言って自主的にやってる。他の連中は菰田が抜け出したおかげで来季予算の算出根拠の計算の作業が止まっちまったから、それの肩代わりをパートリーダーの白石さんから頼まれてそれをやってるわけだ。一番の問題児の部長であるオメーがいねーから実に静かなもんだ。アタシとしては今の状況の方がありがてーくれーだ』
ランは苦笑いを浮かべつつそう愚痴った。とりあえず隊の日常は誠達がいなくても普通に回っているらしいと誠は安心した。
『でだ。話は変わるんだが、島田の馬鹿が今日オメー等とあった時に伝えるのを忘れたそうだから伝えとくと、30日にサラが隊としてのカウラの誕生日のお祝いをしたいとか言うからさあ……なんとかならねえかなー……なんでも色々渡したいもんが有るんだそーだ。その日に都内から豊川まで来るのは帰省ラッシュの渋滞だらけで大変なのは分かってるけど、なんとかならねえか?ここはアタシの顔を立ててくれよ……頼むわ』
急にしおらしい顔をしてランはそう言ってきたのでかなめとカウラは顔を見合わせて渋い顔をした。
「え?私達は非番じゃないですか!それに中佐の言う通り30日に都内から豊川の京要道は大渋滞ですよ……何時間かかると思ってるんですか!」
アメリアの声の調子が高く跳ね上がった。そしていつでもランの意見を論破してやろうと言う表情でアメリアが身構えるのが誠にはこっけいに見えて再び噴出した。
『だからこうして頭を下げてるだろーが!それに別に仕事しろとは言わねーよ。なんでもサラを中心に運航部のアメリアの仕込んだ馬鹿女達と島田の馬鹿の仕込んだ技術部の男衆が面白い見世物をするから見て欲しいんだと。それとおせちに使える野菜を収穫したからそれも渡したいとか言ってたぞ。丁度、大晦日におせちを準備するのにも良い日取りだ。まあ、オメー等におせちを作る技量があればの話だがな。まあ、神前の母ちゃんに必要なものを聞いてメモしてアタシの端末までメールで送ってくれ。野菜関係なら都内で買うよりこっちの方が安いし、魚なら今から頼めば『釣り部』の連中をアタシが脅して用意させる。悪い話じゃねーだろ?』
ランの苦笑いは消えることが無く続いた。アメリアは頭を掻きながらドレス姿のカウラを見つめた。
『あれ?そこにいるのは……誰だ?変な服を着た女がいるぞ……誰だ?見たことがねー奴だな』
不審そうな顔でランはそうつぶやくのを見てカウラは顔を上げてアメリアの手から携帯端末を奪い取った。
「私です!ベルガーです!他の誰に見えるというんですか?」
半分やけになったようにカウラは叫んだ。ランはそれを見てぽかんと口を開いた。
「凄いでしょ?このドレスもティアラもネックレスも全部かなめちゃんのプレゼントなんだって!」
アメリアの声を聞いてかなめは胸を張った。そしてしばらく放心していたランだが、次第に底意地の悪い笑みを浮かべ始めた。
『なんだ?まったくもって『馬子にも衣装』の典型例じゃねーか。似合うとか似合わないとか言うより衣装に着られてる感じだなその様子だと……はっきり言う。似合わねえ!』
満足げにそう言うランだが普段からどう見ても堅気の人間の着こなしで着流し姿の私服で生活している見た目が8歳幼女のランの格好の方がよっぽど滑稽だとこの場にいる全員が思っていた。
「失礼なことを言うのね、ランちゃん。レディーにそんなことを言うもんじゃないわよ!」
ランの服の趣味を指摘すると定に響くのを察してかそれには触れずにアメリアはそう抗議した。
『いやーすまん。つい本音が出ちまった。うちの『駄目人間』にもよくアタシは腹芸が出来ねーって馬鹿にされるからな。ここんところは笑って許してくれや』
アメリアの言葉にランは素直に頭を下げた。そして誠は今のタイミングだと思って椅子から立ち上がると二階に上がる階段を駆け上がった。
誠は飛び込んだ自分の部屋の電気をつけた。そしてすぐに机の上のイラストを入れた小箱を手に取ると再び階段を駆け下りた。
「おう!来たぞ、神前だ」
画面を通して上官が見ているというのに、スパーリングワインを空にしてさらに赤ワインに手を伸ばしていたかなめが顔を上げた。
『なんだ?その薄い板みたいなものを大事そうに奇麗な紙で包んで……ここは神前得意のイラストのプレゼントか?』
ランも興味深そうに誠の手の中の箱に目をやった。その好奇心に満ちた表情はどう見ても見た目どおりの幼女にしか見えなかった。
「それは……」
ドレス姿のカウラは動きにくそうに誠に振り返る。誠はそのまま箱を手に持つとカウラに突き出した。
「これ……プレゼントです!一生懸命描きました!受け取ってください!」
一瞬何が起きたのかというような表情の後、カウラは笑顔を浮かべてそしてすぐに周りの視線を感じながら恥ずかしそうにうつむいた。
「あ、ええと。ありがとう……誕生日に部下からプレゼントをもらう……本当にいいものだな」
小さな声、いつものカウラとは別人のような小さな声でカウラが答えた。そしてカウラは静かに箱を受け取ると胸の前に抱えるようにしてそのままテーブルの片隅に箱を置いた。まかれたリボンを丁寧に解いた。
「アタシのドレスには感謝の言葉一つねえのに神前のだと顔色まで変えやがる……下心見え見えだぞ」
かなめの愚痴に顔を上げたカウラはにらみつけるように、かなめを見るがすぐに興味を失って丁寧に包まれた箱を取り出した。
「どんなの?ねえ、どんなの?」
ニヤニヤ笑いながらアメリアが身を乗り出してきた。端末の画面では興味津々と言うようにランが目を輝かせていた。
リボンが解け、箱が開かれた。
「あ……あのときの私か。神前にはこう見えていたんだな……ありがとう」
箱の中の色紙には宝飾店で身にまとった刺繍の施されたドレスのカウラの姿が描かれていた。カウラはしばらく誠のイラストを見つめた後、すぐに恥ずかしそうにうつむいてしまった。
カウラの瞳には涙が滲んでいた。
「カウラ、泣くなよ。化粧が崩れる」
場を読まないかなめの言葉を聞いてカウラは拭っていた手を止めてまた再び背筋を伸ばして目の前の誠の描いたイラストに向き直った。
『おい、どんなのだ?見せろよ。神前が描いたんだろ?神前は絵が上手いからな。アタシも見たいんだ。こっちからも見えるようにしてくれよ』
ランは画面の中で背伸びをしていた。もちろんこちらには届くはずもない。その必死さが可笑しくて、誠はつい笑ってしまった。
「どうせ、隊に持っていくことになるんだからランちゃんはその時見ればいいでしょ?イラストは逃げたりはしないわよ」
アメリアの脳内ではカウラにプレゼントしたイラストは機動部隊の詰め所に飾られる予定らしかった。誠はそれを聞いて自分でも驚くほど顔が真っ赤に染まるのを感じていた。
「ありがとう。本当にありがとう」
ただひたすらカウラはそんな言葉を誠に向けて繰り返すだけだった。その目に光る涙。誠は自分の努力が報われた数少ない経験の一つを、噛みしめるように優しい笑顔でカウラを見つめた。




