第67話 会計は菰田
かなめはダウンジャケットの下の銃を、ちらりと見せた。
それを見ると、島田、菰田、サラは即落ちた。
三人はそのまま、誠が通っていた『安くてうまい』で有名な蕎麦屋に連行された。
そして……全部、吐かされた。
カウラの予想した通りすべては嵯峨の差し金だった。今日、必ず誠はカウラと出かけるのは間違いない。そこで変な間違いがあると神前に密かに思いを寄せているということが全隊員にバレバレのパーラが、そのままカウラと誠が結ばれたと勘違いしてそのまま世をはかなんでどんな凶行に出るか分からない。島田に全責任を任せるからそれを防げ。嵯峨は要するに状況がより自分にとって愉快な展開になるためだけに島田、サラ、菰田と仲間達をここにやってくるようにけしかけたという。
誠は常識人であるパーラが凶行に走るとは考えられなかったので、それは嵯峨が島田達を躍らせる為の誇張でさすがにそこまでじゃないだろうと思ったが、それを本気にしている島田の威嚇するような視線を見ると黙り込むしかなかった。
確かにカウラやかなめやアメリアと話す誠を遠くから見つめるパーラの視線に気づいていた誠は、嵯峨がどれだけ大げさにパーラの隊における重要性とそのネガティブ思考を島田達に植え付けて、ここにやってくることを仕向けたかを想像すると腹が立ってきた。
「なるほど……やっぱりお前等をけしかけたのは叔父貴か……叔父貴は、人の不幸を肴にするタイプの人間だからな。それで今頃はあのゴミ部屋同然の隊長室で大笑いしていやがるぞ。そう考えると腹が立って来た」
かなめは半分諦め気味に『駄目人間』嵯峨のいつものあくどい悪だくみにため息をついた。
「あの暇人、神前を完全に自分のおもちゃだと思っていやがる。叔父貴なら甲武陸軍諜報部にコネがあるから盗聴器はタダで手に入るからな。金がないからって珍妙な遊びを部下に仕込んで後で自分が楽しむんだろ……そんなだから誰からも性格が悪いって言われるんだ」
蕎麦をいかにも江戸風に啜る姿に下町生まれの割に蕎麦の食べ方がもぞもぞ食べるとかなめに評される誠は苦笑いを浮かべていた。
「世の中の弁護士の九割は人格破綻者だというのは本当だな。あれも立派な人格破綻者だ。人の不幸で飯を食うのが弁護士って奴だからな。あの仕事はそれを楽しみと思える神経が無けりゃあ務まらねえ。法律を条文通り理解して回答を出すのが仕事なら全部地球みたいにAIに任せろよ。そっちの方がよっぽど低コストで順法精神に則ってる。そのどう見ても読みようがない読み方で条文を読んでその一点で利害を決めて裁判官を騙すのが良い弁護士の条件だろ?そんなんだったら性格が悪くなって当然だ」
誠も嵯峨や目の前で蕎麦湯を楽しんでいるアメリアから、地球圏では知的労働をする人間は役人と軍人しかいないと聞かされていたので、かなめのその極論にもなんとなく納得が出来た。
「その点、茜が弁護士を辞めたのは正解だな。アイツは真っすぐすぎる。性格が良い人間にはやっぱり弁護士は務まらねえんだ」
確かに茜の順法精神は法術特捜で事件解決の為ならどんな法律を犯しても構わないというかなめとは違い、あくまで適法な捜査に拘り過ぎるのは誠から見てもとても同情の余地のない詐欺師や殺人者の弁護など務まらないとは感じていた。
「しかも茜の奴は世にも珍しい『エロキャンセル脳』の持主だからな。ちょっと雑談をするとすぐにエロい話題が出て来るアイツが継いだ叔父貴の弁護士事務所のある風俗街のそっち系の嬢やホスト達のエロ会話を、そのエロの内容をまったく理解せずにただ法律問題や人権問題として処理していた。だからアイツは『鋼鉄の処女』と呼ばれるんだ。そっちの方に話題が行くと自動的に脳がその内容の理解をシャットアウトするんだ。アタシやアメリアやかえでがいくら下ネタを振っても完全に脳が停止して理解を拒否していやがる。茜はたぶん生涯独身だぜ。アイツにも半分は地球の血が流れてるのに……不思議なもんだな」
そう言ってかなめは静かに手にした汁の中に静かに蕎麦湯を注いだ。かなめの時にダウンジャケットの下の銃を叩く動作を見るたびにびくりと震えて中々箸の進まない菰田を見て誠は同情すると同時に、あまり好きではない菰田が誠をおもちゃにしている嵯峨の口車に乗ってかなめに制裁を受けている様が少し痛快に思えていた。
一方、かなめから情報を聞き出してもその馬鹿さ加減のせいでろくな答えが返ってこないからと言うことで無罪放免になっている隣のテーブルの島田は、誰が聞いても笑いようがない洒落を言ってそれに突っ込むサラと大笑いしながらいかにも楽しそうに蕎麦を食べていた。二人の大声に店内の他の客は明らかに迷惑そうに島田をにらみつけるが、『喧嘩最強』を自称する島田は鋭いヤンキーのガンを飛ばしてその客を一人一人黙らせていった。
「島田!サラ!オメエ等うるせえ!蕎麦はもっと静かに食え!」
そんな島田でさえ逆らえない、いつ銃を発砲するか分からない危険な存在であるかなめが島田達を怒鳴りつけた。さすがの島田も銃には勝てないのでかなめの怒鳴り声を聞くとこれまでの大声のボリュームを落とした。
「かなめちゃんここで発砲は止めてね。それにかなめちゃんの声のほうが島田君たちよりうるさいわよ。それと茜ちゃんが『鋼鉄の処女』なのは隊長の悪だくみとは無関係じゃないの?確かにあのエロ中年の一人娘が言葉通り『鋼鉄の処女』の茜ちゃんなのは天下の七不思議なのは確かだけど」
かなめが怒鳴りアメリアがたしなめる。それを見ながらカウラはお代わりした蕎麦をすすっていた。
「でもまあこれで……」
すべてを嵯峨の差し金と言うことで話がついたということで何とか逃げ出そうとする菰田はそう言って立ち上がろうとした。
「菰田君。ご苦労さま。さようなら……出来ればカウラちゃんが食べ終わるまでに会計済ませといてね。そしてそのまま永遠に豊川の街に帰らずにあのまま二度と私の視界に入らないでくれると私としては気分が良いんだけど……隊に帰っても貴方の部下のパートの人達も含めて誰も悲しまないから安心してこのまま行方不明者としてどことなりとも行って良いわよ。ああ、白石さんは良い人だから涙の一つくらい流してくれるかもしれないけど」
アメリアの態度は明らかにつれないものだった。それどころか昼飯をたかるつもり満々な二人の上官に菰田は大きなため息をついた。
「そんな……全部俺が払うんですか?……確かに隊長の口車に乗った俺が悪いのは確かですけど……それを言うなら島田達だって同罪じゃないですか!」
金にはシビアで人におごるどころか自分の食費さえ削り続けているケチで知られる菰田は、情けない顔をしてアメリアに向けて今にも土下座でもしかねない雰囲気でそう言った。
「あきらめろよ。見つかった俺等が間抜けだったんだ。でも良かったじゃないか。念願のベルガー大尉とこうして一緒に食事が出来たんだぞ。願ったりかなったりだな……まあ、自白したのは菰田、お前だ。俺は何もしゃべって無い。そしてサラも何もしゃべって無い。つまり俺たち二人は何も悪くない。隊長の指示?そんなの俺は知らねえな。ただ単に俺とサラは神前が俺の舎弟として『純情硬派』である俺の顔に泥を塗らないかということと、『偉大なる中佐殿』であるクバルカ中佐の『漢になるまで恋愛禁止』の教えを神前が守っているかを自主的に確認しに来ただけだ。だから今回は全部払うのはお前。ああ、ついでに俺達の分も出しといてくれよ」
犬猿の仲の島田の言葉に菰田はさらにしおれていった。サラと誠が同情の視線を向けたのは無理も無い話だった。
「ふう」
そう言うとカウラは最後の一口を汁の入った小鉢からすすりこんだ。そして満足げな顔で蕎麦湯で薄めるわけもないというようにそのまま汁を飲み干してしまった。
「おい、そこは蕎麦湯を入れるもんだぞ。蕎麦は蕎麦湯を飲んで初めてそばを食ったと言えるんだ。蕎麦湯が無い蕎麦屋なんて蕎麦屋とは言えねえんだ」
蕎麦道に拘る人間が多く住む甲武国生まれのかなめがカウラの自分の食べ方とは相いれない蕎麦の食べ方に口をはさんだ。
「つゆをつけたら飲む。こうして別の入れ物に入っているということは汁は飲むためにあるということだ。それに別に貴様に蕎麦の食べ方ひとつでどうこう言われる話ではないな。私は私の食べたいように蕎麦を食べる。貴様だっていつも勝手なことばかりしているじゃないか。私は小隊長、本来は貴様は私に逆らうことは許されないはずだ。それが勝手ばかり。蕎麦くらい私の好きに食べさせろ」
満腹で多少機嫌が直っているカウラだが、かなめ達がつけてきたにはかなり怒っている様だった。島田とサラが暴走するのはいつものことだが、嵯峨の差し金とはいえ、一番苦手としている菰田にまで参加していたことにいらだっていた彼女は菰田のおごりで昼を食べることで何とか機嫌を直していた。
「ああ、それじゃあ俺等は出るわ。菰田、ご愁傷様……西園寺さんに目を付けられたのが運の尽きだな!じゃあ、俺達は東都タワーの夜景でも見てカップルのクリスマスを堪能するから!」
はじめから菰田におごらせると宣言していた自分達のてんざるセットの分の伝票をうなだれている菰田のテーブルの横に置くと、島田はさっと立ち上がった。サラも満足したように一緒に立ち上がってピンク色のコートを身にまとった。
「どこでも行け!二度と帰ってくるな!バカップル!」
威嚇するようなかなめの声に首をすくめるようなしぐさをした後、島田とサラは入り口に消えていった。
「良いわねえ……二人っきりのクリスマス……邪魔したくなるくらい……この後予定が無ければ邪魔しに行ってもいいんだけど……なんと言ってもカウラちゃんの誕生日があるから。ああ、菰田君は来ないでね、三日に一度しか風呂にケチって入らない菰田君が来ると誠ちゃんの実家が穢れるから」
「でも菰田先輩にも良いところがありますよ……早出出勤の際の残業手当の支給要件について丁寧に教えてくれましたから」
ここまでかなめとアメリアと言う『特殊な部隊』な部隊の危険人物ツートップにサンドバック扱いされている菰田を見ていると、誠は好きでもない菰田をついフォローしてしまった。そしてそんな自分が誠にも情けなく感じられていた。
「そんなの士官で残業代が出ない私には何の得にもならないってことだけじゃないの。良かったわね、誠ちゃんが下士官で残業代が出る身分で。おかげで誠ちゃんが貴方をフォローしてくれたわよ。菰田君、誠ちゃんに土下座して感謝を示しなさい。上官命令です」
自分はおごられる側だというのに明らかに嫌悪感一杯にアメリアは菰田に向けてそう言い放った。
一方でアメリアは島田とサラの二人が店を出ていく後ろ姿にあこがれるような表情を浮かべた。だがこちらも不機嫌そうなかなめはじっとかけ蕎麦をすすっている菰田をにらみつけていた。
「本当にすいません」
菰田は一口蕎麦を啜るたびにひたすらすまなそうに謝って見せた。だがカウラはそのような言葉に耳を貸すわけではなかった。
「それじゃあ帰るか。菰田以外は全員食べ終えた。ここの会計は菰田が払う。ならば我々がここにいる理由は一つもない」
カウラはいつものような無表情な顔で立ち上がる。助けを求めて追いすがるような菰田のカウラに向ける視線が誠の笑いを誘うが、すぐに目の前で菰田の殺意をこめた視線を送ってくるのでただ黙り込んだ。
「じゃあお勘定お願いね♪菰田君♪普段あれだけ節約生活をしてため込んでいるんだもの。これくらい楽勝よね♪」
「ちゃんと払えよ。武装警察官が食い逃げしましたなんて洒落になんねえからな!」
アメリアもかなめも感謝の言葉を口にする気持ちは無いと言うように無情に立ち上がった。誠も仕方なく立ち上がった。黒で統一されたような和風の雰囲気の蕎麦屋店内を誠達は後にした。もうすでに菰田に自分達の伝票を押し付けた島田達の姿は無かった。
「アタシ等の分は全部あいつが払いますから!」
近づいてきた店員に、かなめがうつむいている菰田を指差した。ニヤニヤ笑いながらアメリアが店を出るのにカウラと誠はそのまま付き従った。
「寒いわねえ。北風が冷たい……もっと厚着してくればよかったわ」
店を出た途端、弱々しい太陽と北風の出迎えを受けてアメリアが首をすくめた。着古した赤いダッフルコートと彼女の同じ色の長い髪が風になびいているのが見えた。
「それじゃあ帰るか」
最後に出てきたかなめがそう言うとアメリアは大きくうなずいて歩き出した。
「もう帰るんですか?」
誠のその一言にゆらりと振り返っておどろおどろしい雰囲気でかなめは誠をにらんだ。
「なんだ?お前これからカウラと何をする気だったんだ?アタシが言ったように本当にカウラに口でさせるつもりだったのか?」
「そりゃあ決まってるじゃないの……ねえ……これがかえでちゃんだったらすること……こういえば鈍いかなめちゃんにでも分かるでしょ?」
そう誠に言ってくるアメリアの表情には笑いは無かった。誠は仕方なくカウラを見た。彼女はおいしい蕎麦に満足したと言う表情で誠を見つめてきた。
「わかりましたよ!」
そう言うと誠はそのまま最寄りの地下鉄の駅を目指して歩き出した。
「でも……なんだか二人の歩く姿がなんだかお似合いで少し悔しかったわね」
ポツリとつぶやいたアメリアの後頭部をかなめが小突いた。二人を振り返り苦笑いを浮かべながら下町情緒のある東都の街を誠達は歩いた。考えてみれば彼女達と出会ってまだ半年を迎えるかどうかと言うところ。ここまでなじめるとは誠も考えていなかった。
「それにしても腹立つな……叔父貴め!島田やサラはまだしもなんで菰田をよこすんだ?あのケチの顔を見ると胸糞が悪くなる!」
そう言ってかなめは何かを殴るふりをした。そんな彼女をアメリアはいつもの流し目で見つめた。
「最初に尾行を考え出した人間がよく言うな。それに菰田の金で蕎麦を食べた貴様にそんなことを言う資格は無い」
二人ともさすがに今の状態でカウラに見つめられると苦笑いを浮かべるしかなかった。




