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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と誕生日  作者: 橋本 直
第二十六章 『特殊な部隊』と思い出
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第64話 かけがえのない旧友

「運動部の練習か。みんな真剣にやっているな……どこだ?野球部は」 

挿絵(By みてみん)

 カウラがそうつぶやいたのは、ミットでボールを受ける音が響いてきたからだった。


 一方、誠はその音を聞くとつい逃げ出したくなる衝動にかられた。しかし、うれしそうな表情のカウラを見ると誠はその衝動を押さえつけて安心したように無理に笑顔を作った。


 カウラのエメラルドグリーンの髪が吹き付ける強く冷たい北風が頬を刺し、髪がたなびいた。


「どうした?先に行くんだろ?やはり昔を思い出すのは……嫌なのか……貴様が高校時代に起こした事件の事は私も覚えている。はしゃいでいた私が悪いのかもしれないな」 


 立ち止まって歯を食いしばっていた誠とカウラは視線を合わせた。思わず誠は止まっていた足を再び進めた。ここまで来て逃げるのは……格好悪い。留まりかける誠をあの小さな副隊長の声が背中を押した。


 部活動棟のプレハブの建物が尽きると都心部の学校らしく狭苦しいグラウンドが柵越しに見ることが出来た。


 グラウンドの中央を使って練習をしているのはサッカー部員。センタリングからシュートへつなげる練習を繰り返していた。奥でダッシュの練習をしているのはラグビー部員。こちらは全国大会の出場経験もあり、態度が大きかったのを誠も思い出していた。


「あそこか……ずいぶん肩身が狭そうだな。完全に他の部活の部員達からは邪険にされている」 


 カウラが目をやったのはグラウンドの隅の隅。5、6人の野球のユニフォームを着た選手がキャッチボールをしているのが見えた。


 誠はそのユニフォームを見るとまた逃げ出したくなる気分になった。


『あの格好で僕は全校生徒の応援の前で後輩を殴ったんだ……』


 心の傷が開きかけているのが自分でもよく分かり、嬉しそうに選手の動きを見ているカウラを見る自分が少し情けなく感じた。


「9人いないんじゃないのか?あれでは試合にならないだろう。他の部員はどこに居るんだ?」 

挿絵(By みてみん)

 呆れているようなカウラの声に昔を思い出す誠がいた。


「うちではこれが普通ですよ。僕の時だって全学年合わせても部員は12人しかいなかったんですから。たぶん他の部員は今日は予備校か何かでしょう」


 進学校にありがちなことだが、誠の学校の野球部の練習の出席率はひどいものだった。誠の時代も予備校に通っていない生徒は誠一人。部活動より予備校が優先と言う伝統があって普段は部員の半分は練習を休むのが当たり前だった。


 それ以前にこの狭いグラウンドである。他の部と交渉して場所を譲ってもらうことを決めたとしてもまともに外野の守備練習が出来るのは週に二、三回あれば良い方だった。


「どうだ?注目の後輩とかはいるのか?」 


 笑顔で尋ねてくるカウラに誠は苦笑いを浮かべた。誠はその張り付いたままの愛想笑いを浮かべた。自分でもその笑顔がカウラにはあまりに不自然に見えることは覚悟していた。それでも、ここには会いたい人がいる。誠は裏門へ足を向けた。


 裏門のところに、ユニフォーム姿の男が立っていた。……鶴橋(つるはし)。いまは野球部の監督だった。


「鶴橋!僕だよ!神前だ!」 


 誠は裏門から見えた太った中肉中背の男に声をかけた。振り向いたメガネをかけた若者は誠の顔をすぐに思い出したように近づいて来た。誠の出会ったたった一人の信頼できるキャッチャーだった男。その鶴橋の前では誠も軽い気持ちで振舞うことが出来た。高校時代の知り合いで今でもやり取りがあるのは誠には彼一人くらいしかいなかった。

挿絵(By みてみん)

「ああ……なんだ、神前じゃないか!久しぶりじゃないか!元気そうだな」 


 懐かしそうな瞳が誠を見つめた。この高校のOBで誠と同期の医大を出たばかりの研修医で、いまは指導に来ている鶴橋に誠は笑いかけた。そして鶴橋はすぐに誠の隣に明らかに不似合いなエメラルドグリーンの女性を見つけた。


 すぐに表情が困惑したものに変わった。それを見て誠が苦笑いを浮かべた。それを見ると監督の目は明らかに誠を冷やかすような色に染まった。


「なんだ?クリスマスのデートで母校の後輩の指導でもするのか?そりゃあ助かるな……しかし、お前がここに来るとは……大丈夫か?まあ、顔に書いてあるよ、余計なことは言うなってな。彼女の前で恥をかかせるほど俺は野暮じゃないからな」 


 鶴橋にぶしつけにそう言われて誠はカウラを見た。嘘のつけない彼女は完全に鶴橋の言う通り指導するつもりのようだった。すぐにそれに気づいて自分の思惑が完全に裏目に出たことがわかった誠に出来ることは頭を掻いて照れることぐらいだった。


「どうも、初めまして」 


 真正面から遠慮もせずに握手を求めて来る女性としては長身な上にどう見ても染めたとは思えないようなエメラルドグリーンの髪の女性を前にして鶴橋は明らかに困惑した表情でその握手に応じた。


「え……ええ。ああ……どうも」 


 初対面の時の誠も怯んだカウラの圧力すら感じる眼光に鶴橋は愛想笑いを浮かべながらそう返した。


「ええと彼女は今の職場の上司なんだ……色々教わっている。だからそのお礼もかねて僕の昔の思い出の場所をめぐってるんだ」 


 そう言ってみると鶴橋はようやく誠が緑の髪の美女と歩いていることが腑に落ちたような顔になった。誠も鶴橋も『モテない宇宙人』である遼州人である。鶴橋はいずれ父親の経営する中堅総合病院を継ぐことになるのだから結婚することは出来そうだが、私立高教師の息子の誠が女性を連れて歩いていた疑問が晴れてようやく鶴橋は昔のバッテリーを組んでいた時の良い笑顔を浮かべてくれた。

挿絵(By みてみん)

「ああ、そうか。お前は軍に入ったんだよな。つまりこの人は例のゲルパルトの実験の関係者か何かと言うわけだ……なるほど」 


 納得がいったようにうなずくが、誠にはゲルパルトの医大を目指していた旧友の反応があまりにも普通の反応なので少しつまらなく感じられた。アメリアを始めとする運航部の女子があちらこちらで珍奇行動をとるので変な髪の色の若い女性に慣れ切っている豊川の街の住人でもない鶴橋があっさりカウラの事を理解してしまったことが誠には少し不満だった。


「どうだ?今年のチームは。注目の選手とかいるのか?」 


 鶴橋が驚かなかったことより、彼がカウラを『普通の来客』として丁寧に扱ったことが、なぜか誠にはくすぐったかった。ただ、誠の何気なく言った言葉の方には今度は鶴橋のほうが参ったと言うように帽子を取って借り上げた頭を掻いた。


「どうもこうも……俺が今年から監督をやるようになる前もコーチとしてチームに通ってきてたから知ってるけど……俺達が現役だった頃とは今年のチームはまるで違うチームだよ。あの時は守備はザルだったが、ここ数年のチームは守備はまあまあだ。でも神前みたいに大黒柱となる選手がいない。まあそれは毎年のことだからな。そもそもうちの野球部に期待をしている学校関係者なんか一人もいないんじゃないかな?高校があるから野球部を作りましたという感じ。今も昔も変わらないさ」 


 そう言って苦笑いを浮かべる鶴橋について誠とカウラはグラウンドに足を踏み入れた。


『こら!ぼんやりするな!』 


 グラウンドの中央に立つサッカー部のコーチの檄が飛んだ。目を向けると突然現れたカウラに目が行ってボールを見失った選手がコーチに頭を下げてボールを拾いに走っていた。


「これのせいかな」 


 力の無い声でカウラは自分の後ろにまとめたエメラルドグリーンの髪を見つめた。確かにそれもあるが、明らかにカウラの顔を見つめて黙り込んでいる野球部の生徒を見ればそればかりではないことがわかった。


 グラウンドを走る女子の陸上部の選手もカウラの目立つ髪もあるが明らかに人を惹きつけてやまない鼻筋の通ったカウラの面差しに小声でささやきながら時々指で誠達の方を指さしていた。


「とりあえず、キャッチボールはこれまでだ!全員注目!」 


 鶴橋は叫ぶとキャッチボールをしていた野球部員達が誠達を見た。そしてその視線がこの高校史上最高のエースと呼ばれた誠ではなく、見知らぬ美女と言うようなカウラに向いていることがわかって誠は苦笑いを浮かべた。


「今日は君達の先輩であの六年前の三回戦進出の立役者が挨拶にみえた!」 


 昔ながらの野太い声を聞いて誠は懐かしさを感じていた。だが、部員達は『伝説のエース』よりも、目の前の『現物の女神』のほうが、よほど破壊力があった。


「すみません。ピッチャーは……」 


 声をかけてきたのが誠でなくカウラだったことを意外に思ったのか鶴橋はぽかんと口を開けてカウラを見つめた。だがしばらくしてなぜか一人納得したようにうなずいていた。


「ああ、彼女はうちの草野球のチームのリリーフピッチャーもやっているんだ。本格的なアンダースローピッチャーだ。そして僕が投げる時はショートを守ってもらっている。肩も良いんだよ」


 誠はカウラのとても素人とは思えない広い守備範囲をエラーばかりする内野陣しか見たことが無い鶴橋にも見せてやりたい気分になっていた。 


「ほう?まあ軍の方なら鍛えているだろうからな……新見(にいみ)!」 


 カウラについての一言を聞くと鶴橋は一番前にいた丸刈りの小柄な生徒を呼んだ。新見と呼ばれた生徒はカウラをちらちらと見ながら近づいてきた。明らかにカウラよりも小さい身長だが、肩幅が広く筋肉質な体型は他の生徒よりも迫力があった。


「君がエースか。ちょっと私が打席に立つから投げてみてくれないかな?神前の話だけでは分からないから、実際の球を見てみたい」 

挿絵(By みてみん)

 カウラに声をかけられて頬を染めながら新見少年は鶴橋を見上げた。


「いい機会だ。見てもらえ!相手が女性だからと言って油断するなよ……この人の体力はたぶんプロ野球選手クラスだ。舐めてかかると痛い目を見るぞ」 


 鶴橋はそう言うと一番奥の新見少年と、レガース姿の細身の捕手に目をやった。


 ただ新見少年は何処までも普通の東和の遼州人の少年という感じでカウラが戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』であり、それこそプロの中でも体力自慢で知られる選手のそれを凌駕する力の持主だということに気付いてはいないようだった。


 ただにこにこと笑い、美人とバッティングセンターにでも行くようなノリで自信たっぷりにマウンドの土を鳴らしている。


「別に良いですよ、打っても……木島!バットを持って来い!」 


 自信があるような調子で新見少年は後輩に指示を出した。その初々しい自信に笑顔を浮かべながらグラウンドの端に作られたマウンドに走る少年をカウラは見送った。


「手加減してやってくださいよ……僕の高校は典型的な弱小チームなんですから。うちのリーグで言えば左倉農協クラスです……あそこも目立った選手はいないでしょ?しかもピッチャーは平均年齢60代。経験があるだけあっちの方が打ちにくいくらいだと思いますよ」 


 誠の千要東草野球リーグで今期一勝もしなかった別名『老人クラブ』とかなめが呼んでいる平均年齢67歳のチームの名を聞くとカウラの顔はげんなりしたものに変わった。その誠の明らかにカウラに期待を抱かせないために出した声に聞き耳を立てていた鶴橋が不愉快だと言うような顔をしていた。カウラはそのまま色黒の一年生ぐらいに見える生徒からバットを受け取ると静かにそのまま少年達について行った。



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