表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と誕生日  作者: 橋本 直
第二十六章 『特殊な部隊』と思い出
63/80

第63話 冬の地下鉄、校門の前で

「もう行くのか?もう少し見ていたい気もするのだが」 


 何かを思いついたように誠が立ち上がって公園を出ようとするのを見て、驚いたようにカウラも立ち上がった。誠はつい考えも無く立ち上がってしまったことを悔いたが、ここでまたベンチに座るのも気が引けるような感じがしていた。

挿絵(By みてみん)

「じゃあ、次は懐かしい場所に行きましょう。僕の一番の思い出が詰まった場所です……今のカウラさんを見ていてもう逃げてはいられないと僕も覚悟を決めました」 


 思いつきで誠は歩き始めた。しかし誠の前を見つめて歩くその表情には覚悟を決めたようなものがあるのをカウラは見つけて静かに見守っていた。


『逃げるのは難しい。だから人は、向き合うふりをして、少しだけマシな場所へ逃げ込む。でも……逃げられるのは、これからのことだけだ。過ぎた事実からは、誰も逃げられない。あの逃げることに意味があるという隊長だって『戦争犯罪者』だった過去からは逃げられない。……過ぎてしまったことからは誰も逃げられないんだ』


 誠の顔に少し寂し気な笑みが浮かぶのを見てカウラは少しばかり不思議そうな顔で誠を見つめながら隣を歩いていった。常緑樹の生垣に囲まれた公園を抜けると、再び古びた家の間の狭い路地が続いた。慣れていないカウラはその瞬時に変わる景色を見て誠の後ろをおっかなびっくり歩いてついて来た。


「どこに行くんだ?思い出が詰まった場所って……想像がつかないな」 


 カウラは誠が何か思いつめた表情をしているので少し不安げにそう尋ねてきた。


「ええ、まあついてきてください。来れば分かりますよ……そうです……行けば分かります。……きっと、今なら。そうです、今、カウラさんと行けば……あの場所から逃げていた自分を変えられるかもしれません」 


 誠はカウラの言葉で思い出を探してみようと、目の前の開けた国道に出るとそのまま北風に逆らうように歩き始めた。そのまま歩道上に有った地下鉄の入り口の階段を下り始めた。


「地下鉄か?結構離れているんだな。それとそんなにつらい過去のある場所なのか?何も私に気を使っていくことも無いだろうに」 


 何かを覚悟したように早足で歩く誠の背中について歩くカウラはそうつぶやいた。


「ええ、ちょっと離れているんで。その頃は自転車で行っていましたが、今は電車も平気な体になれたので地下鉄で行きましょう。それに行くと決めたんです。今日行かないと二度と行けない気がします」 

挿絵(By みてみん)

 狭い入り口の階段を降りながらカウラは誠について来た。誠はエレベータの昇降口の前の券売機で切符を買うと改札の係員に渡して鋏を入れてもらった。カウラもおっかなびっくり誠の真似をして改札を抜けた。


「ちょうど良いですね。今の時間は地下鉄は一番空いている時間ですから」 


「え?そうなのか。豊川の駅に比べると圧倒的に人が多いような気がするのだが……あ!」 

挿絵(By みてみん)

 カウラが目の前に突然現れた銀色の地下鉄の車両とそれが押し出す風圧に驚いたように反り返った。それを見て思わず誠は微笑んでいる自分に気づいた。


 止まった地下鉄の車両から吐き出される人々。見回してみるが乗り降りする客はまばらだった。それは昔からのことだった。


「ここから三駅です。そこが思い出の場所です」 


 そう言いながら誠はぼんやりと立っているカウラの手を引いた。車内の光景が昔と変わらない。一列シートに三人の客が腰かけていた。そんな様を見て誠はなんとなく安心感のようなものが心を包んでいた。


「かなり狭いんだな。この前、西園寺の買い物に付き合った時の銀座に向かう地下鉄は地上を走る電車と同じ規格だったが、こちらは一回り狭い。これではまるで千要のモノレールだ」 


 カーブの多い路線の為、豊川の街を走る通勤快速よりは明らかに一回り小さな車両がこの路線には使われていた。誠は苦笑いを浮かべながら空いていたシートに腰掛けた。列車が動き出し地下鉄独特のこもった振動が二人を襲う。


「まあこの地下鉄は特殊な路線ですから。他の線への乗り入れも無いですし」 

挿絵(By みてみん)

「そうか、特殊な路線なんだな……『特殊な部隊』の隊員が乗るにはふさわしいのかもしれないな。床から伝わる振動が、訓練用の輸送機とは違う……ああ、これは電車なんだな。日頃、車で移動することに慣れているとこんなことも神前に感じる……不思議なものだな」 


 納得したような笑顔を浮かべるとカウラは満足げにうなずいた。彼女はしばらくシートで揺られる誠の姿を前のつり革に手をかけて見下ろしていた。


「三駅程度なら立っていたほうが良いんじゃないのか?」 


「あ……そうかも知れませんね」 


 そう言うと思わず誠は立ち上がっていた。車両は早速急に右にカーブして加速を続けた。ゆらりと揺られているが、カウラはつり革につかまり緊張した面持ちで揺られていた。


「いいかげんどこに向かおうとしているのか言っても良いんじゃないか?辛い場所なんだろ。私に言ってしまえば覚悟が決まるかも知れない。私にはそれくらいの手助けしかできないが……貴様の力になりたい」 


 カウラの言葉に誠はにやりと笑って見せた。


「僕の通ってた高校です。……大学はちょっと田舎にありましたから今日は行けそうに無いんで。大学はさすがに電車で通わなきゃならなくて、気持ちが悪くなるたびに途中下車を繰り返して結構遅刻しました」 


 誠は卒業以来高校に行ったことは一度もない。


 夏の全国大会東東都予選三回戦の日、誠は取り返しのつかないことをした。

 

 それ以来、この校舎は『戻れない場所』になった。

 

「そうか、大変だったんだな。話は変わるが野外を走る鉄道とは違い、地下鉄は鉄と埃の匂いがする。記憶にはあるのに、体験はない匂いだ。これを神前は体験してきたのか……私には羨ましい」 


 カウラはそんな誠の覚悟のこもった表情を察したのかうれしさと寂しさが混じったような瞳で誠を見つめていた。


 人と付き合うことがほとんどなかった誠が『特殊な部隊』で変わったように、カウラは誠と出会ってから確かに変わってきていた。配属されてから半年。カウラの表情が増えていくのは誠にもうれしいことだった。それまでは単調な喜怒哀楽だけを映していた面差しに、複雑な感情の機微が見えるようになったのが自分のせいなら素敵なことだ。そんなことを思いながら早速減速を始めた地下鉄の外を見てみた。


 止まった電車の扉が開かれるこちらは国鉄との乗換駅だった。ドアが開けばほとんどガラガラの車内に買い物袋を下げた主婦や背広のビジネスマンが次々と乗り込んできては空いている席に腰掛けた。


「一気に混んで来たな」 


 豊川の地方路線のピーク時以外は常にガラガラの国鉄の電車に慣れたカウラは少し眉をひそめてそう言った。


「これも昔からですよ……そうです……昔から変わらないんです」 


 そう言いながら誠は閉まる扉を眺めるカウラの後頭部のエメラルドグリーンの髪を見つめていた。これからあまりいい思い出の無い高校に向う。誠の心にはまだそれをためらう気分が残っていた。


 再び電車が加速を始めた。そしてまた急カーブに差し掛かった。


「加速したり、減速したりと乗りにくい運転をするんだな。曲線半径が小さすぎる。設計思想が理解できない。こんなにカーブばかりだとエネルギー効率が悪いだろうに」 


 つぶやくカウラの言葉にいつもの彼女らしい発想を感じて誠は微笑んでいた。


「でもまあ……別に誰も困らないからそれで良い。遼州人というのはそう言う人種なんです」 


 カウラは一瞬唇を開き、すぐ閉じた。ただ黙って何かをごまかすように頬を赤らめるカウラのしぐさに心引かれる誠だった。


 次の駅では人の動きは無かった。そしてまた車両は動き出す。


「次の駅が神前の通っていた高校の最寄駅か……」 


 カウラは感慨深げだった。誠はなぜか彼女を連れてきたことが非常に恥ずかしいことのように思えてうつむいた。


「どうした?」 


 エメラルドグリーンのポニーテールの長身で痩せ型の女性が立っていた。誠も東和では大柄で通る体格なので、かなり回りの客の注目を集めていた。誠が先ほど座った席に腰掛けているピンクのカーディガンの上品そうな白髪の女性も、好奇心を抑えられないと言うようにちらちらと二人を見上げてきていた。


 そして再び電車は減速を始めた。白い壁面照明の光が目に染みながら流れていった。誠は周りの視線を気にしながら出口への進路が開いているのを確認した。


「じゃあ、降りましょう」 


 電車が止まり扉が開いた。誠についてカウラがドアを出て行こうとした。周りの男性客は惜しいものを逃したと言うような表情でカウラに視線を向けていた。


「やはり目立つかな。私の髪は。みんな私の方ばかり見ている」 


 ポツリとさびしそうにカウラは自分の髪を手にしながらそう言った。


「たぶんそれだけじゃ無いと思うんですけど……」 


「じゃあ何があるんだ?」 


 真剣な目つきでカウラは見上げてきた。その教科書で見たギリシャのアテナ像を思わせる面差しに、思わず誠は口を噤んでしまった。


「何を言っても良いぞ。聞くから」 


 黙って改札に向かう誠の後ろからカウラは声をかけてきた。誠は褒められるのも苦手だが、褒めるのも得意ではなかった。


 改札を抜けて見える地下鉄の壁は高校時代の緑色のタイルから白いものへと変更されていたが、エレベータと階段の落書きや張り紙を消しては書かれと言う葛藤の末に曇りきってしまった壁面照明が懐かしい高校時代を思い出させた。誠は昔のような感覚で人がすれ違うのがやっとと言う狭い階段を上り始めた。 


「この出口を出たらすぐですから」 


 そう言う言葉を口にしながら久しぶりの母校のグラウンドを想像して舞い上がる誠がいた。


 足に震えが走る。正直逃げだしたいような感覚が襲ってくることになんとか耐えながら誠は歩みを進めた。


 地上に出ると地下鉄の構内の暖かい空気が一瞬で吹き飛んでしまった。誠は思わず襟に手をやった。カウラも首のマフラーを巻きなおした。そのしぐさに誠はどこか心引かれながら視線を合わせることも出来ずに歩き続けた。

挿絵(By みてみん)

「ここか……」 


 感慨深げにカウラは目の前のコンクリート製の建造物を見上げた。誠が生まれ育った街での受験可能な公立高校で、一応、進学実験校として知られた高校だった。それなりの歴史を刻んできた建物にカウラは一瞬感動したような声を上げた。そしてその校舎の輪郭は誠が記憶の奥へとしまい込んだトラウマの一つだった。


「高校と言うと豊川にはいくつあったかな?」 


 カウラはそんなどこか浮かない顔をしている誠を見ると話題を変えようと突然そう言い出した。誠は指を折って数えようとした。


「まあいいか……でも神前の母校……辛いことも、楽しいこともあった場所か。そう言う場所の無い私には少し羨ましい」 


 カウラはいつになく楽しそうな表情を浮かべていた。誠はここは開き直ってカウラの期待に答えるべく、慣れた足取りで歩き始めた。


 足は昔の道を覚えていた。学校の横のわき道。あまり人が通らないのか、歩道のブロックからは枯れた雑草が顔を出していた。その上を誠は確信を持った足取りで歩いた。


 息が白くならない。吐けていないのだと、誠は遅れて気づいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ