第9話「拾われた小石」
夜、何処かの砦跡。
「なぁ。なんか妙に静かじゃないか?」
見張りをしている青年が、隣の小柄な見張りに尋ねた。
「確かに静かだな、魔物の遠吠えすら聞こえねぇ」
夜の森に目を凝らすが、何も見えない。
「しっかし、なんで山賊の見張りになっちまったんかな」
男が呟く。
「オブシディアの屋敷が火事になって以来、どこもこんなだって聞くぜ」
見張りの二人はため息をついた。
「俺、騎士見習いだったのになぁ」
「俺もだ、鍛冶師の弟子だった。あの日も屋敷の鍛冶場で仕込みをしてた」
青年は驚き、小柄な男に尋ねる。
「まじか。俺、火事の時いなかったからわかんねぇんだけど。何があったんだ?」
「俺にもわかんねえよ。気がついたら火の海で。逃げ出して――」
突然の突風に声が遮られる。見張り台の松明の火が消える。
「すげえ風だな、火が消えちまったぞ」
男は火打ち石で火をつけようとするが火が付かない。
「何やってんだよ。早くつけねぇとサボってるって思われるぞ」
男は手探りで松明を探し火をつけようとする。
「なかなかつかねぇんだよ。って、あれ?松明が無い」
「そんなわけねぇだろ。確かこの辺に――無いな、どこ行った?」
顔を見合わせる見張り達。
直後、砦の内側に巨大な何かが落下、爆発する。
「な、なんだ!?」
叫び声。悲鳴。外壁が破壊される音。
見張りの男達は飛んでくる瓦礫と土を身を屈めてやり過ごす。
そして静けさが戻ってくる。
「なんなんだ?」
低い唸り声が聞こえてくる。
「なんだよこの声」
転がっていた松明を見つけ火をつける。
「あった!」
松明を手に持ち、見張り台から砦の内側をゆっくりと覗き込む二人の見張り。
完全に破壊された砦、その中心にいたのは巨大な翼を広げた巨大な黒い竜。
「あ、これは」
竜と目が合う。見張りの表情が引きつる。
「逃げたほうがいいな」
見張り達の顔色が蒼白になっていく。鼻で笑うような竜のうめき声。
「やっぱ山賊の護衛なんてなるんじゃなかったあ!」
「ガタガタ言わねぇで走れぇ!」
二人は一目散に見張り台から飛び出し森へ逃げ出す。
黒い竜は逃げる二人を追わず、砦に爪を立て破壊していく。
砦の残骸から何人かを引きずり出し、鷲掴みにして何処かへ飛び去っていった。
見張りの二人は、森の茂みから飛び去る竜を見ていた。
◇
カルダ山脈麓の街から旅立って、一カ月程が経った。
オーリはここ数日、夜中に何度かどこかへ出かけている。
「どこに行ってるの?」
馬車で次の町へ向かう道中、私が聞いても、オーリは答えない。
「試していることがある。気にするな」
馬車の座席に座るオーリはこちらを見ずに答える。
何度聞いても、いつもこうだ。
(絶対何か隠してる)
戻ってくるときはいつも財布を膨らませてる。
「女の秘密ってやつじゃないか?」
馬に乗って馬車の隣を進むヴォルフはいつも変なことを言う。
女の秘密ってなんだ?私も女なんだけど、わからない
「俺は男だ」
オーリは変なとこにこだわる。今は女の人の身体なのに。
「え?男――?」
ヴォルフが変な表情で驚いている。
(面白い顔してる)
「師匠が変なことを言ってすみません。でも男だなんて、こんなに綺麗な男の人みたことありませんよ」
御者台に座るハジャルは、クスクスと笑いながらオーリの言ったことを冗談だと思ってるみたい。
男の人でも女の人でもオーリはオーリだ。
「オーリ」
「なんだ?」
でも、やっぱり気になる。
「悪いことは、してないんだよね?」
「――悪いことでは、無いな」
オーリはまた、私を見ずに答えた。
私は、胸のあたりがなんかモヤモヤした。
何でだろう?お昼を食べ過ぎたかな。
◇
南の大きな街へ向かう途中、立ち寄った村で依頼を受けて食べ物や付近の情報を報酬としてもらう。
村の人から聞いた噂で最近、砦跡に居座っていた山賊が大きな竜に襲われたらしい。
私が穀物の袋運びを手伝っているとそんな話が聞こえてきた。
「竜がいるの?見てみたい!」
私が目を輝かせていると。
「竜?北の国にいるらしいが、この辺で竜がいるなんて話、聞いたことないぜ?別の魔物と見間違えたんじゃないのか?」
ヴォルフは罠カゴを設置しながら酷いことを言う。
「夢がない。酷い大人だ」
「師匠。子どもの前なんですから、少しは配慮してくださいよ」
ハジャルは私を子供だという。自分だって子供のくせに。13歳のくせに。
「配慮って何だよ、二人して大人をいじめやがって。――そういえばオパリアって何歳なんだ?」
ヴォルフは顔をしかめてブツブツと文句を言うと、ふと何か思い出したようにオーリに聞いていた。
「オパリアの年齢か?知らんな」
オーリは知らなかった。
「知らないのかよ!?――痛え!」
ヴォルフは驚いて罠カゴを落として足を挟んだ。
そういえば私って何歳になったんだろう。
「知る必要がなかったからな。オパリア。何歳だ?」
オーリが私に聞いてくる。
「んー。ん?わかんない」
オーリはヴォルフを呼んで何かを話してる。
「ヴォルフ。オブシディア家の火事は何年前だ?」
「確か――4年前だな」
オーリは私に振り返ると、私の誕生日を聞いてきた。
「オパリア。何歳の時の誕生の祝いまで覚えてる?」
「え〜と。5歳のお祝いを――するって言って――火事に、なって」
頭の中がかき回されるみたいになる。
「う、あ」
私は頭を押さえようとするけど止まらない。身体から何かが出てくる。
身体から出てきた見えない何かが周りを暴れている。
周りの草が切り取られる。
罠カゴが潰れる。
「わかった。もういい」
オーリは私を抱きかかえた。オーリの身体を。私の身体から出てきた何かが斬りつける。叩く。
でもオーリは、私を抱きかかえたままだった。
しばらくすると身体から出てきた見えない何かがおとなしくなり、消えた。
オーリは近くの木陰に歩き出して、私を膝のうえに寝かせてくれた。
「ごめんなさい」
私は謝ったけど。オーリは怒ってなかった。
「お前が謝る必要はない。俺の配慮が足りなかった。すまないオパリア」
オーリは私に謝ってる。
「俺が側にいる。もう泣くな」
私の頭を撫でながら。オーリは私の目から出ていた涙を優しく拭いてくれた。
泣くなって言われたのに涙は止まってくれなかった。
◇
「悪かった」
ヴォルフはオーリへ頭を下げた。
「謝罪は不要だ、今回は俺の配慮不足が原因だ」
オーリは、泣き疲れて眠るオパリアの頭を、優しく撫でながらヴォルフに答えた。
「魔力暴走ですね。少し消耗していますが、このまま休ませていれば大丈夫です」
ハジャルはオパリアの状態を確認しオーリへ伝えた。
「そうか。ならいい」
「また、泣かせてしまったな」
オーリは、オパリアの頭を撫でながら、小さな声で呟いた。
◇
ヴォルフは、オーリの前に座り込みもう一度、頭を下げた。
「あんたのことは、まだよくわからねえ。だから教えてくれ。あんたが何者か、オブシディアの屋敷で何があったのか」
オーリはヴォルフへ目を向ける。
「聞いてどうする?」
「あんたは俺の"目"の事を、俺から聞いたと言ったな?それは何時の俺だ?」
「こことは別の世界とでも言えばいいか。俺自身よくわからん。その時に聞いた。――数秒先の先見の力だったか?それと災難の予知」
ヴォルフは目を見開いて驚く、だが途端に表情が険しくなる。
「その世界であんたは何をした?」
オーリは少し遠くを見つめ、遥か遠い景色をみているような表情をしていた。
◇
木漏れ日が差し込む中でオーリは自身の話を始めた。
「別の世界で、俺は貴族の子供の身体に入っていた。その身体を本人に返すために情報を集め、身体を戻す手段を調べ、敵を排除した。最後に身体を返して、消えるはずだった」
オーリの言葉にハジャルは困惑している。ヴォルフは何も言わず話を聞いている。
「次に目を開けた時、オブシディア屋敷の地下で、幽閉されたオパリアと会った。そして今に至る、――以上だ。オブシディア家に何があったのかは、俺にもわからん」
ヴォルフはゆっくりと深呼吸をしオーリへ質問をした。
「消えるとわかっていて、何で子供に身体を返したんだ?」
オーリはその質問に少しだけ笑った。
「お前もそれを聞くのか。――俺は既に死んだ人間だ、子供の身体を奪ってまで生き延びようとは思わない。それだけだ」
オーリの言葉にヴォルフは噴き出した。
「普通逆だろ、第二の人生とは思わなかったのか?バカじゃないのか?」
ヴォルフの言葉にオーリは少し笑った。
「確かに、そういう考え方もあるな。だが――」
オーリは自分の掌を見つめる。
「俺が死んだ時。あの子供の手を掴んだんだ。暗闇で泣き叫び、助けを求める子供の手を――。掴んだからには守る、それだけだ」
オーリは目を閉じ、小さく深呼吸をした。
「今の俺のやることは、オパリアを守る事だ。何があっても、誰が相手でも、だ」
オーリはヴォルフへ目を向ける。仄かな光りを宿した金色の瞳。
「捻くれた石頭だな。だが、敵に回すにはあんたはヤバすぎるってことはわかったな」
ヴォルフは呆れた様子でため息をついた。
◇
「俺からも一つ聞きたい」
「なんだ?恋人なら募集中だせ?」
ヴォルフは頭をかきながら空気を入れ替えるように一言添えた。
「その子供について、だ」
オーリは無視をして魔法で声を届ける。ヴォルフの目が細くなる。
「わかった。ハジャル、水をくんできてくれ」
「え?はい、わかりました」
ハジャルは、少し離れた小川へ水を汲む為に歩いていった。
「やはり、何かあるんだな」
オーリはハジャルの後ろ姿を眺めながらヴォルフへ問う。
「ハジャルは知り合いの――没落した貴族の子供だ。俺にとっては命の恩人だった」
「二年前、奴隷市場で母親と一緒に売られてるところを見つけて、買い取った。母親はすぐに死んじまったがな」
「ハジャル自身が貴族の子供だとは知らねえ。他の貴族や商人に騙されて潰されたんだ」
ヴォルフは苦虫を噛み潰したように顔を顰める。
「その貴族の家名は?」
オーリは記憶を探る。記憶の中に、特徴の当てはまる貴族が幾つか浮かんでいた。
「シルヴァン家――スピラ・マーレ・シルヴァンそれがハジャルの父親の名前だ」
(覚えがある、ヴァルテール家にいた時に没落貴族の情報として調べた家の一つだな)
「没落したのは何年前だ?」
「六年、いや七年だったな」
オーリは目を閉じて思案している。
「そうか――二年でそこまで状況が変わっていたのか」
ヴォルフの目に緑色の光が宿る。
「二年って、どういう事だ。アンタがいた別の世界って」
ヴォルフは思わず立ち上がる。
「ヴァルテール家だ、そこで俺は子供の身体を借りていた」
オーリは淡々と答えた。
「そういうことか――」
ヴォルフの口から零れた言葉に、今度はオーリは表情を変えた。
「アンタ、ヴァルテールの白薔薇だったのか」
◇
オーリは、しばらく何も言えなかった。
「なんだその呼び名は、どこで聞いた?」
「平民の間で噂になってたんだよ。悪徳商人や腐敗貴族を断罪する、正義の使者みたいな話でな」
ヴォルフは、その場に座り直して話を続ける。
「白い服、白銀の髪、貴族の悪事を暴いていく令嬢がいる、ってな。誰が言い出したのかは知らねぇが、いつの間にか広まってた」
「そんな異名で呼ばれていたのか」
オーリは、少し困惑していた。
「知らなかったのか?」
「知らん。聞いたことがなかった」
オーリは、少し考えていた。
(俺の知らないところで、そんな話が広まっていたのか。――待て、なぜヴォルフはその話を知っている?)
オーリは目を見開いてヴォルフを見る。木漏れ日の光の中で、金色の瞳が微かに揺れている。
「今も生きているんだな?ヴァルテールで、オパリアは――」
◇
「あの白薔薇だったとはな」
ヴォルフは、感慨深そうに言った。
「違法商人の一斉検挙の話は聞いたことがある。シルヴァン家が没落したのは、その少し前だったがな」
「間に合わなかったのか。俺が――見逃した結果か」
オーリは、少し記憶を辿った。
(違法商人断罪——あの時の一斉検挙、その前にシルヴァン家は、腐敗貴族と違法商人に食い尽くされていたのか)
「見捨てたようなものだな」
オーリは、静かに呟いた。
「ハジャルは家を失い、奴隷になり。それを、お前が救った」
「そういうことになるな」
ヴォルフは、頷いた。
「世界は繋がっている、ってわけじゃねぇが。妙な縁だ」
◇
しばらくして、ハジャルが水筒に水を汲んで戻ってきた。
「お待たせしました」
「ああ、ありがとう」
オーリは、水筒を受け取った。
「何の話をしてたんですか?」
ハジャルが、不思議そうに聞いた。
「ちょっとした昔話だ」
ヴォルフが、軽い調子で答えた。
「気にするな」
ハジャルは、少し首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。
◇
私が目を覚ました時、空は夕日に染まり始めていた。
「オーリ?」
「起きたか」
オーリは、私の頭を撫でながら声をかける。
「大丈夫か」
「うん……ちょっと、疲れた」
「無理はするな。今日はもう休め」
私は、少し不安になってオーリを見た。
「オーリ、私――何か、変なことした?」
「何も変なことはしていない」
オーリは、静かに答えた。
「お前は、ただ悪い夢を見ただけだ。それだけだ」
オーリの言葉に私は安心して目を閉じた。夢の中で、一つの疑問が浮かんだ。
(悪い夢?何を見たんだろう?覚えてないや)
◇
その夜、焚き火を囲んで、四人が座っていた。
「竜の話。本当に見てみたかったな」
私が、ぽつりと呟くとヴォルフが。
「そのうち、見る機会もあるかもしれんぞ」
ヴォルフは、意味深に笑っている。
「本当?」
私は目を輝かせて聞く。
「さあな」
ヴォルフはからかうみたいにそっけなく答えながら、私のお皿のおやつを食べた。
(取っておいた。一番好きなおやつを!)
「師匠。子ども相手に大人げないですよ?」
ハジャルがヴォルフを注文するより先に、私の必殺パンチを食らわせてやった。
「痛え!?」
「おやつのうらみ!」
私はヴォルフに飛び掛った。ヴォルフは走って逃げ出した。
オーリは、その間何も答えなかった。
ただ、静かに夜空を見上げていた。
(オーリがなんか変。いつもと違うきがする)
オーリは、二つの月を見つめ続けていた。
【第10話へ続く】




