第8話「先見の翡翠」
翌朝、街は騒がしかった。
昨夜、本物の魔女が現れて人攫いを退治した——という噂が、街中を駆け巡っていた。
「どうしてこうなった」
「顔を隠したりすればよかったのに」
街を歩くと、人々がオーリを見てソワソワしていた。私は、なんだか少しだけ誇らしかった。
「あ、魔女様だ!」
小さな子供が、駆け寄ってきた。
「違う。魔女ではない」
オーリは即座に否定する。
「正体を隠しているのよ。知らないふりをしなさい」
子供の母親が、慌てて子供を諭していた。
子供は、こっそりとオーリに向かって手を振っていた。
「否定しても、逆に確信させてしまっている気がする」
「ここにいる間だけでも、魔女様になってあげればいいじゃん」
私はそう言ってオーリをからかった。
「面白がっているな?全く」
オーリはため息をつきながら歩き出した。
◇
その日、宿に街長が直接訪ねてきた。
「祭りに出ていただきたい」
「断る」
オーリは、素っ気なく答えた。
「それに俺は魔女ではない」
「存じております。――というのも、祭りのお願いは建前でして。」
街長の目が真剣なものへと変わる、少し間を置いた。
「訳あって身分を偽っておられるのでしょう。そちらのご令嬢を連れているのが理由ですね」
オーリは、少し驚く。
「気付いていたのか」
オーリの問いかけに街長は頷く。
「以前一度だけ、ご当主夫妻と共にこの街にいらしたときに。ご当主に、メルディア様に目元が良くにておられます」
「儚くなられたと。事故では無いのですね?」
街長はオーリに確認をする。オーリは短く答えた。
「おそらくな。誰の仕業かは、わかっていない」
オーリは屋敷について尋ねた。
「街外れのあの屋敷、元はオブシディア家のものだったのか」
「そのとおりです」
オーリは、少し考え街長に自身の考えを伝える。
「知っているなら尚更、出ることはできない。それにオパリアのことは――」
「わかっております」
街長は、深く頭を下げた。
「命に変えても他言は致しません。何かありましたら言ってください。微力ながら、出来うることは協力致します」
「わかった。そのときは声を掛けよう」
街長は、部屋から出るともう一度、深く頭を下げた。
◇
街長が帰った後、オーリは考え込んでいた。
オパリアは、文字の読み書きの練習の途中で眠ってしまっていた。
(やはり気付かれていたか。街長ならば、土地の権力者の顔を覚えるのは当たり前か。心許ないが——味方には、なりうるな)
「先ずは一つ、か。いや、あの鍛冶師も入れれば二つ目か」
(方針は決まったな。この調子で、各地にオパリアの味方となりうる駒を置いていく。時間はかかる、だが確実な戦力になる)
「前とは違うな。こちらから動かなければ、何も得られん」
オーリは考え事をやめて、オパリアを起こした。
「起きろ。外で食事にしよう」
「んー、わかったー」
オパリアは目をこすりながら、あくびをした。
◇
二人で酒場に向かった。
オーリは料理を食べ終え、張り紙を見ながら考え事をしていた。私は、果物のジュースを飲んで待っていた。
そこへ、話しかけてくる声があった。
「お嬢さん、何かお困りごとかな?」
オーリが声に振り向き、目を向けると、三十代くらいの男が立っていた。
「師匠!やめましょうよ、恥ずかしい!」
男の後ろから、声が響いた。
「あ!」
男を師匠と呼んだ、その若い声に—―。私は見覚えがあった。オーリも何か気付いたみたいだった。男もオーリを見て驚いているようだった。
昨日の夜、屋敷の門ですれ違った男だった。
(暗かったからよくわからなかったけど。結構若い、何歳なんだろう?15歳、位かな?)
「なんだハジャル?知り合いか?」
男の声に、ハジャルは全力で否定した。
「知りません!知りません!見間違えです!人違いです!」
隠しているつもりだが、バレバレだった。
「なんの用だ」
オーリは、呆れた様子で男に尋ねた。
「はじめまして。俺はヴォルフ。旅の傭兵だ。よかったら俺とお茶でも――」
「断る。暇ではない」
ヴォルフと名乗った男の話を、オーリは即座に断り、私を連れて酒場を後にしようとした。
◇
「――オブシディアの令嬢を連れて、何するつもりだ?」
ヴォルフの声が、低くなった。
探るような、疑うような視線。
周りには聞こえていない。魔法を使って、声を直接オーリへ届けていた。隣にいた私にも少しだけ聞こえた。
(何この人。なんで分かったの?知ってて来たってこと?刺客か!)
私がとっさに殴りかかろうとしたとき。オーリがヴォルフへ答えた。
「やはり見抜いたか。感が鋭いな」
オーリは、かすかな声で話をしている。
(ヴォルフって人と同じように魔法で声を届けてるんだ。なんという技術!)
「知りたければついてこい」
オーリはヴォルフへ振り返る。
「ただし、命の保証はない。自力で身を守れるか?」
ヴォルフは、一瞬驚いた顔をした。オーリが、魔法で声を届けたことに驚いていたみたいだった。それから、すぐに軽薄そうな表情に戻した。
「女性の誘いを断るほど、野暮じゃない。力になるぜ」
私とハジャルは、二人のやり取りの意味が全くわかっていなかった。
「え?お茶の話?」
「師匠、なんの話ですか?」
オーリとヴォルフは顔を見合わせた。
◇
私とオーリ、ヴォルフとハジャルは四人で街の外、森の中へ来ていた。
オーリはいつも通り、私の訓練を始めていた。
「今日は魔物との実戦だ。油断するな」
「わかってる」
私は剣を抜いて構える。
少し離れた場所で、ヴォルフとハジャルが、その様子を眺めていた。
「師匠、これ、何なんです?」
「静かにしてろ」
ヴォルフは、油断なくオーリを見ていた。
◇
「随分と、本格的な訓練と言いたいが。ちょっとやりすぎじゃないのか?」
ヴォルフがオーリへ問いかける。
「必要なことだ。無理はさせていない」
オーリは、オパリアの動きを観察しながら答えた。
「オブシディア家の生き残りを、なんであんたが面倒見てるんだ」
「知る必要はない」
「知る必要はある。オブシディア領の情勢は、俺たちにとっても重要だ」
オーリは、少し目を細めた。
「なるほど、情報屋につながりがあるんだったな」
「そうだ、ってなんで知ってるんだ?さっき言ったか?」
ヴォルフは、オーリの言葉に困惑していた。
「お前についてはそれなりに知っている。お前の”目”についてもな」
オーリはヴォルフに横目を向け口元を少し吊り上げた。
「なぜそのことを?」
ヴォルフはとっさに距離を取り、剣を構える。
「これについては説明が難しい。俺自身、この状況についてよく分からない事が多い」
オーリは気にする素振りを見せずに淡々と答えた。
ヴォルフは剣を構えたまま、オーリに質問する。
「俺の”目”を知ってる理由については?」
オーリはため息をついた。
「その説明が面倒だ。お前自身から聞いたとしか言いようが無い」
ヴォルフの目が緑色の仄かな光りを放つ、表情に困惑が浮かんでいく。
「視えねぇ。なんなんだあんたは」
「やはり、俺の先は視えないのか」
オーリはヴォルフに顔を向ける。その瞬間オーリの姿がかき消え。ヴォルフは衝撃に吹き飛ばされた。
◇
「オパリアの目的は、両親の仇討ちだそうだ」
オーリは、あえて簡潔に答えた。
「そのために鍛えている」
「復讐、ね」
地面に仰向けに倒れているヴォルフが、口の端を上げた。
「あんたは、その手伝いをしているのか?」
「いや」
オーリは、はっきりと否定した。
「復讐に直接手を貸すつもりはない。あの子自身に、選ばせる」
ヴォルフは、少し意外そうな顔をした。
「変わった保護者だな」
「保護者、というのとも違うな。俺自身、よくわからない」
見下ろすオーリは少し困った様な表情をしていた。ヴォルフは何かに気付いた様子だった。
「なんだ?」
「いや、ずいぶんかわいい色のやつ履いてんだな」
オーリは無言でヴォルフを蹴った。
◇
私は、木のような魔物を一体、仕留めた。
「よし!」
「腕は立つみたいだな、あの子」
顔を腫らしたヴォルフが、感心したように言った。
(なんで顔が腫れてるんだろう)
「まだまだだ。だが、伸びている」
オーリは、短く答えた。なんだか少し怒ってるように見えた。
(オーリが怒ってる。ヴォルフ何したんだろう)
「――お前の目的は何だ」
オーリは、ヴォルフに聞いている。
「何のために、俺を探っている?」
ヴォルフは、少し間を置いた。
「――正直に言うと、迷ってる」
「迷っている?」
「アンタが敵か味方か、まだわからん。だが――少なくとも、あの子供を大事にしているのは、本物みたいだ」
ヴォルフは、私を見ていた。
「しばらく様子を見させてもらう。それに、少し気になることもあるしな」
「好きにしろ」
オーリは、興味なさそうに答えた。
◇
「師匠、俺たちこのまま帰らなくていいんですか?」
ハジャルが、心配そうに聞いた。
「まだいい。もう少し見ていく」
ヴォルフは、森の中を見つめていた。
オパリアが、次の魔物に向かって駆け出していく。
その姿を見ながら、ヴォルフは何かを考えているようだった。
ヴォルフは目に緑色の仄かな光を宿してハジャルを視る。
「ここで揺れるのかよ。関わるしかねぇな」
「ってか師匠。なんで顔腫れてるんですか?」
「聞くな」
◇
訓練が終わった頃、日が傾いていた。
「今日はここまでだ」
オーリが言った。
私が、汗を拭いながら歩く。
「あの人たちは?」
私が、ヴォルフとハジャルに目を向ける。
「気にするな。しばらく同行することになる」
オーリは、短く答えた。
ヴォルフが、私に向かって手を振った。
「頑張ってるな、嬢ちゃん」
「なんで顔が腫れてるの?」
私が、首を傾げて聞くと。ヴォルフの顔が引きつる。
「いや、これは不可抗力というか。事故だな」
オーリは、ヴォルフを黙って睨みつけていた。私は、すごく気になっていたことを聞くことにした。
「オーリになにか変なことしたんでしょ?」
ヴォルフの目が泳いでる。
「自業自得だ。余計な事をしなければよかっただけの話だ」
オーリは、ヴォルフを睨みながら言った。
「師匠。またセクハラですか?いい加減にしてくださいよ」
ハジャルも、ヴォルフをかわいそうな生き物を見るような目で見ていた。
夕日が、森の木々を赤く染めていた。
【第9話へ続く】




