第7話「紫水晶の街」
旅を続けて、私たちはオブシディア領の端、カルダ山脈の麓にある街にたどり着いた。
「立派な門だね」
街の門は、大きく飾り立てられていた。
野盗捕縛の功績で、オーリは傭兵としての通行証を手に入れていた。門番に見せると、驚かれつつもあっさりと通された。
◇
街は、騒がしく騒然としていた。
何か、祭りの準備のようだった。
女性の横顔のシンボルが描かれた旗、大きな飾り、露店の骨組み——あちこちで人々が動き回っている。
「何かのお祭り?」
私が兵士に尋ねると、教えてくれた。
「古くから続く戦争を終結させた、魔女様を称える祭りだよ」
「魔女、か」
オーリの目が、少し変わった。
「調べるのに丁度いいな」
◇
オーリは、数日この街に滞在することを決めた。
「休息も兼ねる。この地域の歴史も調べておく価値がある」
街の図書館や、住民への聞き込みを通じて、少しずつ情報を集めていった。
「何かあった?」
私の質問にオーリは答えた。
「この地域では、魔物狩りの仕事のほとんどを、傭兵組織が一律で引き受けているらしい」
(傭兵の組織、そんなのがあるんだ)
「この街では請け負える仕事はなさそうだな」
オーリは、街の新聞を手に呟いた。
「野盗捕縛で資金にはだいぶ余裕ができた。無理に引き受ける必要もないな。火種にもなりかねん」
オーリはそう言って、この街で依頼を探すのをやめた。私は暇になった。
「えー何したらいいの?」
オーリは少し考えてから答えた。
「そうだな。礼儀作法の訓練、というのはどうだ?」
オーリの提案を即座に断る。私はマナーとか作法が苦手だった。さっぱり分からないんだもの。
「やだ」
「そうか。覚えれば、それなりに楽しいと思うんだが、そうか」
オーリは少しだけ残念そうだった。
(そこまで言われると、なんだかやってみたくなるな)
「わかったよ。今度教えて」
私の言葉にオーリの目が光った気がする。
「いいだろう。完璧にたたき込んでやろう」
◇
その日はオーリと二人で街を見て回った。
オーリは歴史や文化を調べに図書館へ向かう。私も、少しだけ気になったのでついていく。
(本が沢山、なんだここは!)
私は図書館という場所を知らなかった。
屋敷の書斎は入ったことがあるけど、それよりもはるかに本が多い。
「あまり大きな声を出すなよ?」
オーリの注意がはいる。
「うん。わかった」
私はその辺の棚においてある本を手に取って開いた。
(読めない。何が書いてあるのかわからない)
「それは古代語の、辞書のようなものだな。調べものに使う本だ」
オーリが教えてくれた。
「本を読むための本?変なの」
「お前にはこれがいいんじゃないか?」
オーリが手渡してきたのは、絵本だった。
「俺がこの国の文字や言葉を学ぶときに使った本だ」
開いてみると色んな絵と大きな文字が描かれている。
「これは?」
私は文字が読めなかった。まだ教えてもらってなかったから。
「それは”花”だな。こっちは”犬”と”猫”だ」
オーリは本を読みながら、読み方や文字の書き方を教えてくれた。
◇
「うーん。覚えきれない」
頭がパンクしそう。
「そうだな。一度に覚える必要はない。ここにいる間に、一つ一つ覚えていけばいい」
私が絵本を一つ読み終わるまでにオーリは山のような本を読み切っていた。
(すごい。こんなにいっぱい読んで、頭が痛くならないのかな?)
オーリと一緒に本を読み進めていると。
――!
私のお腹がご飯をよこせと叫びだした。
「丁度いい時間だな。一度休憩と食事にしよう」
オーリは本を棚に戻しに行った。私は少しだけ恥ずかしかった。
(もう少し静かにしてよね!)
私はお腹に向かって睨みつけるが、まだ鳴り出す。私のお腹に目はついていないみたいだ。
オーリと一緒に図書館を出て、”ていしょくや”という場所に行った。
酒場とは違って、食事をするためのお店らしい。
テーブルに案内されて椅子に座る。メニューを開く。だけど、ほとんど何が書いてあるのかわからない。
「読んでやる。そのなかで選べ」
オーリがメニューの文字を読みながら、一つ一つどんな料理なのか教えてくれた。
店員の女の人や周りのお客さんは私たちを時々見てすごくニコニコ?笑顔だった。
何でだろう?
◇
夕方、私たちの泊まる宿に人が来た。
街長の使い?という人が訪ねてきた。
「今年の祭りの魔女役として、出ていただけないかと」
使いの男は、丁寧に頭を下げた。
オーリは、顔をしかめた。
「断る」
「オーリ、待って」
私は、思わず口を挟んでしまった。
だって面白そうなんだもの。
「面白そう。やってみたい」
「オパリア」
「お祭りだよ?楽しそうだし。ねぇいいでしょ?」
オーリは、少し考え込んだ。
「――返事は明日にする。それでもいいか?」
「かしこまりました。では明日お伺いします」
使いの男は一礼して帰っていった。
◇
夜、オーリは一人で酒場に向かった。
酒場の隅で、聞き耳を立てながら酒を飲んでいた。
(魔女役、どうしたものか――)
少し離れたテーブルから、男たちの声が聞こえてきた。
「今年の魔女役、大丈夫なのか?」
「中断するように言ったさ!街長、何か隠してやがる」
「去年魔女役をやった道具屋の娘、まだ見つかってないらしいじゃねぇか。一昨年だって――」
「今年は、他所から来た旅の女に役をさせるとさ。聞いた話じゃ子連れなんだろ?」
(何かあったらしいな)
オーリは、小声で話す一団に目を向けた。
その中の一人が——夕方屋敷を訪ねてきた、街長の使いの男だった。
(これは、詳しい話を聞く必要があるな)
オーリは、静かに近づいた。
「さっきぶりだな。詳しく聞かせてもらおうか」
突然話しかけられて男たちは驚いている。街長の使いの男の顔が、気まずい表情をしていた。
◇
深夜、街長の屋敷。
執務室に、街長が一人でいた。
「中止にできればしておる。でもこれしか――」
街長は、独り言を呟きながら頭を抱えていた。
「こんなこと、一体誰に頼れと――」
突然、窓が開いた。
「なんだ?風か――」
街長は窓を閉めようとした。
その瞬間——窓ガラスに反射した背後に、人影が映った。
「え?あっはあ!?」
街長は振り返りながら、悲鳴を上げ尻もちをついた。
◇
黒い服を纏い、長い黒髪、金色の瞳の女性が立っていた。
腰を抜かした街長を、氷のような眼差しで見下ろしている。
「祭りの裏で、色々とやっているようだな?」
オーリの威圧的な姿に、街長は即座に土下座をした。
「全てはわたくしの無力さ故、おゆるしを!」
オーリは、あまりの様子に少しだけ困惑した。
(なんだこの動揺は?だが、聞き出すには丁度いいな)
「何があったか全て話せ。お前の処遇はその後だ」
◇
街長は、街の現状を説明し始めた。
「数年前から街の若い娘を狙う人攫いが現れ始め。同じ頃に、私の元へ不審な手紙が送られてくるようになったんです」
手紙の内容は——「人攫いの被害を減らしたければ、祭りの魔女役を差し出せ」。
悪態とともに街長は、拳を床に打ち付ける。
「失礼。近隣の貴族を頼ったのですが、誰も取り合ってもくれず。王国への連絡に送った使いの者も、足取りが掴めなくなって――」
街長の荒い息の音が部屋に響いている。
「苦渋の決断で、手紙の指示通りに魔女役を人攫いに差し出すしかなかった」
街長はすがりつくようにオーリの足元へひれ伏した。
「お願いします!どうか!どうか街をお助けください!私はどうなってもいい!」
(おそらく、近隣の貴族も一枚噛んでいるな。それなりの規模の組織か)
「お前の命なぞ、どうでもいい」
オーリは、静かに言った。
「その人攫いはどこにいる?」
「わかりません。調べようにも、街の兵士を動かせば気付かれてしまう。ただ、魔女役の引き渡し場所はここです」
街長は、執務席の引き出しから地図を取り出し、場所を示した。
「今までの被害にあった場所は?」
「それは、ここと、この地域だったはずです。最初の被害はここでした」
(大凡の場所は把握できた。輸送ルート的にはこの辺りに――)
地図を眺めていたオーリは町外れの建物に目をつけた。
「この建物は誰の所有だ?使われているのか?」
「この建物はある貴族様の別荘だったのですが。不幸があり、それ以来誰も管理しておりません」
(ここだな)
「そうか。わかった」
オーリは、窓を開けた。吹き込む風に黒髪がなびいている。
◇
「わ、私はどうすれば――」
「知らん。自分で何をするべきか考えろ」
オーリは、街長へ目を向ける。金色の瞳が仄かな光を放っていた。
「お前は何を守っている?」
明け放たれた窓から吹き込む夜風の中、街長は拳を握りしめ、震えていた。
「私は――街を守りたい。攫われた娘達を救い出したい。どんな手を使ってでも!」
街長の宣言を聞き、オーリは微笑んだ。
「せいぜい励め。手助け位はしてやる。後はお前が自分でやれ」
オーリは窓から飛び出し、闇に消えた。
地図には、いつの間にか——街外れの屋敷跡地に、黒い印がついていた。
「――この印。感謝します、魔女様。誰か!今すぐに兵を集めろ!」
街長は、壁に飾っていた長剣を引き抜いた。
屋敷中に響く大声を出しながら、廊下を走っていった。
◇
「今年の魔女役はかなり美人だって聞いたぜ?」
「そいつは楽しみだ!」
街の外れ、古びた屋敷の中。下卑た笑い声を上げる集団がいた。
「おい。アンタも混ざれよ」
集団の一人が酒を片手に。離れた場所にいる男に声をかけた。
「――やってらんね」
男は、そう言って地面につばを吐く。
「は?なんだよ。ノリわりいな」
「俺は帰る。護衛が欲しけりゃかわりを探しな」
足早に立ち去る男の背に向けて悪態をつく。
「ちっ。腕が立つからって調子に乗りやがって」
◇
「クソっ!それなりに報酬がいいと思ったらこれかよ!」
屋敷から出た男は煙草に火をつけ。門に向かい歩き出した。
途中、”何か”とすれ違った。
「!?」
男は、腰の剣に手を掛けとっさに振り返る。
長い黒髪の女性が、屋敷に向かってゆっくり歩いている。
「ここにはいるつもりか?やめておけ」
女性は、振り返らずに答えた。
「そうか。で?お前は何だ?」
「護衛の依頼って聞いて来たんだが、辞めた。人攫いの護衛なんてごめんだ。溝さらいのほうがマシだからな」
女性は、鼻で笑いながら男へ向けて目を向ける。男は、闇夜に浮かぶ金色の瞳に息を呑む。
「流れの傭兵か。運がいいな。いや、悪かったというべきか?」
女性の姿が、揺らいで消えた。
「今日のことは忘れろ――」
直後、屋敷の扉が突然破壊される。
「なんだよ今の、まさか本物の魔女様か?」
男は、暗闇の中でしばらく立ち尽くしていた。
◇
街の兵士たちが到着したのは、それから間もなくだった。
先頭に、抜き身の長剣を持った街長がいた。
「一人も逃すなよ!行くぞ!」
街長の号令と共に、屋敷に駆け込んできた。だが屋敷の扉を抜けると一団の足が止まった。
「なんだこれは?」
「一体何が?」
街長達は唖然としていた。屋敷の扉は無残に破壊され。
柱は斬り裂かれ。
壁に大穴が空いている。
床にはうめきを上げる男たちの姿。
手足が折れ曲がった者。
手足を斬り落とされた者。
顔の形が変わるほど殴られた者。
異様な光景だった。
一人だけ壁に貼り付けにされた男がいた。
「おい。答えろ!何があった?」
街長の問に男は怯え切った表情で答えた。
「ま、魔女。魔女が――」
貼り付けにされた男の魔女という言葉に兵士達は驚き、狼狽える。
「攫った娘たちはどこだ?ここにいるのか?」
「地下に――」
男は泡を吹いて気を失ってしまった。
街長と兵士達は地下に続く階段を見つけ降りていく。
階段の途中にも、腕や足を折られた男が何人も倒れていた。
階段の先の扉を開ける。
「――思ったよりも。速かったな」
部屋の中心にいた女性に兵士達は息を呑む。黒髪、金目の女性。
女性は、囚われていた娘たちに治癒魔法を施していた。
「身体の傷は大丈夫だろうが、精神的なものは俺にはどうにもならん。街長、後始末含めて何とかしろ」
娘たちの姿を確認して、街長はその場に崩れ落ちた。
「ありがとうございます。魔女様!」
その場にいた全員が跪いていた。
「今日のことは悪い夢とでも思え。忘れろ」
女性――オーリは顔を背けて呟いた。
◇
人攫いの首謀者たちは、兵士によって捕縛された。
街長は、オーリに深く頭を下げた。
「なんとお礼を申し上げればいいか――」
「礼はいらん」
オーリは、素っ気なく答えた。
「お前が、自分で兵を動かした結果だ。俺は八つ当たりをしただけだ」
「しかし――」
「祭りは、予定通りやれ。魔女役も、お前の街の者に任せろ」
オーリはそう言い残して、屋敷を後にした。
◇
屋敷の外で、私はオーリを待っていた。
「終わった?」
「終わった」
オーリは、私の頭に手を置いた。
「なんだか。うれしそうな顔してる」
オーリはどこか満足そうな表情だった。
「そんなことはない。ただの八つ当たりだった」
「そう?そうは見えないけど」
オーリの声には、いつもの素っ気なさがあった。しかし——
(オーリ、ちょっと変わった?)
私にはそう見えた。でも少しだけ不安を感じていた。
なぜかはわからない。
【第8話へ続く】




