第6話「揺らぐ琥珀と黒瑪瑙」
村や町を転々としながら、私たちは依頼をこなしていった。
ネズミ退治。畑を荒らす小動物の駆除。家畜を襲う魔物の討伐。
待ち伏せや罠を使った地味な仕事も多かった。
「こんな仕事もするんだね」
私は仕掛けられた罠カゴを確認しながらオーリへ顔を向けた。
この村では、穀物倉庫のネズミ退治を引き受けていた。
罠カゴにはネズミのような魔物が何匹も入っていた。それを罠カゴごと水に沈めていく。
「地道な仕事は数も多い。実際は一番稼げる」
オーリはそう言って、淡々とネズミの入った罠カゴを水に沈めていく。
カゴの中のネズミが動かなくなるまで待つ。
私も、少しずつ慣れていった。
◇
次に到着した小さな町では、家畜を襲う魔物を討伐した。
大きな牙と鋭い爪を持つ大型の魔物だった。
「見たことない生き物だね」
「熊みたいな魔物だな。獲物を探して山を降りてきたか」
オーリが言うクマというのは夏から秋にかけて食べ物をたくさん食べて冬は動かない生き物らしい。
魔物の後ろに小さな同じ姿の魔物がいた。
「子持ちか。お互い苦労するな」
オーリは素早く近付いて、魔物の目の前で、全身から景色が歪むほどの魔力を噴き出して、魔物を驚かせた。
魔物の親子は一目散に逃げ出した。
「なんで逃がしちゃったの?また来るんじゃ?」
私の疑問にオーリは理由を説明してくれた。
「獣の姿の魔物は、虫と違って恐怖や危険に敏感だ。驚かして危険だと思わせれば、この場所には近づかなくなる」
「なるほどね。だから追い返したんだ」
もう一つ理由があるとオーリは話を続ける。
「あの魔物に限っては、基本的に大きな実害が無い限りは、追い返すことになっている。他の魔物を食べるからな」
オーリの話は半分よく分からなかったけど、魔物を食べる魔物がいる、ということだけはわかった。
「魔物を食べる魔物か、なんか複雑だね」
この町での依頼は半日で終わった。町長さんはオーリの姿に驚いていた。
(魔女様って呼ばれてる。確かににてるよね)
◇
町を後にして次の村へ向かう道中、事件が起きた。
街道の脇から、複数の武装した人たちが飛び出してきた。
「動くな!荷物を置いていけ!」
数えると——十人前後。
全員が武器を持って馬車を取り囲んでいた。
「野盗か。人間相手の実戦に丁度いいな」
オーリが呟いた言葉は、野盗たちには聞こえていなかった。
「二人だけ、それも女か?運のいい商人だな」
野盗たちの一人が、下卑た笑みを浮かべた。
◇
「オパリア。俺は右側を抑える。お前は左側を片付けろ」
オーリが短く指示を出した。
「わかった」
私は剣を抜いて飛び出す。けれど手が、震えていた。
(相手は――人間)
魔物とは違う。目の前にいるのは、生きている人間だった。
最初の一人が、私に向かって剣を振りかぶった。
私は避けた。反撃しようとして——振り向く。
大きな影みたいに見えた。屋敷で見た兵士の姿が重なる。みんなが捕まった時に見た姿。
(怖い。なんで今思い出すの?)
頭の中で勝手に思い出す。息が詰まる。身体が震える。思ったように剣を振れなかった。
恐怖が、私の身体を縛った。
◇
その隙を、野盗は見逃さなかった。私の腕を掴んだ男が、オーリに向かって叫んだ。
「大人しくしろ!こいつが死ぬぞ?」
喉元に刃物を当てられた。
(あの時と同じだ、私のせいでオーリまで)
周囲を、他の男たちが取り囲んでいた。
(囲まれてる。多い。怖い)
息が浅くなった。目の前が、狭くなっていくような感覚がした。
◇
「フン。馬モドキ、やれ」
オーリは冷静に、視線を私に向けた。
透明になって、景色に紛れていたメリーが、私を捕らえていた男に強烈な蹴りを浴びせた。
気づいた時には、私を捕らえていた男は宙を待っていた。
蹴り飛ばされた男は、野盗たちの中に突っ込んだ。悲鳴が上がった。
その一瞬の隙を、オーリは見逃さなかった。
オーリの姿が、残りの野盗たちの間を駆け抜ける。
剣が弾かれる音。
オーリが剣を抜くと野盗が数人吹き飛んだ。メリーの蹴りで最後の一人が倒れた。
あっという間に、静かになった。
私は、その場に座ってその光景を眺めていた。
◇
「大丈夫、ではないな」
オーリは野盗たちを縛り上げた後、私に歩み寄った。
「ごめんなさい」
私は、地面に座り込んだまま言った。
「動けなかった。捕まっちゃった」
「俺も失念していた。訓練ではない実戦は初めてだったな」
オーリは、私の頭に手を置いて、私に目線を合わせて話をする。
「恐怖を感じる事、それ自体は悪いことではない」
「でも――足手まといになった」
「これも一つの経験だ。自覚して、理解して、克服する。焦らなくていい」
オーリは、静かに語りかける。
◇
野盗たちは、縄で縛って街に引き渡した。
懸賞金がかかっていたらしく、思っていた以上の報酬になった。
「これでしばらくは、資金の心配はいらないな。この稼ぎ方もありだな」
オーリはそう言ったが、私の心は晴れなかった。
(また、囲まれたら。また、動けなくなったら)
オーリは私を見つめていたけど、何も言わなかった。
◇
その夜から、オーリの様子が少し変わった気がする。
夜、私が寝た後——オーリは一人で、何かをしていた。
ある晩、私はふと目を覚まして、それを見てしまった。
オーリの姿が、変わっていく。人型から、また別の形へ——輪郭が揺れて、大きくなって、また戻る。
「オーリ?」
私は小さく声をかけた。
オーリの動きが、止まり。人型に戻って私に目を向けた。
「起きたのか」
「何してるの?」
オーリは、少し間を置いてから答えた。
「検証だ。他の姿を試している」
「他の姿?」
「ただの実験だ。お前が見ても面白いものでもない」
オーリは私から目を逸らす。オーリの声には、いつもと違う何かがあった。
「今日の、私のせいで?」
「お前のせいではない。むしろ――何でもない」
オーリは、私の言葉を遮った。
私は、それ以上何も聞けなかった。オーリも、それ以上何も言わなかった。
オーリは、また夜の検証に戻っていった。
(オーリ、なんだか――焦ってる?)
その夜、私はなかなか眠れなかった。
◇
ランガル王国、王宮。
執務室に座る長い黒髪、黒い瞳の女性、王妃リンナは一人で座っていた。
窓から、夕暮れの日差しが差し込んでいた。
書類の山が、机の上に積まれている。
◇
側仕えのメイドが、静かに入ってきた。
「リンナ様。オブシディア家の調査について、報告がございます」
リンナは、書類から顔を上げた。
「聞かせて」
「屋敷跡の地下から、当主夫妻と思われる遺体が発見されました」
リンナの手が、止まった。
「間違いないのね?」
「はい。装飾品の紋章から、ほぼ間違いないかと。ですが――」
「なに?」
「当主の証がありませんでした」
リンナは、目を閉じため息をついた。
「証を――?」
妹の顔が、頭に浮かんだ。
メルディア。最後に会ったのは——もう何年前になるだろうか。
◇
「――報告を続けて」
リンナは、平静を装って報告の続きを促す。
「当時、屋敷にいたほぼすべての人間が、地下に収容されていたと思われます。使用人、兵士、庭師——身分に関係なく」
「全員を収容?地下牢なんてあったかしら?」
「通常の屋敷の設備ではなく、意図的に作られた施設だった可能性が高いとのことです」
リンナは、報告書に目を通す。
「それと屋敷の者達とは、明らかに異なる遺体も発見されています。遺留品から連邦の商人だと、詳細は調査中です」
(口封じ?違うわね。でも誰がこんなことを)
「地下の収容施設奥の部屋で――何かの魔術儀式の跡と破壊された痕跡を発見したという報告があります」
「なんですって?」
リンナの表情が固まる。
「詳細は調査中ですが、魔術の痕跡、図式の形状から禁忌魔法の可能性があると――」
メイドは表情を変えずに報告を続ける。
「図式の写しはある?」
「こちらに――」
図式の写しが描かれた書を確認したリンナ。紙を握りつぶす勢いで手に力が入る。
「一つ聞いてもいいかしら?この図式は、どうやって書かれていたの?」
リンナの問いにメイドは答えた。
「牢の床に、血で描かれていた。と報告を受けております」
リンナの目が細くなる。
(魔物召喚――誰が使ったの?この部屋にいたのは誰?)
◇
「他の報告は?」
「屋敷跡地の調査の際、不審な馬車を目撃したという証言があります」
「馬車?」
「はい。紋章や装飾のない黒い馬車で、調査隊が追跡を試みましたが、足止めに遭い、馬車の行く先は不明のままです」
「足止め、とは」
「三人の男が、調査隊の前に立ちはだかったとのことです。すでに捕縛し尋問していますが——何も話しません」
リンナは、少し考えた。
(馬車の関係者と見て間違いなさそうだけど。自害しない。密偵、隠密などではなさそうね)
「その三人は、どんな者たち?」
「元々は王国兵だったようですが、詳しい素性は現在調査中です」
(元王国兵、三人組?どこかで聞いたことが――どこだったかしら?)
メイドは、リンナの思案を待ち少し間を置いた。
「隣国の連邦内でも、温和派と武力派の衝突が続いているという報告があります。今回の件との関連は、まだ不明です」
◇
「馬車について、何か証言はある?」
リンナが、静かに聞いた。側仕えのメイドは一瞬、躊躇いながら報告を続けた。
「はい。誰が乗っていたのかは不明ですが。御者台に黒髪、――金色の目の女性がいたとのことです」
リンナの顔色が、変わった。
「もう一度、言って」
「黒髪、金色の目の女性です。馬車の行き先については、近隣の街で調査を継続しております。」
リンナは、しばらく言葉を発しなかった。
「現状の報告は以上となります」
(黒髪は特に珍しくもない、でも金色の目——そんな筈は、しかし、嘘の報告なんてしても意味がない)
リンナは、思案を中断してメイドに伝える。
「わかったわ。地下の魔術痕跡の詳細と屋敷内外の情報を集めて。馬車の向かった先についても、何か分かり次第報告して」
「かしこまりました」
メイドが一礼して、退室した。
◇
リンナは、一人になった。
執務室に、静けさが戻った。
リンナは、頭を抱えた。
(メルディア——)
妹の死が、確定した。
もう何年も、確証がないまま、疑い続けてきた。
(あなたが生きていてくれれば、と何度思っただろう)
しかし——今は、悲しみに沈んでいる時間はなかった。
(金色の目は、王家に連なる血縁の証。それがなぜオブシディア領に?それに、オブシディアの当主の証の紛失)
◇
リンナは、机の上の別の報告書に目を通した。
ヴァルテール家の代理人争いについての報告。
同領地内で、不正取引の商人が一斉捕縛されたという報告。
(大地、だったかしら。あの子も、動いているのね。東は、任せてもよさそうね)
リンナは、少し口元を緩めた。
しかし——すぐに、表情を引き締めた。
◇
「盾が砕けた今、使えるものは使う」
リンナは、誰もいない部屋に向かって呟いた。
「全てはこの国を守る為に」
オブシディア家という盾は、もう失われた。
残された駒を、どう動かすか。
リンナの頭の中で、計算が動き始めていた。だが、幾つかの疑問が計算を停滞させる。
(西側の動き。黒髪、金色の目の女性。それに、魔物召喚。誰が、何を呼び出した?それはどこに消えたの?)
その情報は、まだリンナの中で、意味を成していなかった。
「報告を待つしかないわね。敵にしろ、味方にしろ。金色の目なんて、放置はできない」
夕日が、謁見室の窓から差し込んでいた。
リンナは、しばらくその光を見つめていた。
【第7話へ続く】




