第10話「黒曜の魔剣」
オブシディア領近隣領の地下牢。
「お嬢さん達、今頃どうしてるかなぁ」
足枷をつけ壁にもたれ座り込むカリムが呟いた。
「さあな。オーリの姉さんがついてんだから大丈夫だろ?」
手枷をつけたままパンを齧るホランが答えた。
「ぐごおおおおお、ふひぃー」
大きないびきでお腹を出して寝ているドッソ。
「相変わらず。どこでも寝れるな、ドッソのやつ」
ホランが呆れた様子でため息をついた。
「オイラたちの素性、バレてるよな?」
カリムが呟く。
「だろうな。面倒にならなきゃいいが――誰かきたな」
ホランは足音に気付いて声を抑える。露骨に嫌そうな表情をした。
軽い、硬いヒールの足音が響く。
「――は?」
ホランは現れた人影に唖然としている。
「誰が来たってオイラ達は何も言わ――へ?」
カリムも顔を向け固まった。
◇
薄暗い牢屋の前に立つ人影は呆れた様子でため息をついた。
「報告を聞いて、もしかしてと思って来てみれば――アンタ達、何をやってるのよ」
人影は壁の松明に火をつけた。
「そりゃこっちのセリフですぜ。何でこんなところに」
カリムの表情が引きつる。
「勘弁してくれよ。アンタが来るとか聞いてねぇよ」
ホランは顔を顰めて呟く。
長い黒髪、黒い瞳の女性。
王妃リンナは、呆れた様子で三人を見ていた。
「どうする?このままだと処刑だけど――私に何があったのか話して、ここから出るのと、どっちがいい?」
王妃リンナは鍵を手に三人に交渉を持ちかける。
「相変わらずだな。どうする?カリム」
「そりゃ決まってんでしょうが」
二人は顔を見合わせにやりと笑う。
「ドッソはどうする?起こすか?」
「さっき寝始めたから起きねえだろ」
二人が、どうやってドッソを起こすかを相談していると。
「起きてるだよ?お!リンナ様、久しぶりだなぁ〜」
寝起きのドッソはリンナに気が付くと大きな手を振って笑顔になった。
カリム、ホラン、リンナのため息が響く。
「全く、アンタ達は――建前ってものを理解しなさいよ。ただでは出せないのよ」
リンナは呆れた様子で三人へ目を向ける。
「嘘だね!あの目付きは殴る気だったな!ガキの頃みたいに」
ホランは、顔を顰めて喚く。
「聞きたい事だけ聞き出してからぶん殴る顔でしたぜ?」
カリムはやれやれといった様子。
「オパリアならオーリと一緒に旅に出ただよ?」
ドッソの暴露に唖然としているカリムとホラン。
天井から零れる水滴の音が響いていた。
「うわぁ言いやがったよ」
カリムとホランは頭を抱えた。リンナの目が細くなる。
「オパリア?ヴァルテールの?それにオーリとは誰のこと?」
カリムとホランは互いに顔を見合わせ、ため息をついた。
「ドッソの言ってるオパリアはオブシディア家の生き残りだよ。ヴァルテールの白薔薇とは別人だぜ?」
「オーリってのはその令嬢を保護してる人ですぜ。めちゃくちゃ強えんだ」
リンナの目が見開かれる。その表情に、明らかな驚きと期待が浮かぶ。
「生き残りがいるの?妹の、メルディアの子が――今何処に!?」
カリムとホランはニヤリと笑った。
「話してもいいけど、なぁ?」
「ここじゃ暗くて狭すぎですぜ」
二人はリンナへ交渉を持ちかける。
「ここ、結構寝心地いいべ」
ドッソはマイペースに牢屋の感想を伝えた。
「ドッソは黙ってろ!」
二人の声が牢屋に響いていた。
◇
私とオーリが屋敷の地下で会った日から二年くらいが経っていた。
オーリの予想で私は10歳ということになった。
私は少しだけ背が伸びた。
一人でメニューが読めるようになったし、字も書ける。
でも、まだメリーには一人で乗れない。手が届かないから。
私達は、少し名の知れた魔物狩りとして、大きな街の傭兵団と共に仕事をすることもあった。
「大人数での戦い方というものがある、覚えておけ」
オーリの言った通り、全然違った。連携というのは、私にはまだ難しかった。
一週間くらい前から、魔法の訓練を始めたけど中止になった。
私は、オーリと手を繋いで、オーリが魔力を循環させる。自分の身体の中を流れる魔力を感じようとする。
(魔力を感じる?全くわからない)
「オーリ。さっぱりわからないんだけど?」
私の様子にオーリは首を傾げた。
「おかしいな。確かこれで知覚できるはずだが――」
それを、少し離れたところから見ていたヴォルフが、呆れた様子で話しかけてきた。
「そのやり方、誰から聞いたんだ?かなり強引だし、一歩間違えれば暴発の危険もあるぞ?」
オーリは唖然としていた。
「暴発ってなに?」
オーリは目を閉じて、何かを考えている。
「――アメリアのやつ。そんな危険なやり方を」
オーリの魔法の先生は、かなり強引だったみたいだ。
「他のやり方がわからん。ヴォルフは知っているか?」
「俺もほぼ独学だったからな」
魔法の訓練は保留になった。
オーリもヴォルフも魔法を使うのに、魔法の事をよく知らなかった。
◇
旅の道中、立ち寄った村や町で何度か黒い竜の噂を聞いた。
人を襲う竜の噂に、村の人は不安そうにしていた。
「人を襲う竜って珍しいの?」
私が尋ねるとヴォルフが教えてくれた。
「小柄な竜なら、たまに家畜を狙うことはあるが、大きな竜は人を襲う事はほとんど無い。人間が何かしない限りはな」
ヴォルフの話を聞いて、私は疑問が浮かんだ。
「なら仕返しをしてるの?」
「多分違うな、竜の仕返しに見境なんてない。噂の竜はどうだろうな、手当たり次第って感じもするが。選んでる気もする」
ヴォルフの話を聴きながら、オーリはどこか遠くを見ていた。
「コントロールに難があるな、もう少し調整が必要だな」
オーリの独り言が聞こえた。でも私にはどういう意味なのかわからなかった。
「オーリ?」
「どうした、オパリア」
「やっぱり、何でもない」
私は、ずっと気になっていたことがあったけど、まだ聞けなかった。
◇
私達は、鍛冶師ダンプがいる街に来ていた。
「一年ぶりだな。調子どうだ?」
傷跡だらけの顔、一年前と変わらない。
「剣が少し欠けちゃった」
私が剣を手と渡すと、ダンプは目を細めて確認している。
「刃を研げばまた使える。すぐに終わるから待ってな」
そう言って、ダンプは小屋の奥に入っていった。
オーリは「気になることがある」と言って、ダンプのあとに続いて奥に入っていった。
(すぐってどれくらいなんだろう)
武具を眺めていた私は、しばらくしてからこっそり奥を覗いてみた。
◇
オーリは、ダンプに気になっていることを聞いた。
「この剣は、オブシディア家では普通なのか?」
「ん?ああ、他じゃ見ないだろ?魔剣だよ。オブシディア家では5歳の誕生日に剣を作り、生涯それを使うんだ」
オーリは首を傾げてダンプに尋ねる。
「生涯?長さが足りないのでは?」
ダンプは剣の欠けを細かく確認している。
「魔剣は材料に魔力を帯びた金属を使うんだが、オブシディア家はカルダ山脈で採れた魔鉄を多く使う」
砥石を取り出し、その上に刃を滑らせる。
「俺も魔剣を打つが、仕組みはよくわからん。オブシディアの魔剣は、持ち主の魔力を吸って形が変わるんだ。長い時間をかけて、少しずつな」
オーリは興味深そうに観察している。
「生涯、成長と共に変化する武器になるということか」
ダンプは何度も刃の状態を確認しながら砥石に刃を滑らせる。
「欠け足り折れたりはするがな」
話をしている間に研ぎを終えたダンプがオーリへ尋ねる。
「前から気になってることがあるんだかいいか?」
ダンプはオーリの携えた剣を見ている。
「この剣か?オパリアを幽閉していた男から奪ったものだ」
ダンプはオーリの剣を手に調べ始めた。
「違うな。これはどこぞのバカの剣じゃねえぞ」
ダンプの手が震える。確かに、男が持つには少し細身の直剣だった。
「こいつは、オブシディアの魔剣だ。見間違うはずがねぇ」
◇
私が覗き込んだ時。ダンプはオーリの剣の柄を調べていた。
「それもご当主の、メルディア様の剣だ」
ダンプが何を言っているのか、すぐにわからなかった。
(ママの剣?何でオーリが持ってるの?それにダンプはママの事、知ってたの?)
オーリはママの剣へ目を向けている。
「そうか。やはり、俺が持っていていいものでは――」
オーリはそう言って鞘へ収めたママの剣をダンプに渡した。
「逆だろ。アンタが持つべきだ。それに俺の所に置かれても埃かぶって錆びるだけだ」
ダンプはママの剣をオーリへ投げ渡す。
「それか、お嬢様が大人になったときに渡してやれ。それまではアンタが使え」
(ダンプは私のことも知ってたんだ。知ってて黙っててくれてるんだ)
オーリはママの剣に手を添える。
「そう、だな。しばらく使わせてもらおう」
その声を聞いて、私は、なんだかよくわからない気持ちになった。
(みんな、私に隠してるんだ。私が気にしないように、思い出さないように)
◇
「次はどこへ行くの?」
研ぎ終わった剣を受け取り小屋を後にした。
私は、地図を眺めているオーリへ尋ねる。
「南の地域はある程度巡ったからな。東へ向かう。その後は北、オブシディア領の境界線を巡る」
オーリが地図を広げた。今いる街はオブシディア領のほぼ中心。
この二年で領地の西と南半分をほぼ踏破していた。
次は東と北側。
「東――」
屋敷の方角へ目を向ける。
「屋敷には立ち寄ることはない」
「うん。わかってる」
メリーが催促するように嘶く。
ヴォルフはオーリへ尋ねる。
「何かあったのか?」
オーリは腰に携えた剣に手を添える。
「さあな。お前には教えん」
私とオーリの二人でメリーに乗る。
「日頃の行いですよ、師匠」
ハジャルがヴォルフを肘でつついた後、馬に跨った。
「俺、そこまで行い悪くねぇよ」
三人に置いていかれたヴォルフはぽつりと呟き、馬に跨りあとに続く。
◇
オブシディア東の隣領地の街。
青年は、書類の山に囲まれながらため息をついている。
「あ〜。しんどい、領主辞めたい」
青年の手には違法取引の疑いのある商人達のリストがあった。
「領内は荒れてるし。隣の領地は滅んでるし」
机に突っ伏し頭を掻きむしった。
「おまけに、王妃様まで突然視察に来てるし」
「失礼します。ご報告が――」
事務官の一人が報告に現れる。
「追加の書類なら要らないよ」
事務官は呆れた様子で青年領主へ報告をする。
「書類ではありませんよ。以前仰っていた噂の傭兵が街に来ています」
青年は顔を上げる。
「何でこのタイミングで――悪夢だ」
青年領主は、更に頭を抱えて項垂れた。
【第11話へ続く】




