第4話「一角獣と菫青石」
「今日から、実戦形式の訓練を始める」
オーリがそう言ったのは、訓練を始めて一ヶ月半が過ぎた頃だった。
私とオーリは、屋敷から半日ほどの距離にある森に来ていた。街からそれほど離れていないのに、森に入ると薄暗く、木の根や茂みで視界と足元が急に悪くなる。
途中、木の根に躓き転びそうになる。
「森の中ってこんなに歩きづらいんだ。知らなかった」
「魔物以外にも危険はある。注意して進め」
オーリは振り返らずに森の中を進んでいく。屋敷の中を歩いているみたいに、まっすぐな姿勢で歩いている。
足元を気にしながら。置いていかれないように進むと、ひらけた場所に出た。
森の中に作られた。柵で囲われた広間のような場所だった。
(なにここ?ここだけ木が切られてるし、柵がある)
「訓練の為に整えた。先ずは、魔物と一対一での戦闘に慣れる事から始める」
私の疑問を見抜いたように、オーリは訓練の内容を話し始めた。
「ここで魔物と戦うの?」
「比較的小型で、大人しいものを選んで捕らえてある。命に関わる相手ではない。だが——向こうも必死だ、手加減はしてくれないぞ」
私はオーリから木剣を受け取り。正面に構える。
「フフン。魔物の一体くらい楽勝だよ!」
◇
オーリは森に入ってしばらくすると魔物を連れてきた。
(え?なんか思ってたよりも――)
オーリが連れてきた魔物は、私よりもはるかに大きい姿だった。
白馬の様な姿の、角の生えた4足獣――ユニコーンだった。
「ユニコォォォォン!?」
目の前にいる幻の生き物の姿に、私は思わず叫んでしまった。
「そうか。コイツはユニコーンという魔物なのか。馬の代わりに使えそうだな」
オーリはユニコーンの首につけていた縄を外した。少し離れた場所に歩き、振り返ると。
「さあ、始めろ」
オーリの声に反応してユニコーンは唸り声をあげた。
「小さいって言ったじゃん!なんで私より大きいのを連れてきたの!?それもユニコーンを!」
私はオーリに向かって叫ぶ。
「この森付近の魔物の中では小型だ。それに、草食だから喰われる心配は無い」
オーリは、取り出した馬用の鞭を私に向ける。ユニコーンが、唸りながら私を見る。
「ユニコーンなんてどうやって捕まえたの!?」
(言ってる事がめちゃくちゃだ。やっぱりオーリは悪魔だ、魔女だ――魔女ってなんなんだ?)
オーリが鞭を振ると、ユニコーンは大きな唸り声を出し私に突進してきた。
(怖い。でも——足は動く)
私は横に転がって避ける、私のいた場所を、ユニコーンは勢いよく通り過ぎた。
そのまま柵にぶつかる。柵はへし折れ、あっという間に踏み潰され、完全に壊された。
「ユニコーンってこんなに強いんだ――」
柵が壊される光景を目の当たりにして、私はオーリへ目を向ける。
オーリは、私からゆっくりと目をそらしながら。
「――避けるのは上出来だな。次は剣を当てろ」
オーリの顔は、少し引き攣っているように見えた。私は立ち上がり、剣を構える。
ユニコーンが、また飛びかかってきた。今度は——避けながら、木剣を振る。
(当たる――)
私の振った木剣が、ユニコーンに当たる直前。
ユニコーンは首を大きく振り下ろし木剣を斬り落とした。
「え――」
そしてその直後、ユニコーンの後ろ足からの蹴りが私に打ち込まれる。
「うぐ――」
衝撃と共に宙を舞う私の視界。オーリと目が合った。
オーリは目を逸らして気まずそうな顔をしていた。
◇
「生きているな――。ヨシ」
オーリが私の顔を覗き込んで確認している。
「ヨシってなに?」
ユニコーンも私の顔を覗き込んでいる。
「俺の想定よりもユニコーンという魔物は強すぎたようだな。もう少し調整した相手を探すとしよう」
私は、仰向けになってオーリの独り言を聞いていた。
蹴られて、受け身も取れずに地面に叩きつけられて、身体中が痛い。
「オーリのバカ。悪魔。魔女」
「俺はバカではない。悪魔でもない。――魔女とはなんだ?」
オーリは、魔女を知らないみたいだ。私もよくわからないけど。
「わかんない。魔物使い?魔性の女?とかだったと思う」
私の言葉に、オーリは首を傾げて考えている。
「意味が分からないな、まあいい。それより、手ごろな強さの魔物というのは難しいな。捕らえた魔物の再選定する必要がある。実戦はまた今度だ」
最初の実戦はオーリの失敗で終わった。
ユニコーンは、そのまま屋敷についてきた。
(そういえば、ユニコーンって初めて見た。絵本で見たよりもいかつい。”おーら”がある)
◇
数日後、もう一度実戦訓練をした。
――だけど二度目の実戦も、失敗だった。
「今度は小さい魔物を捕らえたぞ」
オーリが連れてきたのは子犬ほどの大きさのアリのような虫の魔物だった。
「これならいけそう!」
私は木剣を構えて、アリの魔物へ勢いよく振り下ろした。
――当たった。まるで金属の塊を叩いたような感触が手に響く。
「硬――」
アリの魔物は、特にいたがる様子も無く、周囲を見回している。
私はもう一度、木剣を振り下ろす。平気な素振りで周囲の状況を観察しているアリの魔物。
(硬い)
私は、何度も振り下ろした。だが、傷一つ付かない。
(すごく硬い。こんなのどうやって倒すの?)
アリの魔物は大きな顎をギチギチと打ち鳴らす。奇妙な音が周囲に響く。
すると、周囲の森から複数のアリの魔物が一斉に現れた。
「え――」
私は対応できなかった。あっという間に囲まれた。
オーリとユニコーンが割って入る。
オーリは木剣で斬り刻み、ユニコーンが踏み潰し、アリの魔物を全て倒した。
「コイツは硬すぎたな。もう一度選別しよう」
オーリは顔を背けながら呟いた。
「オーリ」
「もう少し手頃な生き物――しかし、小型で訓練向きとなると――」
私の声が聞こえていない様子で。オーリは首を傾げて考え込んでいる。
何故か屋敷に居着いてしまったユニコーンがアリの魔物の残骸を蹴って遊んでいる。
「おなかすいた」
魔物の体液で服も髪も汚れて、疲れた私の口から零れた言葉にオーリは考え事をやめた。
「夕食の時間が近いな、屋敷に戻ろう。訓練の相手については少し考える」
足早に屋敷へ戻るオーリ。私はユニコーンに背負われて屋敷へ戻った。
道中、ユニコーンはさっきのアリの魔物をバリバリと音を立てながら噛み砕いて食べていた。
(虫食べてる。草食じゃなかったの?)
私は、ユニコーンという生き物をよく知らなかった。多分、オーリもよく知らないんだと思う。
◇
屋敷に戻ると、カリム、ホラン、ドッソが庭で待っていた。
「お、帰ってきただかオパリア!」
ドッソがニコニコしながら大きな手を振っている。
「今日はどうでした?オパリアお嬢ちゃん。魔物退治の訓練は」
何も知らないカリムは、いつも通りゴマをするような話し方で、私に訓練の成果を聞いてくる。
「アリみたいな虫が相手だったんだけど――」
アリの魔物と聞いて、ホランは表情を顰める。
「――アリの魔物?それって人食い大蟻じゃないのか?そんなの硬すぎて木剣じゃ無理だぞ?オトナでも一人じゃ無理だぜ?」
私の表情から察したホランは、オーリに聞こえるように声を大きくした。
「それはもうわかった。次はもう少し調整する」
オーリは顔を背けながら呟いた。
(オーリはいつも気まずくなると目を逸らしたり顔を隠す。最近わかってきた)
「人食い大蟻ってことは、西の森に行っただか?一人で戦うんのに手頃な魔物なんていねぇべ。魔物狩りの傭兵や兵士が、囲んで一体ずつ倒すもんだべ」
ドッソが口にした言葉にオーリの動きが一瞬止まった。目が泳いでる。
「――そうか」
カリムはドッソの言葉に続く。
「オーリの姉さんくらい強いなら、一人で何十体でも相手できるんだろうけど。お嬢ちゃん一人ってなるとなぁ」
カリムは、オーリを横目に大袈裟な身振りをする。
「――そう、か」
オーリが少しだけ縮んだように見えた。
「人間相手の方が手加減できていいんじゃないか?」
ホランの言葉に、オーリは感心した様子を見せる。
「確かに、その考えは無かったな。では、明日からお前達が訓練相手だ」
「へ?」
オーリの言葉に、カリムとホランは固まった。ドッソは、ユニコーンにブラッシングをしていて話を聞いていなかった。
「この馬、やっぱりいい毛並みしてるだな。立派なもんだべ」
ユニコーンは、とても気持ちよさそうにブラッシングをされていた。
◇
翌日、朝の日課の柔軟を終えると三人との訓練が始まった。
最初の相手はカリム。
カリムの戦い方は、ナイフのような小ぶりの木剣と体術の組み合わせ。小柄を活かした身軽さと素早さで、相手を翻弄する戦い方だった。
カリムとの組手は、思っていたより。かなり難しい。でも楽しかった。
「オパリアお嬢ちゃん、なかなかやるじゃねぇか」
カリムは軽い身のこなしで私の攻撃をかわしながら、時折反撃してきた。
「動きが速い。――なんで当たんないの?」
オーリ程ではないけど、速い。それにユラユラとした動きで攻撃しづらい。
「これでも昔、多少はやってたんで。大事なのは足運びですぜ」
私の剣をくぐり抜けたカリムの足払いを受けて何度も転ばされる。
それでも、少しずつだけど——カリムの動きが読めるようになってきた。
――と思ったけど。
「まだまだですな。オパリアお嬢ちゃん」
足元を意識した隙を突かれ、腕を掴まれ投げ飛ばされた。
私は、土だらけになった。
◇
ホランの戦い方はカリムと全く違った。
「ホランは棒を使うの?」
ホランは、長い柄の端に分厚い板のついた棒を軽々と振り回しながら。常に一定の距離を保ったまま攻撃してくる。
「棒じゃなくて槍な。俺は技はそれ程だけどよ、力はあるぜ?」
ホランは回転が加わった重い一撃を放つ。私は木剣で受け止めようとして力で押し負け、はじき飛ばされた。
「槍を正面から受けるな。払え――」
オーリの声が飛ぶがホランに遮られる。
「おいおい。ヒントを出すのが早すぎるぜ。この子自身に考えさせねぇとだめだろ?」
ホランがオーリへ注意をする。オーリは不満そうにホランを一瞬睨む。
(オーリが誰かに注意されてるなんて初めて見た)
「だが、お前の言うとおりだな。――好きなようにやってみろオパリア。出来なかった時は聞け」
オーリは何か言おうとするがやめる。
「わかった。自分で考えてやってみる」
(ヒントはある。受け止めずに払う動き――)
ホランはもう一度、回転を加えた重い一撃を放つ。
「ここだあ!」
私は、上に向かって木剣を斬り上げようとしたけど、重すぎて上がらなかった。
再びはじき飛ばされる。
――でも少しだけ、耐えられるようになった。
◇
ドッソとの組手は——ある意味一番苦戦した。
「オパリアの為だ、悪いけど本気でいくべ」
ドッソの戦い方は見た目と全然違った。
全身に目に見えるほど、魔力を纏っていた。
「魔法使うの!?」
「うおおおおお!」
ドッソが吠えながら両腕を突き出す。手から放たれる多数の魔力の矢。
矢は、生き物のように軌道を変えて迫ってくる。私は避けきれず、何度も撃たれ、何度も爆風に吹き飛ばされた。
「大丈夫か!?」
ドッソが慌てて駆け寄ってきた。
「ごべんな、力加減が――」
大きな顔をくしゃくしゃにして泣き出しそうになるドッソ。
「大丈夫。全然痛くないから」
私は立ち上がった。これといった怪我は無い。でも、ちょっと痛い。
「へ?直撃だったよな?」
「どうなってんだ?」
カリムとホランは目を見開いて驚いている。
「ふむ。魔法、というよりも魔力そのものへの抵抗、か?内在する魔力が防壁のような役割をしているのか」
オーリは冷静に分析をしていた。
◇
朝の柔軟の後、三人との組手は毎日の日課になった。
私は、二日目でドッソに勝てるようになった。オーリが言うには、どうやら私の身体は魔法が効きにくいみたい。
けど数が多かったし。ちょっぴり痛かった。
爆風は受け止めることも、避けることもできない。どうにもならない事がわかった。
カリムには四日目でなんとか一本取れるようになってきた。
「目が慣れてきた!」
「あちゃ~。バレちまいやしたか」
目が慣れてきたのもあるけど、カリムの言っていた足捌きってのがわかったのが大きかった。多分、カリムも少しだけわかりやすく動いていたきがする。
(カリムは足の運びで動きの速さを変えて、相手の隙を作ってたんだ)
ホランにはちょっぴり卑怯な手を使った。
「卑怯だぞそれ!ふざけんな!」
「勝ちは勝ちだよ〜」
私は、ホランに握った砂を投げつけて目潰しをした。その隙にホランの脛を蹴った。そして、うずくまったところをボコボコにした。
「まぁ、実戦――だもんな」
カリムは呆れていた。
「オパリア!やっただなあ〜」
ドッソは素直に喜んでいた。
「好きにやれと言ったが、こうなったか――一度も聞きに来なかったな」
オーリは複雑な表情をしていた。
◇
一週間が過ぎた頃には。ホランに卑怯な手を使わなくても一本取れるようになった。
(あの重い一撃も、弾けるようになってきた)
三人との組手が一段落した頃。オーリとの実戦訓練が始まった。
「さあ、始めるぞ。今日からは俺が相手役だ」
オーリは木剣を構え、切先と視線を私に目を向ける。
――その瞬間、周りの空気が一変した。
オーリの氷のような眼差しと鋭い刃物のような気配に、私の身体中から冷たい汗が噴き出した。
(なにこれ?これがオーリの本気?)
カリム、ホラン、ドッソの三人はいつの間にか離れた場所へ退避していた。
三人の顔色は真っ青になって脂汗をかいていた。
「本気で来い。手加減は必要ない」
私は、震える手を握り直し全力で斬り掛かった。
オーリの姿は一瞬で消えた。
「え?消えた?」
突然目の前が真っ暗になった。気が付くと、私は仰向けに倒れていた。
おでこが痛い。
(何が起きたかわかんなかった)
直ぐに起き上がって、再びオーリへ挑む。
(今度は見逃さない!)
オーリはいない。
「え?また消えた!」
背後に気配を感じて振り返ろうとした瞬間。
――首筋を通り抜ける冷たい刃の感触。
(斬られ――てない?)
斬られたと思った。確かにそう感じた。
でも実際は、私の首筋に、オーリの木剣が添えられているだけだった。
「なに?今の――」
私は腰が抜け、座り込んでしまった。足に力が入らない。冷たい汗が止まらない。
「まだまだだな」
オーリは息一つ乱れずに言った。
「だが——動きは格段に良くなっている。続けろ」
オーリは木剣を手放すと夕食の準備の為に、屋敷へ戻って行った。私は地面に座り込んだまま、空を見上げた。
(オーリってなんなんだろう――?強くて、綺麗で、カッコよくて、でもちょっと抜けてる、ちょっと優しい)
でも——不思議と、怖いという気持ちはなかった。
◇
あれから何度か、オーリと訓練をしたけど。オーリには一度も、かすりもしなかった。
訓練漬けの日々が続いたある日。
「今日は休みだ、食料の買い出しに行く」
朝食の後、オーリはそう言った。
「三人と、あの魔物の分で食料の消費が増えた。――特にあの馬モドキの消費が多い」
「メリーのこと?」
馬モドキ――オーリが捕まえ、屋敷に居着いてしまったユニコーンの事だった。メリーというのは私がつけたユニコーンの名前だ。
「そうだ。その為に、街へ食料の買い出しに行く」
「行くなら私も!私も行きたい!」
私は目を輝かせた。オーリは少し考える仕草をした。
「たまには息抜きも必要、か。いいだろう」
「やった!」
(街って何があるんだろう?そういえば街ってなに?)
「あ、そうだ――」
「どうした?何かあるのか?」
「街ってなに?」
私の質問に、オーリは目を見開いて驚いていた。
◇
街は沢山の人が住んでいる場所らしい。
初めて見る場所だった。
沢山の人、露店という品物を売るお店、美味しそうなものや苦そうなもの嗅いだことのない様々な匂い。
人並みの中で、私はオーリの手を無意識に握っていた。
「はぐれるなよ。探すのが面倒だ」
「うん。わかった」
オーリは人型の姿だった。目元を隠した黒く長い髪の女性——街の人々が、すれ違う人が、時々オーリを見て振り返っていた。
(オーリ、目立ってる。けど、私のことも見られてる?)
街の人達は私のことも見ていた。お忍びの貴族様親子だと、誰かが言っていたのが聞こえた。
オーリがママか。なんだか、悪い気はしなかった。
「ねぇオーリ。あれはなに?」
美味しそうな匂いの露店が目についた。
「串焼きだ、食べてみろ」
オーリが串焼きというものを買ってくれた。
串に味付けをしたお肉を刺して火で炙った物らしい。焼けた匂いが、香ばしい。よだれが口のなかにあふれてくる。
「これはお肉?美味しそう」
一口齧る、ピリピリとした刺激とお肉の味。香ばしい風味が、口の中いっぱいに広がった。
「美味しい!」
「そうか」
オーリも一口齧る。オーリの表情が、少しだけ緩んだ気がした。
◇
露店を見て回った。
布、装飾品、道具——見たことのない物ばかりだった。
「これは髪飾り?」
私は小さな花の形をした髪飾りを手に取った。サクラの花の髪飾り。
「気に入ったのか」
「べつに?ちょっと気になった」
本当はすごく気になった。ママの好きな花だったから。
「店主。これをもらうぞ」
オーリは、花の髪飾りを買うと、私に手渡した。
「いいの?」
私はオーリの顔を見る。いつもと表情は同じのはずなのに、
「たかが髪飾り一つ、大した額ではない。それに、訓練は一通り終わったからな。ご褒美、というやつだ。持っておけ」
髪飾りをつけた私を、オーリは優しい目をして見つめていた。私はその日、初めて——心から笑った気がした。
(なんだか、ママみたい)
◇
その日は一日中歩いて、お腹が空いたら露店でご飯を食べて。街を見て回った。
街から屋敷に戻った時には、夕方になっていた。
私は、歩き疲れて眠っていた。馬車が止まり、その揺れで目を覚ました。
屋敷が見えてきたところで馬車は止まっていた。
「――何かいるな」
御者台に座ったオーリが呟いた。
「どうしたの?」
私の問いには答えず。オーリは剣を抜いた。
よく見ると屋敷の方から細く黒い煙が上がっている。
「狼煙、か。なるほど」
オーリの目が、細くなった。
◇
オーリは剣を抜いて馬車を全速力で走らせた。
「オーリ!何があったの!?屋敷に戻らないの?」
馬車は全速力で屋敷の前を通り過ぎた。そのまま街道を進んでいく。
「予定変更だ。直ぐにここを離れる」
私の目には、よく見えなかったけど。屋敷を取り囲む鎧を着た人達がいた気がする。
屋敷の庭園から細い、黒い煙が上がっている。
「ふむ、三人は逃げた後、か。予定通りだな、それでいい」
オーリは後方へ視線を向ける。
「そこの馬車!止まれぇ!」
屋敷の門の前にいた馬に乗った兵士達が、馬車を追いかけてきた。
「あの鎧、ランガルの兵士か?一体誰の指示で――誰の指示にせよ。敵か味方か不明なまま、相手にするのはリスクだ」
オーリの言っている事が、私にはよく分からなかった。
馬車は荒れた街道を走る。オーリは更に急がせる。だが、兵士達との距離が徐々に縮まっていく。沢山の馬の足音が迫ってくる。
私は馬車の中で小さくなって、震えが、止まらなかった。
(怖い――また、またみんないなくなる。また、ひとりになるの?)
その時、森から何かが飛び出し兵士の前に躍り出てる。
「なんだ貴様ら!」
兵士の声に私は思わず窓から顔を出した。
「カリム!ホラン!ドッソ!」
兵士達の前に立ちはだかる三人組。
「さっさと行け!」
「ここはオイラ達にお任せを」
「元気でな〜」
三人組は兵士たちに飛びかかった。
カリムが、馬車に追いつけないように。馬の足をナイフで斬りつけて周る。
ホランが、長い斧槍で複数の兵士をなぐり倒す。
ドッソの魔法の爆発で視界を遮り、馬車の行き先を隠した。
あっという間に三人組は見えなくなった。
◇
どれくらい時間が経ったのかわからない。二つの月が天高く昇っていた。
しばらく走った後、馬車が止まった。馬が限界だった。
「これではしばらく走れんな」
オーリは馬の様子を確認し、水を飲ませて休ませている。
「三人は――」
「あの三人なら、うまくやるだろう。そうでなくても自分達で選んだ結果だ」
オーリは私に顔を向けない。冷たい言い方だったけど。オーリも、悲しんでいた気がする。
「これから、どうするの?」
私の問いに、オーリは少し考えてから話し始めた。
「当ては――なくはない。だが、幾つかの懸念もある。俺の想定している最悪の場合。お前を連れて国外への移動も視野に入れる」
オーリは、まっすぐに私の目を見て話をしている。
(国を――出る。ウソやごまかしはないんだ)
「先ずは、当面の生活手段と情報収集からだな。そちらについてはある程度、目星は付けてある」
オーリの言葉に私は、少しだけ屋敷の方を振り返った。
焼け跡。パパとママの――みんなの眠る場所。
「オーリは、私を置いて行かないんだね」
言ってしまった。
私の口から出た言葉に、オーリの眉間にシワがよる。でも、オーリは怒り出したりはしなかった。
「馬鹿馬鹿しい質問だな。その選択は却下だ。――それと、旅の道中は親子又は姉妹ということにする。説明が面倒だからな」
「どうして――いてくれるの?」
私は俯いていた。視界が歪む。何かがあふれてくる。
「前にも言ったが。お前の父親から頼まれた。それに、お前の名前に少し、思い入れがあるからだ。側にいてやる――安心しろ」
オーリは少しだけ顔を背けながら、語りかけるような口調だった。
(いなくなるかもって思ってた。――パパとママみたいに、オーリも)
「うん」
「今日のところは、ここで馬を休ませる。街が近ければよかったんだが――」
その時、森の中で何かが動く音がした。
「オーリ、何かいる」
オーリは私の前に立ち、腰の剣を抜いて構えた。私はオーリの後ろに隠れて目をつむた。
「わかっている。――オパリア、下がっていろ」
暗い森の中から何かが近付いてくる足音がする。硬い足音。人間の足音じゃない。
何か大きな生き物の足音。
月明かりの下に姿が現れる。
一本の角を生やした馬のような生き物、ユニコーンだった。
「コイツは、屋敷にいた馬モドキか?」
オーリは剣を構えたままユニコーンを見る。オーリの声に、私は顔を覗かせ確認する。
「え?メリー?」
ユニコーンは、返事をするように首を振り、唸りを上げた。
「――お前、馬車は引けるか?」
オーリは馬車をチラリと見て、ユニコーンへ問いかけた。
【第5話へ続く】




