第24話「嗤う汞」
昏い部屋の中、簡素な寝台の上。
ヴォルフは、胸の激痛で目を覚ました。
「痛っえ――あのジジイ」
身体中が固まっているような、痺れた感覚。胸にまだ残っている、貫かれた感覚と激痛に、ヴォルフは顔を歪ませながら起き上がる。
「存外、丈夫ですねぇ。流石は緑炎と呼ばれる傭兵」
部屋の隅から響く声に、ゆっくりと顔を向け睨みつけるヴォルフ。
「メルクリウス――ってのは偽名だな?なんでチンタオにいやがる」
「おや?私の事をご存じでしたか」
昏い部屋の中で、濡れた何かを引きずるような音と共に近寄ってくる人影。
海の生き物を出鱈目に継ぎ接ぎして人の形にしたような異形――。
「ここではメルクリウスと名乗っておりますので」
メルクリウスは、鮫のような歯を見せてニヤリと笑う。
「さすがに死んだと思ったぜ。あんたが治療したのか?」
安堵のため息をつくヴォルフ。
メルクリウスは、ヴォルフの胸に指を向ける。
「治療とは違いますねぇ。実際、半日くらい死んでましたし。今のあなたには、心臓がありませんから」
「死んでたのかよ!?心臓が無いってどういう事だよ」
ヴォルフは、自身の胸元に目を向け、愕然とした。
「なんだよこれ――」
胸元には生々しい傷跡、雑な縫い目の隙間から、何かが飛び出している。
大きな蕾のような形の赤黒い宝石が、ヴォルフの胸元に根を張り、脈打つように蠢いている。
ヴォルフは瞬時に理解した。
「――俺は操り人形ってわけか」
ヴォルフは、鋭い目をメルクリウスに向ける。
「操り人形とも違いますねぇ。一応、ちゃんと治療しようとはしたんですよ?」
「ただ――心臓がボロボロで使えなかったので、代用品で賄いました」
メルクリウスは、手に持っている瓶をヴォルフに見せる。
液体に満たされた瓶の中には、破れ、穴の開いた心臓が、弱々しく鼓動していた。
「まあ、遠隔での強制停止と監視機能付きですけどねぇ。ちなみに、記憶も少し覗かせてもらいましたよ」
ギラギラした歯を見せつけるように笑顔になるメルクリウス。
「結局操り人形じゃねぇか!――チッ。こんな時に」
思わずツッコミを入れるヴォルフの瞳が、仄かに緑色の光を宿した。
瞳が映す幻影を、忌々しげに見つめるヴォルフ。
「ほぉ~。これが噂の先見の幻影ですか。思った通り、私にも視えましたねぇ。中々興味深――」
共有された幻影を愉快そうに眺めていたメルクリウスの顔から、笑顔が消えた。
「コレは、面白くないことになりましたねぇ」
メルクリウスは、閉じた窓に手をかけた。
開かれた窓から、淡い月明かりが差し込んでいる。
「予定変更です。こちらも動かなければならなくなりましたね」
月明かりの中で、メルクリウスの姿が淡い光とともに変化していく。
「なんだよそれ。あんた、姿を変えられるのかよ」
ヴォルフは、困惑しながらメルクリウスに尋ねた。
「あなたの記憶からヒントをもらいました。あなた達の探す、オーリと呼ばれる魔女と同じ、禁忌魔法の副次効果ですねぇ」
淡い光が消えると、そこには赤毛の少年がいた。
「成る程――調整が難しいですが。まあいいでしょう」
少年に姿を変えたメルクリウスは自身の手足をまじまじと見つめるが、すぐに興味をなくしたようにヴォルフに向き直る。
「ヴォルフさん。あなたには、北へ向かってもらいます。理由は、お分かりですよね?」
ヴォルフには、拒否をするという選択肢がなかった。
「チッ。覗き野郎が」
「覗きとは失礼ですね。観察趣味、と言ってほしいですねぇ」
メルクリウスは、少年の姿で舌を出して笑った。
◇
朝食の席で、ハジャルはヴォルフからの伝言を私達に伝えた。
「師匠、ランガル王国に戻ったみたいです。部屋に書き置きがありました」
ハジャルはそう言って、生の魚を避けながらサラダを食べている。
ハイロンの手が、一瞬ピクリと止まったのが見えた。
「急用ってなんだろう?ハジャルは、何か聞いてる?」
私はハジャルに尋ねるが、ハジャルも知らないらしい。
「全く、先に言ってほしいですよね。そういう所、本当に適当なんですから」
ハイロンは、難しい顔をして何かを考えているように見えた。
「ハイロン様、どうされましたか?」
タオの声に、目を覚ましたようにハッとした様子のハイロン。
「何、大したことではない。――あの男、ランガル王国に戻ったか」
大したことではないと言いつつも、何か腑に落ちない様子で、首を傾げているハイロン。
(ヴォルフと何かあったのかな?)
私は、プルプルクラゲのゼリーを食べながらハイロンを見ていた。
「それにしても、オーリさんの情報、全然ないわね」
メイメイは、魚の揚げ物を口いっぱいに頬張りながら呟く。
「そろそろ他の島へ向かっても、いいかもしれんな」
タオの提案で、私達は次の島で情報収集をすることにした。
◇
「今の時期、ここから一番近いのは千剣島――我ら山士族の島だな」
船着き場で、船員たちから話を聞いたタオが定期船を予約してくれた。
「今の時期?一番近い?」
(島って動くの?どういうことなんだろう)
私はタオに質問したが、タオの近くにいた船員が教えてくれた。
「時期によって島から島への潮や風の流れが変わるんだ。それに合わせて、船の航路も変えてるんだよ」
甲板から海を眺めていると、大きな渦巻きが見えた。
「何あれ?」
「渦潮だ、潮の流れがぶつかり合って生まれる自然の景色の一つじゃよ。正しい航路を知らなければあっという間に巻き込まれる」
ハイロンが顎髭を指で弄りながら教えてくれた。
「このあたりは魔物も少ない、千剣島へ到着までは暇じゃから釣りでもするか?」
ハイロンは釣り竿を手に持っていた。
「釣りかぁ」
私は、正直釣りが苦手かもしれない。
「釣りで儂より大物を釣れたら褒美をやろう」
ハイロンはそう言って釣り糸を海へ垂らした。
◇
私とハジャルとハイロンの三人で釣りをはじめて数時間が経過していた。
海は透き通って深い海の底の砂地や岩場までよく見える。
だが、魚の姿はまるで見えない。
「おかしいのぉ。いつもならこのあたりにいるはずなんじゃが」
ハイロンは首を傾げながら、釣り糸の仕掛けを変えていた。
「魚の姿が見えませんね」
ハジャルは、釣り竿を手に海を覗き込んでいる。
私は、釣り糸を垂らしたまま少し眠くなってしまった。
「オパリアよ、引いておるぞ」
ハイロンの声に目を覚まして釣り竿を引く。
「へ?うわぁ」
先程まで何も無かったはずなのに、突然大きな何かにグイグイと引っ張られる感覚。
「おお!コレは大物じゃ。オパリア、バラすでないぞ!」
ハイロンは私に声をかけるが、私は正直どうしたらいいのかわからない。
「どうすればいいのこれ?うわ」
引っ張られ甲板から落ちそうになる。
ハイロンが私ごと竿を掴んで引き上げる。
「ほれ、ハジャル。お主も引っ張らんか」
「は、はい!」
ハジャルも一緒になって三人で釣り竿を引く。
今にも折れてしまいそうなほどしなる釣り竿。
海面に浮かび上がってくる巨大な姿。
「おっきな魚!――ってあれ?」
勢いよく釣り上げられ甲板に横たわる巨大な魚。
良く見ると人間の顔がある。
「魚に何か巻きついてますね」
ハジャルは魚に巻き付く物を見ていた。
「なんじゃこれは?新手の魔物かのぉ?」
魚に絡みつく巨大な触手の塊。
触手の塊は、私達に気付いた様子で動き出し、大きく蠢いた。
「やっど追い付いだああああっ」
触手の塊は、何かを喚きながら暴れている。
「置いていくなんて、ひどいじゃないですかぁ」
触手の塊がガハッと起き上がった。
見覚えのある、海の生き物を出鱈目にくっつけたような姿。
「え~っと。めりくりうす?」
見覚えのある異形は、私の声に地団駄を踏んでいる。
「メリクリじゃありません!メルクリウスですよぉ!」
メルクリウスだった。
【第25話へ続く】




