第23話「真珠の都市」
波士族の島――カラカ島。
そこは、小さな砂浜だけの島を囲むように、巨大な貝殻と筏で作られた、海に浮かぶ都市だった。
「なにここ、すっごい綺麗な海」
私は、船着き場に降り立って足元の海をのぞき込んだ。
海は透き通り、海底の珊瑚や色とりどりの魚が見える。
「チンタオでも有数の観光地なんだから」
メイメイは、何故か自慢げに胸を張っている。
ヴォルフ達も続いて降りてきた。
「あれが――人、魚?」
ヴォルフの視線の先には、すごく太った人魚のおじさんが、日向ぼっこをしながらくつろいでいた。
ヴォルフは吐いた。
吐き出された物は、海の小魚たちが一瞬で食べ尽くした。
「ヴォルフ、何を落ち込んでいるんだ?まさか、人魚族は美女しかいないとでも思っていたのか?」
項垂れるヴォルフに、タオは呆れていた。
「ふむ。ここは、特に異変はないようじゃな。良き良き」
ハイロンは、周囲を見回して満足そうにしていた。
「ここが母上の言っていたカラカ島か、聞いていたよりも眩しいな」
シャオロンは、周囲を見回して眩しそうに目を細めていた。
船着き場にいた人魚達は、ハイロンとシャオロンの姿に気付くと、深く礼をして、慌てて何処かへ泳いでいった。
「綺麗な港ですね――」
ハジャルは、ため息は減ったけど、時々遠くを眺めて黄昏ている。
最後に、全身分厚いローブを着て、顔を布で隠した怪しい人が、船から降りてきた。
「はぁ。はぁ。あ、暑いですねぇ」
完全に不審者みたいな姿をしたメルクリウスだった。
「これが、夢にまで見たカラカ島――ふふふ」
メルクリウスは、洗い息をしながら周囲をキョロキョロと見回していた。
「見てくださいよ!あの中心にそびえる巨大な巻き貝、あれが真珠宮!自然が作り出した美しき宮殿!あれが元は大きな生き物だったなんて信じられますか!?」
メルクリウスは、虹色に輝く巨大な巻き貝を指さして興奮し、ローブが不気味にボコボコと蠢いていた。
「確かにすごい綺麗な貝殻だね」
私が真珠宮と呼ばれた大きな巻き貝へ目を向けていると、誰かが泳いでくるのが見えた。
◇
綺羅びやかな装飾を纏った数人の人魚族がすごい速さで、こちらに向かってきていた。
「ハイロン様!波士族の長グルガ、ご挨拶申し上げます」
大柄な人魚の男性は、ハイロンへ深く礼をした。
「久しいの、波士族の長グルガよ。変わりはないようで何よりじゃ」
ハイロンは、掌を伏せる動作で挨拶を返す。
「有難いお言葉、感謝いたします!今年の祭事にはまだ――」
「祭事で来たわけではない。この者たちに港の案内と宿を頼みたい」
ハイロンは、私達をグルガへ紹介した。
「ランガルからの客人だ」
「すぐに宿を手配いたします。案内の者は後ほど――」
グルガは、背後に控えていた従者に指示を出し、タオとメイメイに目を向けた。
「そちらのお二人は山士族の方ですね。ご案内いたします」
「感謝する」
タオとメイメイは、ハイロンとグルガへ礼をすると従者の後に続いて、筏の歩道を歩いていった。
「タオとメイメイは違うの?」
私の質問に、ハイロンが答えてくれた。
「大きな島には、それぞれの士族の屋敷があるのじゃよ。特にここは、流通の要じゃからな」
「そうなんだ」
私とヴォルフ、ハジャル、シャオロンの四人は、別の人魚族が案内してくれるようだ。
「儂らは少し話があるのでな」
メルクリウスとハイロンは港に残った。
ヴォルフは、何か考え込んでいた。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
私の質問に、ヴォルフは答えなかった。
◇
私達が案内されたのは、街の中心、真珠宮と呼ばれる巨大な巻き貝だった。
「ここには、宮殿の者と招かれた客人しかはいれないのだ。ハイロンに感謝しろよ?」
シャオロンは、どこか自慢げにふんぞり返っている。
「中もキラキラしてる」
まるで海の中にいるみたいな景色だった。
虹色の光沢のある壁。
透明な貝殻で作られたシャンデリア。
海に反射した光が、広間全体をゆらゆらと照らしていた。
広間には透明な管の水路があり、人魚達が行き来している。
「こりゃ、すげえな」
ヴォルフは、足元の海を泳ぐ女性の人魚を見て驚いていた。
「お部屋へご案内いたします。どうぞこちらへ」
私達は、鱗のついたトカゲのような人に案内されて客室へ向かった。
シャオロンには、部屋があるらしい。
「お姉さんは、なんていう種族なの?」
私は、前を歩いていた人に質問をした。
「え!?私ですか?」
お姉さんと呼ばれ、驚いた顔で振り向いた。
「私は、蜥蜴族のメヒャンと申します。初対面の方にお姉さんと呼ばれたのは、初めてですね。蜥蜴族は皆、鱗の色以外見分けが付かないので」
メヒャンお姉さんは、少し嬉しそうだった。
「おい、ハジャル。蜥蜴族の性別ってわかるか?」
ヴォルフはハジャルに小声で話しかけた。
「またナンパですか?」
「ちげえよ。なぁオパリア、――なんでお姉さんだってわかったんだ?」
ヴォルフは私に聞いてきたけど、なんていえばいいのかよくわからなかった。
「なんとなく」
ヴォルフは、どこか納得してないみたいだった。
◇
私が案内された部屋はとても広かった。
ヴォルフとハジャルは、別の部屋に案内されていった。
「おっきな部屋」
部屋の中なのに、幾つか部屋があった。
宝石みたいなテーブルのある応接室みたいな場所。
大きな二枚貝のベッドがある寝室。
街が一望できる、珊瑚で作られた広いテラス。
テラスから見える街は、夕日に照らされて宝石みたいに輝いていた。
(オーリも、この国のどこかにいるんだよね?)
街の明かりは、夕日が沈んだ後、更に眩く輝いて消えることはなかった。
私は、暫くその景色を見つめていた。
◇
ヴォルフは、考え事をしながら夜の街を歩いていた。
(メルクリウス――商人と言っていたが)
入り組んだ通路の先、人込みのなかにハイロンの姿を見つけた。
ハイロンの傍らには、分厚いローブ姿のメルクリウスが歩いている。
二人は、終始無言で歩いていた。
(どうも怪しい。商談ってわけじゃなさそうだな)
ヴォルフは、二人の後を追うように歩き出した。
二人は、木造の大きな建物へ入っていく。
入口の獣人は、ハイロンの姿を見ると、何も言わずに奥へと案内をする。
(ここは――娼館か?あの二人、遊びに来たって雰囲気じゃねえな。何かの密談か)
かなりの高級娼館だった。
(正面から行くのは無理だな)
ヴォルフは、近くの建物に目線を向けた。
(屋根伝いなら行けるな)
◇
「――やはり。西からか」
「えぇ。私が知っているのは、彼らの軍事利用の研究の一つに、ランガル王国が保管していた、禁忌魔法があったという程度ですねぇ」
ヴォルフは、屋根裏から二人の会話を聞いていた。
ハイロンとメルクリウス、二人の姿はここから確認できない。
「禁忌魔法か――まだあんな物に固執しているのか。哀れじゃのぉ」
(やっぱ、商談じゃねえな。ランガルのことを探ってんのか――)
「魔女については?」
「魔女、ですか。本物ですかねぇ?」
「西に現れたと聞いておる」
(あの話し口調、どこかで――それにオブシディア、か)
「オブシディア、ですか。色々と、縁のある名前ですねぇ。フフフ」
(一旦、戻って情報を整理しないとな)
ヴォルフが、離れようとした瞬間。
「盗み聞きとは、感心せんのぉ」
ヴォルフの背後から声がした。
◇
翌朝、ヴォルフは戻ってこなかった。
真珠宮の使用人達に聞いても、街の人達に聞いても。
どこへ行ったのか全くわからない。
「師匠は、偶に数日間いなくなることがありますから」
ハジャルは、あまり気にしていないようだ。
ハイロンからは、少しだけ鉄の匂いがしていた。
(ヴォルフの事は、気になるけど)
私とメイメイ、タオとハジャルの二組に別れて、街の人達に黒い竜と黒髪金色の瞳の女性について、聞いてまわることにした。
「儂も少しついて行ってもいいかの?」
私達の組に、ハイロンがついてきた。
シャオロンは、部屋で勉強しているらしい。
「そのオーリという者。どういった関係なんじゃ?」
私は、ハイロンの質問に答える形で、オーリの事を話した。
「――黒い竜か」
ハイロンは目を細め、何かを考えていた。
「ハイロンは、何か知ってるの?」
私の質問に、ハイロンは何か言葉を選んでいる様子だった。
「昔の話じゃよ。お主の探しておる竜とは、別物というだけじゃ」
その時、狼頭の獣人兵士がハイロンへ駆け寄ってきた。
「ハイロン様、ご報告が――」
狼獣人は、私に一瞬だけ目を向けた。
「良い、報告を――」
ハイロンは、そのまま報告を促す。
「はい。天秤が、ナッツ島への調査に向かいました。それと、周辺の島で大型船の残骸が複数、流れ着いていたとのことです」
「そうか。――ナッツ島はどうじゃ?」
ハイロンの問いに、兵士はハキハキと答える。
「島内の詳細な報告は、来ておりません」
「天秤の二人ならば問題はあるまい。――社殿内にも調査の人員を、少し気になることがある」
狼獣人の兵士は、深く頭を下げた。
「社殿ってなに?」
「古い倉庫のような物じゃよ、色々しまってあるのでな」
ハイロンは、私の質問に曖昧に答え、狼獣人の兵士と共に、歩いていった。
◇
ヴォルフが目を覚ますと、ハイロンとメルクリウスが話をしていた部屋の中に、座らされていた。
「やっぱ、バレてたか」
手足は、縛られてはいない。
だが、逃げられる気がしない。
「おとなしくしておれば、見逃したものを」
ハイロンは、冷ややかな視線をヴォルフへ向けている。
「俺をどうするつもりだ?」
「知れたことよ。他国の密偵は、この国でいつ消えても、何処で消えても、誰も何も言わん」
ハイロンの体から、禍々しいほどの闘気が立ち上る。
メルクリウスは、我関せずといった感じで、部屋の隅でお茶を啜っている。
「好きにしろよ」
「なんじゃ。随分と拍子抜けじゃのぉ」
ハイロンは、落胆した様子でヴォルフに目を向けるが、何かを思いついた様子だった。
「そうじゃのう、儂の一撃を躱すか、儂に一太刀浴びせる事が出来たら、見逃してやってもよいぞ?」
ヴォルフは、意外な提案に目を丸くした。
「何だよそれ。何の意味が――」
「意味なんぞないわい。どうする?このまま死ぬか?それとも、儂に挑んで死ぬか?」
ヴォルフは、椅子から飛び退いて、腰の剣に手をかけた。
「死ぬのはごめんだぜ」
瞳に、緑色の仄かな光が宿る、ヴォルフの視界にハイロンの虚像が映る。
虚像のハイロンは、高速で踏み込み拳を突き出してくる。
拳がヴォルフの胸に深く突き刺さる。
(早すぎて避けられねぇ。なら――)
虚像が消えると同時に、ハイロンが動き出した。
先程の虚像と同じ動きで、正確にヴォルフの心臓に向けて拳を突き出す。
砕かれる肋骨。
押しつぶされる肺。
ヴォルフは、体に伝わるハイロンの拳の衝撃を感じながら、剣を振るう。
虚像が示したハイロンの首元へ。
ヴォルフが剣を振り抜く。
「見事な剣捌きじゃが」
ハイロンの首に一筋の傷がついた。
首から血を噴き出しながら、驚いた様子でヴォルフへと目を向けるハイロン。
「何故、躱さんかったんじゃ」
その傷も、瞬きの間に塞っていった。
「早すぎて避けれねぇんだよ、クソジジイ」
口から血を流し、悪態をつくヴォルフ。
その胸から、ハイロンの拳が引き抜かれる。
その拳には、脈打つ赤黒い塊、心臓が鷲掴みにされていた。
「少し、加減を間違えたのぉ」
糸が切れたように床に倒れるヴォルフ。
ハイロンの言葉を聞きながら、ヴォルフの意識は途切れた。
◇
「あらら。殺しちゃったんですか?」
メルクリウスは、お茶を啜りながらハイロンに尋ねる。
「まだ死んではおらんが、仕方あるまい。危うく、儂の首が落ちるとこじゃった」
ハイロンは、どこか物悲しい眼差しで斃れたヴォルフの、開いたままの瞼を、手でそっと閉じた。
「なら、この人、私がもらっても?」
「かまわんよ。しかし、何をするつもりじゃ?」
「彼に、少しばかりの興味が湧きましてねぇ」
メルクリウスは、ヴォルフの体を――
ハイロンの手にある心臓を。
床に広がった血まで、ローブの中へ引きずり込んでいく。
何かを啜る音、湿った音が部屋の中に響く。
「何度見ても、奇っ怪な姿よのぉ」
ハイロンは目を細めて、苦い表情をしている。
「見た目はアレですが、この身体、結構便利なんですよ」
メルクリウスは、血の跡を触手で吸い取っていく。
「ではでは。私は一度、国に戻ります。情報はその都度、使いを出しますよぉ」
言い終えるとメルクリウスの体は、銀色の液体へと形を変えた。
銀色の液体は、部屋の隙間から外へ染み出し、海へと流れていく。
ローブだけが、抜け殻のように残されていた。
【第24話へ続く】




