第22話・オーリ編「胃石の信仰心」
ネズミ獣人が住む、土士族の島。
――ナッツ島。
長い黒髪、金色の瞳の女性――オーリは、ネズミ獣人達の集落の中心で困惑していた。
(こういう文化の民族だとは理解した。理解はしたが――)
「オーリ様!どうぞお座りください!」
オーリへ羨望の眼差しを向けるネズミ獣人達。
目の前には、白い歪な形の玉座のようなものが鎮座している。
「――気持ちだけ受け取っておこう」
オーリは、目の前の物体に対して少しだけ忌避感を抱いていた。
「そうですか、残念です」
白い毛並みのネズミ獣人。長代理のメレは、残念そうに肩を落とした。
丁寧に磨き上げられ、独特な光沢を放つ白い玉座。
それは数日前、島に襲撃してきた侵入者たちの成れの果て。
複数の人間の頭蓋と脊柱で作られた玉座だった。
(好意を無下にするようで忍びないが――座りたくはないな)
オーリは、座りたくなかった。
「だから否定しろって言ったのに。――魔物の肉ってやっぱり美味いな」
鳥の翼のような腕を持つ青年――ファルクスは、魔物の骨付き肉を齧り、口の周りを魔物の血で真っ赤に濡らしながら、オーリと骨の玉座を眺めていた。
「まだいたのか、鳥もどき」
オーリは、ファルクスへ少し不機嫌そうな視線を向けた。
ファルクスは、鉤爪のような指を自身へ向ける。
「この姿じゃ行く当てがねぇんだよ。それにあんたを放っておくと、他の島でもこんな感じになりそうだし」
ファルクスは、人骨の玉座を指さした。
「少なくとも元貴族として、あんたよりは常識はあると思うぜ?」
「そんな事は――無い。とは、言い切れんな」
ファルクスの言葉に、即座に否定しようとしたオーリだが、目の前の物体に思わず言葉が濁る。
(確かに――ネズミ頭達は、俺のことを神と勘違いしているが、敵対していた可能性は否定できない)
(この鳥もどき――正直貴族とは思えんが、こいつの持っている周辺知識は、今の俺には無い)
暫く考えた後、オーリは、ファルクへ尋ねる。
「その言葉遣いは元からか?」
ファルクスは、追加の骨付き肉に齧りつく。
「この話し方は仕事柄だ、慣れちまったんだよ。一応、場を弁えた言葉遣いくらいできるぜ?」
地面に胡座をかいて座り、生の骨付き肉を、鋭い歯で噛みちぎりながら答える。
「お前は、チンタオ出身なのか?」
「ランガル王国の生まれだよ」
◇
「魔法陣。細部は覚えていないのか?」
ファルクスは指を額に当て、考える仕草をしながら、足の鉤爪を使い地面に魔法陣を描く。
「何年も前だったからな。細かいとこまで覚えてねぇよ。でも大体の形は描いた通りのはずだぜ?」
「その魔法陣は何で描かれていた?」
「何でそんな事――確か、血とか肉とかだったと思う。鉄っぽくて生臭かったし」
(詳細がわからないのでは、断定はできないな)
オーリは、地面に描かれた歪な魔法陣を眺めながら考え込んでいた。
ファルクスは、オーリの顔を見つめて疑問に思っていたことを聞くことにした。
「俺も聞いていいか?どうやって竜に姿を変えてるんだ?魔法なのか?」
足元に近寄ってきた子供のネズミ獣人を抱きかかえながら、ファルクスに目を向けるオーリ。
「魔法では無いな。魔力でイメージを形にしている。なぜそんなことを聞く?」
「なんとなく。この魔法陣の事、知ってるみたいな雰囲気だし。もしかしたら、あんたも術で姿が変わった元人間なのかと思ってな」
(それなりに感はいいようだな)
「俺が、お前の姿を変えた関係者。だとしたらどうする?」
ファルクスは肩をすくめてオーリの目を見つめ返す。
「そんな発想なかったな。――それに、そういう人間には見えないし」
ファルクスはオーリを指さす。
オーリに抱きかかえられた、子供のネズミ獣人は、いつの間にか眠っていた。
「子供の扱い上手いな。――痛いからやめろよ」
ファルクスは、数人の子供に囲まれ、骨で小突かれていた。
翼を広げて子供達を追い払うファルクス。だが、子供達はクスクスと笑いながらすぐに集まってくる。
子供達は、ファルクスの翼を面白そうにつついていた。
「子供の扱いは得意ではない、慣れた」
オーリは子供を抱きかかえたまま、揺りかごのように揺れている。
「姿を変えること自体は、魔力があればできるはずだ」
「魔力かぁ。この姿になってから魔力無いんだよ」
オーリは、子供達に囲まれながら、ファルクスの話を聞き流していた。
「元に戻れるかと思ったんだけど、まあいいや」
骨付き肉を平らげ、ファルクスは空を見上げた。
◇
「チンタオの士族は、貴族のようなものと言っていたが、なぜ領地がこんな小さな島一つなんだ?」
オーリは、メレとファルクスに尋ねる。
子供のネズミ獣人達が、人骨で作られた玉座を分解して遊んでいる。
「土士族は、チンタオ国内じゃ地位の低い士族だからな。島も小さいんだよ」
ファルクスは、骨付き肉の骨を噛み砕きながら話をする。
「私達、土の士族は――そのぉ。昔、色々ありまして」
言いづらそうにしていたメレの言葉をファルクスが、話を引き継いだ。
「土士族は、かなり騙されやすくってな。国軍みたいな役職だったらしいけど。昔、皇帝を騙る偽物に騙されて、戦争一歩手前まで暴走したらしい」
メレは少し恥ずかしそうにしている。
「先祖代々、少々血気盛んな所がありまして――」
「結果として国内の役職、本土から遠ざけて、この島に住むことで手打ちになったらしいぜ」
(あれ程の戦闘力、利用する者が居たとしても不思議はない。先日の襲撃者達は、それが狙いか)
「ネズミ頭――周辺の島は遠いのか?」
メレは、島の周辺について答える。
「距離は、それほどでもないですが。この島周辺は潮の流れが特殊で、隣の島へ向かうだけでも容易ではありません」
「それに、何か特別な用が無い限り、他の島の士族もこの島に近づくことはないのです」
メレは、骨の欠片で地面に島とその周りの図を描いていた。
「あの潮の流れの速さ。小舟では無理だな」
◇
地面に座り、移動手段を思案していたオーリの膝の上には、数人の子供達が眠っている。
「竜の姿で飛べばいいじゃん」
「目立ちすぎる。不用意な混乱は避けたい」
オーリは、子供達の頭を撫でながらファルクスの提案を却下した。
「そういや海賊の船、全部ぶっ壊しちまったな。生き残りも、一人残らず獣人達に殺されちまったし」
「情報を何も聞き出す事ができなかったのが少々痛い。一人くらいは、生かして捕らえておくべきだったな」
オーリは、眠った子供達に囲まれていた。
まるで、ぬいぐるみに埋もれているようだった。
「子供の扱い上手すぎだろ、ってメレまで寝てるし」
子供達に混じって、数人の大人のネズミ獣人の姿も眠っていた。
「大人でも小さすぎる。正直、子供にしか見えんな。――コレは老人か」
オーリは、抱きかかえ寝かしつけていたネズミ獣人に目を向ける。
老ネズミ獣人は、オーリの胸元で鼻血を流しながら、とても安らかな表情で眠っていた。
「え、死んでる?」
「生きてはいる――だが、紛らわしいな」
オーリは、複雑な表情で老ネズミ獣人をそっと地面に寝かせた。
「ただのエロジジイかよ」
その時、一人のネズミ獣人が血相を変えて飛び込んできた。
「オーリ様!また船が――」
オーリとファルクスは、互いの顔を見合わせる。
「タイミングがいいな」
「ぶんどって聞き出そうぜ」
◇
大量の飛沫を上げながら高速で突き進む白い帆船。
「まもなく、土士族の島周辺です」
「減速しろ、岩礁あるで」
白い毛並みのうさぎ獣人――イーランは従者に指示を出す。
切り立った崖を回り込んで迂回する。
小さな島が見えてきた。
「船の残骸?――何やあれは」
イーランは、目の前に広がる光景に目を見開いて驚いていた。
「商船に偽装した戦艦?」
大量の大型船の残骸。
沈みかけた船には、溶けて変形した砲台。
それらの間を縫うように進み。
島の浜辺が見えてきた。
「物騒な島やね」
双子のうさぎ獣人、アーランは船の残骸を見て呟く。
「聞いてたよりもやばい島やん」
浜へ目を向けたイーランの目が、細く鋭くなる。
浜辺には柱が何本も立っている。
その一本一本に、人間の死体が串刺しにされていた。
見張り台のような建物には、宙吊りの死体がぶら下がっている。
「なんですかこれは」
従者達は困惑していた。
「う――」
従者の一人は、その光景に吐いてしまった。
小さな船着き場が見える。船が近付いていくごとに、潮の香りとは別の、生臭い鉄の匂いが漂ってくる。
船着き場に船を停める。
足元の水面には、血の匂いに誘われた大型の肉食魚がうろついている。
「お前たちはここで待て、島にはワイらだけで上がる」
イーランは従者達に告げ、アーランと二人で船着き場に降り立った。
◇
「こいつらは、さっきの残骸の乗組員か」
「海賊には見えへんなぁ」
イーランとアーランは、吊るされている死体を観察していた。
死体は、苦悶の表情で所々が黒く焦げている。
その時、二人の長い耳が何かを聞き取った。
「――今聞こえたか?アーラン」
鎖鎌を取り出し構えるイーラン。
「なんか、あかん量の魔力感じるわ」
アーランも短刀を構え、二人は森に目を向ける。
――二人の頭上を影が横切った。
「うさぎ獣人?」
頭上からの声にイーランは目を向ける、白い巨大な鳥のような何かが、舞い降りてきていた。
鳥のような姿の生き物は、音も無く砂浜に降り立った。
「なんやあれ?」
「面妖な姿やねぇ」
人間の体に、鉤爪のついた純白の鳥の翼のような腕。
翼は日光を反射して煌めいていた。
鱗のついた細い足、足首から伸びる金属のような鉤爪は、猛禽類を連想させる鋭さをしている。
その生き物――ファルクスの口元は、血で真っ赤に染まっていた。
「鳥の魔物、お菊の夢も馬鹿にできんわ。――コレはアンタがやったんか?」
イーランは鎖鎌を持ち直しながら、周囲の死体のことを鳥の魔物へ問う。
「魔力が一切感じへん。不気味やわぁ」
アーランは目を細め、姿勢を低くして構えている。
「俺じゃねえよ。だけどアンタら、こいつらと知り合いかなにかか?それなら話が変わるぜ」
鳥の魔物は、翼を広げ手足の鉤爪を地面に突き刺す。
四足の獣のような姿勢を取り、構えている。
砂浜で睨み合う三人。
◇
最初に仕掛けたのは、ファルクスだった。
獣のような姿勢から飛び出し、足元の砂を巻き上げながら高速で突進する。
「アーラン!こいつ速いで!」
「見たらわかるわ!」
イーランとアーランは左右に飛び退く、二人の足元の砂をファルクスの巨大な鉤爪が抉る。
イーランは、横へ跳びながら刃の付いた鎖分銅をファルクスに向け投げつける。
鎖分銅は、空を斬り裂く甲高い音を立てながらファルクスに迫る。
「チッ」
舌打ちと共にファルクスは飛び上がり、鎖分銅を躱した。
飛び上がったファルクスは、海風を受け一気に上昇していく。
「そこや!」
アーランはその背後へ向けて無数のクナイを放つ。
空中で身を翻し、蹴りを放ちクナイを弾く。
鉤爪とクナイがぶつかり火花が舞う。
「危ねえ、飛び道具あんのかよ」
「これならどうやぁ!」
アーランは、巨大な風車の様な手裏剣を取り出し。ファルクスへ投げつけた。
轟音を上げて回転しながら、高速で飛翔する巨大手裏剣。
「どっから出した!?」
ファルクスは巨大な手裏剣に驚愕、急降下して射線から退くが――。
巨大手裏剣は向きを変え、ファルクスの後を追い始めた。
「そんなんありかよ!?」
上昇と下降を繰り返して、振り切ろうと空中を飛び回るファルクス。
巨大手裏剣は、速度を落とすことなく、正確にファルクスを追い回している。
「ウチの仕掛け手裏剣は、アンタに当たるまで追い回すで!」
胸を張り、勝ち誇ったように笑うアーラン。
「クソっ!振り切れねえ!――あ、そうだ」
上空を旋回するファルクスは、何かを思いつき急降下をする。
「なぁアーラン。あれ――」
「何やイーラン、仕留めたんか?――あ」
イーランの指さす先に目を向けたアーランは、間の抜けた声を出した。
二人の視線の先。
砂浜スレスレを滑空するファルクスが、二人の元へ高速で迫ってきていた。
「お前らも道連れだああああ!」
必死の形相で迫りくるファルクスを見て、二人は走り出した。
「アーラン!あれなんとかせいや!」
「嫌や!こっち来んな!」
森に駆け込むイーランとアーランを追い、ファルクスも森に飛び込み、木々のすき間を縫うように飛行する。
「逃げんな!これ止めろよ!」
「ワイやない!悪いのはアーランや!」
「せや!多分、木に当たったら止まるで!」
三人は立ち止まり、振り返って確認する。
回転する巨大手裏剣は、木に突き刺さる。
「な?とまったや――ろ?」
次の瞬間――巨大手裏剣は、轟音を上げて回転ながら木を削る。次々と木を切り倒しながら飛んで来る。
「あるぇ?おかしいなぁ」
目を逸らして走り出すアーラン。
「暴走欠陥品やないかい!アホ!」
「止まんねぇじゃねぇか!」
イーランとファルクスは、叫びながらアーランの後を走り出した。
◇
三人は、手裏剣に追い回され島を半周して船着き場に戻ってきていた。
「あかん、もう走れん」
「足が、吊る――」
「もう無理だ、走れねぇ」
倒れ込んだ三人の頭上を通過した巨大手裏剣。
「た、助かった」
「ワイらの船に向かっとらんか?」
巨大手裏剣は、船着き場の船に向かって飛んで行く。
船着き場では、長い黒髪の女性が、従者達と何かを話していた。
「あ、やば」
巨大手裏剣は、そのまま女性の頭部に直撃した。
「やってもーたわ」
女性に直撃した巨大手裏剣はひしゃげ、爆発して砕け散った。
「え?」
三人は同時に声を出し、目の前の出来事に困惑した。
「何を遊んでいる鳥もどき、偵察くらいまともにできんのか」
黒髪の女性――オーリは、何事も無かったようにファルクスに目を向けると、溜息をついた。
「遊んでねぇよ。死ぬとこだったんだ」
ファルクスは、体についた砂を払いながら立ち上がる。
オーリは、ファルクスを無視してその横を通り過ぎる。イーランとアーランに目を向けた。
「うさぎ頭の獣人、か」
目が合った一瞬、それだけで全身に身震いをするイーラン。
武器は出さない、出すべきでさないと判断した。
「アンタ、ただの美人やないな。一体何者や」
アーランも武器をしまっている。
「俺はオーリ。ここから出るのに船を借りたい。それと、服があれば貰いたい」
先程の爆発で、オーリの服は少し破けていた。
◇
「オーリ?何やら聞き覚えあるような――まあええわ。ワイらの服で良ければ、何着かあんで?」
イーランは従者に代えの服の用意を指示した。
アーランは小声でイーランと話す。
「ウチの服貸し出すんか?」
「元はといえばアーランのせいやろ。それにワイの服じゃ胸回りが合わんやろ」
二人の会話にファルクスも加わる。
「さっきのでボロボロになったから。俺の服も欲しいんだけど」
「人喰いのバケモンにやる服はない」
イーランの言葉にファルクスは顔を顰めて反論する。
「人なんか食わねぇよ。一応これでも人間だぞ?」
イーランとアーランは、一瞬目線を見合わせ、ファルクスに問いかけた。
「なら、その口元はなんやねん」
「何食うたらそうなるんや」
ファルクスは、キョトンとした表情で二人を見る。
「何だよ。なんかついてんのか?」
ファルクスは、翼で口元を拭う。羽にべっとりと付着した血を見て驚いた。
「血塗れじゃねぇか。あの魔物肉、生焼けだったのか?」
「お前が生肉を食べただけだろう」
ファルクスの背後から、着替えを終えたオーリの声が響く。
「え?あれ生肉だったのか?だからちょっと鉄っぽかったのか」
いつの間にか着替えを終えた姿にイーランとアーランは、目を丸くして驚いた。
「着替え早ない?」
「いつの間に着替えたんや」
長い黒髪、金色の瞳の女性――オーリは、アーランの予備の服、白と桃色の袴姿だった。
「着付けの仕方は知っていたからな」
「なんでドヤ顔なんだよ」
ファルクスはオーリへ顔を向ける。
従者達は、何故か顔が真っ赤になっていた。
【第23話へ続く】




