第22話「藍玉と異形」
「元、人間――」
ヴォルフとタオの表情が強張る。
ハイロンはお茶を啜りながら、鋭い目をメルクリウスへ向けている。
蛸や蟹、サメなどの海の生き物を無理やり繋ぎ合わせたような人型の異形――メルクリウスは自身の腕を見せながら、何処かズレたような口調で話を続ける。
「私、西のプレビス連邦の生まれなんですよねぇ。――おお!このお茶はとても香りが良い、お菓子も美味しいですね。流石、ランガル産ですねぇ」
メルクリウスは、お茶を啜りながら、お菓子を口に運んでいる。
「アンタ何者なんだ?」
ヴォルフは、メルクリウスに問いかける。
「私、釣りが趣味なんですよぉ。あの日も仕事をサボ――コホン。休憩中に小舟で釣りに出てまして――」
「変な連中に袋詰めにされて、色々あってこの姿にされてたんですよねぇ。まあ、魚は好きですけど、自分が魚みたいな姿になるとは、不思議ですよねぇ」
メルクリウスは、何処か他人事のようなのんびりとした話し方で話始めた。
メルクリウスの要領を得ない話し方に、ヴォルフの眉間に皺が寄る。
「悪いんだが、簡潔に言ってくれ、アンタ自身が何者なのか。どうしてその姿になったのか」
ヴォルフの言葉に、メルクリウスの触手の髪が一瞬だけピクリと動く。
「お嬢さんの前でする話、ではないのですがねぇ」
メルクリウスは私に目を向ける。
私は、まっすぐにメルクリウスの目を見つめ返す。
「私は、大丈夫です。話してください」
私の言葉に、メルクリウスの目が猫の目のように鋭くなる。
「私の姿を怖がらないどころか、理由まで聞きたがるとは。肝の座ったお嬢さんですねぇ」
メルクリウスは、サメの歯を見せつけるかのようにニヤリと笑う。
先程までとは一変して、別人のように無表情で話し始めた。
「わかりました。では、簡潔に言いますと――禁忌魔法を用いた人を魔物に変える実験。それと魔物と人を操る研究。私は、その実験台ってわけです」
淡々と告げられた内容に、ヴォルフは驚愕している。
「人を魔物に――」
ヴォルフは、一瞬だけ私に目を向ける。
「禁忌魔法だと!?」
タオは立ち上がり、メルクリウスの喉元に喰らいつく勢いで詰め寄っている。
「そんなに睨まないでくださいよ。私がやってるわけではないんですから」
その間ハイロンは、何も言わずに私たちの反応を眺めていたが、メルクリウスに目を向けて問いかける。
「最近、海賊の中に魔物を使う連中がおると聞いている。土の士族を唆したのも其奴らの仕業か?」
メルクリウスは、タオに胸ぐらを掴まれたまま、ハイロンの目線に気付いて、ぐるぐると頭の触手を動かしながら答える。
「その土の士族についてはわかりませんが、海賊は運用実験と実験台集めでしょうねぇ」
タオは、メルクリウスから手を離し、椅子に腰掛けながらハイロンへ目を向ける。
「ハイロン様、帝都で一体何があったのですか?」
「海賊どもと共に、土の士族が押し寄せてきよった。件の術に操られておるのだろうが――」
タオへ向けたハイロンの目は、氷の刃のような鋭さだった。
「帝へ牙を剥く以上、無視はできん。操られているのが土の士族だけとも限らん。用心せよ山の長」
タオは、深く頭を下げてテーブルに額をぶつけた。
私はハイロンとメルクリウスの目の動きをじっと見つめていた。
(オーリが何かを考えて動いてる時の、目と同じだ)
「どうされましたか?お嬢さん」
「儂の顔に何か付いとるのか?」
「ううん。何でもない」
◇
二つの月明かりが照らす海上を、高速で突き進む白い帆船。
「全く。元の任務忘れんなやアーラン。ワイらの仕事は、まだ終わっとらんのやから」
イーランは、懐から幾何学模様の印のついた石を取り出し、足元へ置いた。
石は仄かな光を放ち、半透明な人影を映し出した。
腰に刀を差した、袴姿の黒い毛のうさぎ獣人が映し出される。
『――こんな時間になんの用だ。椿』
椿と呼ばれたイーランは、顔を顰める。
「その名で呼ぶなや刀バカ、今のワイはイーラン。調査は途中やけど一旦報告や、――東と組むのは辞めたほうがええわ。多分やけど、東は潰される」
報告を聞いた黒毛のうさぎ獣人は、驚く様子もなく淡々と告げる。
『ランガルの調査は、もういい。切り上げてすぐに戻れ。鈴蘭にもそう伝えろ』
イーランは、怪訝な表情をする。
「は?丁度、今船で戻る途中やけど。なんやその傷。藤――何があった?」
藤と呼ばれた黒毛のうさぎ獣人は、肩に傷を負っていた。
『大した傷では無い。それよりも――菊様が夢を見た』
藤の言葉にイーランは、目を細めて藤を睨む。
「またかいな。今回の調査といい、最近多ないか?今度は何を見たんや」
『黒い竜と鳥の魔物、魚の怪物、それと帝都を夢に視たらしい。詳細は調査中だが、昼間帝都に襲撃があった。被害は軽微だがハイロン様と皇子様が現在行方不明だ』
「帝都に襲撃て、どこのアホが――」
『土の士族だ』
「――は?」
イーランは口を開けたまま、固まっている。
『数人を捕らえたが、直後に意識を失ったまま目覚めない。菊様の夢では詳細が分からん』
苦虫を噛み潰したような表情で、藤は口元を噛み締めている。
「わかった、そっちの調査やな。白い鳥は知らんけど、黒い竜についてはそっちで少し調べてくれや。多分、味方にできると思うで?」
その後、数回の短い会話の後、人影が消える。
イーランは、石を拾い上げ懐にしまい込みながら頭を掻く。
「鳥の魔物とか魚の怪物てなんやねん。意味わからんわ」
「アーラン!いつまでしょげとるんや」
イーランは、船の隅で膝を抱えて座り込んでいるアーランへ声をかける。
「ハジャルに逢いたい」
アーランは、虚ろな表情でうわ言のようにハジャルの名前を呼んでいた。
◇
水平線から朝日が昇る船の上で、私は日課の準備体操をしていた。
昨日はあんなに酷かったのに、もう船の揺れで気持ち悪くなることはなくなっていた。
メイメイは、部屋にこもって寝込んでる。
私の隣にはハジャルとメルクリウスとハイロンがいる。
「朝日とともに動かすというのは、悪くないのぉ」
ハイロンは手で円を描くようなゆったりとした動作で何かの構えをとる。
チンタオの武術の一つらしい。
「成る程。体を動かすための準備運動なんですねぇ。これはいい」
メルクリウスは、何処か楽しげに体中の触手やヒレを動かしていた。
触手の湿った音と甲殻の硬い音が響いている。
周りで作業をしている船員たちは、不気味な動きのメルクリウスを見て怪訝な表情をしていた。
ハジャルは目の下にクマができていて、すごく眠そうだった。
(寝てないのかな?)
「ずっと続けてんのか?朝からよくやるな」
ヴォルフが欠伸をしながら歩いてきた。
「ハジャル、その顔どうした?」
「気にしないでください」
ヴォルフの揶揄うような問いに、ハジャルは答えない。
準備体操の後、ハイロンと少しだけ手合わせをさせてもらった。
(すごく強い。オーリより遅いし、力も弱い気がする。けど――)
私の動きの先が全て見えているかのように、ゆったりとした動きで、私の蹴りを木の葉の様に躱し、あっという間に投げ飛ばされる。
「カッカッカ!少しばかりは武の心得があるようじゃが、まだまだ本質をわかっておらんな」
ハイロンは、楽しそうに私の突きを水の様にいなす。
(このおじいちゃん、強い)
「どうなってるの?向きを変えてる?」
私は、突出した拳がいなされた感触をぼんやりと思い描きながら、もう一度ハイロンへ飛び込む。
右の拳を繰り出し、ハイロンの手が触れた瞬間に引き戻す。
その引き戻す勢いを利用して左の拳をハイロンの顎をめがけて突き出す。
――躱された。
「ほぉ、一度拳に受けた感触で儂の動きに気付いたか。やはり侮れんな」
ハイロンの目が一瞬で鋭くなり。手が私の腹部へ添えられる。
その瞬間、私の体を強烈な衝撃が突き抜けた。
目を覚ますと私は、甲板の上に大の字になっていた。
「中々良い動きで、つい手が出てしもうたわい」
「痛ぁ。今のって、気孔術なの?」
私は、ゆっくりと体を起こしながらハイロンへ尋ねる。ハイロンは、少し驚いた様子で私を見ていた。
「儂の技を受けてすぐに動けるとは、気孔術を知っておるのか?」
「前に怪我を直してもらった時に、教えてもらったの。私の体、魔法が効かなくて治癒魔法が使えないの」
「成る程のぉ。魔女の子というのは間違いではないようじゃの」
ハイロンは、何かに気付いた様子で私に目を向けていた。
◇
「チンタオって後どれくらいでつくの?」
船内の食堂で朝食を終えて、私はヴォルフに質問した。
「このペースなら後、数時間ってとこだろう、普通の船なら一週間はかかる」
ここ数日、私は退屈していた。
やることが無い、景色は真っ青。ご飯は美味しい。
「おい、お前!我と手合わせをしろ!」
青い鱗を持つ竜のような顔の子供が私に話しかけてくる。
チンタオ国の皇子様らしい。
「ハイロンと手合わせしたらしいな!このシャオロンが相手をしてやる!」
多分私よりも年下だと思う。
(なんか、生意気な皇子だな)
甲板に移動して手合わせを行う。
審判はハイロン。
正直――
(この皇子、めちゃくちゃ弱い)
「なぜだ!何故当たらん!」
(だって力任せなんだもん)
力任せに振るわれる大ぶりの拳や蹴り。
オーリの動きや今朝のハイロンの一撃に比べたら難なく躱せた。
私は、今朝のハイロンの動きを思い出し、受け止めずに掌で押してみた。
シャオロンの拳は向きを変えて空振り、空を切る。
(なんか、少しわかった気がする!)
シャオロンは大ぶりの蹴りを繰り出す。
私はもう一度、掌で押そうとしたが、体重の乗った蹴りに、上手くいなせずに掌で受け止めた。
(間違えた!この蹴りは躱さないと無理だ)
「儂の動きをよく見ている。塩を送ってしまったようじゃの」
ハイロンは、私とシャオロンの動きを見て、少し楽しそうにしていた。
◇
「お前、中々やるな」
シャオロンは、肩で息をしながら甲板の上に座り込んでいた。
「あんたは、大したことなかったね。それに、私はお前じゃない。オパリアって名前があるの」
私も少し息切れしていたけど、息切れしていないふりをした。
「ぐぬぬ」
悔しそうに歯を食いしばるシャオロン。
「まもなく島が見えてきます」
船員が教えてくれた方角へ目を向けると、水平線の先に、幾つもの島が見えてきた。
「あれが――チンタオ」
「波士族の島へついたあと、幾つかの島へ船を乗り継いで移動し、帝都を目指す。それでいいよな?」
ヴォルフは、到着後のルートをハイロンに確認する。
「構わぬ、儂も各島の現状を見たいのでな」
「波の士族ってどんな人達なの?」
私の質問にタオが答えてくれた。
「波士族の島は、島そのものが港になっている海上都市だ、住民は主に人魚族が多い」
望遠鏡で確認すると、確かに陸地が見えない。竹や木で作られた沢山の建物が海に浮いている。
「人魚族ですか!生で見るのは初めてですねぇ」
私はふと、一つの疑問が浮かんできた。
「そういえば、メルクリウスの姿って、魚人なの?」
タオやハイロンが複雑な表情でメルクリウスを見ている。
「いや、魚人――には見えんのぉ」
「――魔物にしか見えんな」
ヴォルフは、顎に手を当て考えていた。
「布かなんかで隠すか?それか、箱詰めだな」
メルクリウスは膝を付いて項垂れていた。
「そんなぁ。南海一の観光地をこの目で見れないなんて!ひどすぎますよぉ!」
【第23話へ続く】




