第20話「珊瑚の呼び鈴」
ランガル王国コーラリア領。
「おっきな船が沢山あるね」
私は、港に停泊している沢山の船に、思わず見とれていた。
コーラリア領に二つある物流の為の港。
真っ白な港は、軍港も兼ねたものだと、ヴォルフから聞いた。
大小様々な、色も形も異なる船、その中に、一際大きな船があった。
ランガル王国の紋章がついた旗。
「チンタオへは、この船を使ってくれ。王妃様からも許可は取ってある」
コーラリア領主ドボルザークは、葉巻を咥えながら、私達を船へ案内する。
私はタラップという名前の橋から船をのぞき込んだ。
「すごい船だ!」
船なのに、中はお城のような装飾と豪華なシャンデリアがある。
(でも、なんでこんなにすごい船を貸してくれるんだろう?メイメイ達がお客さん扱いだから?)
私は、ドボルザークに聞こうとしたけど、ヴォルフと何か話し込んでいた。
◇
「王家所有の船かよ。あの王妃、やる事が極端すぎだろ――目立ち過ぎだ、他に船はないのか?」
ヴォルフは、目元をピクピクと引きつらせながら、ドボルザークへ小声で問いかける。
「悪いな。腹黒王妃様のお達しなんだよ。『私の“宝石”を安全に送り届け、必ず連れ帰れ』ってな。この船以外を使ったら。俺が睨まれちまう」
ドボルザークは、ヴォルフへ小声で答える。
「それに、オーリって言ったか?そいつへの牽制もあるんだろ。聞いた話じゃ、その二人、なんか因縁あるらしいじゃねえか」
ヴォルフは、少し驚いた様子を見せる。
「もうアンタの耳に入ってるのかよ。相変わらず地獄耳だな。それで?ヴァルテール領の兼は?」
ドボルザークは、露骨に顔を顰めた。
「フン。ロックス商会とか言うところの若造が、一丁前に情報統制してやがった」
その表情は、苛立ちというよりも、武器を新調した兵士の様だった。
「おまけに、この俺に向かって情報を小出しにする図太さ、久々に面白いガキだったぜ。――ヴァルテールは、放っておいても勝手に東を潰してくれるだろ」
ヴォルフは、その表情を見て笑い出した。
「アンタのそんな顔、久しぶりに見たぜ。そのロックス商会のやつには同情するぜ。厄介なおっさんに目を付けられて」
「フリーだったら囲い込んで、鍛えてやったんだが。まあ、それはそのうちだな」
ドボルザークはニヤリと笑みを浮かべ、新しい葉巻の口を切った。
◇
「イーランとアーランは乗らないの?」
「ワイらは自前の船があんねん」
イーランとアーランには、船があるらしい。
港の端に停まっている、真っ白で小ぶりな帆船、従者のうさぎ獣人達が出港の準備をしていた。
「ここらへんで、一旦別行動させてもらうで、先に丘士族の島でやる事があんねや」
大人の姿のイーランは、帆船に乗り込み手を振っている。
「実家に帰らせていただきますぅ」
大人の姿のアーランも船に乗り、ハジャルへ潤んだ瞳で熱烈な視線を送っている。
「ハジャル様――」
アーランの潤んだ瞳を目にしたハジャルの顔が、真っ赤に染まっていく。その姿を見てアーランは、物凄い勢いで、船から飛び出した。
アーランは、ハジャルの目の前に立つと、ハジャルの顔を両手で押さえ、強引に唇を奪った。
「!!!」
ハジャルは必死に抵抗しもがく。だが、まるで魂を吸い取られたかのように、すぐに抵抗しなくなった。
アーランの唇が離れる。二人の口元から唾液が糸のように繋がっていた。
荒い息のハジャルは、呆然とした表情をしている。目は完全に溶けていた。
「はぁ、かわええわぁ。我慢なんてやっぱ無理やぁ!今すぐウチの男にしたい!ブチ◯したい!」
アーランは、何かのスイッチが入った様子で、ハジャルに抱きついた。
「清楚な印象で後味残せ言うだろうがぁ!何しとんじゃアーラン!」
イーランのツッコミ蹴りが、アーランの後頭部へ直撃する。
「ハジャルはウチの男や!誰にも渡さへん!ハジャルをパパにするんやぁ!」
イーランと従者達は、ハジャルにしがみつき訳の分からないことを喚くアーランを無理やり引き剥がし、縄でぐるぐる巻きにして船に詰め込んだ。
「ハジャル!ほんま済まんかった!アーランのことは、忘れてくれぇ!」
白い帆船は、風を受け、ものすごい速さで海の彼方へ進んでいき、あっという間に見えなくなった。
ハジャルは、呆然とした表情で見送っていた。
「随分と好かれたな、ハジャル。追いかけてもいいんだぜ?」
ヴォルフは、ハジャルの肩に腕を回しからかう。
「――俺は、どうしたら?」
ハジャルは、海へ目を向けていた。
メイメイは、顔を手で覆いながらも目を輝かせて見ていた。
私は、何が起きたのかよくわからなかった。
(なんか、すごいものを見た気がする)
◇
「そろそろ出港の準備が終わるぜ」
ドボルザークは、私達に船に乗るように促す。私は、疑問に思っていたことを尋ねた
「こんなに大きな船、どうして貸してくれるの?」
「それについては言えねぇんだよ、
悪いな嬢ちゃん」
ドボルザークは謝ると小さな小箱を、取り出した。
小箱のなかには、小さな鈴が入っていた。
「鈴?」
珊瑚を削り出して作られた小さな鈴。
「ちょっとしたお守りだ。旅の無事を祈ってるぜ」
私は、その不思議な色の鈴を手に取って眺めた。
「ありがとう」
横目に見ていたヴォルフは、飲みかけのお酒を吹いた。
「おい、ドボルザーク。それ――」
「いいんだよ。どうせ、もう使う事も無いからな」
ドボルザークは、少しだけ寂しそうな表情で、珊瑚の鈴を見ていた。
「大事なものなの?」
「気にすんな」
ドボルザークは、ゴツゴツした手で私の頭をガシガシと撫でた。
「ほれ!さっさとオーリを見つけてこい。その鈴は、要らなかったらその時に返しに来たらいい」
船は出港の合図を出し、少しずつ動き始めた。
◇
出港から数時間後、私は海が見える広間でぐったりとしてうつむいていた。
「なにこれ、揺れて気持ち悪い」
小さな揺れ、だけどなんか気分が悪くなってくる。
「オパリアは、船での旅は初めてだったのね。なら船酔いをしても仕方ないわ」
メイメイが水の入ったグラスを持ってきてくれた。
「船酔い?なにそれ」
「慣れれば平気になるわよ、私は慣れたからもう――うっ」
メイメイは、口元を押さえて何処かへ走り出した。
「あいつも船酔いじゃねぇか」
ヴォルフは、筒の形をした道具で海を眺めていた。
「ヴォルフは平気なんだ」
私は、まだ少し気分が悪いけど、水を飲んで少し楽になった。
「仕事柄、護衛で色んなとこに行ったからな」
「そうなんだ。その筒って何?」
「これか?望遠鏡だ、遠くを確認する道具だよ。見てみるか?」
ヴォルフから筒を受け取り、覗き込む、海の上を低く飛んでいる。鳥の群れが見えた。
「なんか、鳥が集まってるのが見える」
ヴォルフは目を凝らして船の前方を凝視する。
「なに?――なんかいるな」
望遠鏡を覗き込んで、鳥が集まっている水面に目を向ける。
「小さい船が見える」
「本当か?見せてくれ」
私はヴォルフに望遠鏡を返す。ヴォルフは鳥の群れを望遠鏡で確認している。
「チンタオの漁船だな。なんでこんなところに――船長に知らせてくる。オパリアはここにいろよ」
ヴォルフは、そう言って広間から出ていった。
窓辺に佇むハジャルは、ぼんやりと遠くを見つめて、何度もため息をついていた。
◇
しばらくすると、望遠鏡を使わなくても小舟が見えてきた。
小舟は沈みかけていた。
ヴォルフと何人かの船員が乗った小さな船で、小舟に近付いて行く。
「何があったんだろう」
ヴォルフと船員達は、沈みかけの小舟から、何かを運び出していた。
「望遠鏡が無いからよく見えないけど、人?」
ヴォルフ達の船が、こちらへ戻ってくるのが見える。
ヴォルフは、布で包まれた何かを抱えていた。
◇
「チンタオの漁船だったのは、間違いないんだな?」
虎顔の獣人タオは、ヴォルフに問う。
「あぁ、船の形から見て、間違いないだろう」
「なぜこんなところに、誰が乗っていたんだ?」
タオは顎に手を当て考えている。
「わからねぇ。正直、オレもそこまでチンタオの人種には詳しくない。タオが見たほうが早い」
ヴォルフは、タオを連れて医務室へ歩きだした。私も、どんな人なのか気になったので後についていく。
「まだ。意識は戻っていませんが、一先ず安定しています」
船員からの話を聞いて、私達は、医務室の扉を開け、中へ入る。
少し薬品の匂いのする部屋の中に、三人が眠っていた。
「竜人!?このお方は――なぜ漁船に」
タオは、医務室のベッドに眠っていた二人の人物を目にして驚いていた。
竜のような顔の老人と子供。
「そっちも問題だが。今の問題はこっちだ。コイツが何か分かるか?」
ヴォルフが指さす先――。
タコや蟹、サメや様々な海の生き物。それらを無理やりくっつけて、人の姿にしたような生き物が眠っていた。
「なんだこれは――見たことがない。魔物、ではないのか?」
困惑するタオ。
ヴォルフは、老人に目を向ける。だが、ベッドに眠っていたはずの老人は消えていた。
「俺もそう思ったんだが――この爺さんが、って居ない?」
老人のような声が、医務室に響く。
「人かどうかはともかく、その者には少しばかり、恩があってな」
ヴォルフとタオは背後から突然響いた声へ目を向ける。
先程まで眠っていたはずの竜のような顔の老人。
その老人は、いつの間にかヴォルフとタオの背後に立っていた。射抜くような鋭い目つきで二人を見下ろしている。
「ハイロン様!ご挨拶が遅れ、申し訳ありません!」
タオは、片膝をついて老人へ深く頭を下げる。
「良い。山の長タオよ。今は火急故、挨拶は後じゃ」
ハイロンと呼ばれた老人は、タオに向けて手を伏せる仕草をする。
「火急とは、一体何が――」
タオは、ただならぬ雰囲気のハイロンへ尋ねる。ハイロンは、淡々とした口調で話す。
「戦じゃ。何処ぞの愚か者どもが、土の士族を謀りおった」
ハイロンの口元から鋭い牙が剥き出される。体から、赤い、霧のような光が滲んでいる。
タオの表情が、一瞬で険しくなる。
「土の士族――」
ハイロンは、ヴォルフと私に向き直り自己紹介をする。
「その方ら、お初にお目にかかる。儂はハイロン。チンタオ国、皇帝補佐をやっとる」
ヴォルフは、額から汗を流している。
「皇帝補佐。知恵のハイロン――まさかこの目でお目にかかるとはな」
(この人ってそんなにすごい人なの?確かに、強そうなおじいちゃんだけど)
「そんなにすごいおじいちゃんなの?」
私の問いかけに、タオとヴォルフの表情が固まる。
ハイロンは私に目を向けて、感心した様子で笑い出した。
「カッカッカ!この儂に向かっておじいちゃんとは、いやはや豪胆な娘っ子じゃの」
ハイロンは、懐から何かを取り出して私に差し出した。
「ほれ娘っ子。これをやろう」
「なにこれ?」
小さな包みに入った飴玉のような物だった。
なんとなく美味しそうだったので、口に入れてみた、甘い味が口の中に広がる。
間違いない、飴玉だ。
「飴もらった」
「普通、その場で食うなよ」
ヴォルフは呆れた様子でため息をつく。
「カッカッカ!誠、豪胆な娘っ子じゃの」
ハイロンは、愉快そうに高らかに笑っている。
その大きな笑い声に、ベッドに眠っていた、人のような生き物が目を覚ました。
「――ここは?」
「起きたようじゃの、さて――ここでは、少しばかり話しづらいのぉ。それに薬の匂いは好かん」
ハイロンはベッドに眠っている竜人の子供に目を向ける。
「場所を変えよう。案内頼むぞ、タオ」
◇
私達は広間に移動して、改めて自己紹介をした。
「私は、オパリアです」
「ヴォルフ、傭兵だ」
「儂はさっき名乗ったらパスでいいかの?これは中々良い茶だのぉ」
ハイロンはお茶を啜り、ゆっくりと味わっている。
「山士族の長タオ」
名乗り終えた私達の目が、人のような生き物に集まる。
人のような生き物は、周囲の視線に気が付くと、小さく咳払いをして自己紹介をはじめた。
「あ、私の番なんですね。コホン。はじめまして、私は――メルクリウスと申します」
鼻の無いのっぺりとした顔、ガラス玉の様な目、うねる触手の様な髪、口のような部分からは鮫のような歯がチラリと見える。
肩をすくめる仕草をしながら、メルクリウスと名乗る生き物は、自身の腕――甲殻類の殻や鱗のついた腕を見せる。
「こんな姿ですが。一応、元は人間だったんです」
【第21話へ続く】




