第19話・オーリ編「水晶の島」
軽い音と共に腕が折れた。
途端に俺の身体は、制御を失い真っ逆さまに、暗い夜の海に落ちていく。
「クソっ――ここまできて」
海面に叩きつけられて、俺の意識は朦朧とする。
体中の傷から流れる血の匂いで、すぐにでも肉食の大型魚や魔物が寄ってくるだろう。
「しにたくねぇな」
沈んでいく体、俺の体に何かが触れる感触。
(もう来やがった、早すぎだろ)
痛みはない。違う。全身傷だらけでもうわからない。だけど、噛まれた感じはない。
(――腕の感触?)
誰かが、俺を抱きかかえて泳いでる。
水面に顔が出る。
俺は薄っすらと目を開けて、後ろを見る。
暗い海の中で、長い黒髪、金色の瞳の女性が、俺を抱えて泳いでいた。
仄かに光る金色の瞳、整った顔立ちと相まって、人とは思えないほどの美しさを放っていた。
(人魚族?違うな、足がある。黒髪に金色の目って、まるで昔話の西の魔女だな――)
俺の意識はそこで途絶えた。
◇
オーリは、海から引き上げたばかりの、人のような、鳥のような、不思議な生き物を浜辺に寝かせると、顔を近づけた。
「呼吸はしているな、ヨシ」
浜辺に横たわる、不思議な生き物。
呼吸をしていることを確認すると、オーリは考えていた。
(かなり潮に流されてしまったな。この島は人が居るのだろうか?)
オーリは、不思議な生き物に目を向ける。
「見た目では亜人か魔物かわからんな」
(見たところ10代中頃、性別は男性的。
「それにしても、この手足はどうなっているんだ?」
オーリは白い鳥の翼のような腕に触れる。
作り物ではない。温かい血の通った大きな翼、白い羽毛、人間の手のような鉤爪。
「傷が無いな」
飛んでいた時にあった傷跡は、どこにもなくなっていた。
「自己再生?人間ではあり得ない速度だな。しかし、こんな魔物聞いたことがないな」
足に触れる。鱗のような物に覆われた足。踵は無く、猛禽類を思わせる指が足首から伸びている。
「基本的な骨格は、ほぼ人間だな」
服をめくって手足の付け根を確認するが、継ぎ目のようなものはない。
「ますますわからんな、鳥のような男だということくらいか」
オーリは、不思議な生き物が身に着けているボロ切れのような服を漁る。
だが、身分を示すようなものはなく、海水でふやけた干し肉しか出てこなかった。
不思議な生き物の瞼がかすかに動く。
◇
不思議な生き物はゆっくりと目を開けた。
放心したような表情で、数回のまばたきの後、飛び起きるように体を起こす。
「あれ?俺、生きてる?」
不思議な生き物は、自身の体に目を向け、手足を確認している。
「起きたか」
オーリの言葉に不思議な生き物は、跳ね上がるように驚き、ゆっくりと振り向く。
「あ、あんた、俺を抱えて泳いだのか?」
「そうだ、かなり潮に流されたがな」
オーリは、腕を組んで不思議な生き物を見る。
「ありがとう、助かったよ。あんたは西の魔女なのか?」
不思議な生き物は、少し警戒をしている様子だが、オーリに感謝の言葉をかける。
「お前もか、俺は魔女では無い。聞きたいことがあったから拾っただけだ。気にするな鳥もどき」
「と、鳥もどき?俺はファルクスだ。聞きたいことって、何が聞きたいんだ?」
鳥もどきと呼ばれ、困惑しつつも不思議な生き物は、オーリに質問に答える意思を示した。
「では、答えてもらうぞ鳥もどき。ここは、ランガル王国からどの辺りに位置している?それとお前は何だ、亜人か?ファルクスとはなんだ?名前か?種族名か?あと――」
オーリは、まくし立てるように、不思議な生き物へ質問をする。
あまりの剣幕に、不思議な生き物は慌てている。
「待て待て!ちょっと待ってくれ!そんなに一気に質問されても。まず俺の名前はファルクスだ」
ファルクスと名乗った不思議な生き物は、一つずつ質問に答えていった。
「ここは、多分、ランガル王国の南、チンタオのあたりだと思う」
ファルクスの話を聞いて、オーリは考え込んでいる。
「ランガル王国の南か、ルミナの言っていた二次創作、他にもあったということか」
「にじそうさく?なんだよそれ」
「気にするな。ファルクス、お前は何だ?人間か?」
オーリはファルクスの質問には答えずに質問を続ける。
「俺?人間、だと思う。正直、俺にもよくわかんねぇ。変な魔法陣でこんな身体にされて――」
「変な魔法陣?どのような物だ?書いてみろ」
ファルクスは、指の鉤爪で魔法陣の図を砂浜に書き起こす。
「覚えてる感じでは確か、こんな形だったと思う」
「魔物召喚に似ているな。コレは何処で――」
その時、背後の茂みが揺れる。オーリは誰かが近づいてくるのを感じた。
「誰だ?」
茂みから出てきたのは、小柄な、ネズミのような顔の集団だった。
ネズミのような集団は、手に小さな槍や剣を持っているが、震えている。どこか怯えた様子だった。
「なんだ、お前たちは」
オーリの言葉に集団は、小さな体を跳ね上げて怯えていた。
「土士族?ここはナッツ島なのか?」
ファルクスは、集団を見て何かに気付いた様子だった。その様子を見てオーリは、ファルクスに尋ねる。
「土士族とはなんだ?」
「チンタオでは、士族と呼ばれる貴族が、各島を治めていて、政治の他に有事の際、兵士として戦う役割があるんだけど――」
ファルクスは集団に目を向ける、視線の先へオーリも目を向けた。
「兵士と呼ぶには拙いな、それに子供が多いな。大人が戦わない文化というわけではないんだろう?」
「子供じゃない、あれでも大人だ。土士族は、小柄な獣人の集まりなんだが――」
ファルクスは、それきり考え込んでしまった。
「あ、あの。あなた達は何者なんですか!一体、何の目的でこの島に――」
集団の一人、子供のような姿の白いネズミ獣人が、怯えながらオーリに問いかける。
「俺はオーリ。潮に流されこの島に流れ着いた。来た目的――目的か」
オーリは顎に手を当て考えている。
(目的、というものは無いな。竜の姿で北に向かえば、ランガル王国にたどり着ける。長いする必要はない、が――)
「目的は特に無い。だが、この周辺について、教えてもらいたい。それがわかれば、すぐにでも出ていく」
オーリの金色の瞳が仄かに光りを宿す。
その光を目にした集団は、お互いに相談するように何かを話している。
「流れ着いたって言ってたよな。どこかの国の逃亡者か?」
「逃亡者っていうよりお姫様みたいだね。すっごく綺麗な目だよ」
「どうします?一度集落に戻ります?」
「悪い人じゃ無さそう、嫌な匂いがしないもん。ちょっと怖いけど」
「私もそう思う、それに魔力が凄いよ、あの人絶対強い」
しばらく待っていると。白いネズミ獣人がオーリの前に出てきた。
「会議は終わったようだな」
「――お待たせしました。害意のある訪問では無いようですので。私達の集落にご案内します。周辺の情報については、集落にてお話致します」
「わかった。感謝する」
集団はオーリを連れて茂みの奥に入っていった。
「土の士族は、もっと荒っぽかったはずなのに、一体何が――ってあれ?」
考え込んでいたファルクスは、完全に置いていかれていた。
◇
森の中を進む、ネズミのような獣人の集団。その後に続くオーリ。
途中、焼け落ちた集落跡が、オーリの目に入る。
「何かの襲撃か?」
オーリの問いかけに、目の前を歩いていた、尖った針のような髪のネズミ獣人が答える。
「海賊っす。魔物を従えた、人族の襲撃で。ここ以外にも、いくつかの集落が荒らされたっす」
「魔物を従えた?そんな術、聞いたことがないな」
オーリは顎に手を当て、集落跡を見る。
折れた槍、焼けた木の柱。何かの爪痕。
数体の魔物の骸が転がっていた。
「オイラのいた集落っす。ここにいたみんな――攫われたか、殺されたっす」
肩を落とし、俯き歩く針ネズミ獣人。
「海賊や住人の死体はどうした?」
「なかったっす。魔物の腹の中にも、どこにも」
オーリは、足元の魔物の骸に目を向けた。蜥蜴のような魔物の骸は骨だけになっている。
周囲に獣人らしい骸は一つもない。
(争った形跡から見ても、死体が一つも見つかっていないというのは、不自然だな。わざわざ回収したのか?)
森を抜けると木の柵が見えてきた。
ここが集落らしい。
元々あったであろう木造の小屋の他に、急ごしらえのテントが、いくつも見える。
「ここが集落です。中へどうぞ」
先頭を歩いていた、白いネズミ獣人がオーリを振り返りながら集落を案内する。
集落の中心、一際大きな木造の小屋へオーリを案内する。
「長の家か?」
オーリには少し小さな扉、身体を屈めて中へ入る。
小屋の中には数人、子供のような姿の獣人達が、座っていた。
「士族の長は今不在なのです。今は各集落の代表が集まって代行しております」
「メレ!なぜよそ者を連れてきた!?」
座っていた獣人の一人が、老人のような声で叫ぶ。
「お爺さま、そのような言い方はおやめください。迷い人だったので、客人として迎えたく思います」
オーリを案内した白いネズミ獣人、メレは老ネズミ獣人へ、毅然とした態度で話す。
「得体のしれぬ者を――」
「巫女が判断いたしました。悪意の匂いはないと」
老ネズミ獣人の言葉を遮り、メレの言った巫女という言葉に、老ネズミ獣人と周囲の獣人達はどよめく。
「巫女、とはなんだ?」
オーリの言葉に、メレは丁寧に答える。
「巫女について、詳しくはお伝えできません。ですが、大陸の方々で言うところの、特異体質、と言えばおわかりになりますか?」
(極稀に現れる、魔力の能力発現体質か。匂いと言ったな。何らかの感情、精神を見抜く力か)
「そうか、深くは聞かないでおこう。それに興味はない」
「ありがとうございます。申し遅れました。私は土の士族、長ロハンの息子、メレと申します。お見知りおきを」
オーリに向き直ったメレは、深く礼をして自己紹介をする。
「オーリだ、訳あって流れ着いた。ここに長居をするつもりはない。周辺の情報について聞ければそれでいい」
その時、扉が勢いよく開かれ、数人の獣人が血相を変えて飛び込んできた。
「大変でさ!鳥の魔物が来ました!」
「なんか喋ってる!」
(喋る鳥の魔物?そういえば、あの鳥もどきはどこに?)
メレに続きオーリは、小屋の外へ出る。
小屋の眼の前には、縄で簀巻きにされた鳥もどき――ファルクスが転がっていた。
「助けてくれ」
大きな刃物を手にしたネズミ獣人達は、涎を垂らしながらファルクスを囲んでいた。
「人っぽいけど鳥だよな?」
「久々の肉だ!ヒャッハァァァ!」
「今日は宴だ!キエエエェェ!」
周囲の獣人達は狂喜乱舞し、今にも飛び出しそうだった。
「あ、あの方は、浜辺にいた――」
メレは、オーリの方へ顔を向ける。
「海で拾った鳥もどきだ。――忘れていたな」
オーリは目を逸らしながら、ぽつりと呟いた。
◇
「ちぇー。人間かよ」
「不味くて食えねぇわ」
周囲のネズミ獣人達は、がっかりした様子で、用意した調理器具を片付けている。
「やっぱり土の士族だなぁ。食われなくてよかった」
手足が鳥の鳥もどき――ファルクスは、ため息をついた。
「ついてきたのか。もうお前には用がないんだが?」
オーリは、ファルクスへ淡々と告げる。
「助けてもらって恩を返さないのは、俺の家の流儀に反する」
ファルクスは、体についた塩と香辛料を払いながら、自身の体を確認する。
「肉と見なすと容赦ねぇな」
ファルクスは、腕の羽が毟られている事に気が付いた。
「恩など知らん、勝手にしろ」
オーリは、ファルクスへ淡々と応えながら、彼の羽の毟られた腕を見ている。
「しかし、興味深い。やはり、人間とは思えんな」
オーリは、羽根の毟られたファルクスの腕に触れる。腕には、既に小さな羽が生え始めていた。
「俺が聞きてぇよ。一人くらい殴って聞き出せばよかった」
ファルクスは自身の羽が生え沿ったのを確認して。翼を広げる。何かを思い出した様子でオーリに顔を向けた。
「そうだ、ここに来る途中、空から船が見えたんだが――」
船と聞いて、メレは表情を一変させる。
「どんな船でした?」
「ただの商船だったと思う。けど、商船にしても数が多かったな。護衛船も無かったし――」
メレは、目を見開いて走り出し、叫びだした。
「奴らが来た!敵襲!敵襲!総員!戦闘準備!」
集落は、一瞬にして慌ただしくなる。
ネズミ獣人達は、大人も子供も各々武器を取り、集まりだした。
見張り台に立ったメレは、獣人達に告げる。
「今!翼の友人から報告があった!敵襲だ!」
どよめく獣人達。
「奴らは再び!この土地に!我らの島に!悪意を持って踏み込もうとしている!」
どよめきが静まる。
「礼儀を知らん不届き者に血を!薄汚い簒奪者には死を!」
「我らの力を見せつけてやれ!」
「おおおおおおお!」
一団は、地を震わせるほどの雄叫びをあげ、濁流の様になって走り出した。
「なんだこの獣人達は」
オーリは、小さな獣人達の豹変ぶりに、少し驚いていた。ファルクスは、見慣れた様子でオーリに答える。
「これが土の士族なんだよ。チンタオ国内でも屈指の武闘派士族だ」
オーリ達も、獣人達を追い走り出した。
◇
オーリ達はすぐに追いついた。
「えげつないな」
目の前に広がる光景に、ファルクスは顔を顰めている。オーリは少しばかり驚いていた。
「個々の戦力を集団で補っているのか」
青々とした森は、血と魔物の死骸で埋め尽くされていた。
ネズミ獣人達は、魔物や海賊達に群がるように飛び掛かり、武器で斬りつけ、噛みつき、肉を食いちぎる。
集団が過ぎ去った跡には、ただの肉塊となった骸だけが残る。
その光景を見ながら、ファルクスはオーリへ、土の士族というものを話す。
「敵対した相手には、情けも容赦もない、血と根絶やしの狂戦士民族。ここじゃ子供も戦士だ」
オーリはファルクスの話を聞きながら、浮かんだ疑問を呟く。
「強力だな、だが――これ程の戦力を持ちながら、こいつらはなぜ集落を落とされた?」
オーリの言葉に驚きを隠せない様子のファルクス。
「は?集落を落とされた?」
血で染まり、真っ赤な濁流となったネズミ獣人達は、侵入者達を貪るように殲滅する。
集団は、次の獲物へと殺到していく。
その瞬間、集団は轟音とともに炎に包まれた。
◇
「ああああああ!」
「熱い!熱い!熱い!」
火達磨になりながら、散り散りに逃げ出すネズミ獣人達。
「砲撃!?」
ファルクスは沖の船へと目を向ける。
商船には似つかわしくない、大きな砲台が、こちらを向いて、煙を吐いていた。
「偽装した戦艦か。やはり、ただの海賊では無いな」
オーリは、商船へ目を向ける。所属を示す旗がどこにもない巨大な船。
「偽装戦艦!?一体どこの国だよ!」
ファルクスは、翼を広げた。
「どこへ行くつもりだ?無駄だ、お前一人で船は沈まない」
「うるせぇ!黙って見てられるか!」
オーリの言葉を振り切るように、ファルクスは驚異的な脚力で、空中へ飛び上がる。
広げた翼に海風を受け、その身体は、更に上昇していく。
急降下して、巨大な矢の様に船に突撃した。
「考えなしか」
オーリは足元の、負傷したネズミ獣人達へ治癒魔法を施しながら、ファルクスが突撃した船へ目を向ける。
「逃げてください」
肩から血を流しながら、白いネズミ獣人――メレは、オーリへ逃げるように言った。
「断る。どこへいようと俺の自由だ」
オーリは、メレの方に一瞬触れ、歩き出した。
「あなたは無関係で――え?」
オーリに追いすがろうとするメレは、肩の傷が消えていることに気が付いた。
「あなたは一体?」
「知らん。知っていても、お前達に教える必要はない」
オーリの体から黒い霧が滲み出していく。人の輪郭が溶け、黒い塊となって膨らみながら変化していく。
メレとその場にいたネズミ獣人達は、変化する姿を目にして固まっていた。
◇
「クソっ!きりがねえ!」
船の上で、ファルクスは囲まれていた。
「岩でも拾って投げ込ゃよかった」
周囲には海賊ではない、鎧を身に着け武装した兵士達がいた。
(この鎧、見覚えがある。俺をこんな姿にした連中と同じだ)
素早く踏み込んだファルクスは、腕の鉤爪で兵士の鎧を引き裂こうとする。
その隙を突いて、背後から剣が振り下ろされる。
ファルクスは、咄嗟に体をひねり躱す。
「チッ」
足元が滑り、バランスを崩し膝をつく。
その瞬間に、兵士達が一斉に斬りかかってくる。
「受けきれねえ」
身構えた瞬間、ファルクスの視界が突然揺れる。
視界だけではなく、船全体が揺れていた。何か大きな物が、船にぶつかった衝撃だった。
甲板が割れ、マストが折れる。
何人かの兵士が、海へ投げ出された。
船は大きく傾いていた。
「何が起こって」
頭上の影に気が付き、上を見上げたファルクスは息を呑んだ。
「黒い、竜――」
漆黒の鱗、大きな竜が、大きな爪で、船を二つに引き裂いていた。
黒い竜は、大きな金色の瞳をファルクスに目を向けると、呆れたように溜息をついた。
「考え無しにも程があるぞ、鳥もどき」
◇
「鳥もどきって――」
ファルクスは、竜の言葉に困惑していた。
「どうなってんだよ。あんた、竜だったのか?」
黒い竜――オーリは船を持ち上げながら、ファルクスへ声をかける。
「さっさとどけ。それとも、また人に浜まで運ばせる気か?」
「ちょ、ちょっとま――」
ファルクスが言い切る前に、オーリは掴み上げた船へ、炎を吐き、投げ捨てた。
「熱っつ!俺ごと燃やす気かよ!」
間一髪、火達磨になる船から飛び上がったファルクスは必死に羽ばたく。
オーリを睨みながら文句をつける。
ファルクスの抗議など、聞こえていないように無視をする黒い竜は、太く長い尾で別の船を両断していた。
「何者なんだよ」
黒い竜が、次々と船を破壊していく。
炎に包まれ、黒煙を上げながら船が沈んでいく光景、ファルクスは、上空を旋回しながら眺めていた。
◇
すべての船を沈めて、浜辺に戻った黒い竜オーリは、体か黒い霧となって霧散していく、人型へ姿を変える。
そのすぐ側へ、音もなく降り立ったファルクスは、オーリへ詰め寄る。
「あんた一体何なんだ?竜に姿を変える人間なんて聞いたことないぞ!」
オーリは、ファルクスへ目を向けずに正面の森を見ていた。
「さっきからどこを見て――あ」
オーリの目線の先へ、目を向けたファルクスは、思わず間の抜けた声を出した。
二人の目を向けた先には、ネズミ獣人達がいた。
森と砂浜の境界、魔物の返り血で真っ赤に染まったネズミ獣人の集団は、オーリへ目を向けている。
破壊された船から流れ着いていた兵士達は、一人残らず木の柱に縛り付けられ、生きたまま火炙りにされていた。
内容物の焦げる不快な匂い。
肉の焼ける音と波の音だけが聞こえていた。
ネズミ獣人達は、オーリが人の姿に戻る瞬間を目撃していた。持っていた武器を落として、震えていた。
「情報は聞けそうにないな――」
オーリはひと言だけ呟く。
赤黒い血塗れ姿のネズミ獣人メレは、震えながらオーリへ尋ねる。
「あなたは――あなた様は、竜だったのですか?」
オーリは、メレに目を向ける。だが、すぐに目を逸らした。
「やはり、見せるべきではなかったな」
オーリのそんな態度にファルクスは小声で話しかける。
「おい、魔女!否定するとか、誤魔化すとかしろよ!このままじゃ、面倒なことになるぞ!」
「なぜそんなことをする必要がある?」
オーリは、流れ着いていた小舟に目を向ける。非常時の脱出ボートだった。
「り――」
「竜神様が御降臨なされたああああ!」
ネズミ獣人達は、感極まり涙を流しながら歓声を上げている。
「だから言ったのに」
ファルクスは天を仰いで、溜息を付いた。
「我らの武勇に!竜神様が応えてくださった!」
オーリは、ネズミ獣人達の狂乱歓喜する姿を目の当たりにして、船のオールを持ったまま立ち尽くした。
「これは、どういうことだ?」
【オーリ編第22話へ続く】




