↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰被りの蛋白石  作者: 島ながぁ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/27

第18話「壊れた珊瑚」

「あぁ~。プリプリクラゲ〜」


 イーランは、馬車の外を眺めながらふてくされていた。


「まだ言うとるわ、港街についたら、漁師さんからもろてくればええやないの」


 イーランは呆れた様子でアーランに提案する。


「ちゃうねん。あのプリプリクラゲは、伝説やった」


 イーランは、真剣な眼差しをしていた。


「伝説て」


「伝説や、伝説のプリプリクラゲや」


 拳を握り震えていた。


「――さっき思いついた」


「なんやそれ」


 アーランの言っている伝説というのは、よくわからないけど。私は、少しだけ気になることを聞いてみた。


「そのプリプリクラゲって、そんなに美味しいの?」


「あぁ!?プリプリクラゲ知らんのか!丸くて透明でプルプルしたやつ!」


 イーランは、拳を握り込みプリプリクラゲについて力説し始めた。


「オパリアも昨日見たやろ?あの丸いやつ、あれを砂糖と一緒に煮て冷やすとめっちゃうまいねん」


 アーランは、「また始まったわ」と肩をすくめる。


「想像してみぃ?ひんやり冷たくて、甘くてプルプル、口の中入れたらジュワっとトロける」


 イーランは、大げさな身ぶり手ぶりでプリプリクラゲの味を表現している。


 (聞いてるとすごく美味しそう。でも、なんかそれ――)


「ゼリーみたいだね」


 イーランはピタリと止まりオパリアへ目を向ける。


「ぜりい?なんやそれ、甘いもんか?」


「前にオーリが作ってくれたデザート」


 私は、オーリが作ってくれたデザートの事を幾つか話した。イーランは私の話を聴きながら震えだした。


 メイメイとアーランも、途中からオーリが作ったデザートについて興味津々だった。


「アーラン、わいは決めたで」


「わかっとるわイーラン」


 二人の目つきが変わる。目がギラギラしている。


「オーリはんをさっさと見つけて、デザート作ってもらうで!おっしゃ丘士族《実家》の情報網使うで!」


「せやで!パンケーキとプディングとアイスも食べてみたいわぁ!おるぁ!焼き討ちしてでもみつけたるぁ!」


 双子は馬車の中で飛び跳ね、ハジャルに催促し始めた。


「ハジャル!さっさと行かんかい!ボケェ!」


 イーランは、窓から身を乗り出し、拳を振り上げている。


「早う行かんと、そのかわいいお尻に媚薬突っ込んで、イケナイ事すんで?」


 アーランは、大人の姿でハジャルの背後から抱きつく。ハジャルの身体をゆっくりとまさぐりながら耳元で囁く。


「ひぃ!?」


 ハジャルの表情は引きつり、真っ赤になっていく。


「ハジャル?う〜ん。ハジャルかぁ。ハジャルなら――義弟でもええわ。お義兄さんって呼んでもええで?」


 いつの間にか、ハジャルの隣に座っていたイーランは、ハジャルの肩にそっと手を置いて微笑む。


「メリー!急いでくれ!このままじゃ俺の貞操が危ない!」


 危ない微笑みをうかべるアーランと何かを悟ったようなイーランを見て、ハジャルは真っ赤な顔で涙目になりながら、メリーに助けを求めた。


「頼むメリー!助けてくれ!」


 ハジャルの必死な姿に、メリーはやれやれと言った様子で首を振り、全力で走り始めた。


 馬車は、あっという間にヴォルフとタオを置いていってしまった。


「騒いでると思ったらいきなりだな」


 タオは馬を急かし、馬車を追いかける。


「ハジャルのやつ、なんで涙目なんだよ」


 ヴォルフは、首を傾げていた。


◇


 一足先に私達は、高い城壁で囲まれた港街の門の外に到着していた。通行証が無いので中に入れず、ヴォルフとタオを待っていた。


 ハジャルは、手で顔を覆い、放心していた。顔はよく見えないけれど、耳が真っ赤になっていた。


「堪忍な、冗談やってん」


 馬車から降りたイーランは、ハジャルに申し訳なさそうに謝っていた。


「ごめんなぁ。でもほんま可愛いわぁ。――あー婿にしてぇ」


 アーランも謝ったけど、ぼそっと低い声で何か言っていた。


「ねぇアーラン、さっき馬車でハジャルに言ってたイケナイ事って何?」


 私が尋ねると、アーランは口に指を添えて微笑んだ。


「オパリアちゃんにはまだ早いなぁ。大人になったら教えてあげるわぁ」


「そうなんだ、わかった」


 アーランは子どもの姿、でも、すごくオトナの雰囲気がした。


 (オーリとは全然違うけど、アーランもオトナって感じがする)


 大人にも色んな種類があるんだな。


 メイメイも少し顔が赤くなっていた。


 しばらく待っていると、ヴォルフとタオが到着した。


「走るなら言ってくれ、メリーとは違い、馬の体力もあるのだから」


「ハイ。スミマセンデシタ」


 タオは、ハジャルに注意している。


 ハジャルは、魂が抜けたようにぐったりとしたまま、タオの話を聞いていた。


「それで?ハジャルは、なんであんなになってるんだ?」


 ヴォルフが尋ねるとイーランは何が起きたのかを、簡潔に説明した。


「アーランがずっとセクハラしながらハジャルの耳元で言い寄ってた」


「あいつ初心だからな。あんまりいじめんなよアーラン」


 ヴォルフは頭を掻きながら、アーランに目を向ける。


「ハジャルをください。幸せにしてもらいます」


 アーランは、ヴォルフの目の前で三指を立てて頭を下げる。


「なんでやねん!せめてワイと仲良く幸せ半分こにせえや!幸せ総取りすんな!」


「ハジャルの幸せどこいった!?」


 ヴォルフとイーランのツッコミが街道に響き渡った。


◇


 ヴォルフが書状を見せてくれたので、私達は街に入ることができた。


「待ってたぜ。随分と騒がしかったな」


 門をくぐる私達の目の前に、声の大きな大柄な壮年の男性が仁王立ちしていた。


 牙のような形に整えた立派な白い髭、ボールのような大きなおなか、絵本で見た船長のような服装。


「俺はノト領領主、ドボルザーク・ノト・コーラリアだ。大体の事情は聞いてる。少し話が聞きたいんだが、時間あるよな?」


「領主直々に出迎えとはな」


 ドボルザークと名乗った男性は髭に隠れていた歯を見せて笑う。


「久しぶりだな鼻垂れ、最近は緑炎なんて呼ばれてるらしいじゃねえか」


「鼻垂れって、何年前の話をしてんだよ。前会った時より腹が出たんじゃないか?」


 ヴォルフは少し顔を顰めながら、ドボルザークのお腹について指摘する。


「ヴォルフ、知り合いなの?」


「――傭兵を始めた頃に、少しな」


 私がヴォルフに尋ねると、少し言いづらそうにしていた。何かあったらしいことは、雰囲気からわかった。


「そっちのお嬢ちゃんが、噂の魔女の娘か」


「オパリアです。はじめまして領主様」


 少し緊張したけど、しっかりと挨拶できた気がする。


 ドボルザークは私に目を向けて、顎に手を当て、何かを考えているようだった。


「――気のせいか?まあいい。それで、そっちが――」


 首を傾げるが、すぐにタオとメイメイに目を向けた。


「俺は山士族の長、タオだ。直接の出迎え、感謝する」


「山士族、タオの娘。メイメイです。見知りおきを」


 タオとメイメイは、胸の前で拳を掴む動作で礼をした。長という言葉に、ドボルザークは、少し驚いていた。


「士族とは聞いてたが、まさか長とはな。そっちの二人は確か天秤だな?」


 続いて双子に目を向けるドボルザーク。少しだけ、目線が鋭くなっている気がする。


「なんや知っとんかい。ワイは丘士族のイーラン」


「アーランや、よろしゅう」


 双子は片手を挙げて挨拶をした。なんだか軽い挨拶な気がする。


 (前に見た挨拶と違う。なんでだろう)


「その呆けてんのは、ハジャルだな?はっ!あいつが昔、女にフラれた後の顔によく似てやがる」


 ドボルザークは最後にハジャルへ目を向ける。ハジャルの放心した表情に豪快に笑い出す。


「長旅だったろ?先ずは飯だ、俺の家で用意してある。話はその後だ」


 ドボルザークはそう言って、悠然と歩いていった。


 私達は、その後ろを馬車でついていく。


◇


 城壁の中は、白い石畳と白い石造りの街並みが並んでいた。


 大きな通り沿いには、等間隔で植えられた背の高い植物。屋根よりも高い植物は、上の方に丸い実がいくつか実っていた。


「気になるか?ちょっと待ってな」


 ドボルザークは、キョロキョロと周りを確認する。人気がないことを確認すると、足元の小石を拾って植物へ投げつけた。


「見つかると小言を言われちまうからな」


 小石は正確に丸い実の根元を打ち抜く。


 落ちて来た実を拾い上げ、腰から取り出した大ぶりなナイフで表面に傷をつけ、素手で毟っていく。


 大きな種のような丸い塊をナイフで割ると、馬車にいる私達へ手渡した。


「飲んでみな」


 手渡された割れた種の中は、透明な液体が溢れそうになっていた。


 甘い香りが、馬車のなかに広がっていく。


「あのおっさん、ヤシの実素手で毟っとったな」


 イーランは少し驚いていた。どうやらヤシという植物の実らしい。アーランは、何も言わずにヤシの実の中身を飲んでいる。

 

「あ、甘くて美味い」


 不思議な甘い味と匂いだけど、ひんやりして美味しかった。


◇


 領主邸も街並みと同じ白い石造りだった、でも大きさが全然違う。


 白い要塞のように見えた。


「私の屋敷と同じくらい大きい」


 私は、オブシディアの屋敷を思い出した。火事になる前、最後に見た屋敷は、黒い石で作られた、お城のような屋敷だったのを覚えている。


「白いなぁ」


「目が痛いわぁ」


 双子はどこからか取り出した、丸い色眼鏡をかけていた。


 領主邸の庭は、白い石畳と色とりどりの鮮やかな植物でとても綺麗だった。


「伝承の極楽みたいね」


 メイメイは目を輝かせて感嘆していた。


「嫁の趣味だ」


 ドボルザークは、振り返らずに歩いていく。


 私達は、門の外で馬車から降りて、後に続いて石畳を歩く。


 庭園の隅に、小さな石の山が私の目に入った。


 ――それは、小さなお墓のように見えた。


◇


「さあ、好きなだけ食ってくれ。酒もあるぞ」


 真っ白な食堂で、ドボルザークは私達に促す。


 見たことのない生き物や色とりどりな魚の料理が並んでいる。


「プリプリクラゲ、最高や」


 イーランは子どもの姿のまま、クラゲゼリーを涙を流しながら、じっくりと味わっていた。


「最近運動不足――だけど、海産物なら、ゼロだから」


 メイメイは、何かを呟やきながら、すごい勢いで魚の揚げ物を食べ始めた。


 タオも、お酒を飲みながら、すごい勢いで食べている。焼き魚の切り身を、丸飲みにするように食べていた。


「はいハジャル、あ〜ん」


「自分で食べますから。やめてください!」


 ハジャルは、雛鳥みたいに大人の姿のイーランに食べ物を口に運ばれ、顔を真っ赤にしていた。


「しばらく楽しんでくれ。俺は鼻垂れと話がある」


 ドボルザークはヴォルフに目を向けると。食堂を後にした。


「まじかよ。お前ら、オレの分残しといてくれよ?」


 ヴォルフは渋々、ドボルザークに続いて食堂を後にした。


 それからが凄かった。


 お酒の入ったタオは歌い出し。


「はぁ、ほんまに可愛いわぁ」


 お酒を飲んだアーランはハジャルを撫で回している。ハジャルは真っ赤になって固まっていた。


 メイメイは一心不乱に食べ続けている。


 私とイーランはそんな光景を見ながら、プリプリクラゲのゼリーを食べていた。


 確かに、ひんやり甘くて、プルプルして美味しかった。


◇


「まあ座れや」


 応接室のソファに、どっかりと腰掛けたドボルザークは、大きな酒瓶と氷の入ったグラスを取り出しながらヴォルフに促す。


「仕事中も飲んでるのかよ」


 ヴォルフは、呆れた様子で対面に座る。


 ヴォルフが座ると、ドボルザークはグラスに琥珀色の液体を注いで、ヴォルフの前に置いた。


 ドボルザークは、酒瓶に口をつけ、流し込むように飲んでいる。


 ヴォルフはグラスに一口つけてから話を始める。


「マーシャさんが見たら怒るんじゃないか?」


「マーシャか、お前の知ってるマーシャは、四年前からいねぇよ」


 ドボルザークは酒瓶を置き、遠くを見つめるように答えた。


「何があった?」


 ヴォルフの問いには答えず、ドボルザークは酒瓶を煽る。


「俺達のことはいい。他に聞きたいことがあるんだろ?言ってみろ」


 ヴォルフは何か言おうとして、やめた。


 グラスに入った氷が、溶けて向きを変える、小さな音が応接室に響いた。


 少し考えてから、ヴォルフはドボルザークに尋ねる。


「――黒い竜の行方と、オブシディアについて聞きたい」


◇


「――やっぱ西絡み、それに東も何かやってんのか」


 ヴォルフは氷の溶けたグラスに口をつける。


「あぁ、偶然にしては、時期が重なりすぎて――開けずれぇな」


ドボルザークは、空になった酒瓶を置き、新しい酒瓶の栓を開けようとして、苦戦していた。


「東と西――か、まあ東は大丈夫だろ。――貸せよ全く。飲んだくれめ」


 ヴォルフは、ドボルザークから酒瓶を奪い取ると、栓を開けて自分のグラスに注いでから、酒瓶を手渡した。


「へへ悪いな。――待て、東は大丈夫ってどういう事だ?」


 受け取った酒瓶に口をつけようとしたドボルザークは、ヴォルフに尋ねる。


「何だよ、ランガルの耳が知らなかったのか?ヴァルテール家にはバケモンがいるんだよ」


 ヴォルフのひねくれた言い方に、何か腑に落ちた様子で、ドボルザークはため息をついた。


「そうか、噂のヴァルテールの才女か。ヴァルテール家は建て直したんだな」


 ドボルザークの言葉に、今度はヴォルフが驚いていた。


「あんたが知らないってどういう事だよ」


「ここ数年、ヴァルテール領からの情報は、殆ど無いに等しい。去年から、物流もほぼ途絶えてる状態だ」


 ヴォルフは笑い出した。


 咽るほど笑った後、真剣な表情で、ドボルザークに目を向ける。


「やっぱりとんでもねぇ奴だな。ドボルザーク、俺らが追ってる黒い竜は、それと同じか、それ以上のバケモンだって言ったら、どうする?」


 ドボルザークは酒瓶を置き、まっすぐにヴォルフの目を見る。


 その表情から陽気さは鳴りを潜め、深い海の底の様な、底しれぬ知恵を感じさせるものに変わっていた。


「成る程な、王妃が先回りして知らせを送るわけだ。確かに、それだけの価値はあるな」


「だが、一つ教えろ。あの魔女の娘。あの子は、何だ?」


 ヴォルフは、グラスを煽り、立ち上がって歩き出した。


「それは、あんたにもまだ言えねぇな。流石の腹黒王妃も、あの子には手を出せねぇ、とだけ言っとく」


 応接室を出る直前、ヴォルフはニヤリと笑い、それだけ言って食堂へ戻っていった。


「がはははは!王妃と西、それに魔女か!とんでもねぇ娘だな!」


 ヴォルフの言葉に、ドボルザークは大笑いしだした。


「そうか――生き残りか。仕方ねぇ、雛共が巣立つまでは、ランガルを持たせるとするか」


◇


 その日は、領主ドボルザークの好意で領主邸に泊まることになった。


 (眠れないや)


 ヴォルフから聞いた目撃情報によると、オーリは更に南、チンタオ方面に向かったらしい。


 海を渡るための船の準備が必要で、すぐに向かうことができなかった。


 多分、眠れないのはそのせいだ。


 私は、寝室の外に出る。庭園に足が向かっていた。


 白い石畳と色とりどりの鮮やかな花は、淡い二つの月に照らされて、とても綺麗だった。


「こういうの幻想的って言うんだっけ?」


 庭園を歩いていると、隅に誰かいるのが見えた。


 領主ドボルザークだった。


 ドボルザークは、私が昼間見た、小さな石の山の前に座っている。


「何だお嬢ちゃん、眠れないのか?」


 ドボルザークは、酒瓶を片手に、振り返らずに私に尋ねてくる。


「うん。なんかソワソワして」


「そうか、黒い竜ってのは、お嬢ちゃんの何なんだ?」


 ドボルザークの質問に、私はなんて答えればいいのかわからなくて、すぐには答えられなかった。


「オーリが、何なのかはよくわかんない」


「――でも、屋敷の地下にいた私を助けてくれて、あったかいご飯を作ってくれて、文字の読み書き、身体の動かし方を教えてくれて」


 ドボルザークは、何も言わずに聞いている。


「怒るとママより怖くて、私が怖い夢を見たときは、いつも側にいてくれて――」


 私は、言葉が続かなかった。


 視界が滲んだ。


「――オーリにあいたい」


「そうか」


 ドボルザークは、酒瓶を煽りながら、ひと言だけ答えた。


◇


 月明かりの庭園で、小石の山を前にドボルザークは胡座をかいて座っている。


 「お墓なの?」


 暫くして落ち着いた私は、ドボルザークに小石の山のことを聞いた。


「そんなもんだな、下には、誰もいないがな」


 ドボルザークは、酒瓶を傾けて琥珀色の液体を、小石の山に少し注いだ。


「誰のお墓なの?」


「息子だ、四年前に海で消えた」


 ドボルザークは酒瓶を煽りながら答えた。


「チンタオへの流通船に乗って、帰ってこなかった。船ごと消えちまったんだ」


「海賊にやられたらしい」


 私は何もいえなくて、小石の山に祈るしかできなかった。


「お嬢ちゃんが気にすることじゃねえ。海に生きてりゃこういうこともある。――だが、ありがとうな」


 ドボルザークは、大きな手で私の頭を撫でた。酒臭い、ゴツゴツした大きな手だった。


「もう寝ろ。明日は早いぞ?」


「うん」


 私は庭園を後にして、寝室に戻った。


◇


 二つの月が照らす崖のうえで、一人の女性が膝を抱えていた。


「動揺したことに起因する魔力暴走――か」


 長い黒髪、金色の瞳、彫刻のように整った顔立ちの女性。


 ――オーリだった。


 オーリは、ぼんやりと海を眺めながら、自身の身に起きた事を振り返っていた。


「まさか、俺が感情的になるとはな」


「――怪我、させてしまったな」


 オーリはゆっくりと俯きながら、屋敷での出来事を思い浮かべる。


 炎に包まれた少女、その瞬間に戻った理性、――そして、少女の赤く焼けた腕。


「あの傷では切断、あるいは後遺症、か」


 (治癒魔法の効かないオパリアには、あの傷を治す術がない)


「魔物召喚――いや、変身の副作用か、俺は、無自覚に魔物になっていたんだな」


 溜息をつき、再び海に目を向ける。


 (戻る?今さら戻れるのか?)


 オーリの脳裏に、少女の姿が浮かぶ。


 地下室に横たわっていた姿。


 食事をして泣き出す姿。


 ぎこちなく歩く姿。


 自身の人型を見て驚く様子。


 オーリは、露店で買った、小さな花の髪飾りとオブシディア家の紋章の入ったブローチを、掌にのせて眺めていた。


「せめて、コレは返さねばな」


 立ち上がったオーリは、周囲を改めて見回す。


 そこで、あることに気が付いた。


「ここは――どこなんだ?まるで見当がつかんな」


 人に聞こうにも、この島は無人だった。


「やはり、感情で動くべきではないな――」


 オーリは額に手を当て、溜息をつく。


 その時、夜空に何かが飛んでいるのが見えた。


「鳥人?いや――鳥の魔物か」


 人のような、鳥のような姿。


 人の胴体に、鳥の翼と足を縫い付けたような姿をしている魔物。


 (確か――ハーピィといったか。いや、女性型の魔物だったと聞いている。では、あれは何だ?)


 白い羽は所々赤く塗れ、光沢となって月明かりに照らされていた。


 鳥のような人のような魔物は、全身に傷を負い、血を流しながら、海風に乗って滑空している。


「クソ――」


 その魔物が、ひと言だけ悪態をついた瞬間、音を立てて翼が折れ曲がり、真っ逆さまに海に落ちていった。


 オーリは、その姿を眺めながら呟いた。

 

「何か言葉を話したな。ここがどこなのか、知っているかもしれんな」


 オーリは、躊躇いなく断崖から飛び出し、夜の海へ飛び込んでいった。




 【第19話へ続く】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。