第18話「壊れた珊瑚」
「あぁ~。プリプリクラゲ〜」
イーランは、馬車の外を眺めながらふてくされていた。
「まだ言うとるわ、港街についたら、漁師さんからもろてくればええやないの」
イーランは呆れた様子でアーランに提案する。
「ちゃうねん。あのプリプリクラゲは、伝説やった」
イーランは、真剣な眼差しをしていた。
「伝説て」
「伝説や、伝説のプリプリクラゲや」
拳を握り震えていた。
「――さっき思いついた」
「なんやそれ」
アーランの言っている伝説というのは、よくわからないけど。私は、少しだけ気になることを聞いてみた。
「そのプリプリクラゲって、そんなに美味しいの?」
「あぁ!?プリプリクラゲ知らんのか!丸くて透明でプルプルしたやつ!」
イーランは、拳を握り込みプリプリクラゲについて力説し始めた。
「オパリアも昨日見たやろ?あの丸いやつ、あれを砂糖と一緒に煮て冷やすとめっちゃうまいねん」
アーランは、「また始まったわ」と肩をすくめる。
「想像してみぃ?ひんやり冷たくて、甘くてプルプル、口の中入れたらジュワっとトロける」
イーランは、大げさな身ぶり手ぶりでプリプリクラゲの味を表現している。
(聞いてるとすごく美味しそう。でも、なんかそれ――)
「ゼリーみたいだね」
イーランはピタリと止まりオパリアへ目を向ける。
「ぜりい?なんやそれ、甘いもんか?」
「前にオーリが作ってくれたデザート」
私は、オーリが作ってくれたデザートの事を幾つか話した。イーランは私の話を聴きながら震えだした。
メイメイとアーランも、途中からオーリが作ったデザートについて興味津々だった。
「アーラン、わいは決めたで」
「わかっとるわイーラン」
二人の目つきが変わる。目がギラギラしている。
「オーリはんをさっさと見つけて、デザート作ってもらうで!おっしゃ丘士族《実家》の情報網使うで!」
「せやで!パンケーキとプディングとアイスも食べてみたいわぁ!おるぁ!焼き討ちしてでもみつけたるぁ!」
双子は馬車の中で飛び跳ね、ハジャルに催促し始めた。
「ハジャル!さっさと行かんかい!ボケェ!」
イーランは、窓から身を乗り出し、拳を振り上げている。
「早う行かんと、そのかわいいお尻に媚薬突っ込んで、イケナイ事すんで?」
アーランは、大人の姿でハジャルの背後から抱きつく。ハジャルの身体をゆっくりとまさぐりながら耳元で囁く。
「ひぃ!?」
ハジャルの表情は引きつり、真っ赤になっていく。
「ハジャル?う〜ん。ハジャルかぁ。ハジャルなら――義弟でもええわ。お義兄さんって呼んでもええで?」
いつの間にか、ハジャルの隣に座っていたイーランは、ハジャルの肩にそっと手を置いて微笑む。
「メリー!急いでくれ!このままじゃ俺の貞操が危ない!」
危ない微笑みをうかべるアーランと何かを悟ったようなイーランを見て、ハジャルは真っ赤な顔で涙目になりながら、メリーに助けを求めた。
「頼むメリー!助けてくれ!」
ハジャルの必死な姿に、メリーはやれやれと言った様子で首を振り、全力で走り始めた。
馬車は、あっという間にヴォルフとタオを置いていってしまった。
「騒いでると思ったらいきなりだな」
タオは馬を急かし、馬車を追いかける。
「ハジャルのやつ、なんで涙目なんだよ」
ヴォルフは、首を傾げていた。
◇
一足先に私達は、高い城壁で囲まれた港街の門の外に到着していた。通行証が無いので中に入れず、ヴォルフとタオを待っていた。
ハジャルは、手で顔を覆い、放心していた。顔はよく見えないけれど、耳が真っ赤になっていた。
「堪忍な、冗談やってん」
馬車から降りたイーランは、ハジャルに申し訳なさそうに謝っていた。
「ごめんなぁ。でもほんま可愛いわぁ。――あー婿にしてぇ」
アーランも謝ったけど、ぼそっと低い声で何か言っていた。
「ねぇアーラン、さっき馬車でハジャルに言ってたイケナイ事って何?」
私が尋ねると、アーランは口に指を添えて微笑んだ。
「オパリアちゃんにはまだ早いなぁ。大人になったら教えてあげるわぁ」
「そうなんだ、わかった」
アーランは子どもの姿、でも、すごくオトナの雰囲気がした。
(オーリとは全然違うけど、アーランもオトナって感じがする)
大人にも色んな種類があるんだな。
メイメイも少し顔が赤くなっていた。
しばらく待っていると、ヴォルフとタオが到着した。
「走るなら言ってくれ、メリーとは違い、馬の体力もあるのだから」
「ハイ。スミマセンデシタ」
タオは、ハジャルに注意している。
ハジャルは、魂が抜けたようにぐったりとしたまま、タオの話を聞いていた。
「それで?ハジャルは、なんであんなになってるんだ?」
ヴォルフが尋ねるとイーランは何が起きたのかを、簡潔に説明した。
「アーランがずっとセクハラしながらハジャルの耳元で言い寄ってた」
「あいつ初心だからな。あんまりいじめんなよアーラン」
ヴォルフは頭を掻きながら、アーランに目を向ける。
「ハジャルをください。幸せにしてもらいます」
アーランは、ヴォルフの目の前で三指を立てて頭を下げる。
「なんでやねん!せめてワイと仲良く幸せ半分こにせえや!幸せ総取りすんな!」
「ハジャルの幸せどこいった!?」
ヴォルフとイーランのツッコミが街道に響き渡った。
◇
ヴォルフが書状を見せてくれたので、私達は街に入ることができた。
「待ってたぜ。随分と騒がしかったな」
門をくぐる私達の目の前に、声の大きな大柄な壮年の男性が仁王立ちしていた。
牙のような形に整えた立派な白い髭、ボールのような大きなおなか、絵本で見た船長のような服装。
「俺はノト領領主、ドボルザーク・ノト・コーラリアだ。大体の事情は聞いてる。少し話が聞きたいんだが、時間あるよな?」
「領主直々に出迎えとはな」
ドボルザークと名乗った男性は髭に隠れていた歯を見せて笑う。
「久しぶりだな鼻垂れ、最近は緑炎なんて呼ばれてるらしいじゃねえか」
「鼻垂れって、何年前の話をしてんだよ。前会った時より腹が出たんじゃないか?」
ヴォルフは少し顔を顰めながら、ドボルザークのお腹について指摘する。
「ヴォルフ、知り合いなの?」
「――傭兵を始めた頃に、少しな」
私がヴォルフに尋ねると、少し言いづらそうにしていた。何かあったらしいことは、雰囲気からわかった。
「そっちのお嬢ちゃんが、噂の魔女の娘か」
「オパリアです。はじめまして領主様」
少し緊張したけど、しっかりと挨拶できた気がする。
ドボルザークは私に目を向けて、顎に手を当て、何かを考えているようだった。
「――気のせいか?まあいい。それで、そっちが――」
首を傾げるが、すぐにタオとメイメイに目を向けた。
「俺は山士族の長、タオだ。直接の出迎え、感謝する」
「山士族、タオの娘。メイメイです。見知りおきを」
タオとメイメイは、胸の前で拳を掴む動作で礼をした。長という言葉に、ドボルザークは、少し驚いていた。
「士族とは聞いてたが、まさか長とはな。そっちの二人は確か天秤だな?」
続いて双子に目を向けるドボルザーク。少しだけ、目線が鋭くなっている気がする。
「なんや知っとんかい。ワイは丘士族のイーラン」
「アーランや、よろしゅう」
双子は片手を挙げて挨拶をした。なんだか軽い挨拶な気がする。
(前に見た挨拶と違う。なんでだろう)
「その呆けてんのは、ハジャルだな?はっ!あいつが昔、女にフラれた後の顔によく似てやがる」
ドボルザークは最後にハジャルへ目を向ける。ハジャルの放心した表情に豪快に笑い出す。
「長旅だったろ?先ずは飯だ、俺の家で用意してある。話はその後だ」
ドボルザークはそう言って、悠然と歩いていった。
私達は、その後ろを馬車でついていく。
◇
城壁の中は、白い石畳と白い石造りの街並みが並んでいた。
大きな通り沿いには、等間隔で植えられた背の高い植物。屋根よりも高い植物は、上の方に丸い実がいくつか実っていた。
「気になるか?ちょっと待ってな」
ドボルザークは、キョロキョロと周りを確認する。人気がないことを確認すると、足元の小石を拾って植物へ投げつけた。
「見つかると小言を言われちまうからな」
小石は正確に丸い実の根元を打ち抜く。
落ちて来た実を拾い上げ、腰から取り出した大ぶりなナイフで表面に傷をつけ、素手で毟っていく。
大きな種のような丸い塊をナイフで割ると、馬車にいる私達へ手渡した。
「飲んでみな」
手渡された割れた種の中は、透明な液体が溢れそうになっていた。
甘い香りが、馬車のなかに広がっていく。
「あのおっさん、ヤシの実素手で毟っとったな」
イーランは少し驚いていた。どうやらヤシという植物の実らしい。アーランは、何も言わずにヤシの実の中身を飲んでいる。
「あ、甘くて美味い」
不思議な甘い味と匂いだけど、ひんやりして美味しかった。
◇
領主邸も街並みと同じ白い石造りだった、でも大きさが全然違う。
白い要塞のように見えた。
「私の屋敷と同じくらい大きい」
私は、オブシディアの屋敷を思い出した。火事になる前、最後に見た屋敷は、黒い石で作られた、お城のような屋敷だったのを覚えている。
「白いなぁ」
「目が痛いわぁ」
双子はどこからか取り出した、丸い色眼鏡をかけていた。
領主邸の庭は、白い石畳と色とりどりの鮮やかな植物でとても綺麗だった。
「伝承の極楽みたいね」
メイメイは目を輝かせて感嘆していた。
「嫁の趣味だ」
ドボルザークは、振り返らずに歩いていく。
私達は、門の外で馬車から降りて、後に続いて石畳を歩く。
庭園の隅に、小さな石の山が私の目に入った。
――それは、小さなお墓のように見えた。
◇
「さあ、好きなだけ食ってくれ。酒もあるぞ」
真っ白な食堂で、ドボルザークは私達に促す。
見たことのない生き物や色とりどりな魚の料理が並んでいる。
「プリプリクラゲ、最高や」
イーランは子どもの姿のまま、クラゲゼリーを涙を流しながら、じっくりと味わっていた。
「最近運動不足――だけど、海産物なら、ゼロだから」
メイメイは、何かを呟やきながら、すごい勢いで魚の揚げ物を食べ始めた。
タオも、お酒を飲みながら、すごい勢いで食べている。焼き魚の切り身を、丸飲みにするように食べていた。
「はいハジャル、あ〜ん」
「自分で食べますから。やめてください!」
ハジャルは、雛鳥みたいに大人の姿のイーランに食べ物を口に運ばれ、顔を真っ赤にしていた。
「しばらく楽しんでくれ。俺は鼻垂れと話がある」
ドボルザークはヴォルフに目を向けると。食堂を後にした。
「まじかよ。お前ら、オレの分残しといてくれよ?」
ヴォルフは渋々、ドボルザークに続いて食堂を後にした。
それからが凄かった。
お酒の入ったタオは歌い出し。
「はぁ、ほんまに可愛いわぁ」
お酒を飲んだアーランはハジャルを撫で回している。ハジャルは真っ赤になって固まっていた。
メイメイは一心不乱に食べ続けている。
私とイーランはそんな光景を見ながら、プリプリクラゲのゼリーを食べていた。
確かに、ひんやり甘くて、プルプルして美味しかった。
◇
「まあ座れや」
応接室のソファに、どっかりと腰掛けたドボルザークは、大きな酒瓶と氷の入ったグラスを取り出しながらヴォルフに促す。
「仕事中も飲んでるのかよ」
ヴォルフは、呆れた様子で対面に座る。
ヴォルフが座ると、ドボルザークはグラスに琥珀色の液体を注いで、ヴォルフの前に置いた。
ドボルザークは、酒瓶に口をつけ、流し込むように飲んでいる。
ヴォルフはグラスに一口つけてから話を始める。
「マーシャさんが見たら怒るんじゃないか?」
「マーシャか、お前の知ってるマーシャは、四年前からいねぇよ」
ドボルザークは酒瓶を置き、遠くを見つめるように答えた。
「何があった?」
ヴォルフの問いには答えず、ドボルザークは酒瓶を煽る。
「俺達のことはいい。他に聞きたいことがあるんだろ?言ってみろ」
ヴォルフは何か言おうとして、やめた。
グラスに入った氷が、溶けて向きを変える、小さな音が応接室に響いた。
少し考えてから、ヴォルフはドボルザークに尋ねる。
「――黒い竜の行方と、オブシディアについて聞きたい」
◇
「――やっぱ西絡み、それに東も何かやってんのか」
ヴォルフは氷の溶けたグラスに口をつける。
「あぁ、偶然にしては、時期が重なりすぎて――開けずれぇな」
ドボルザークは、空になった酒瓶を置き、新しい酒瓶の栓を開けようとして、苦戦していた。
「東と西――か、まあ東は大丈夫だろ。――貸せよ全く。飲んだくれめ」
ヴォルフは、ドボルザークから酒瓶を奪い取ると、栓を開けて自分のグラスに注いでから、酒瓶を手渡した。
「へへ悪いな。――待て、東は大丈夫ってどういう事だ?」
受け取った酒瓶に口をつけようとしたドボルザークは、ヴォルフに尋ねる。
「何だよ、ランガルの耳が知らなかったのか?ヴァルテール家にはバケモンがいるんだよ」
ヴォルフのひねくれた言い方に、何か腑に落ちた様子で、ドボルザークはため息をついた。
「そうか、噂のヴァルテールの才女か。ヴァルテール家は建て直したんだな」
ドボルザークの言葉に、今度はヴォルフが驚いていた。
「あんたが知らないってどういう事だよ」
「ここ数年、ヴァルテール領からの情報は、殆ど無いに等しい。去年から、物流もほぼ途絶えてる状態だ」
ヴォルフは笑い出した。
咽るほど笑った後、真剣な表情で、ドボルザークに目を向ける。
「やっぱりとんでもねぇ奴だな。ドボルザーク、俺らが追ってる黒い竜は、それと同じか、それ以上のバケモンだって言ったら、どうする?」
ドボルザークは酒瓶を置き、まっすぐにヴォルフの目を見る。
その表情から陽気さは鳴りを潜め、深い海の底の様な、底しれぬ知恵を感じさせるものに変わっていた。
「成る程な、王妃が先回りして知らせを送るわけだ。確かに、それだけの価値はあるな」
「だが、一つ教えろ。あの魔女の娘。あの子は、何だ?」
ヴォルフは、グラスを煽り、立ち上がって歩き出した。
「それは、あんたにもまだ言えねぇな。流石の腹黒王妃も、あの子には手を出せねぇ、とだけ言っとく」
応接室を出る直前、ヴォルフはニヤリと笑い、それだけ言って食堂へ戻っていった。
「がはははは!王妃と西、それに魔女か!とんでもねぇ娘だな!」
ヴォルフの言葉に、ドボルザークは大笑いしだした。
「そうか――生き残りか。仕方ねぇ、雛共が巣立つまでは、ランガルを持たせるとするか」
◇
その日は、領主ドボルザークの好意で領主邸に泊まることになった。
(眠れないや)
ヴォルフから聞いた目撃情報によると、オーリは更に南、チンタオ方面に向かったらしい。
海を渡るための船の準備が必要で、すぐに向かうことができなかった。
多分、眠れないのはそのせいだ。
私は、寝室の外に出る。庭園に足が向かっていた。
白い石畳と色とりどりの鮮やかな花は、淡い二つの月に照らされて、とても綺麗だった。
「こういうの幻想的って言うんだっけ?」
庭園を歩いていると、隅に誰かいるのが見えた。
領主ドボルザークだった。
ドボルザークは、私が昼間見た、小さな石の山の前に座っている。
「何だお嬢ちゃん、眠れないのか?」
ドボルザークは、酒瓶を片手に、振り返らずに私に尋ねてくる。
「うん。なんかソワソワして」
「そうか、黒い竜ってのは、お嬢ちゃんの何なんだ?」
ドボルザークの質問に、私はなんて答えればいいのかわからなくて、すぐには答えられなかった。
「オーリが、何なのかはよくわかんない」
「――でも、屋敷の地下にいた私を助けてくれて、あったかいご飯を作ってくれて、文字の読み書き、身体の動かし方を教えてくれて」
ドボルザークは、何も言わずに聞いている。
「怒るとママより怖くて、私が怖い夢を見たときは、いつも側にいてくれて――」
私は、言葉が続かなかった。
視界が滲んだ。
「――オーリにあいたい」
「そうか」
ドボルザークは、酒瓶を煽りながら、ひと言だけ答えた。
◇
月明かりの庭園で、小石の山を前にドボルザークは胡座をかいて座っている。
「お墓なの?」
暫くして落ち着いた私は、ドボルザークに小石の山のことを聞いた。
「そんなもんだな、下には、誰もいないがな」
ドボルザークは、酒瓶を傾けて琥珀色の液体を、小石の山に少し注いだ。
「誰のお墓なの?」
「息子だ、四年前に海で消えた」
ドボルザークは酒瓶を煽りながら答えた。
「チンタオへの流通船に乗って、帰ってこなかった。船ごと消えちまったんだ」
「海賊にやられたらしい」
私は何もいえなくて、小石の山に祈るしかできなかった。
「お嬢ちゃんが気にすることじゃねえ。海に生きてりゃこういうこともある。――だが、ありがとうな」
ドボルザークは、大きな手で私の頭を撫でた。酒臭い、ゴツゴツした大きな手だった。
「もう寝ろ。明日は早いぞ?」
「うん」
私は庭園を後にして、寝室に戻った。
◇
二つの月が照らす崖のうえで、一人の女性が膝を抱えていた。
「動揺したことに起因する魔力暴走――か」
長い黒髪、金色の瞳、彫刻のように整った顔立ちの女性。
――オーリだった。
オーリは、ぼんやりと海を眺めながら、自身の身に起きた事を振り返っていた。
「まさか、俺が感情的になるとはな」
「――怪我、させてしまったな」
オーリはゆっくりと俯きながら、屋敷での出来事を思い浮かべる。
炎に包まれた少女、その瞬間に戻った理性、――そして、少女の赤く焼けた腕。
「あの傷では切断、あるいは後遺症、か」
(治癒魔法の効かないオパリアには、あの傷を治す術がない)
「魔物召喚――いや、変身の副作用か、俺は、無自覚に魔物になっていたんだな」
溜息をつき、再び海に目を向ける。
(戻る?今さら戻れるのか?)
オーリの脳裏に、少女の姿が浮かぶ。
地下室に横たわっていた姿。
食事をして泣き出す姿。
ぎこちなく歩く姿。
自身の人型を見て驚く様子。
オーリは、露店で買った、小さな花の髪飾りとオブシディア家の紋章の入ったブローチを、掌にのせて眺めていた。
「せめて、コレは返さねばな」
立ち上がったオーリは、周囲を改めて見回す。
そこで、あることに気が付いた。
「ここは――どこなんだ?まるで見当がつかんな」
人に聞こうにも、この島は無人だった。
「やはり、感情で動くべきではないな――」
オーリは額に手を当て、溜息をつく。
その時、夜空に何かが飛んでいるのが見えた。
「鳥人?いや――鳥の魔物か」
人のような、鳥のような姿。
人の胴体に、鳥の翼と足を縫い付けたような姿をしている魔物。
(確か――ハーピィといったか。いや、女性型の魔物だったと聞いている。では、あれは何だ?)
白い羽は所々赤く塗れ、光沢となって月明かりに照らされていた。
鳥のような人のような魔物は、全身に傷を負い、血を流しながら、海風に乗って滑空している。
「クソ――」
その魔物が、ひと言だけ悪態をついた瞬間、音を立てて翼が折れ曲がり、真っ逆さまに海に落ちていった。
オーリは、その姿を眺めながら呟いた。
「何か言葉を話したな。ここがどこなのか、知っているかもしれんな」
オーリは、躊躇いなく断崖から飛び出し、夜の海へ飛び込んでいった。
【第19話へ続く】




