第17話「珊瑚の砦」
アダマス領を南へ進み、領境の関所についた。私達は、兵士達に囲まれていた。
「止まれ!なぜ、王家所有の馬車に乗っている?」
「どこで手に入れた?なぜ獣人が乗っている」
馬車を取り囲み、メイメイ達は今にも飛び出しそうだった。
「目立つ馬車や。怪しむなって方が無理やろ」
「どないする?荷物検査とかされたら暗器と毒でウチラアウトやん」
子供姿のうさぎ獣人イーランとアーランはソワソワしている。
「毒持ってるんだ」
私が双子に目を向けると。
「あるで?しびれ薬と仮死薬と―」
「催眠薬に催淫薬に惚れ薬〜」
双子は懐から、次々と怪しい薬の小瓶を取り出していく。
「ちょいまち、アーラン。なんで催眠薬と催淫薬と惚れ薬があるねん。何に使うつもりや」
イーランは、アーランが取り出した薬を、怪訝な表情で見つめている
「決まっとるやろ。ええ男おったら、使て婿にするんや」
イーランはニッコリと満面の笑みで答える。細く開いた目はギラギラしてる。ちょっと怖い。
「嫌やあ!そない生々しい義理の弟、ワイ嫌やあ!」
イーランは子供のように馬車の中で仰向けに駄々をこねた。
「――惚れ薬って本物?」
「本物やで〜。丘士族秘蔵の秘薬の一つや」
メイメイはアーランにこっそり聞いている。
馬車の中で騒ぐ私達を、兵士達は複雑な表情で見つめていた。
◇
「あ、そうだった。これ出すの忘れてた」
ヴォルフは懐から一枚の書状を取り出す。兵士の一人に手渡した。
「書状があるなら先に――は!?」
書状に目を向けた兵士の顔色が、一気に蒼白になる。
「少し待って――いや!少々お待ちください!」
書状を手にした兵士は、慌てた様子で関所内に駆け込んでいく。
周りの兵士達は、何が起きているのかわからない様子で、困惑していた。
「ヴォルフ、さっきの紙はなに?」
私はヴォルフに尋ねたが、ヴォルフ自身もよく分からない様子だった。
「通行証だって聞いてたんだが、違うみたいだな。嫌な予感がする」
「王家の紋章が見えたが、通行証に入っているものなのか?」
タオは、先程の書状を少し見ていたみたいだ。
「いや、普通の通行証には、発行した領主や街の印があるくらいで王家の紋章なんて――」
ヴォルフは首を傾げながら、考えていると、関所から数人走ってくる。
どうやら関所の管理者らしい。
「お待たせして申し訳ありません!視察団の方々とは知らずに大変失礼致しました!」
年配の男性兵士は深く頭を下げている。
ヴォルフとタオは、一瞬だけ、互いに顔を見合わせ、頷く。
「先触れも無く、申し訳ない。王家との非公式の会談だった為、連絡が遅れてしまっていた。ここを通っても良いだろうか?」
タオは背筋を伸ばし、毅然とした話し方で男性兵士へ説明をする。男性兵士は顔を上げ、すぐに周りの兵士達に指示を出す。
「はい!どうぞお通りください!各員!道を開けよ!」
兵士達は少し困惑しつつも、素早く門の左右に整列した。
ヴォルフは、受け取った書状を眺め、複雑な表情で懐にしまった。
◇
「やっぱり、ただの通行証じゃなかったな」
門を抜け暫く進んだ後、ヴォルフは書状を取り出して呟いた。
「何が違うの?」
私が尋ねると、ヴォルフは書状を私に見せる。
金で装飾された少し分厚い紙、書かれている文字は難しい字で、私には読めなかった。
「なんか、すごい装飾だね。難しい字ばっかりで読めないけど」
ヴォルフは書状について説明してくれた。
「オパリアが読めないのも無理はねぇよ。王家特有の字体だからな。それに使われてる紙も、装飾も、全部特殊な物ばかりだ」
「偽造防止か?随分と手が込んでいるな」
タオは、感心した様子で書状を眺めている。
「ヴォルフは読めるの?」
「あ?まあ、昔とった杵柄ってやつだな」
私の質問にヴォルフは難しい言い方で答える。
「きねづか?なにそれ?」
「ただの例えだ、気にすんな」
ヴォルフは書状の内容を要約して説明してくれた。
「王妃の署名がある。それに、どうやら俺達は、お忍びの使節団ってことになってるらしい」
書状に目を通しながら、ヴォルフの顔が青ざめ、引きつっていく。
「これは――国内自由通行証だ」
「使節団ということなら。不自然ではないのでは?いったい何が問題なのだ?」
タオは、何が悪いのか分からない様子だった。
ハジャルは驚愕した様子で、ヴォルフに聞き返す。
「ちょっと待ってくださいよ師匠。今、国内自由通行証って――」
「なにそれ?」
「聞いたことない通行証ね」
「自由?」「国内?」
聞いたことのない通行証だった。メイメイとイーラン、アーランも分からないようだった。
「国内自由通行証というのは、国内のどんな場所にでも、立ち入りを認める通行証なんです」
「なにそれ?よくわかんない」
私にはよくわからなかった。メイメイとタオもよくわからないみたいだ。
「とんでもない紙やな」
「物騒な書状やね」
子供姿の双子は、何かを察した様子で、鋭い目で書状を見ている。
「物騒?どういうこと?」
ヴォルフは私達の様子を見て、書状の意味を教えてくれた。
「手っ取り早く例えるなら。この紙一枚で、何処へでも、それこそ王の寝室ですら、出入り自由になるんだよ」
「――なんだと!?」
「何でそんなものがあるの!?」
タオとメイメイは目を丸くして驚いている。
「オーリが食えない女って言ってたのは、こういう意味だったのか」
ヴォルフは、書状を仕舞いながら、溜息とともに呟いた。
◇
私達は、南へ向かう途中幾つかの関所を通り抜けた。
夕方を過ぎ、門が閉まっていたので、街の外に、場所を借りて野営することにした。
「なんか、関所多いね」
「内地だからな、小さい領地が多いんだよ」
ヴォルフはプラムから貰った簡素な王国地図を広げながら説明してくれた。
王都を中心に大小様々な領地が周りを囲んでいる。そして、王国の外側に大きな四つの領地が描かれている。
「今向かっているのは、南のコーラリア家が収めるノト領。ランガル王国で、四貴族って呼ばれてる一つだ。四貴族は他に西のオブシディア、東にヴァルテール領がある」
ヴォルフは今いる場所と三方の領地について教えてくれた
「私の家って、そんなに大きな貴族だったなんて知らなかった。東のヴァルテールってどんな場所なの?」
「東は、俺も詳しくないんだよな、遠いし。オーリに会った時に聞けばいい、多分、誰よりも知ってるから」
(オーリが?どういうことなんだろう?)
「わかった。なら、北は?」
北の領地について聞くと、ヴォルフは少し気まずそうにしていた。
「北か――北はジェイド領だ。多分、行くことはないと思うぞ?」
ヴォルフは、話をそらすように南のノト領について話を始めた。
「北よりも今は南だ、このまま南下して一つ関所を越えたら、ノト領に入る。そこからは、海沿いに移動して西の港街に向かうつもりだ。東にもあるが、西の方が近いからな」
「そのほうがいいだろうな、目撃された位置からして、まっすぐ南に向かったようだ」
タオは、道中の街や村で聞いた竜の情報から、移動経路を割り出していた。
「海かあ。私、海に行くの初めてかも」
(海、聞いたことはあるけど、見たことないな。全然想像がつかないや)
「見たことないの?」
「うん」
メイメイは、海について教えてくれたけど。やっぱり、想像がつかなかった。
◇
翌日、私達が移動を再開したのは、太陽が真上を少し過ぎたあとだった。
「いや~儲かったわ〜」
「ほんまやで〜完売や」
双子はニコニコしながら、膨らんだ財布を頬ずりしている。
街の広場で、朝市に混ざって山のような数の傷薬や毒消しを売りさばいていた。
「そのせいで遅くなったんだが?」
ヴォルフは地図を広げながらボヤいている。
「先立つものは必須や」
「旅に余裕は大事や」
双子は指を立て、高らかに宣言する。
「おかげで、目撃情報も聞きやすかった。無駄にはならんさ」
タオは、街の人から聞いた、目撃情報を書き留めた紙に目を向けている。
「やはり、まっすぐ南へ向かっているな」
「でも、途中で姿を変えた。という可能性はないんですか?」
ハジャルが言った言葉に、ヴォルフと私は固まった。
(そうだった。オーリは変身できる)
「しまったな。その可能性は考えてなかったな」
ヴォルフは舌打ちをした。
「今のところ、その可能性はないと思うぞ?婦人姿についても聞いたが、今まで目撃はなかった」
タオは書き留めた紙をみながら予想を立てて話し始めた。
「それに、一度通り過ぎた場所に、戻るとも思えん。昔のメイメイがそうだったな」
「ちょっとお父さん!?」
タオの話にメイメイは目を丸くしている。
「何があったの?」
「昔のことよ」
「あの時は、探すのに苦労したな。まさか島の反対まで行くとは」
タオは懐かしそうな表情で話すが、メイメイは恥ずかしそうにしている。
「まあ、このまま立ち寄った先で、聞き込みしながら行けば、何かわかるだろ」
ヴォルフは欠伸をしながら地図をしまう。
前方に関所が見えてきた。
今まで通ってきた関所よりも、はるかに大きい砦だった。
風に乗って、なんだかしょっぱい感じがする。
◇
「お待ちしておりました。ヴォルフ様、書状を確認させて頂いてもよろしいでしょうか?」
一人の兵士がヴォルフへ話しかける。
「様はやめろよ」
他の兵士達は、門の左右に整列して、微動だにしない。
他の関所では怪しまれたり、驚かれたりしていた。
兵士達は、まるで来ることが分かっていたかのように、表情一つ変えない。
「なんで知ってるんだろう?」
「南のコーラリア家は、主に国内外の物流を管理してるからな。情報も早いのさ」
ヴォルフは、コーラリア家についてよく知っているようだ。
「そうなんだ」
(そういえばヴォルフは、なんでこんなに詳しいんだろう?)
「確認いたしました!どうぞ、お通りください!」
兵士は書状をヴォルフに返すと、深く頭を下げた。
◇
砦のような関所を抜けた先の景色に、私は少しだけ感動していた。
「これが、海なんだ」
緑色の丘の先に広がる真っ白い砂浜と、空まで繋がったように、どこまでも続く青。
「海は塩辛いで〜」
「飲んだらあかんよ?」
双子は窓から外に目を向けている。
「この海の先に、チンタオがあるんだよ」
「すごい遠いね、全然見えないや」
私は、メイメイが指さす方向に目を向けた。
青い海と空の境目が、遠くに薄っすらと見えるだけで、陸は見えなかった。
「ここから西に一日進めば、港街に着くはずだ」
ヴォルフは、地図を開いて確認しながら、海沿いにまっすぐ続く街道を眺めていた。
「一日かぁ。長いなぁ」
私は少しだけ、馬車の旅に飽きてしまっていた。
オーリがいない。
オーリの料理もない。
オーリの昔話も無い。
メイメイや皆との旅は楽しいけど、オーリがいないのは、やっぱり寂しいと思う。
(海、オーリと見たかったな)
馬車は、ひらけた街道を進んでいく。
◇
夕方、小さな漁村に到着した。私達は、村の人達に、明日の朝の漁を手伝うかわりに野営をする場所を借りた。
浜辺で夕食の為の魚釣りをした。
「全然釣れない」
生まれて初めての魚釣り。私は一匹も釣れなかった。
皆、釣れなかった。
釣り竿を投げ出した双子は、大きな網を取り出して投げた。
「が〜といったらええねん!」
「根こそぎ行くでぇ!」
網には沢山の魚がかかっていた。
「あかん、重すぎ」
「あんたらも見てんと引っ張りいや」
皆で一緒に網を引く、確かに重い。
やっとのことで浜辺まで引き上げる。
「結構入ってるな」
ヴォルフは、網を広げて膨らんだ丸い魚に触ろうとすると双子が止めた。
「ちょいまち!」
「それ毒持ちや」
ヴォルフは、ギョッとして手を引っ込める。
双子は、網の中から毒のある魚をどんどん海へ投げていく。
「コレとコレは毒やな」
イーランは、全身に棘の生えた魚と縞模様の丸い魚を投げる。
「これは味ないねん。これも味が好きやないなぁ」
アーランは、透明な丸い塊と矢のような魚を投げた。
網の中の魚がどんどん減っていく。
「あ、毒無しやな」
イーランは、片側に顔の付いた平たい魚を、私達の方に投げた。
「小骨が食べ辛いねん」
アーランは蛇のような魚を投げる。
イーランの手が止まる。
網の中には、魚が一匹もいなくなっていた。
「なぁ、イーラン。さっきから好き嫌いで決めてへん?」
「そやで。美味しいもん食べたいやろ」
イーランは、私達方に投げた魚を見る。
先ほど投げた、平たい魚だけがピチピチと跳ねていた。
「プリプリクラゲどこいったん!?あれめっちゃ好きやのに!」
「捨てたで?アレ味せぇへんやん」
「冷やして砂糖と一緒に食べたかったんやけどなぁ」
イーランは耳が垂れ、がっくりと膝を落として項垂れていた。
夕食は、平たい魚の切り身の塩焼きと骨で出汁をとったスープになった。
【第18話に続く】




