第15話「消えた琥珀」
暗雲に覆われた空から、大粒の雨が降り出していた。遠くで雷鳴が響いている。
私は黒い竜――オーリに向かって走り出した。
黒い竜は、口から炎が溢れ出している。ヴォルフに向けて今にも、炎を吐き出しそうだった。
「オーリ!」
オーリの名前を呼びながら走る。
「オパリア!来るんじゃねぇ!」
ヴォルフの声を無視した。私は、ヴォルフを突き飛ばし、黒い竜の前に立った。
直後、黒い竜は、口から真っ赤な炎を吹き出した。私は、炎に包まれた。
「嘘だろ――」
ヴォルフの顔が、青ざめていく。
「オパリア!」
メイメイは駆け出そうとするが、兵士たちに止められる。
(あれ?熱くない。これって魔法の炎?それなら――)
「オーリ!」
私はもう一度、オーリの名前を呼びながら、炎から飛び出し、黒い竜の眼の前に立つ。
(服が少し燃えちゃった。腕もちょっと熱い。でもそんなことより)
「オーリ!起きて!」
黒い竜は驚いた様子で、吐き出していた炎を止め、距離を取る。
「オパリア!下がれ。今のオーリには――」
黒い竜は自身の腕を、鋭い爪。足元。太い尾を順番に眺めている。
そして、私と目があった。
「私は、大丈夫だから。オーリ!戻ってきて」
黒い竜は、一歩後ずさり周囲に目を向ける。
もう一歩後ずさりをして、自身の鋭い爪を見ている。
更に一歩後ずさりをしながら、私を見た。少し焦げた私の服と、赤黒く焦げた腕に、目が止まる。
「俺は――」
後ずさりしながら、黒い竜は大きな翼を広げ飛び立った。
「待って!オーリ!」
黒い竜は、振り返らずに飛んで行ってしまった。
「オーリ――」
竜がいた足元には、オーリの剣が落ちていた。私は、オーリの剣を拾い上げて、その場に座り込んだ。
「おい、悪ガキ」
ヴォルフの声に振り返ると、頭に拳骨が振ってきた。
「何考えてる!?一歩間違えれば死んでたんだぞ!?」
ヴォルフは、片腕から血を流しているのに、お構い無しで、私に説教を始めた。
「無茶なことをする子供だな。だが、助かった。娘の事も含めて、礼を言う」
大柄な虎獣人タオは膝を付いて私にお礼を言っている。
「オパリア!」
メイメイが駆け寄ってくる。いきなりビンタされた。
(ヴォルフのゲンコツよりも、すごく痛い)
「竜の炎に飛び込むなんて!」
ヴォルフに混じって、メイメイまで説教を始めた。
「ご無事で何よりです。皆さん、とりあえず領主邸で一旦、傷の手当を――各員!生存者の捜索に当たれ!」
プラムは兵士たちに捕縛と捜索の指示を出した。
「王妃様は来てないんだな。まあ来るわけないか。確認したいことがあったんだが」
ヴォルフはプラムに王妃のことを尋ねた。
「王妃様は、一足先に王都へ戻られました。何か、気になることがあるみたいで」
「――後で、報告書にして提出しろと言われました。でもこんなの、一体全体、どう報告すれば」
プラムは、がっくりと項垂れながら報告書の事で頭を抱え始めた。
「帰っちゃった〜」
「戻っちゃった〜」
イーランとアーランはクスクス笑っている。
私は黒い竜、オーリの飛んでいった方角を見つめながら、ヴォルフとメイメイの説教を聞き流していた。
「オパリア!聞いてるの?」
「ダメだ、やっぱりオーリじゃないと聞かねぇな」
その後、周辺を捜索した兵士たちによると、南の方角へ飛んで行く、黒い竜の姿を見た人がいるらしい。
でも、そこから先の行き先は、わからなかった。
◇
オーリがいなくなってから二日が経っていた。
街の宿で目を覚ました私は、部屋の中を見回す。
(オーリは、まだ戻ってこない)
いつも、私が目を覚ますと、オーリが側にいた。でも、今はいない。
私は、一人で着替えて外へ出る準備をする。私の胃袋が、大声で朝ご飯を要求している。
(オーリがいなくても、お腹はすく。全く、困ったもんだ)
着替える時、腕に薄く残った火傷の痕が目に入った。ひび割れのようにも見える。
(痛くはないけど、消えないなこれ)
私は、宿を出て領主邸に向かった。何か新しい話があるかもしれないと思ったからだ。
それに、領主プラムはジスイ?というのが趣味らしくて。料理が美味しい。ついでに、朝ご飯をもらおうと思う。
「今日も領主の所に行くのか?」
「何か進展があるといいですね」
歩いていると、ヴォルフとハジャルが話しかけてきた。
ヴォルフの腕の怪我は、傷跡一つない。
「俺のほうで、調べた情報があるが、先ずはプラムと話をしてからだな。それに、アイツらのこともある」
領主邸にはタオとメイメイ、イーランとアーランの四人が保護という名目で住み着いていた。
◇
領主邸に到着すると、門の内側から騒がしい声が聞こえてきた。
「あああああっ!やめてくれイーラン!書類で手裏剣作らないで!」
領主プラムの悲鳴だった。
「アーランは頼むから、庭に殺意高めの罠を仕掛けないで!来客が死ぬから!」
双子の笑い声と、プラムの悲痛な叫びが聞こえてくる。
「なんか、楽しそうだね」
私が門に手をかけると、上から槍が飛んできた。
「おお!すごい罠だ!」
「なんで一日で要塞みたいになってんだよ」
ヴォルフは呆れた様子でため息をつく。
槍の隙間を抜けて門をくぐる。庭の石畳には一つだけ、明らかに目立つ色の石畳が敷いてある。
「踏むなよ?絶対面倒になるからな」
ヴォルフはそう言って歩いていく。ハジャルも色の違う石畳を踏まないように歩いていく。
(何が起こるのか知りたい。でも今はそれどころじゃない。私の、お腹を黙らせるほうが先だ)
私も、色の違う石畳を踏まないように歩いた。後で確かめることにする。
◇
食堂に通された私達は、プラム達と一緒に朝食を食べることになった。計算通りだ。
今日の朝食はプラム曰く、ワショク風の料理らしい。
(オーリが前に作ってくれたやつとは別の料理だ、ワショクって種類の名前なのかな?)
お米という白いツブツブとミソシルという具の入った茶色いスープ、そして焼いた川魚とオシンコという切った野菜だった。
「オーリが作ってくれたのと違う」
「オーリさんも料理されてたんですね。どんな物があったんですか?」
プラムはハシという棒を使い器用に食べている。オーリみたいだった。
「オーリが作ってくれたのは、ウドンとかバーガーとか、後はダシマキ!」
私の言った料理の名前にプラムは反応する。
「ん?バーガー?ウドン?なんだろう。聞き覚えがあるけど、オブシディアの郷土料理なのかな?」
多分、郷土料理ではないと思う。食べたことないもん。
タオやメイメイ達も、ハシを使って食べている。
「みんなハシ上手だね。私も練習してるんだけど、まだうまく持てないや」
ヴォルフとハジャルはフォークとスプーンで食べていた。
「バーガーは知らないけど。ウドンならチンタオにもあったわね。確か麺料理だったはず」
メイメイはウドンを聞いたことがあるみたいだ。
「確かに、聞いたことがある名前だな。丘士族の双子、お前たちの島で、そんな名前の食べ物があったんじゃないか?」
タオは焼き魚を骨ごとぱくりと食べた。
「知ってるよ〜、白いやつ〜」
「あるよ〜、ツルツルのやつ〜」
うさぎ獣人の双子、イーランとアーランの生まれた島の料理らしい。
(うさぎなのに魚を食べてる。不思議だ)
◇
朝食を終え、食堂でそのまま情報交換が始まった。皆で入ると、応接室じゃ狭いから。
「調査を続けてはいますが、先日の目撃依頼目新しい情報はないです。すみません。でも、人攫い集団の方は、少し進展がありました」
プラムは申し訳なさそうに話す。
「どうやら輸送ルートに国内の貴族が絡んでいるみたいで、王妃を通してヴァルテール領へ強力を取り付けることができました」
「それと、タオさん達の処遇についてなのですが、そのぉ――」
プラムは書類を取り出して読み上げる。表情が引きつっていく。おなかのあたりを手で押さえていた。
「獣人の方、特に士族の方々が絡んでいたと国内外に知られると――外交的に、非常に大きな問題になるの恐れがあるので、できるだけ早急に、安全に、確実に、送り返すように、と――」
そこまで言い切るとプラムは、白目をむいて天を仰いだ。
「もうヤダ。領主辞めたい。おなか痛い。ナンデ問題ばかり起こるの?」
「領主ってのも大変だな。次は俺の得た情報に進んでいいか?」
ヴォルフはプラムに目を向ける。項垂れたままのプラムは手を挙げて答える。
「主に二つ、一つは人攫い集団についてだ」
その言葉にタオの表情が険しくなる。
「どんな情報だ?」
「裏に貴族、それもかなり大物らしい。タオ、アストリアと何かあったか?」
ヴォルフの言葉にタオは少し考える仕草をする。
「アストリアだと?山士族は直接取引がないからわからないな。丘士族の双子、何か聞いてるか?」
タオはイーランとアーランに問う。
「東〜?小競り合い?」
「喧嘩した?東と」
双子達の部族、丘士族は東の大国アストリアと何かあったようだった。
「具体的に何があった?」
ヴォルフの問いかけに双子は詳細を知らない様子だった。
「わかんない〜」
「聞いてない〜」
双子は両手を挙げて手を振っている。
「そちらについては俺のほうで本国に戻った際に調べてみるとしよう」
タオの提案で帰国後に調査をしてくれるらしい。
◇
「一つ目は終わったな。二つ目は黒い竜、オーリの行き先について、だ」
(オーリの手がかり)
私はツバを飲み込んで話の続きを待った。
「タオ達と無関係ってわけでもないかもな」
「どういうこと?」
私の質問に、ヴォルフは少し口の端上げて答える。
「ランガル王国の南、海の先に行った可能性がある」
「チンタオに?」
プラムは、顔を上げる。
「なんか、それ」
(何も起きなきゃいいけど)
私は思わず言葉に出そうだった。
「こういう事を言うのは、本人に悪いかもしれないが――」
タオは気まずそうに話し出す。多分、同じ事を考えてるんだと思う。
「何か問題が起きる前に、オーリを見つけ出すぞ」
どうやら、ヴォルフも同じ事を考えてたみたい。私とタオは同時に頷いた。
【第16話へ続く】




