第14話「変色する琥珀」
ヴォルフの瞳に緑色の光が仄かに宿る。
「なんだいきなり――は?」
瞳が映し出した光景にヴォルフは驚愕した。
◇
夕日に染まる街を黒い雲が覆っていた。雷鳴が轟く空からは、大粒の雨が降っている。
ヴォルフは泥のなかに倒れていた。
むせ返るような鉄と不快な焼けた肉の匂い。
起き上がろうとして、右腕がないことに気づく。まるでさっきまで何事もなかったかのように激痛が走り出す。
苦痛に表情を歪めながら立ち上がる。
瓦礫と化した屋敷、破壊された庭。
屋敷の敷地には夥しい数の死体がある。
武装した集団と兵士達。そのなかにプラムの首が転がっていた。
その表情は、驚愕のまま固まっている。
ハジャルの姿がない。
ヴォルフは周囲に目を向け、少し離れた所にハジャルの姿を見つけ、足を引きずりながら駆け寄る。
ハジャルは虚ろな目で横たわっている。起こそうとした瞬間気がつく。腹から下が無い。
焼けた腹部から臓腑がこぼれている。
近くには大柄な虎獣人――タオが倒れている。その身体は何かでズタズタに引き裂かれていた。
タオの背後には、大きな瓦礫とその下から覗く子供の手。
ヴォルフは、後ずさりしてなにかに躓く。
黒く太い鱗のついた尾のようだった。ヴォルフはその根元へ目を向ける。
瓦礫の中心に“ソレ”がいた。
大きな黒い竜が、巨大な翼を広げ空へ向け悲鳴のような咆哮を上げている。
竜の手にはオパリアを抱えていた。
目は半開きで、ぐったりして動かない。
オパリアは、息をしていない。
黒い竜は、再び咆哮を上げると、口から炎を吐く。周囲を、全てを焼き尽くすように暴れ始めた。
ヴォルフの身体も炎に包まれる。
――そこで意識が途切れた。
◇
ヴォルフの視界が戻る。
「何だよ今の――なんつーもん視せやがる」
息が荒い。汗が止まらない。
ヴォルフは荒い息のまま、空へ目を向ける。夕日に染まり始めていた空に、暗雲が近付いていた。
(――今向かってる屋敷、だよな?クソっ!なんでこうなるんだよ!)
ヴォルフは、馬を急かし走り出しながらプラムへ声をかける。
「プラム!兵士達に屋敷内には絶対に入るなと伝えろ!」
ハジャルはヴォルフに並走して馬を走らせる。
「師匠?どうしたんですか?」
ハジャルはヴォルフの表情を見て察知する。
「何か視えたんですね」
ヴォルフの表情には焦りと困惑が浮かんでいる。
「ハジャル!お前も後方で待機しろ!絶対に出てくるな!」
「師匠は!?師匠はいくんですか!?」
ヴォルフは更に馬を急かして屋敷へ向かった。
「オーリのやつ。何をやってんだ」
◇
ヴォルフが屋敷の前に到着すると、敷地内から大気を震わせる咆哮が響いていた。
空は暗雲が覆い、今にも振り出しそうだった。
遠くで雷鳴がしていた。
「もう始まってやがる」
怯え、震えた馬から降りて、破壊された門を走り抜ける。
ヴォルフの目の前には破壊され崩れた屋敷と巨大な、黒い竜がいた。
その姿は、先程視た光景のものと同じ、だが、大きさが違った。
「視たやつよりもでかいじゃねぇか。どうなってんだ?」
武装した集団が竜を囲み応戦している。集団の表情には恐怖と混乱が見えた。
その時、ヴォルフの真横に、竜の巨大な尾が振り下ろされた。
門の内側に隠れていた、魔術師風の男が黒い尾の下敷きになる。
魔術師風の男は、身体を折り曲げた姿勢で、潰れて動かなくなる。
ヴォルフは、周囲に目を向ける。
武装した集団の一人が肩から引き裂かれ、悲鳴を上げる。
踏み潰され、無残な肉塊に変わった人間。
鎧を纏った男が巨大な歯に噛み砕かれる。
屋敷のほうに、大柄な虎獣人の姿を見つけ、ヴォルフは駆け寄る。
黒い竜はヴォルフへ目もくれず、武装した集団に襲いかかっていた。
「タオ!何があった!」
虎獣人――タオはヴォルフに目を向ける。タオの後ろには、三人の獣人の子供がいた。
そして、額から血を流し、意識の無いオパリアの姿。
「俺にもわからん!あの婦人が、突然竜になって暴れ出したんだ!」
「あの婦人?オーリか!――後ろの子供たちは?」
「娘だ、うさぎ獣人と人族の子供は知らん」
ヴォルフはオパリアへ目を向ける。
「なるほどな、あいつら、ママを怒らせたんだな」
「ママ?」
タオは怪訝な顔をする。
「気にすんな」
黒い竜は武装した集団を蹂躙していた。
鋭い爪で引き裂き。
太い尾で叩き潰し。
分厚い鎧ごと噛み砕き。
口から吐いた炎で焼いていく。
「理性があるようには、見えねぇな。タオ!動けるな?今のうちに離れるぞ!」
ヴォルフとタオが子供達とオパリアを連れて離れようとすると、白い虎獣人の子供がヴォルフを止める。
「待って!まだオパリアの治癒が終わってない。今動かすのは危険よ!」
うさぎ獣人の子供達もタオを止める。
「ダメだよ」
「ダメダメ」
「治癒って。オパリアには魔法が効かねえ。手当なら外で――」
ヴォルフがオパリアを抱きかかえようとすると、オパリアの額の傷が仄かに光っているのに気づいた。
「こいつは――、気孔術か?」
「気孔術だと?メイメイなぜだ、なぜ人族に気孔術を施す」
タオの表情が険しくなる。
「オパリアには恩があるの!だから助けたい!」
メイメイはオパリアの手を取る。傷口の光が強くなる。
その瞬間、頭上から影が落ちる。
黒い竜の尾が落ちてくる。
◇
振り下ろされる竜の尾を、タオは斧槍で受け止める。だが、その重さにタオは片膝をつき苦悶の表情になる。
「見た目以上に速く、重いな」
「見境なしかよ。仕方ねぇ」
ヴォルフは舌打ちをして剣を抜く。
振り下ろされた尾の衝撃で、屋敷の壁が崩れた、大きな瓦礫が子供達の上に落ちてくる。
ヴォルフは素早く剣を振り、瓦礫を斬り払った。
「メイメイ。話は後でする、治癒が終わったら三人を連れて、ここを離れろ」
タオは斧槍を振り上げ、尾をはじき飛ばす。
「タオ!俺は背後から狙う、正面は任せたぜ」
ヴォルフの瞳に緑色の光が宿る。剣に手をかざし緑色の炎をまとわせた。
「まさか、緑炎と共闘とはな、いいだろう」
「それはこっちのセリフだぜ。蒼雷」
タオは身体に蒼白い稲妻を纏い、大きく跳躍した。
◇
「がああああああ!」
咆哮とともに、蒼白い稲妻をまとわせた斧槍から収束した雷撃を繰り出す。
放たれた雷撃は黒い鱗を焼き穿つ。だが、竜の身体に小さな傷を付けただけだった。
「なんだこの硬さは?」
黒い竜は空中のタオへ鋭い爪を振り下ろす。
タオは瓦礫を蹴り、蒼白い軌跡を残しながら鋭い爪の間をすり抜けた。
再度、雷撃を繰り出す。
「相変わらず。速ぇな」
背後に回ったヴォルフは、竜の背を一気に駆け上がり、翼を斬りつける。斬りつけられた翼は一瞬で緑色の炎に包まれた。
「視えてるよ」
ヴォルフは、着地と同時に、二歩後ろに下がる。着地した地点に、尾が振り下ろされる。
「焼けた端から再生してんのかよ」
竜の翼の炎は既に消えかかっていた。ヴォルフは思わず苦笑いする。
◇
私が目を覚ますと、メイメイとイーラン、アーランが覗き込んでいた。
「オパリア起きた!」
「起きたオパリア!」
イーランとアーランは飛び跳ねて喜んでいる。
「あれ?傷が――」
私は額に手を当てた、傷がない。身体の傷もなくなっていた。
「まだ動かないほうがいい。気孔術でオパリアの魔力を使って治癒したから。かなり消耗してるはず」
メイメイは、そう言って起き上がろうとした私を止める。
(キコウジュツ?なにそれ、魔法とは違うのかな)
「多分、大丈夫。私、人より魔力が多いから」
私は、ゆっくりと立ち上がる。特にふらつきや、消耗した感じはなかった。
「黒い竜――」
黒い竜と対峙するのは、ヴォルフとメイメイのお父さん、虎獣人タオ。
竜の身体には細かい傷がつき、そこから黒い霧が滲み出いていた。
周囲には破壊された屋敷と庭、武装した集団、けが人が何人もいた。
そして、沢山の死体。
辺りには、濃い鉄の匂いが立ち込めていた。
(オーリ、なんだよね?)
「オパリア、今のうちに離れるよ」
私は、メイメイの言葉に促され、屋敷の外へ向かう。
屋敷の門を出た私達は、プラムと兵士達に保護された。私は足を止め振り返る。
黒い竜は、狂ったように、苦しんでいるように、暴れていた。
(オーリ)
ヴォルフとタオが抑えているけど、長くは持たない、二人の疲労した様子から見て分かった。
太い尾の一撃で、タオは吹き飛び、屋敷の壁へ叩きつけられた。
「タオ!チッ――」
ヴォルフがタオに目を向けた瞬間。右腕を鋭い爪で引き裂かれた。
黒い竜の口から炎が漏れ出す。
「オーリを、止めなきゃ」
私は、引き止める兵士を振り払い、黒い竜――オーリへ向かって、走り出した。
空を覆う暗雲から、大粒の雨が降り出していた。
【第15話へ続く】




