第13話「傷付いた蛋白石」
部屋を飛び出した私たちは、廊下の先で見張りに出くわした。
「なんだお前ら――」
見張りが言い終わる前に、私は硬いパンを振りかぶった。
「せいっ!」
パンが見張りの顎を捉えた。乾いた、それでいて重い音がした。見張りの口から折れた歯が飛んでいく。
見張りは白目を剥いて崩れ落ちた。
硬いパンは、剣にも棍棒にもなった。
(振れば重い。当たれば効く)
私は両手で握って、次の見張りへ向かっていった。
「オパリア、こっちよ!」
メイメイの声に、私は振り返った。
◇
双子は、細長い硬いパンを二本ずつ持っていた。
二刀流のように振り回しながら、飛び跳ねる。
「オレが前!」
「ボクが後ろ!」
イーランとアーランは、常にどちらかが相手の背後を取っていた。
「こっちだよ~」
「はずれ〜」
壁、天井、柱。脚力を活かした立体的な動きで相手が反応できないうちに、次々と打ち据えていく。
「凄、速いし身軽だ」
私は思わず声を漏らして感心していた。
◇
メイメイは、硬いパン二つを短い紐でつないでいた。
「ほわぁ!」
紐でつながれたパンが、独特の軌道を描いて敵の剣をへし折った。
(剣を折るパン――凄いパンだ)
「やぁ!」
打撃の直後、メイメイの身体が沈み込み、相手の懐に入り込んで肘打ちを放つ。
打撃武器と体術の組み合わせ——見たことのない戦い方だった。
「メイメイ、それどこで覚えたの?」
「お父さんに、教えてもらったの」
メイメイは、少し誇らしげに紐を繋いだパンを振り回す。
◇
順調に、見張りを一人ずつ無力化していった。
部屋を一つずつ確認しながら、屋敷の奥へと進んでいく。
「ここ、倉庫みたい」
開けた部屋には、没収されたと思われる荷物が積まれていた。
「あ!」
私は、見覚えのある剣を見つけた。
「私の剣だ!」
急いで腰に差す。硬いパンよりも、ずっと手に馴染んだ。
「メイメイ、これって武器?」
私は、三本の棒を連結させた物を見つけてメイメイに渡した。
「これ、私の三節棍!ありがとう、オパリア!」
メイメイは、嬉しそうに受け取った。
イーランとアーランも、それぞれ武器を見つけていた。
ナイフのような小ぶりの刃物、星形の金属、見たこともない形の鎖や金属の爪。
「あった!オレの!」
「これだ!ボクの!」
二人は、大量の武器を服の中にしまっていく。
「え?どうやってしまったの?」
大量の武器が一つ残らず服の中に消えていく。
「フフ、秘密〜」
「ヘヘ、秘密〜」
イーランとアーランはクスクス笑っている。
◇
武装を整えて、私たちは出口を目指したが、門まであと少し、というところで——
「手間かけやがって」
前方に、複数の人影が現れた。
武装した見張りたちが、私たちを取り囲んでいる。
数えて、十人以上。
「囲まれた」
私達は、武器を構えた。
◇
その中の一人が、杖を掲げた。
魔術師風の見張りだった。
「動くな」
低い声とともに、魔法の光が広がった。
「うっ――」
メイメイの動きが、止まった。
「なにこれ、動けない――」
イーランとアーランも、同じように動きを止めていた。
「動けない」
「重い〜」
「え?三人とも、どうしたの!?」
私だけが、その光の中で自由に動けていた。
(あの魔法使いが何かしてるんだ。オーリが言った通り、私には効かないみたい)
◇
「三人とも、無事?」
私は、動けなくなった三人の前に立った。
「逃げて」
メイメイは苦しそうにしながらも私に逃げるように言った。
「やだ。三人を置いていけない」
私は、剣を構えた。
男たちが、一斉に襲いかかってきた。
一人、二人と斬り伏せる。
しかし——数が多すぎた。
(数が多い)
「くっ――」
背後から、剣が掠める。
脇腹に、熱い痛みが走った。蹴られた。
「オパリア!」
メイメイの叫び声が、遠くに聞こえた。
視界が、少しずつぼやけていく。
それでも、私は身体を起こして剣を構える。
「まだ、動ける」
私の頭上に大きな影が浮かんだ。
◇
屋敷の外壁が、轟音とともに崩れた。
「ガアアアアッ!」
咆哮とともに、大きな影が飛び込んできた。
顔に傷のある虎顔の大男。
「お父さん」
メイメイの声が、震えていた。
(メイメイのお父さん?)
タオは、私たちの前に立ちはだかる。傷だらけの身体で、仁王立ちしていた。
「もう、大丈夫だ」
大きな虎獣人の低い声が、響いた。
私は、意識が遠のいていくのを感じながら、その背中を見ていた。
◇
兵士たちの集合を待つ間。オーリは腕を組んで、領主邸の前で仁王立ちしていた。
「遅すぎる」
誰の目から見ても、明らかに苛立っていた。オーリの全身から、薄っすらと魔力が滲み出ている。
「まだか」
オーリの声は、低かった。
周囲の空気が、少しずつ張り詰めていく。
「落ち着けよ兵士がビビってる」
ヴォルフの言葉にオーリは周囲へ目を向ける。顔の青ざめた兵士達。
「そう、か」
オーリは、自身から滲み出ていた魔力に気が付く。抑え込もうとするがうまくいかないようだ。
「焦るのもわかるが、今は少し落ち着けよ」
◇
「準備完了です!」
「やっとか」
オーリは首を鳴らした。その仕草に、その場にいた全員が緊張する。
「兵士の方たちが怯えてますよ」
ハジャルは、引きつった表情でオーリに伝える。オーリは周囲に目を向けた後、深呼吸をする。
「すまない。そんなつもりはなかったんだが」
「保護者が板についてきたんじゃないか?」
ヴォルフの軽口に、オーリは答えない。領主プラムが、整列した兵士達に号令をかける。
「これより違法事業の疑いのある屋敷へ向かう。各員、一人も逃すなよ!」
兵士たちが、一斉に動き出した。
その号令を合図に——
オーリは、飛ぶように走り出した。
兵士達を置いて一人で飛び出したオーリ、その後ろ姿を眺めながら。
「やっぱりママは怒らすと怖いねぇ」
ヴォルフは、苦笑いしながら呟いた。それから、屋敷周辺に兵を展開させるよう、素早く指示を出していく。
「到着次第、屋敷周辺を等間隔で囲め!逃さないようにな!」
ヴォルフの目に緑色の光が仄かに宿る。
「いきなり何だ?――は!?」
ヴォルフの顔は驚愕の表情へ変わる。
◇
屋敷の門が、目の前に迫った。
だがオーリは、速度を緩めない。
門に、まっすぐ突っ込みながら、剣を抜き横一文字に振る。
轟音とともに、門が斬り裂かれた。
屋敷の中へ、オーリは飛び込んだ。
その目に映ったのは——
血を流して倒れているオパリア。
傷だらけで仁王立ちし、子供たちとオパリアを庇っている虎獣人タオ。
「――オパリア!」
オーリの足が、止まった。
オーリの声に反応するように、オパリアは、薄っすらと目を開けた。
「オーリ」
小さな声で、それだけ呟く。
そのまま、意識を失い、ぐったりと血溜まりの中へ崩れ落ちた。
「負傷しているが命に別状は――」
タオはオーリにオパリアの状態を話すが、オーリへ目を向けた瞬間、言葉を失った。
◇
パキン、と。
大きな音とともに、オーリの身体にヒビが入った。
輪郭が、歪み、音を立てて崩れていく。
黒い霧が、身体の表面から滲み出していく。
「な、なんだ――」
「――再来の、魔女」
その場にいた誰かが、声を上げた。誰一人その場から動けなかった。
オーリだったものの姿が、変わっていく。黒い霧が、辺りを覆うように広がっていく。
人型から——さらに大きく、歪みながら、膨らんでいく。
何かが軋む音。裂ける音。
黒い鱗が、身体を覆っていく。
鋭い爪が伸び、地面を引き裂く。
黒い霧から鋭い歯の大きな口が現れる。
太い尾が、門の残骸を押しつぶす。
巨大な翼が、背中から広がった。
◇
黒い霧が晴れる。
オーリがいた場所に立っていたのは——
大きな、黒い竜だった。
金色の瞳が、夕方の暗闇の中で仄かに光る。
その瞳に写るもの——それが何なのか。その場にいた者たちには、わからなかった。
巨大な黒い竜の咆哮が、屋敷全体を揺るがした。
【第14話へ続く】




