第12話「藍玉の子ら」
オーリはリンナを無視して話を始めた。
オパリア――自分の連れていた子供が誘拐されたと話す。
「子供を狙った人攫い。それに獣人?確かこの辺に――」
プラムは資料の山を漁り報告書の束を見つける。
「あった!うちの東の領で孤児を狙った人攫いの報告がありました!目撃情報の中に獣人の記載があったはずです」
「みせろ」
オーリは資料を受け取り目を通す。
「ヴァルテール領での一斉検挙を受けて、違法商人の一部が移動したのか」
資料には大凡の日付と場所が記されている。
「孤児院まで狙うのか」
ヴォルフは表情を顰める。
「被害の地域は広範囲だが、少しずつ西に移動しているな。地図はあるか?」
「用意しておきました。ランガル王国地図です」
プラムは取り寄せていた王国全体の地図を広げる。各領地の位置や関所、街道等が詳細に記されていた。
ヴォルフは地図の詳細さに驚いている。
「こんな詳細な地図、出していいのかよ?」
「ヴォルフ、言っておくが一般的がこれを見るのは重罪だぞ?」
オーリはヴォルフへ告げる。
「もう見ちまったよ。もっと早く言ってくれよ」
呆れるヴォルフ。観察していた王妃リンナが口を挟む。
「一般人はあなたもではなくて?オブシディアの令嬢を連れているとはいえ。それにその瞳、貴女は何者なの?」
リンナの目が細くなる。
◇
オーリはリンナへ目を向ける。
「説明は、後ですると言ったはずだが?」
「王妃を前にしても態度を変えない。まるでヴァルテールのあの子みたいね」
(ブラフだな、確信はないはずだ。こちらの反応から目的を見抜こうとしているな。まあいい、この際バレても問題はない)
オーリはため息をついたあと、王妃に答える。
「相変わらず食えない女だな。今の俺はオーリだ、ヴァルテール家とは関係ない」
オーリの不敬ともとれる発言にヴォルフとプラムの表情が固まる。
リンナの表情が引きつる。完全に予想外だったらしい。
(余計なことを言ってしまったか?いずれ王妃には正体を明かす必要があったから、大した問題はないか)
「どういうことなのかしら?身体から抜け出している、というわけではないようね」
「俺自身、よくわかっていない。一つ聞きたい。今のヴァルテール家では何が起きている?」
リンナは表情を整えて、簡潔にヴァルテール領の現状を話す。
「報告では少し前、後見人争いに決着がついたそうよ」
オーリは
「そうか。バルトゥスを告発した後か、ヴィクトルにはまだ行き着いていないんだな。獣人のことと言い、やはり東絡みと見て間違いないな」
オーリの口から出たヴィクトルという名前にリンナは首をかしげる。
「ヴィクトル?なぜその名前が?」
「知らないのか?ならいい。自分で調べろ。背後に東との繋がりが少なからず出てくるはずだ」
地図に駒を印として置きながらオーリはリンナとの話を切り上げる。
リンナはオーリを見たあとに何かを考え始める。
◇
「資料にあった被害の確認された地域はこれで全部だな」
印を置いた地図全体を眺めるオーリ。
「確かに西に移動しているな」
ヴォルフは感心した様子で地図の印を眺めている。
プラムはふと、あることに気付く。
「攫った子供達は何処に?この移動経路、輸送ルートが見えませんね」
「さあな。知られていないルートがあるのか。それとも輸送の必要がないのか」
(何処か一箇所で、ある程度集めてから輸送する計画だろうな)
オーリの声に、部屋の温度が下がったように感じるヴォルフとプラム。
「輸送の必要が無いって、まさか――ドン引きなんですけど」
プラムは最悪を想像して、顔を青くしながらぽつりと呟く。
「どん――何だって?」
ヴォルフは聞き慣れない言葉に思わず聞き返す。
「この街周辺の詳細な地図はあるか?それと兵の準備をしろ。今すぐに、だ。今日中に片付けるぞ」
オーリはプラムに尋ねる。
「あ、はい。今持ってきます!」
プラムは応接室から飛び出していった。
(プラムのあの言葉遣い、振る舞い。正体を隠す気がないのか?それとも自分で気付いていないのか?)
「どちらにせよ。敵にはなり得ないな」
オーリの呟きを聴きながら呆れた様子でヴォルフは尋ねる。
「ヴァルテールでもこんな感じだったのか?」
ヴォルフの言葉にオーリは少しだけ目を逸らしながら答える。
「アドリアンに、似たような事を指示した覚えがあるな」
「これが噂の白薔薇様の正体か。なんというか、鬼だな」
「俺は鬼ではない。急ぐ必要があるから急ぐ。それだけだ」
ヴォルフの言葉にオーリは即答して否定する。
沈黙していたリンナは口を開きオーリへ尋ねる。
「こちらでも兵を用意するわ。でもその前に一つだけ聞かせて」
リンナの目は真剣なものだった。
「あなたの今の目的は何?今のあなたはヴァルテールでの目的が終わったあと、ということでいいのよね?」
◇
オーリはリンナの目を正面から見据える。
「それは二つでは?まあいい。今の俺はヴァルテールでの目的が終わったあとだ、その認識で間違いはない」
オーリは少し考える仕草をして話を続ける。
「今の目的は、強いて言うなら、あの子が自分で人生を歩けるまで側にいること、か」
リンナはオーリに質問を続ける。
「今のあなたは借り物の身体ではなく、あの子の身内でも知り合いでもない。なのになぜ?」
オーリは顔を背けながら呟くように答えた。
「目の前にいた弱った子供を、無視して素通りできるほど、俺は無情ではない」
リンナの表情が少しだけ綻ぶ。
「相変わらず、そういうところはわかりやすいわね。いいわ、姪の事は頼んだわよオーリ。今動かせる兵を集めてくるわ」
リンナは応接室から出ようとする。その後ろ姿へオーリは声をかける。
「やはりオブシディア家出身だったのか。オブシディア家について、後で聞かせてもらう」
「姪に、オパリアにも、伝えないといけないことがあるから、その時でいいかしら?」
そう言ってリンナは応接室を後にした。
「息が詰まって死ぬかと思ったぜ」
ヴォルフはソファに倒れ込むように座り、大きく深呼吸をしていた。
暫くして廊下を走る足音が近付いてくる。
「お待たせしました!こちらご注文の品になります!」
プラムはそう言って。まるで料理を運ぶようにテーブルに地図を置いた。
(やはり、自分で言動の不自然さに気付いていないんだな)
地図を眺めていたオーリはある場所に気付く。街外れにある名前の書かれていない建物。
「プラム、この建物は誰の所有だ?」
「その建物、元々うちの所有だったんですけど売ったんです。借金の返済の為に」
「今の所有者はわかるか?」
「街の不動産商人に聞けばわかるはずです。聞いてくるので少し時間をください」
プラムは立ち上がり応接室を後にした。プラムが応接室から出た後、オーリは思案していた。
(プラムは、有能と言うには未熟だが、無能ではないな。領主として街の商人の居場所等はしっかりと把握している、視察にも意欲的。今のうちに恩を売っておくか)
「今のうちに恩を売っておこうとか考えてるだろ」
ヴォルフはオーリの表情を見て怪訝な表情をしている。
「そうだな。それも検討している」
オーリは隠さずに肯定する。
プラムが戻ってきたのは太陽が傾き始めた頃だった。
◇
私が目を覚ますと、そこは何処かの屋敷の一室だった。
窓には太い鉄格子。
「あれ?ここどこ?」
窓から夕日が差し込んでいる
「オーリはどこ?」
窓の外を覗き込む。
武装した男女数人が庭を見回りしている。
(知らない場所だ。私、誘拐された?)
ドアを調べる。鍵がかかっていて開かない。鍵穴を覗き込むが、暗くてよく見えなかった。
(よく見えないや。でも足音とかは聞こえない)
オパリアは剣でこじ開けられないか試そうとするが、剣が無いことに気が付く。
「フン!」
拳を思い切りドアへぶつける。
木製のドアが拳の形に少し凹む。
「いけそう!でも痛い。ケガしそう」
部屋の中を見回すが、武器にできそうなものは何もない。
部屋の隅には三人の獣人の子供。
「きみも捕まった子、だよね?」
獣人の女の子がオパリアに話しかけてくる。
私より少し背の高い、白い虎獣人の女の子。オパリアは少し考えてから答えた。
「たぶん?そうだと思う」
白い虎獣人の女の子は、自身の胸に手を当て名乗った。
「私、メイメイ。山士族タオの娘メイメイ」
オパリアは首をかしげる。
「やましぞく?」
「私のいた国では一族の呼び名が家名みたいになるの。山生まれの兵士の街だったから山士族、この国で言う領地とか家の名前みたいなものね」
メイメイは後ろの二人、双子のうさぎ獣人を私に紹介する。
「この子達はイーランとアーラン。丘士族の双子なの」
「オレ、イーラン!」
「ボク、アーラン!」
双子は両手を挙げて名前を名乗った。
丘士族の挨拶の仕草らしい。
「そうなんだ。私はオパリア。オパリア・カルダ・オブシディア」
メイメイは目を丸くして驚いている。
「オパリアオパリアカルダオブシディア、ずいぶん長い名前ね」
「違うよ、私の名前はオパリア。カルダは住んでた土地の名前、オブシディアが家族の呼び名。メイメイと同じよ」
オパリアの言葉にメイメイはフフと笑い出した。つられてオパリアも笑いだす。
「メイメイも、みんなも攫われてきたの?」
オパリアとメイメイは隣り合って座りお互いのことを話し始めた。
「うん。でも大丈夫。もうすぐお父さんが助けに来てくれるから。私のお父さん、すごく強いんだよ。沢山ある士族のなかでも一番強いくらいに」
「お父さんか、ちょっといいな。私パパもママももう何年も前に死んじゃっていないから」
オパリアの話にメイメイは少し気まずそうな表情をした。
「メイメイねぇちゃん地雷踏んだー」
「地雷踏んだねー」
双子のうさぎ獣人の子供がメイメイをからかうようにクスクス笑っている。
「あ、大丈夫だよ。今はオーリがいるもん。今頃オーリが探してると――」
オパリアの言葉は途中で途切れた。
「オーリ私が攫われたって知らないから。勝手にいなくなったと思って。怒ってるかも」
オーリの怒った顔が浮かび、私は別の意味で怖くなった。
「オーリってどんな人なの?」
「オーリは、ケガした私を助けてくれて。身体の動かし方、身を守る方法、文字の読み書きを教えてくれて」
「パパより強くて、怒るとママより怖くて、みんなから魔女って呼ばれてる、でもご飯は美味い。この前作ってくれた角煮って料理はすごく美味しかった」
「角煮?お肉を柔らかくしたやつのこと?オーリって人は獣人なの?」
メイメイは角煮と聞いて目が輝く。
「獣人じゃないと思う。でも色んな料理を作ってくれる」
「角煮!いいな!」
「お肉!食べたい!」
メイメイと双子は角煮が何か知っているようだ。
「角煮って私の生まれた国、ここから南のチンタオで、お祝いの席で出る料理の一つなの。作るのにすごく手間がかかるのよ」
「そうだったんだ。知らなかった」
(オーリが前にいた国ってチンタオなのかな?)
それから私はオーリと旅した街のことやメイメイの国のこと、お父さんの事をお互いに話をした。
◇
「――オーリのこと、よく知らないことが多いけど、ずっと側にいてくれてるの」
オパリアの話をメイメイは静かに聞いていた。
その時、ドアの外から、誰かの足音が近づいてくる。
「今日は柔らかいのかな?」
「今日も硬いやつかな?」
双子はソワソワしている。
「多分、見張りの兵隊よ。朝と夕方に食べ物を持ってくるの」
メイメイは小声で私に教えてくれた。
ドアが開きすき間から袋が放り込まれ、すぐにドアが閉まる。
足音が離れていく。
うさぎ獣人の双子イーランとアーランが袋に群がる。
「硬いパンだ!」
「カチカチだ!」
二人はパンを手に持って部屋の中を高速で飛び跳ねる。武器のように打ち合っている。
だが、明らかに音がおかしい。
金属のような澄んだ音が響く。
打ち合うたびに火花のようなパン屑が飛び散る。
(私の知ってるパンの音じゃない)
「こら!食べ物で遊ばないの!」
「硬いパンは食べ物じゃないよー」
「硬いパンは武器だよー」
メイメイは袋から水筒を取り出し、なかの水を双子に渡す。
「いつも言ってるでしょ?ふやかしてから食べるものだって」
(金属みたいな音の硬いパン――)
私の頭に雷が落ちた。
「メイメイ待って!それ使えるかも」
◇
私は硬いパンを手に少し困惑していた。
「本当に開いちゃったよ」
目の前には壊れたドア。
正直、もしかしたらという思いつきだった。
私は硬いパンで思い切り殴ったのだ。
パンの異常な程の硬さに、木製のドアは完全に敗北。無残に破壊されたのだった。
手にしたパンには傷一つ、ヒビ一つない。
(硬いパン、恐るべし)
「でも、どうしよう?」
私は振り返りながらメイメイを見た。メイメイは、感心した様子で硬いパンを振り回している。
「オパリア、結構やるじゃない。武器にするなんて発想はなかったわね」
メイメイの目つきが変わった。猛獣の目に変わる。
「ドアさえ開けばこっちのものよ!イーラン!アーラン!何処かに武器のある部屋があるはず、探すわよ!」
「硬いパンは最強ー!」
「ガンガン、壊せー!」
双子は、硬いパンを掲げて返事をした。
「お、おぉー!」
私もパンを掲げ、声を上げた。少しだけ恥ずかしかった。
私達四人は、それぞれ硬いパンを手に持って部屋から飛び出した。
【第13話へ続く】




