第7話 前を向き始めて
「ずっと悩んでいることがあるんだ……」
僕は少し俯きながら、ポツリ、ポツリと言葉を零す。その声は少し震えていた。
「魔法を一切使えなくてさ、自分を強化して戦うことも出来ない。みんなが与えられた力を使いこなす中で、一人置いていかれている気持ちになる時がある」
言葉にしながら情けない気持ちが湧くる。それでも、なんでかな。先程の真っ直ぐに見つめてくれた彼女の目線を思い出す。真剣に向き合ってくれた彼女からも逃げ出すのは嫌で、僕は彼女の目を見て話した。
「訓練場でのみんなはどこか楽し気で、毎日成長していた。そんな中で僕だけ一人何もできずにいる」
「一人って……みんなは助けてくれなかったの?」
少し怒ったようにスッと視線を鋭くする彼女に首を振る。
「僕が頼れなかったんだよ。だってさ、この世界には既に魔王という驚異がいて、足を引っ張りたくなかった。それで、誰かが傷つく方が嫌だから」
そんな風に言葉にしているけれど、根底にあるのはきっと、責められたくないという自分勝手な想いだ。お前のせいで○○が傷ついた、最悪お前のせいで○○が死んだ。そう責められる未来を見てしまった。
今まで逃げずに訓練しているのだってそうだ。一人だけ王城に引きこもっていた僕をクラスメイトとして認めてもらえないと思ったから参加しているだけだ。目の前にいる西宮さんのように困っている人を助けたいなんて崇高な気持ちからでは決してない。
彼女は少し強張っていた肩の力を抜き、僕を優し気な目で見つめる。
「そっか、白石君は優しいんだね」
「そんなことないよ。現に僕は今、相良や佐野に嫉妬している。どうしてあんなに上手くこなせるんだろうってね。当然、前の世界で努力してきたから当たり前だって分かってるんだけどさ」
そんな風に頭では分かっている。前の世界で必死に努力を積み重ねてきた事実を実際に僕は教室の窓から見ているのだ。それでも、差が開いていくのは悔しい。今は誰よりも時間をかけている自信があるから。
「ふふっ……そんなに自分を攻めなくてもいいと思うよ、現に今の君は努力してるんだから」
穏やかな声で、優し気な瞳で見つめる彼女の表情が僕の心を溶かす。
「それで魔法が使えないって言ったよね。詠唱とかは」
「試したよ、体内にある魔力を感知することも、様々な状態で意識することも」
なんて彼女にこれまでやって来たことを説明する。その事に彼女は感心しつつ、考え込むように地面に視線を落とし込んだ。
「ねぇ……一回、見せてもらってもいい?」
僕は頷き、最初に教わった身体強化の魔法を試してみる。けれど、やっぱりうまくいかなかった。ジッと僕を見つめていた彼女も原因は分からなかったようだ。
「ごめんね、私もどこか感覚的な部分でやってるから、うまく説明ができなくて」
力になれないことを悔しそうに西宮さんが俯く。それに僕は首を振って答える。
「ううん。こうやって話すだけで、だいぶ気持ちが楽なった。すごく助かってる。ありがとう」
それは、本心だった。一人鬱々とした毎日を過ごす中で、気持ちが塞ぎ込んでいた。それが今は彼女の顔を見つめられるくらいには、周りを見ることが出来ている。
思えばここ数日は誰かの視線が怖くて視界を上げることすら出来ずにいた。
「それでもまだ気分はすぐれないよね」
なんて寄り添ってくれる。眉を寄せながら、自分事のように苦い表情をする。その優しさに、少しずるいと思った。こんなの、好きにならないわけがない。なんて勝手な気持ちを抱いてしまう。
彼女はそれからも、真剣に考え、どうすれば僕を救えるのか、それだけを必死に考えてくれていた。やがて、何かを確認するように尋ねてくる。
「魔法は発動しない。でも、体の中の魔力は感じられるんだよね?」
「うん。なんとなくだけど、温かいものが流れてる感覚はある。それだよね?」
僕の中でずっと確信を持てずにいたものを尋ねる。
「うん。それが魔力だと思うよ」
彼女自身も魔力を感じ取っているのだろう。一度目を瞑り体内に意識を向けているようだった。確信したように頷く姿に、自分でもやっと確信が持てる。
そっか、この疑問を解決できただけでも前に進めたと少し満足する。それでもやっぱり、魔法を使いたいと思う気持ちはあった。唯一彼女に並ぶことができる魔力量を伸ばしたかったから。
「今度は何を気にしてるの?」
僕の顔を覗き込むような彼女に、苦笑いを浮かべつつ答える。
「いや、唯一高い魔力量のステータスを伸ばせたら、少しは自身を付けられるのかな?なんて希望を持ってたんだ。叶わないけどね……」
少しだけ心の支えになっていた魔力量を伸ばせたら自身が付けられるのかなとふと考えてしまった。どうしようもないんだけ。そんなことを考えていると、西宮さんがふと思い出したように言った。
「ねえ、スキルはどう?」
ふと、そんなことを西宮さんが口にする。
「スキル?」
「最初に使ったとき、魔力が減ってたんだよね?」
その一言に、はっと驚く。そうだ。魔法のことばかり考えていて忘れていたけど、あの時確かに僕の魔力は減っていた。
「もしかすると、白石くんが魔力を感じられるようになったのって、一度スキルで魔力を使ったからじゃないかな?」
その言葉が、胸に落ちた。まるで霧が晴れれたように、目の前が少しだけ明るくなった気がした。それに、物質を変えられるってことは……
そんなふうに思い立ち、僕はふと膝まずく。今はクラスメイトから、教官からも必要とされていない。それでも、もしこれが成功するのなら、せめて教官からは必要とされる。
そんな可能性に、掛けてどこか祈るように跪いて訓練場にある砂を少しだけ摑む。両の手で祈るように天に両手を掲げながら『成功してくれ』と心の中で呟き、僕はスキルを発動した。
手の中の砂が、ゆっくりと姿を変えていく。サラサラした触感の中にどこか固い物質が混ざる。手のひらを開いて、僕はその物質を見つめ——
「やった、成功した!」
喜びのあまり、僕は手に取っていた砂と”鉄”を落とし、僕は思わず西宮さんの手を取って、ぶんぶんと何度も上下に振ってしまう。
「ありがとう!本当にありがとう!」
と感謝を伝えてしまう。西宮さんの事を考えず。どの行動にどこか驚いたことなんて目に入らずにいた。やがて我に返った際にみた西宮さんの顔は、どこか嬉しそうで、温かな目で僕を見つめている。
その視線にドキリとしつつ、意識できる彼女の柔らかい手に視線がいき、慌てて手を離す。
「あっ……ご、ごめん!」
彼女は僕の様子が可笑しかったのか、くすくすっと笑った。
「嬉しいとつい手を握っちゃうよね」
なんて包み込むような笑顔で言ってくれた。その表情に救われる。
「それで、何を作れたの?」
「鉄だよ。戦争だったら、鉄とか武器の素材になるものが不足してるんじゃないかって思ってさ。今は何の役にも立てないから、こういう小さなことから力になりたいなって」
「白石くんらしいね」
なんて、目尻を下げて優しく見つめるその表情につい、見惚れてしまう。夜空に輝く星の数々が彼女を照らすように降り注いでいるように見えた。月明かりが逆光となり彼女の髪をキラキラと照らす。細く繊細なシルエットが鮮明浮かび上がり、神様が降臨したのかと思う程に綺麗だった。
胸が大きく高鳴り分かってしまう。
(……あぁ、そうか。僕は本気で彼女に恋をしてしまったんだ)
口元に浮かぶ小さな笑みに、肩を揺らしながら笑う仕草に、そのすべてが可愛らしくて、ただ愛おしいって思う。そんな彼女の支えに少しでもなりたいと思う。たとそれが、誰かへの恋心でも応援しようと。今は素直に思えた。
もちろん、彼女の隣に立ちたい。それでも、今は支えたいって気持ちの方が強かった。
(やっぱり、白石くんは、前を向ける人なんだね)
そうつぶやいた声は、僕の耳には届かなかった。それでも、そこには前を向き始めている一人の存在がいた。せめて、この後の戦場で彼女の盾になれるくらいには強くなりたいと強く想う一人の少年がいた。




