第6話 落ち込んだ先で
次の日からは惰性的な毎日が続いた。自分を追い込んでいる風に見せるために、限界まで走る。地面に膝を突くくらいには自分を追い込んだ。隙間時間に魔法について聞くけれど、結局は何もできずじまいだ。
もう、ここにきて、7日目だった。その間にみんなが武器などの専門の訓練に入る中で僕は剣の素振りだけしかやらせてもらえない。他の人と模擬戦をすれば確実に僕が邪魔になるからだった。もちろん、教官と少しだけ剣を交わらせてもらったけれど、差は圧倒的だった。
自分でも気分が沈んでいるけれど、表面上は何とか取り繕うことにした。変に笑みを浮かべて、顔を上げる。それでも時々溜め息をついてしまう。
また、一人っきりとの時間が貰える。それがこの訓練場で一人残る時間だった。部屋に戻っても聞こえてくるのはクラスメイトの楽し気な会話で、それを聞いてるだけで気分が参ってくる。だからこの一人の時間はありがたかった。
せめてと、身体に存在するだろう魔力を意識する。全体を覆うように意識して、やっぱり駄目だった。何も上手くいかない毎日が辛かった。ずっとあの部屋に引きこもっていたかった。けれどその先にあるのは攻め続けるあの視線を受ける日々だろう。
仮にクラスメイトの誰かが死んだとして、僕は一緒に連れ帰って貰えるのだろうか?いや、帰ったとしてもきっとクラスでの居場所がなくなる。突き刺すようなあの視線を2年間ずっと続けられるなら、転校した方が……。
そんな逃げている自分だけがただただ、そこにいた。
(こんなことなら異世界になんて、来たくなかった)
また一人倒れ込むように、一人残った訓練場で走る。そうして疲れて、一人地面に仰向けになり思わず、右腕で顔を覆う。涙を隠すように……。
どうして神様は僕だけこんな目に遭わせるのだろうか。警戒されるようなスキルに、愚者という何をするのかもわからない職業。身体能力は低く、唯一高い魔力は使うことすら出来ない。
いったい、何をしたというのだ……。
どこか恨むように天を見上げて目を閉じる。肩を揺らして涙を啜りながら、少しずつ自分を落ち着ける。息を徐々に整えて、右腕で目元を拭った。息をふぅ~っと吐き、また気分が落ち込む。
ほんとは、分かっている。どうしてこうなったのかなんて。何にもしてこなかったからこんな風になっているんだと。それくらいは流石に分かる。
この世界に来て、すぐに順応するような奴は、これまで部活とかで身体を動かしてきた奴らだ。身体能力を強化してすぐに適応するのは運動部のやつら。少し遅れるのは帰宅部とか文化部に入っていた人達だ。
そんな中で、人付き合いも何の努力もしてこなかった僕だけが周回遅れになっている。勉強と違って、魔法は使い方が分からない。どうやって努力をすれば追いつけかすら想像ついていなかった。
認めたくなくて、一人佐野を恨んでいた。その事実が、情けなくて一人また涙する。現状を認めたくなくて、そんな自分の姿を隠すように、僕はまた顔を右腕で覆ってすすり泣いていた。そんな時だった
「……大丈夫?」
なんて唐突にかけられた声に思わず肩が震える。そんな筈はないと彼女の幻聴に自分で呆れた。好きな人の声に縋るなんて僕もそこまで追い詰められていたんだな。
「もしかして、疲れすぎて寝ちゃってる?じゃあ、いたずらしちゃおうかな」
続けて聞こえる声は、聞き覚えのない、いたずらっぽい声で、僕は思わず腕を少しどかす。隙間から見える視線の先にはくすっと笑う西宮さんの笑った姿があった。
彼女は僕を覗き込むようにして少し腰を曲げている。少しラフな部屋着の姿に、かがんでいるせいか少し胸元がぷかっと空いた服の間に、視線がいき思わず飛びのくように背中を擦りながら僕は起き上がる。
(……痛い)
背中と少し擦った頭のジンジンとする痛みを感じながら起き上がる。
「驚いた?」
「……う、うん。おどろいた」
思わずたどたどしくなりながら答えつつ、僕は緊張しつつ、喉をごくりと鳴らしながら尋ねる。
「……どうして、こんなところに?」
普通だったら来る機会が無い筈だ。魔法使う人と戦士では訓練場が分かれている。たとえ忘れ物をしたとしても、ここには来る理由はない。だからこその疑問に彼女は優しく笑って続ける。
「一人で悩んでそうだったからかな。少し放っておけなかったんだ」
驚いたように目を見開いてしまう。だって僕の事なんてクラスの誰も見ていないと思っていた。西宮さんだってそうだ、普段は遠くで友人と話しているはずで、訓練の様子だって知らない。
「気付いたのは本当に最近。目に見えて落ち込んでいるように見えた。口にする食事の量だって減っていくし、日を追うごとに考え事が増えてる。酷い時なんて、ずっと一点を見つめていたよ」
目尻を下げながら、少し悲し気に。でも暗くしないように、少しだけ笑みを浮かべながら告げてくれる。
信じられなかった。だって、彼女には弱った姿を見せたくなくて、席に着く瞬間とかは気を付けていたから、隠せていると思っていた。それなのに、西宮さんは気付いてくれた。
「ほら、話してみて、一人で抱え込むのって、つらいでしょ?」
なんて穏やかな声で告げてくれる。何を話そうなんて口に出そうとして、何を話せばいいのか分からなかった。同時に、嫌われたくないって気持ちももちろんある。それ以上に、自分でも整理できていないんだ。なにより、彼女に自分の醜い気持ちをぶつけたくなかった。
そんな僕を見て、西宮さんは静かに笑った。
「私ね、正直、この世界が怖いなって思ってるよ」
どことなく真剣な表情で、少し声のトーンを落とした彼女は続ける。真剣な表情でその声は、少しだけ震えていた。
「もしかしたら、命のやり取りをするのかもしれない。それは、クラスメイトも自分も傷ついて、最悪、誰かが死ぬ可能性だってある。これは戦争だから」
その言葉には重みがあった。決して僕から視線を逸らさない彼女は、その気持ちと本気で向き合っていた。
「ならどうして、西宮さんは前を向けるの?」
彼女は表情を緩めながら告げる。
「何もできない自分が嫌だからかな。救えた可能性があるのに、自分が力になれる可能性があったのに。何もしないまま後悔する方が、私は怖い。なにより、私を救ってくれた彼のように、強くありたいから」
その姿はどこか遠くを見つめるようだった。昔にもらったものを思い出すように、彼女は優しく笑う。
「もしかして、西宮さんの好きな人?」
「 えっ……ううん。どうなんだろう」
彼女は僕の質問にも真っ直ぐ考えてくれる。やがて、自分なりに整理がついたのか、言葉を紡ぐ。
「幼稚園時代の人だから、恋と言うより憧れの方が強かったかもしれないし。もしかして初恋だったかもしれない」
僕だったら躊躇ってしまうような自分の気持ちを彼女は真っすぐに伝えてくれる。その告白に、胸が締め付けられる。羨ましいなと。でもさそれ以上に僕も偽りなく自分の気持ちを伝えたいと思った。
彼女だけは僕の事を真っ直ぐに見つめて向き合ってくれたから、僕もまた自分の気持ちを吐き出すことにした。
「ずっと悩んでいることがあるんだ……」




