第17話 初めての訓練参加
昨日まで普通に話しかけてくれた西宮さんの様子がどこかよそよそしかった。ふと見ると目が合う時がある。なのに、昨日までは微笑んでくれていた彼女が、ふいっと視線をそらしてしまう。
(……何かしたっけ、僕)
必死に思い返す。けれど昨日は朝話した以外で彼女と会ったのは夕食くらいだ。それ以外で見かけたこともないし、去り際の彼女は特段起こっていなかった筈だ。もしかして、誘いを断ったのはやっぱり失礼だったのかな。
なんて、頭を抱えてしまう。だから僕は、頼りになるガレスさんに相談したというのに。
「あっはっは、そんなこと気にしてるのか」
なんて爆笑するのだ。この人は……なんてジトっとした目で彼の方を見つめるというのに、特段気にするようなこともなく未だに笑い続けている。
「そんなに人の不幸話が面白いですか?」
思わず口に出た言葉にガレスさんは首を振る。
「そうじゃないさ、ただ……」
「ただ?」
もしかして原因が分かるのかと前のめりになりながら、期待を胸に彼を見つめる。そんな僕に対して、ニヤッと彼は笑みを深めつつ口を開きかけて、首を振る。
「この先は、俺からは言えん。ただ、マイナスではないとだけ伝えておくよ」
「信じてもいいですよね?」
「疑り深いな。これでも俺だって、誰かと交際したことがある。少なくともお前さんよりはわかるさ」
「信じますからね」
と告げると彼はどこか得意げに頷く。ホントに信じていいのだろうか?なんて疑う気持ちを抱いていると、ガレスさんは本質的な事を問いかけてくる。
「逆にお前さんは、彼女から嫌われているくらいで、護りたいって気持ちが揺らぐのか?」
「……っ!?」
僕は驚きつつも、スッと視線を鋭くする。
「いえ、助けてくれた事実が変わるわけじゃない。だから、強くなって気持ちに変わりはないです」
「そうだ、今はそれだけに集中しろ。他の事を考える余裕があるならいいけどな」
そうだ。彼女に救われた事実が消えるわけじゃない。それに僕が何かをやらかしている可能性の方が高いのだ、今は強くなる事だけ考えればいい。そう思い直し、僕は訓練に参加するのだった。
***
その日から僕は、みんなと一緒に訓練へ参加することになった。
これまでは技術不足を理由に見学ばかりだったが、ガレスさんから「もう問題ない」と認められ、ついに模擬戦へ加わることになる。
相手は全員、強力な戦闘用スキル持ち。この世界でも上位層しか授からないBランクスキルを当たり前のように扱う者たち。簡単に勝てる相手ではない。それでも、挑まない理由にはならない!
いつもと違い、ガレスさん以外の教官が集まっている場所の前に立ち。武器を装備する。その姿に、驚きつつもどこか嫌そうに僕の方を見つめるクラスメイトがいる。
「そいつも参加するんですか? 加わっても足を引っ張るだけだと思いますけど」
なんて鼻で笑う。どこか侮ったような視線を僕に向ける中で、ガレスさんが、いたずらっぽく口元を緩めた。
「なら、そいつに負けたら恥ずかしいな」
挑発するようなその言葉に、生徒は眉を吊り上げる。
「……怪我しても知りませんよ」
とガレスさんを睨みつけながら答えるその姿に、思わず僕も相手を睨み返してしまった。ギリッと奥歯を噛み締める。
(調子に乗るなよ)
口は動いていない。それでも、彼が言っているのが伝わってきた。
「じゃあ最初は、その二人でやってみろ」
向かい合う相手は、このクラスではあまり実力が高くない方である。部活も帰宅部であったはずだ。それでも体格はあり、職業は斧戦士と一撃の威力が高い体格にあった職についている。
僕が一撃をくらったら確実に負けるだろうな。それでも、ガレスさんから教わった通りなら、勝機はある。
周囲では、細身の若い騎士の教官が腕を組みながら見守っていた。そんな中、クラスメイトが見守る中で、僕と体格のいい彼との勝負が始まる。
(斧戦士の動きは直線的なものが多い、ならそれを利用しろ)
そんなガレスさんの言葉を思い出していると、試合開始の合図が教官から発せられる。その声に対して僕はあえて身体能力強化を使わず、相手へ駆け出した。
その遅さを見て、相手の口元がゆるむ。この程度で俺たちと訓練しようとしているのかよ、なんて嘲笑しているのが分かる。
(……っ、油断したな!)
瞬間ガレスさんの言葉が頭をよぎる。スキルは強力だ。だが最初は皆、スキルに体を動かされる。だからこそ、型を読めば勝機はある。相手が大きく斧を振りかぶる。
その瞬間、僕は身体能力を強化する。一気に加速し、予想を超えた速度に、相手の目が見開かれた。斧が振り下ろされる軌道を外れるように横へ踏み込み、巻き上がる土砂は盾で受け流す。
そして、そのまま相手の背後へ。首筋へ剣を突きつけた。
「勝負あり!!」
教官の声に相手は呆然と僕を見つめていた。当然のように周囲ですらどこか驚いたように僕を見つめる中で、相良だけがどこか楽し気に微笑んでいた。素直に歓迎するように。
ガレスさんを除く教官ですら驚き、どこか周囲が静まり返っている中。ただ一人。ガレスさんだけが満足そうに肩を組んでくる。
「よくやったな」
なんて自分事のように嬉しそうにガシガシと頭を掻いてくる。その姿を見てようやく自分が敗北したと分かった彼が、睨み付けてくる。その姿を咎めたのは他でもない、ガレスさんだった。
キッと睨み付けられた彼は、スッと視線を逸らした。その対応でようやく僕も彼に勝ったのだと実感が湧いた。次の試合が開始されて、本来なら目の前の彼らから盗めるものをと集中しないといけないのに。僕はどこか浮足立ってしまう。
ぐっと右こぶしを自身の身体に密着させるように、誰にも見えないように握った。
(——よしっ)
なんて嬉しい気持ちが自分を満たしつつ、本当に、ここまで成長できたんだな。なんて初めて自分の努力が形になった気がして、感慨深く思うのだった。
***
その後も模擬戦は続いた。もちろん、ほとんどの相手には勝てない。それでも、僕は三人だけ勝利をもぎ取ることができた。
この騎士の訓練に参加しているのは合計十六人。相良まではあと十三人という形になる。もちろん遠距離を得意とする狩人のような人とは戦っていないので、正確には十四名だろう。
もっとも弓聖という化け物じみた職業を持つ彼には、勝てるイメージがわかなかった。近距離でも弓自体を武器にして、相手を弾き、速射するのだ。
(ほんと、反則的だな……)
なんて想いながら、先ほど俺が戦った斧戦士を翻弄する彼がいた。その姿を見て拳をぎゅっと握ってしまう。まだまだ、先は遠いなと……。
「どうやら勝ったことによる慢心はないようだな」
「ありませんよ。あれを見せられたら」
目の前で繰り広げられる、剣聖と勇者の攻防。魔法を併用して手数を増やす勇者に対して、その魔法すらも切り裂いて接近する剣聖。他の人のように力まかせではない、常に次の攻撃へと繋げるように、重心を、攻撃する場所を考えている。
まだ、教官達のように綺麗だと見惚れるほどではない。それでも力強さを感じる。
(あれに勝たないといけないんだよな……)
どこか気後れする自分がいるのを感じつつ、それでも今できることを積み重ねるために、訓練に参加するのだった。




