第12話 初めての戦闘
僕は一人ゴブリンに向かって距離を詰める。相手に呑まれたらきっと、僕たちはなすすべもなく殺される。そんな想像が容易くできたから。魔力で自分を強化して接近する。まだ、しっかりと制御は出来ていなくて、急に距離が縮まった。
それにクラスメイトからの驚きの視線を受ける。ゴブリンも同様に驚き、声を上げる。
「グギャッ!」
慌ててこん棒を構える。だが、体勢はまだ戦闘のそれではない。重心が下がっておらず棒立ちに近い。だから、僕は迷わず盾を前に突き出し、そのまま全身で体当たりした。
「グギャァッ!?」
まさか盾ごと突っ込んでくるとは思っていなかったのだろう。ゴブリンは体勢を崩し、そのまま水面へとダイブする。衝撃が吸収されてしまったことを悔しみつつ、次へと意識を切り替える。
「三人で囲もう!」
気づけば、僕は叫んでいた。一人で勝てる相手じゃないと分かっているから。先程の状況僕自身も動揺していて、何より怖くて剣が使えなかった。魔物を前にして、空振りしたら……そう思ってしまったのだ。
なにより、この震えている右手では碌なダメージが与えられそうにないと分かる。だからこそ、みんなを呼んだ。少しでも相手の意識を逸らせるようにと。
左近寺たちが応援にくるなか、ゴブリンはすぐに起き上がった。僕たちを警戒して見つめるものの、さっきの一撃が効いているのか、動きはわずかに鈍い。
僕たちはそんなゴブリンを囲む。僕を中心に据えて、右に平山、左に左近寺といったところだ。浅瀬ではあるもののやはり水に入ると自分の動きが鈍くなるのが分かる。逆に敵は足場を特に意識することがない。それはきっと慣れているからだった。
そんな相手に僕たちは少しずつ距離を詰めていく。実際にどう戦うのか誰も知らないからこそ、それ以外に思い浮かんでいない。
(……なら)
僕は剣を振りかぶる。もちろん当てるつもりはないもののゴブリンは当然、その動きを警戒する。その瞬間だった。横から振り下ろされた左近寺の剣が、ゴブリンの脇腹を軽く斬り裂く。
傷は浅い。肉を裂いた程度だ。しかし、そこから流れ落ちた血は、人間とは違う鮮やかな緑色だった。その光景を見て、僕たちはようやく理解する。殺し合いをしているのだと。誰もが真剣な表情へと変化していく。
緊張からか呼吸は荒くなる。それでも逃げないように敵だけは眼前に見据えていた。ゴブリンもまた一方的にならないよう反撃に出る。振り下ろされた剣を、僕は盾で受け止めた。
——ガンッ。
盾にこん棒がぶつかった鈍い音が加わる。それを身体能力を強化した状態で受け止め。その隙に平山が今度は切りかかった。先程よりも傷は深く。
「グギャァァァッ!」
と声を上げるけれど、ゴブリンは倒れない。目はまだ死んでいなかった。最後の最後まで、生きようともがいている。死にたくないと、目を血ばらせる姿に恐怖しそうになる。
当然だ、誰だって死にたくない。その必死さに気圧されそうになるからこそ、僕は一歩前へと踏み出す。訓練とは違う、どちらかが降参して終わる試合じゃない。これは死合だと理解する。
命を奪わなければ、この戦いは終わらないと、現状に立ち向かうために僕は一歩、強く踏み込む。全身の力を剣へ乗せる。
「うあああああっ!」
自分を鼓舞するように、声を張り上げて、剣を振り下ろす。その一撃は、弱ったゴブリンのこん棒を押し込み、その身体を深く切り裂いた。
「グギャァァァッ!」
断末魔が森へ響く。ゴブリンの身体は力なく崩れ落ち、浅瀬へ倒れ込んだ。
——バシャン。
大きな水しぶきが舞い上がる。水と一緒に、緑色の血液が僕たちへ降り注いだ。正面に立っていた僕の銀色の鎧には、その緑の液体がべっとりと付着し、ゆっくりと滴り落ちていく。
その光景を見つめながら、僕はようやく実感した。僕は今、生き物を殺したんだと。
「はぁ、はぁ……」
息を荒くしながら、先ほどの感触が蘇る。無理やり骨と肉を切り裂いた感触。刃が肉へ沈み、やがて骨に当たり、反発しながらも押し込む感覚。料理で包丁を入れたときのように、すっと切れる感触じゃない。硬いものを無理やり押し割るような、鈍く重い手応え。その感触が腕を通して、はっきりと伝わってきていた。
反射的に、気持ち悪いと思った。今すぐ持っている剣を離したい。そう思う。けれど、まだ油断はできない。
僕は盾を構えたまま、ゆっくりとゴブリンへ近づく。右手には剣。左手の盾で身を隠すように構えながら、いつ反撃されてもいいよう慎重に距離を詰めていく。
動かない。
それでも僕は、確かめなければならなかった。
「……っ」
再度、意を決し、ゴブリンの頭へ剣を突き立てる。もし、まだ生きていたら。そんな不安をかき消すために。そうして再度、気色の悪い感触を感じながら、僕はその場に膝をついていた。
「はぁ……はぁ……」
鼓動が速くなり、息がしずらい。すぐに離そうと思っていた、剣も盾も、指が張り付いたように離れない。
全身が震えている。僕はゆっくりと息を吐く。
吸って。吐いて。
何度も何度も呼吸を繰り返す。そうしてようやく、強張っていた指先に少しずつ感覚が戻ってきた。力が抜け——バシャンと、剣と盾が水面に落ちる音がした。その音を聞いて初めて、僕は理解する。戦闘がようやく終わったのだと。




