4 父ケメスに相談したところ
「お前はまだまだ子どもだなあ」
開口一番、そう述べたのは、ディエゴの父であり、タラバンテ族の族長であるケメスである。
彼は急にしおらしい様子で相談にやってきた息子の話を聞いて、心底驚いたらしい。
羊の放牧中だったケメスは、それをほかの者に任せて、ディエゴの隣に座ってくれた。
父は族長で、草原の王を冠しているが、たまにこうして、村の仕事を手伝うこともある。
足元を知らずに皆を率いることができないというのが、父の信念なのだ。
そしてそのことを、ディエゴは誇りに思っている。
「のんびりしていると思ったが、まさか婚約者候補を降りるつもりだったとはな」
「のんびり?」
「お前もあの子も、そろそろ婚約の根回しをしないといけない年頃だろう?」
どうやら、父ケメスも、ディエゴとエルヴィラが将来的に結婚すると思っていたらしい。
驚きを隠せないディエゴに、ケメスは肩をすくめる。
「なにを驚くことがあるんだ。お前はあの子のことを好いているだろうに」
「!? な、なぜそう思うんですか」
「なぜって……お前はルビエールの話とあの子の話をするのが、生きがいなんだと思っていたが」
趣味どころか、とうとう生きがいとまでいわれてしまった。
一体、周囲にはディエゴがどう見えているというのだ。
「そんな顔をしておいて、なぜお前が驚くんだ」
「タシオ叔父さんにも母上にも同じことを言われました」
「そうだろうね」
「なにもかもがわかりません。僕は一体、どんな顔をしているんですか……」
「大分こじらせているなぁ」
けらけらと笑うケメスに、ディエゴは肩を落とす。
「そうだなぁ。——お前は基本的に寡黙なほうだと思うが、ルビエールとあの子の話をしているときだけは妙に饒舌だ」
「!」
「一族の女や他部族の女と話すときはよそ行きの笑顔を浮かべているが、あの子が近くにいるときは、家族の前でも見せないような柔らかい顔をしているね」
「!?」
「いつもあの子との会話のネタを探しているし、あの子への贈り物を考えているときは、まれにみる優柔不断ぶりを発揮する」
「………!?」
「あとは、十五歳になったら見合いをすると言う割に、見合い相手のことに全く興味を示さないのも、不思議な話だ」
もはや白い顔をしているディエゴに、ケメスは優しい笑みを浮かべる。
「それで、なぜ婚約者候補を降りると言い出したんだね」
どうやら、父ケメスはディエゴの悩みをすべてお見通しらしい。
草原に座っていたディエゴは、そのまま膝を抱えて俯く。
「……笑いませんか」
「もちろん」
「…………最近、エルヴィラが、その」
「うん」
「すごく可愛くて」
耳まで赤くなっている息子に、ケメスは何も言わずに待っている。
「十一歳の誕生日プレゼントを渡したときに、もうだめだなと思ったんです」
先月のエルヴィラの誕生日に、ディエゴはエルヴィラに耳飾りを贈った。
ディエゴはエルヴィラに、これまで、装飾品を贈ったことはなかった。けれども今回は、エルヴィラにねだられてしまった。
それで仕方なく、彼女に似合いそうなものを見繕って、贈ったのだ。
受け取ったエルヴィラは、本当に喜んでくれた。
耳飾りが入った箱を開けて、ディエゴのほうに差し出してくるものだから、少しためらいながらも、ディエゴはエルヴィラの耳にそれを付けることにする。
しかし、簡単に引き受けてしまったその仕事は、意外と難易度が高かった。
子どもだと思っていたはずの彼女のうなじが見えるのが目に毒だし、ふわふわの髪の毛や、小さな耳の柔らかさに動揺を隠せない。
それでも、なんとか使命を完遂したところで、くるりと回った彼女が、キラキラした笑顔で金糸を翻しながら、似合うかどうか聞いてくるのだ。
相手は子どもだと、いつも念じてきたディエゴも、これには流石にまいってしまった。
「もてあそばれておるなあ」
「……いえ。エルヴィラは、なんの気なしにやっているだけだと思うんです。元々素敵な男性との恋に憧れていて、だからその、儀式的なものというか、僕の受け取り方がよくないだけで」
「単純に、お前を落としにかかっているだけのように思えるが」
父の指摘に、ディエゴはバッと顔をあげる。
「で、でも! エルヴィラはまだ十一歳で、僕よりも四つも年下です!」
「女性は成長が早いというからな」
「父上!」
「まあ相手も必死だろうから、お前には敵うまいて」
笑う父ケメスに、ディエゴは顔を赤くしてわなわなと震えている。
「それで?」
「……エルヴィラが夢見ている、『素敵な男性』とのやりとりを、僕が代わりに貰ってしまうのは、よくないと思って……」
「結果、相手を泣かせてしまったわけだ。お前はどうしたいんだい」
その問いに、ディエゴはぐっと言葉を飲み込む。
かつてのディエゴであればきっと、『仲直りをしたい』と迷いなく言ったことだろう。
今までどおり、婚約者候補の関係に戻り、定期的に会って話をする、仲のいい友人のような関係の戻りたいと願ったはずだ。
けれども、今回はきっと、『元に戻る』ことはできない。
「傍目には、お前もあの子を好いているように見えるんだがね」
「父上」
「お前を悩ませているのは、立場の違いかね」
「……いえ」
「では、他になにかあるのかな」
なにもない。
妨げるものはなにもないのだ。
外堀はすべて埋まっていて、その中心に彼女が立っている。
「ディエゴ。親馬鹿かもしれないが、私は、お前はいい子に育ったと思っているよ。まじめで、いつも周りのことを考えている」
「……はい」
「けれど、それだけでは人を傷つけてしまうこともあるということを、知っておくべきだろうね」
「傷つける?」
「お前は常々、周りや相手を優先する。今回はそれで、あの子の婚約者候補を降りたわけだが。相手の想いを優先することは、正しいことだと思うかい?」
「それは……はい。そう思っています」
「私はそうは思わない」
驚くディエゴに、ケメスは微笑んでいる。
しかし、その目は真剣そのもので、しかしディエゴは、父の視線に対する答えを自分の中に持つことができない。
「心行くまで悩むといい。ただな、ディエゴ。覚えておきなさい。人の気持ちというものは、水のように流れていくものだ」
「はい」
「あの子は多くに望まれる存在だ。ずっとお前だけを待ってくれることはないぞ」
それだけ言うと、父ケメスは羊の放牧の仕事に戻って行ってしまった。








