3 母セルマに相談してみたところ
「あなたってバカだったのねぇ」
開口一番、そう零したのは、ディエゴの母のセルマである。
彼は急にしおらしい様子で相談にやってきた息子の話を聞いて、心底あきれ返ったらしい。
そう言われて思うところはないではないけれども、先ほど叔父タシオの諫言によって精神をこてんぱんにやられたディエゴは、大人しくその言葉を受け入れる。
「ルビエールとの友好とか、草原の民としての在り方とか。小さい頃から大人びたことばかり言ってるから、もう少し賢いのかと思っていたわ」
「母上……」
「どうしたらいいって、ただあなたがエルヴィラちゃんを好きだっていう、それだけでしょう? 結婚すればいいじゃないの」
「……」
「まったくもう。そんな顔をしておいて、なにがわからないのか、私がわからないわよ」
一体どんな顔をしているというのだ。
ディエゴは、叔父と同じようなことを言う母に、恨めし気な視線を送る。
「エルヴィラは四つも年下で、まだ子どもだし……」
「子どもだと思えなくなってきたから、婚約者候補を降りるだなんて言い出したんでしょうに」
「……」
「エルヴィラちゃんのほうがよっぽど大人ね。あの子は将来を見越して、私にも相談に来たっていうのに」
「え?」
相談に来た?
エルヴィラが?
素直に驚くディエゴに、母セルマはため息をつく。
「あなたには言うなって言われていたのよ」
「な、なんで……」
「そりゃあ、あなたと将来結婚したときの生活について聞くだなんて、あなたを好きだって言ってるも同然じゃないの」
真っ赤な顔で口をハクハクさせている息子に、母セルマはあきれた様子で目を瞬く。
「ディエゴ。あなたってとんでもなく鈍感な子だったのね……エルヴィラちゃんが可哀そうだわ……」
「……エ、エルヴィラはなにを聞いたの?」
「興味津々で結構なこと。——あの子はルビエールの子ですからね。しかも、あちらのお洋服がとても好きで、王国カタログっていうお洋服の雑誌にも何度か出演しているんでしょう? だから、こちらの普通の嫁になるのはきっと苦しくなるだろうって、相談に来たのよ」
ディエゴはハッと顔を上げた後、ゆるゆると俯く。
エルヴィラは六歳の頃から、再従妹のリーディアの伝手で、エタノール王国の王妃が監修する王国カタログに何度が出演していた。
『流行を作る』ことにも、既に何度か成功している。
王国中で、彼女の姿は認識されていて、きっと王都の貴族学園に入学した暁には、人気者になることだろう。
そうして彼女が夢を実現していく道を、『ディエゴとの結婚』は阻害してしまう。
それもあって、ディエゴは彼女の婚約者候補を降りると決断したのだ。
「僕は、彼女の邪魔しかできない……」
「言い訳にすがるのは男らしくないわよ」
「母上、でも」
「エルヴィラちゃんは、それでもあなたが好きだから、普通の嫁じゃなくても認めてもらえないかってお願いに来たのに」
「!?」
驚きのあまり、ディエゴは言葉を失う。
母セルマは、ため息をついた後、目の前のカップに口を付けた。
カップの中に入っているのは、羊の乳のミルクティーだ。草原の民がよく飲んでいる飲み物で、エルヴィラも好きだと言って、よくこの家に飲みに来ていた。
「半年くらい前だったかしらね。あの子が母親を連れて、こっそり相談に来たのよ」
「ナタリーさんも、知ってるんですね」
「そうよ。自分の親に相談して、相手の親にも相談して。あなたとルビエールの家で会うだけじゃなくて、こちらの領地にも頻繁に遊びに来てくれているでしょう。羊の放牧を手伝って、こちらの衣装を着てみたり、あなたの束守りを毎年作って。それはなぜだと思うの」
「……エルヴィラも、ルビエールと草原の友好に、興味を持ってくれたんだって」
「そんなわけないでしょ。全部あなたのためじゃないの」
その言葉に、ディエゴは逆に、冷や水を浴びせられたような気がした。
嬉しいことのはずなのに、実際に嬉しいとも思っているなのに、心のどこかで冷たい何かを感じてしまう。
でも、それを言語化することができない。
しかし、母セルマは違ったらしい。
「そう、それよ。あなたがそういう顔をしかねないから、あの子はあなたになにも言えなかったの」
「……そういう、顔って」
「あなた、エルヴィラちゃんが『ルビエールと草原の友好』に興味を持つ崇高な人物じゃないと知って、がっかりしたんでしょう」
「!」
「そして、自分がどうしてがっかりするのかもわかってないでしょう。あの子は全部、わかってるっていうのに」
「僕がどうして、がっかりするのか……?」
いまだに理解できていない様子の息子に、「世話が焼けるわねえ」と母セルマは笑う。
「もうすぐ成人だっていうのに。まだまだかわいい息子なんだから」
「母上」
「子ども扱いが不満なら、しっかりなさい。——あなたはね、草原の民の立場でルビエールのことを考えるのが趣味なだけなのよ」
真っ白になった息子に、母セルマは追撃を止めない。
「エルヴィラちゃんもそう言ってたわね。『ディエゴはルビエールと草原の友好を考えるのが好きで、私を同士だと思って喜んでいる節がある』って」
「……母上、僕は、趣味のつもりはなくて」
「趣味なのよ。あんたは昔から、ルビエールの話をするだけでニコニコしている変な子だったの。もちろん、ルビエールとの友好は大切なことよ? でも、普通の人は、自分の大切なものを守るための手段として友好を大切にしているの。友好そのものにこんなにも興味と関心と喜びを感じるだなんて、趣味以外のなんだっていうの」
ディエゴは頭を後ろから殴られたような衝撃に、しばらく動くことができなかった。
ルビエールとの友好が、趣味?
そんなことがあるのだろうか。
今まで、それが正しいことだと信じて、まい進してきた。
そこには正義があり、責務があって……。
「エルヴィラちゃんはね、あなたのことが好きで、だからルビエールと草原の友好についても、頑張って考えてくれているのよ。それでいいじゃないの」
「……」
「あの子はあなたが好きで、あなたを通して、私や一族の者と出会って、あの子の『大切なもの』の中に、私達を入れてくれたの。だから家族になるために、お互いを大切にするために、相談に来てくれたの」
目を見開くディエゴに、母セルマは頷く。
「あの子はあなたなんかより、ずっとずっと大人よ。言葉にできなくても、本質をちゃんと理解しているわ。私は、本当の意味で『ルビエールと草原の友好』を体現して広めてくれるのは、あの子だと思ってる。エルヴィラちゃんはあなたの天使なんだから、ちゃんと捕まえておきなさい」
どうやら母セルマは、草原には存在しない『天使』という概念を、エルヴィラから習って使いこなしているらしい。
そのことも、ディエゴには衝撃だ。
ふと、叔父タシオの言葉が脳裏に浮かぶ。
『抗いがたい人としての業を知らない者に、人を篭絡することはできない』
そして、既に母セルマを篭絡している、四つ年下の、ディエゴの大切な女の子……。
脳の処理容量を超えて、その場で石造のように固まっている息子を片目に、セルマは素知らぬ顔で羊の乳のミルクティーをゆっくりと飲み干した。








