2 叔父タシオに相談してみたところ
「お前はバカなのか?」
開口一番、そうののしってきたのは、ディエゴの叔父のタシオ=テオス=タラバンテである。
彼は急にしおらしい様子で相談にやってきた甥の話を聞いて、心底あきれ返ったらしい。
さすがに自分が悪いと思っているディエゴも、これには不服を隠すことができず、むっとした顔で叔父を見返す。
「そ、そこまで言わなくても」
「お前の女がお前にベタ惚れなのは、誰の目から見ても明らかだろうが」
「ベタ惚……っ!?」
や、やっぱりそういうことなのだろうか。
誰の目から見てもそう……なのか?
いやしかし。
この期に及んでまだ訝しんでいるディエゴに、タシオはふと、とある事実に気が付く。
「いやそうか。誰の目から見てもと言ったが、どこかの節穴から見たらわからなかったのか……」
「……」
「お前もしかして、自分があれに惚れてることにも気が付いていないのか?」
「!?」
顔を真っ赤にして固まったディエゴに、タシオは目を丸くした後、かわいそうなものを見る目で甥を見返す。
「お前はとんでもない奴だなあ」
「えっ、いや、でも。僕は、エルヴィラのことを、別に……だいたい、エルヴィラはまだ僕よりずっと子どもで……」
「頭の中ではそう思ってるのかもしれないが、本心じゃないってことさ」
「……よくわかりません」
「お前、十五歳になったら外交任務に就きたいんだったよな。でも、お前がこのままあの女を捨てるなら、俺はお前を外交任務から外すぞ」
大きく目を見開いたディエゴに、タシオは動じることなく笑顔を浮かべている。
タラバンテ族では、十五歳になったら成人とみなされる。一族のための仕事に就くのだ。
ディエゴは成人後に、外交任務に就くことを希望していた。
そして、目の前にいる叔父タシオは、タラバンテ族における外交の主力を担っている。その彼が、ディエゴを採用しないと族長に進言するなら、ディエゴは外交任務に就くことはできなくなるのだろう。
けれども、なぜそこまでされなければならないのか。
「……エルヴィラとうまくやれなかったら、ルビエールの家と気まずくなるからですか」
「いや? 別にそういうことじゃない」
「じゃあ、なんで」
「お前が信用できない奴だからだ、ディエゴ」
予想外の答えに固まるディエゴに、タシオはくつくつと笑った。
「人が人を信用するのは、なぜだと思う?」
「そ、そこに、正義があるから……」
「違うね。人は相手を知り、その感情を身近に感じるからだ。相手の根幹を、裏切らないという理屈を掴んだからこそ、信じるに至る」
急に抽象的な話をされて、目を白黒させている甥に、タシオは畳みかける。
「兄貴は——お前の父は、家族と一族を大切にしているよな。でもそれは、族長としての正義がそこにあるからではない」
「!」
「俺達全員を愛しているからだ。いつかそのことが、なにがしかの正義と乖離したとしても、兄貴はなんらかの形で俺達のことを最終的に選び、守ることだろう。だけどそのことは、兄貴の信用を損なわない。むしろその気持ちがあるからこそ、兄貴は周囲に信用されている」
ここまで言われて、ようやくディエゴは、叔父が何を言いたいのかを理解する。
「ディエゴ。お前は真面目な奴だ。ルビエールとの友好を語り、それを重んじ、ついにはルビエールの令嬢と六年も婚約者候補の関係を続けてきた」
「……はい。でも……」
「そうだ、それだけでは人はついてこない。理想を語り、理想に生きるだけの者は、いつか理想に殉じて周囲を脅かし、振り捨てていくからだ。抗いがたい人としての業を知らない者に、人を篭絡することはできない」
豪奢な椅子に腰かけているタシオは、ゆったりと足を組み替える。
人は、正義だけでは動かない。
それは、ディエゴも知っていた。
そもそも、目の前の叔父がそうだったではないか。
彼がリカルド=リキュール伯爵に仕掛けたレヴァル。
あれはとても正義の行いだったとは言えない。
そして、ディエゴが正義だけで立ち向かっても、叔父を動かすことができなかった。正義しか知らない幼いディエゴの手は、叔父が抱える業に届くことがなかったのだ。
「ディエゴ。お前に必要なのは、まずは己を知ることだ」
「自分を……」
「あの女が本当にほかの男に取られてもいいのかどうか、とかな」
「……」
「そんな顔をするくせに、なにがわからないんだか」
タシオの言葉に、ディエゴは顔を真っ赤にして俯く。
そんな甥の姿を見て、タシオは深くため息をついた。
「とりあえず相手のことを知りたいなら、お前の母親に話を聞くといいと思うぞ」
「えっ。母上に? なぜ?」
タシオはディエゴの問いに答えることなく、仕事に出かけると言って、天幕を出て行ってしまった。
残されたディエゴは、しばらくその場に立ち尽くしていた。








