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Episode34:お嬢さまが言えないこととは?

次の日の朝、眠気眼のひな子の元へ竹谷が早めに来ていた。

着替えをしているひな子を横目に、竹谷が笑いながら会話をしている。


「若いうちは、誰しも自分の存在を他に知らしめようとするものですよ」


「でも、いきなりバーチャルゲーム内で、ご自分のことを『天才プログラマー』とおっしゃりましたのよ。そのあと、どれだけ誤魔化すのに苦労したことか……」


ひな子は昨日、突如ゲーム内に現れたヒナと名乗ったあの方のことを竹谷に告げる。

だが、それはあの方に限ったことじゃないと竹谷は言うのだ。


「それは分からないでもありませんが、ちょっと度が過ぎます」


「ご本人にそれを伝えましたか?」


「そんなこと、言えませんわ……。あの方を閉じ込めているのは、()()()()()()ですもの………」


「その前に、あの方も自ら表舞台に出てくるほどの気概はないのでしょう?」


「まぁ、そうでしょうけど……」


ドレッサーの前に座り髪にブラシを通しながら、ひな子はうつむき加減に答える。



お互いに何でも言い合える仲であれば、注意の一つも伝えることが出来るのだろうが、ひな子と彼女はそのような気安い間柄ではない。


彼女はふだんから自室にこもり、好きな研究に勤しんでいる。

また、彼女自身が人と会うことを避け、用事はすべて麗華を通すようにしているくらいに飼い猫たちに囲まれて生活できればいい、――そんな方なのだ。


仮想空間(バーチャルエリア)の中ですら、一人で楽しんでましたね……)


数日の間、研究そっちのけでバーチャルマシンに乗っていたのだろう。

何かに夢中になると寝食も忘れ、風呂にすら入ることもないという――。


ただし、部屋で飼っている猫たちのことは、ちゃんと自分で世話をしているらしい。

自分の世話はしないのに………。


(恐ろしい……。麗華さんが面倒を見ていないと、そのうち猫に囲まれたまま孤独死してしまいそうですわね)


彼女の唯一の肉親である祖父母は海外に出かけており、しばらくは帰国が無理だと聞く。



ひな子はブラシを置いて立ち上がると、竹谷の方を向いてすました顔で淡々と言う。


「それで、あの件について分かったことがありますの?」


「例の方のことですか、――こちらと同業者なので気にすることはないかと……」


「そう。でしたら、問題ありませんね」


くるりと身をひるがえすと、ひな子は部屋を出ようとドアに向かう。

しかし前をさえぎるように竹谷が右手を突きだしてきた。


「……竹谷?」


いきなりなことにひな子は少し面食らっていると、竹谷が彼女のスカートのファスナーを上げたのだ。


「お嬢さま、お気を付けください」


「えっ、……ええ」


気づかないまま登校してたら、黒タイツの下にはいている下着が丸見えになっていたと思い、ひな子はそれがお嬢さまらしくないと気合を入れるためにほほを三度ほど叩く。


(男でいうとズボンの社会の窓が全開、ですわね……)


これは恥ずかしいことだと顔を赤らめながら、ひな子は部屋を出て、玄関の前に停まっている車に乗り込むのだった。




その日の四時限目。

選択教科の美術室にて、ひな子たちの前に養護教諭の楢井先生が現れた。


「えっと~。美術の大滝センセーが急用でお休みなのでェ、代理にセンセーが今日がみんなの指導をします~。でもセンセー、審美眼?ってのがないのでェ、画用紙にテキトーに絵を描いて提出してくれたら、いっかな~ァ♡」


教壇の前で楢井先生が無駄に大きな胸をボインボイン揺らしながら、白地の画用紙を手前の机の上に乗せていく。

前列の生徒があきれながら自分の画用紙以外を後列へと渡す。


一番後ろまで画用紙が行き渡ったのを確認すると、楢井先生は『じゃあ、みんなガンバってね~』と笑顔で口にすると、教壇横のパイプ椅子に腰かけて鼻歌を鳴らしながら、ポケットから取り出した小さな情報端末をポチポチといじりだしたのだ。


ひな子の他に美術を専攻しているのは小太郎と愛奈。

真澄とカオルは音楽を専攻していたのでここにはいない。


デジタル化が進んだ世でもアナログな芸術は残っているが、小学生じゃあるまいし画用紙に絵を描けというのは気が萎えるものである。

とくに美術部員はほとんどデジタル画が主流なので、画用紙を目の前に硬直していた。


その内仲良しグループが席を移動し始め、みんなおしゃべりをしながら鉛筆で簡単な似顔絵や流行りのマークなどを描きだした。

先生のゆるさが美術室中に充満しているようだ。


ひな子たちも三人で集まりもそもそと絵を描き始める。

それから二十分ほど経過したのち、小太郎が早々と何かを描き終えたようだった。


「――完成!我ながら良い出来だ」


なになに?っとひな子と愛奈が小太郎の画用紙をのぞきこむと、そこには人間のような…、そうでもないような……。

一言でいえば『妖怪!?』のように何とも言い難い奇妙な二本脚の生物が見えた。


「お、面白い化け物?ですわね??」


「……小太郎の絵は小学生のころから変わらないね。――でも、あれでしょ?お子さま番組の何とか戦隊とかいうの!」


すると小太郎は、二人から自分の描いたものが何なのか理解されずに顔をしかめる。


「これはAOIだ!見て分からないのかよ!?」


幼児の絵のようで画用紙にマッチしたそれを彼はAOIだと断言した。

ひな子はあまりの似てなさに目をそらすが、逆に愛奈はプププッと笑いだす。


「本当に小太郎って、ヒーローみたいなのが好きなのね」


「男はみんな、自分より強いヤツに憧れるもんだよ」


そんな仲良くイイ感じな雰囲気を漂わせる二人を見つめてひな子は思う。


(ああ、これなら大丈夫だね)


お邪魔にならないようにここは静かにしておこうと、ひな子は自分の課題に集中することにしたが、あの女が端末をいじるのを止め、胸を揺らしながら各グループを回ってこちらまでやって来る。


そして小太郎の画用紙に描かれている絵を指さしたのだった。

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