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Episode33:Side story・狐面の少年

深夜の街並みで暗闇へ溶け込み息を潜ませる。

そこには歳は十代後半といった様相の少年が一人、鋭い目つきで二階建ての古ぼけたアパートを見つめていた。


「竹谷、標的の人数は?」


少年が壁の陰からボソッとつぶやく。

すると耳に取り付けてあるワイヤレスイヤホンから、低い男の声が聞こえてきた。


「ほんの十数人ですが、――若、自らがお出になるのですか?」


「まあな。おれ以外は周囲を見張ってろ。五分で終わらせる」


「了解しました。ご武運を」


話が終わると男は狐面を顔に付け、アパートの二階に音もなく駆け上がると、ドアに取りつけられた電子キーロックに何かの機械を当てた。

その瞬間小さくバチッという火花が飛び散ったあと、ドアのロックが解除される。


少年が部屋の中へと侵入する。


アパートの周りで待機していた竹谷が腕時計を眺めていると、三分経たないうちに狐面の少年が部屋から出てきたのだ。


「標的の者たちはみな眠らせた。あとは処理班に任せる」


「はい、分かりました。それで若、邸宅までお送りしますか?」


「本家からの呼び出しが来ている。このあとの指揮は竹谷、お前がとれ」


それだけいうと男の姿が一瞬で消えた。


指示を受け取った竹谷は配下の者に連絡し、黒のワンボックをアパートの入り口付近につけさせて、先ほど狐面を付けた男が無力化した者たちに拘束具をつけ、寝袋に入れて車に押し込んでいった。


手の者が黒のワンボックスに乗り込み発進させる。

近隣の住人たちは寝静まり、この状況を知る者はいない。


別の場所に停めていた車の運転席に竹谷は座ると、助手席の前にあるグローブボックスから電子タバコを取りだし、それを口にして煙を肺まで吸い込んでから静かに吐き出す。


「若にも困ったものですね。ご自分の強さをよく知っている分、こういった荒事はすべて一人でやってしまう……」


人に合わせることはしない。

自分の力を弱くしてまでチームプレイをしたいとも思わない。

強さこそすべてというほどの脳筋体質なのだ。


「別件の仕事では我慢をなさってますが、いつ爆発するかヒヤヒヤしてますよ。――ご隠居もとんでもないモンスターを作りあげたものだ………」


竹谷は電子タバコを内ポケットにしまうと、車のエンジンをかけて駐車場から出ていくのだった。




都心部より西方に位置する小高い山の上に大きな屋敷が建っていた。

その周辺には民家はなく、屋敷の場所だけが煌びやかなともし火に照らされているようだった。


狐面の少年は表の門からではなく、裏口の門から素早く入り、人に見つかることもなく奥の洋館の二階のベランダへとよじ登る。


ベランダから部屋に入ると、髪をキッチリと後ろにまとめた目つきのキツイ眼鏡のパンツスーツ姿の熟女一歩手前の女性と、栗毛のぼさぼさショートボブに上下よれよれのジャージ姿で丸眼鏡の少女が対面ソファーに座っていた。


少年は臆することなく狐面を外さずにソファーにドカッと座る。

その様子を目尻をヒクつかせながら見ている対面の眼鏡の女性。

女性のとなりに座るジャージの少女が、もじもじしながら途切れ途切れに言葉を口にする。


「あ、(あおい)…くん。…いつも、ありがと…ね。……あの、ね…。麗華の、…こと……、許してあげて…ね?」


「バーチャルマシン用のデータのことですか。姫がそうおっしゃるのであれば、今回だけは目をつむります。こ・ん・か・い・だけ、ですが、ね!」


蒼と呼ばれた少年が嫌そうな口ぶりで強く念押しした。

少女のとなりに座る麗華が、口惜しそうにグッと歯を食いしばる。


「…蒼くん。……麗華を、挑発しないで、…仲良く、ね?お願い………」


「――分かりました」


足と手を組んでふんぞり返る蒼の態度にイラつきながらも麗華は頭を下げた。


「……この度は、こちらの不手際で鳴滝家の当主に迷惑をおかけしました。申し訳ありません」


と、気持ちのこもらない言葉を麗華が口にしているのは、となりに座る少女にも理解していたが注意はしない。

ただ、顔を青くしてうつむいてしまったのだ。


気の弱そうな少女にこれ以上の負担を強いるのは酷だと思い、蒼もやや投げやりの棒セリフだけ吐き捨てる。


「ああ、はいはい。その謝罪を受け入れますんで、本題をどうぞ」


「……ふん」


麗華も嫌そうに鼻を鳴らして返事をする。


武闘派の鳴滝家と内政派の河平家は火と水のように対立し合っている関係上、そのトップにあたる蒼と麗華は気安く手を取り合うようなことはしない。

過去に本家が両家にそうなるように仕向けた歴史があり、その均衡により今も本家や分家も絶えることなく続いている。


二人の間に挟まれた少女はそれを知っているので、お願いしか口に出来ずに両手をもそもそと動かすだけだった。


しかし少女のことを気にすることもなく、麗華はこれで謝罪は済んだとばかりに次の要件を言い始める。


「つい最近つかんだ情報からですが、テロリストによる一般人への薬物による洗脳が増えています。薬物はI国産の物で、あちらで横行している難民を自称するテログループがこの国への足掛かりに持ち込んでいるようですわ」


「この国は難民には厳しいが低賃金での労働者には優しい、おかげでその手の輩が簡単に出入りしては地下に潜って独自のコロニーを形成するからテロが止まらない。面倒なもんだ……」



”郷に入っては郷に従え”という言葉が通じるのはこの国だけで、多くのテロリストたちは”自分たちが住んでやってるこの国の者たちが我々の風習に従え”と自国の神以外は邪教だと、この国の多くの神社や寺が破壊され出したのは何十年前のことか――。


それと同時に外国籍テロリストたちは、自国の風習を重んじるあまりに悲惨な事件を数多く生み出してゆく……。


女性への性的な犯罪など、国外での女性の立ち位置の違いによる風習が招いたものも多く、一時期は犯罪防止策として、顔を晒さず全身黒い布を被ったスタイルの女性の姿がたくさん見受けられた。


この国の者たちが被害に合わないようにテロリストの要求する風習に渋々合わせるようになってきたころ、調子に乗った外国籍のテロリストたちは、彼ら外国人にまだ理解をしめしていた国の要人と企業のトップらを巻き込んだ、いわゆる【嵯峨の宮の事変】を引き起こした。


平和・平等、そして同じ人間同士だから理解し合おうとする姿勢を取っていたこの国の者たちは、それが愚かなことだったと痛感した大事件である。


流石に他国への配慮として表立った外国人差別は起らなかったが、テロリストたちに対する犯罪行為には苛烈な策が取られるようになった――。



「剛健学園の近辺で、その薬物を所持していた者が警察に捕まったと聞いています。運び屋、もしくはテロリストの拠点が近くにあるのかもしれません。――学園のセキュリティシステムも完璧ではありませんので、学園内で問題が起こった場合は、実働隊の責任者である鳴滝蒼、あなたが処理してください」

「今の任務とそちらの任務の優先度は?」


「学園のセキュリティ支援を最優先にしなさい」


麗華は蒼への仕事内容を言い終えると、静かに席を立ち、少女に一礼すると部屋から退場した。


任務を聞かされた蒼はしばらく口をつむっていたが、ある程度の情報を頭に叩き込むと席を立つ。

そのとき、前の席に座っていた少女が蒼に声をかけたのだ。


「蒼、くん……。戦うの…キライ?」


「そうだね。――弱い者を相手するのは、正直、つまらないし好きじゃない……」


誰も彼も自分より弱い。

何かのついでのように体を鍛えて強くなろうとしている者を見るのは嫌でしょうがない。


とくにお遊びで強さを求めている者には反吐が出る――と、少し前まで思っていたが、自分と他の者の生きてきたことの違いを考えるようにはなってきている。


少女は蒼の変化に気づいたのか、にこりとほほ笑む。


「…キライ、じゃ…なくなった、ね」


「好きも嫌いもない。姫のためになら、おれはどんな敵とでも戦える」


「うん、…ありがとう……」


ちょっと照れながら少女が答えると、蒼は満足したのか狐面を直すと再びベランダから外へと飛びだして行ったのだった―――――。

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