Episode29:お嬢さまの平穏はこうして奪われた
あれから小太郎と愛奈は、学園でもよく話をするようになった。
内容のほとんどはAOIのことだと思うが――。
なんだかんだあったが、愛奈もAOIの強さを気に入ったようだ……。
もう戦技研に小太郎を誘うことはなさそうだが、クローンモードで最強であるAOI攻略のために、休みの日には河本邸へやって来る。
趣味が合う友達もいいものだと、他人事ながらにひな子は思う。
角がとれた愛奈は、以前よりも親しみやすい感じになった。
小太郎がひな子より、AOIのデータの方が好きだということもあり、一時ショタコン疑惑もあったが、異性を好きだというより同性を好きな方がマシと結論付けたようだ。
それでいいのか?と大いに疑問に思うのだが、彼女が構わないのならいいことなんだろう。
まぁ、愛奈のおかげで河本家でのひな子の立場は多少は良くなったのは事実。
彼女が『旭川さんとは友達です』と言った途端に、小太郎母からの無言の圧力はなくなった。
そこには感謝しかない。
AOIのせいでケンカになって、AOIのおかげで仲直りする。
なんとも皮肉なことだとひな子は苦笑した。
さらにお互い秘密を共有する仲ってのもあって、より親密な付き合いをしているようにも見えてきた。
これでやっと小太郎と愛奈への月下氷人のマネごとが出来たと一息つく。
そしてこのまま何もなく平穏な日々を送り、あとひと月辛抱すれば開放される。
この転入はそういう約束だ――。
無理やり河本家にお世話になることにしたのも、周りがそういう取引をしたからであって自分から望んだことではない。
麗華が小坂部家に対してひな子を使ってあおったことで、一時期どうなることかと思ったが、思わぬAOIのデータでなんとかなりそうだ。
最初っからひな子が学園に通うのも精神的に大きな負担だった。
人と関わりの薄い人生を送ってきたので、みんなに合わせるだけで精いっぱい。
笑顔を作って態度も良くして、疲れながらもお嬢さまをしていた。
でも頑張った甲斐があって、人間関係は良くなったと思う。
それを維持し、守ることをこれからの課題にしよう。
ひな子が朝の教室を見回して実に平和だと実感していると、真澄とカオルが近づいてきたのだ。
「ねえ旭川さん。小太郎って近頃、小坂部さんにべったりだよねぇ。前までそんなに親しくもしてなかったのに……。やっぱり婚約してるのかな?だったら教えてくれてもいいのにさ、水臭いよね」
「ほらほら真澄ちゃん、男の嫉妬は見苦しいで。男と女の仲ってのは、けっこう単純に引き合ったり別れたりするんや。――あんまぐじぐじ言ってると、そのうち馬に蹴られんでぇ」
割と小太郎と仲の良かった真澄は、愛奈に彼を取られたとでも感じているのか、ブツブツとこんな風にぼやくことが多くなった。
昼食も共にすることがなくなってきている。
それでもカオルがいつも付いてるんだからいいじゃないか、と前に口に出して言ってみたら、何故かクラスの女子が一斉に『キャーーーーーーーッ!!』と黄色い声を上げて驚いた。
あとで愛奈に聞いてみたら『女の子は”そういうの”が好きな子が多いから……』と言葉を濁される。
――ワケが分かりません。
しかもひな子が初日に小太郎との同棲で騒がれたことより、声が大きいのはどうしてだろう?
お爺さま秘蔵の『解説!乙女ゴコロとは?』にもそんなことは書かれていなかった。
真澄は女の子たちからカオルと一緒にいることで騒がれても、とくに驚きも焦りもしなかった。
カオルも気にはしていないようで、相変わらず真澄と行動を共にしている。
ひな子は真澄に、
「お二人とも、同じご趣味をお持ちになったみたいなの」
とだけ伝えた。
それ以上のことは、AOIのデータに関することだから告げない。
真澄は気になるようだが、カオルに『本人たちに直接聞いてこいや』とニヤニヤと笑われて黙ってしまった。
冒険会の部活では小太郎と真澄は、よく楽しそうに話している。
部活は週二。
ひな子も取り合えず冒険会に加入することにしたのだ。
――その日はめずらしく小太郎が、家ではクローンモードで遊んでいると口にする。
そして幼なじみの愛奈と、休日はバーチャマシンでクローンモードをずっとやっていると発言した。
「最近、クローンモードが面白くて、ついつい時間を忘れるんだ」
「……クローンモード」
真澄はクローンモードが得意でも好きでもなく、むしろ苦手な部類に入る。
くぅうううっと口元を歪める姿がなんとも可愛らしい。
会長の健太と真澄は勘づいたらしく、
「バトルフィールド・コンベンションの時か――」
と妙に納得していた。
「それじゃあ、戦技研に行っちゃうの?」
「行かないよ。大会に出たいとか、まったく思わないし……」
「はあ、よかった」
真澄はすごく安堵した顔をする。
そんな彼の様子も気にせず、小太郎は言ってしまった――。
「だって、AOIもいねぇし」
と……。
(――オゥ)
ひな子はめまいがしそうになる。
ちょっと小太郎さん、口が軽すぎやしませんか?
「AOI……?」
その謎の言葉を耳にして、他のメンバーが小太郎の方を向く。
なんかオレ、やっちまった?
みたいな顔をする小太郎。
ここで上手くフォローするんだ、ひな子!
もう麗華に罵倒されるのは勘弁願いたい。
「AOIは旭川で開発中のクローンモード用のゲームですの。小太郎さんにそのゲームのモニターをしてもらってるだけです。まだ非公開なので、みなさん内密にしてくださいね」
ほほ笑みながらひな子がウソ八百を冒険会のメンバーに伝えると、『あー、なるほど』とみんな理解してくれたようだ。
だが一人、裕也が『ん~』とうなりながらひな子に言う。
「AOIってアレっしょ?クローンモードの実戦データの【コードネーム:AOI】ってヤツ。今まで警察やら自衛隊やらの訓練用のデータって聞いたっスよ?――へぇ、あのデータがゲームになるのか~」
「―――――っ!!!」
ひな子は顔面蒼白になる。
どうしてそこまで彼は知っているのだろうか?
口封じした方が良いのでは!?
と一瞬考えてしまった。
小太郎を含む上級生たちが、今度は一年生の裕也の方を向く。
恐る恐るひな子は裕也に問うのだ。
「……そ、そのことはどなたからお聞きになりましたの?」
「えっ?弟のダチからっス」
「良ければ、お名前を教えてもらえません?」
「いいっスよ。河平良一くん、小学生の弟の同級生っス」
ここにきてその名を聞くとは――と、ひな子は心の奥底からふつふつと怒りと絶望と何だか分からない感情で、頭がパーンとはじけ飛ぶような感覚におそわれるのだった。




