Episode27:お嬢さまがアレについて思うこと
あれから愛奈は傷心から放心となり、やがて途方もない怒りが燃え上がったのか、荷物をうちの車のトランクへ押し込んで、一緒に河本邸まで帰ることとなった。
明日は祝日ということもあって、彼女は親に小太郎の家で泊まるとだけ伝え、彼が妄執している【コードネーム:AOI】について徹底的に調べる気まんまんのようだ。
あまり外部に漏らしたくないデータだけど、自分の蒔いた種だから仕方ない――。
ひな子は静かに怒っている竹谷をなだめ、小太郎のバーチャルマシンのデータのみ愛奈に開示する許可をした。
もっとも、最近のAOIの姿を公開したヒナタの中のあの方は、今頃麗華に説教を食らっているだろう……。
そしてこっちにも飛び火して、ネチネチ嫌味を言われるんだから始末が悪い。
はあっと大きくため息をついて、ひな子は帰りの車に乗り込む。
運転席には運転手、助手席に竹谷。
後部座席に小太郎、愛奈、ひな子の順で座っている。
愛奈の怒りは凄まじい。
最初はひな子に気があるのでは?と思っていたらしいが、実際はバーチャルマシンのデータのAOIに夢中になっていることを知り、『なんで男なんかに!!』と女のプライドのせいなのか、どうしても小太郎の意中の男のことを知っておきたいようだ……。
小太郎と愛奈から『本人に会いたい!(会わせてよ!!)』と迫られたが、竹谷が二人を何とか黙らせた。
大人の男は怖いね、うん――。
しばらくヒナタはAIだろうから、データの流出の心配はこれ以上はない、――と思いたい。
愛奈は口をとがらせてブチブチと独り言をつぶやいている。
小太郎は子供じゃないAOIに会えたことに喜びを感じてるのか、今までに見たことないくらいの聖人的な曇りのない瞳をしていた。
胃がシクシクと痛みを感じるのは今までのストレスなのか、これから起る恐怖のためなのか――、ひな子は涙目でお腹を押さえる。
河本邸に着くと、小太郎の母親が玄関口まで迎えに来ていた。
愛奈の親が連絡を入れたのだろう。
小太郎とひな子には目もくれず、愛奈のご機嫌取りを始めたのだ。
しかし愛奈は荷物をメイドに預けると、『一緒にお話でも』と笑顔の小太郎母を誘いを断り、さっさと小太郎の部屋へと向かうのだった。
ヒナタはAI、ひな子は機械音痴ということで、竹谷は安心してひな子のゲストルームで待機。
小太郎は自室のバーチャルマシンのセッティング。
その作業を愛奈がじっと見ている。
ひな子は小太郎の部屋のソファーに座って、メイドが持ってきた紅茶をすすっていた。
この部屋には二人分のバーチャルマシンがあるので、小太郎と愛奈が仮想空間へダイブするということになっている。
元からひな子はAOIのデータには興味がなく、どうしてあんなデータにこだわるのか理解できない。
コードネーム:AOIの被験者である鳴滝蒼は、生まれたときから旭川宗家のために戦うことだけを教えられてきた。
祖先は今でいう暗殺者のようなことまで宗家のためにやっていたという、筋金入りの戦闘一族である。
そんな蒼は、
子供のころから友達もいない。
主君に忠誠を尽くすことしか知らない。
戦うこと以外に何もない。
戦闘に関しては天才児と子供のころから謳われ、十五のときにプライベート・エスコートの免許を取得し、最年少保持者の記録を作りあげた。
そして旭川の企業のためにバーチャルマシンの性能試験のデーター取りまでやっている。
(ホント、任務と戦闘以外に取り得がないただのおバカさんですのに、そこまで興味が湧くものなのでしょうか――?)
彼をよく知っているので、ひな子は本当に不思議なことだと思う……。
茶菓子としてさらに並べてある小さなクッキーをつまみ上げ、ひな子は口の中へポイっと放り込む。
ふと二人の様子を見てみると、小太郎と愛奈はなんだか楽しそうにバーチャマシンの設定をしているようだった。
一時はどうなるかと思ったけど、仲良くしているようで何より。
ホッと肩をなでおろす。
(幼なじみで一緒に武術を習ったりクローンモード競技をしたり、色々と二人で過ごした時間も多かったでしょうに――)
AOIのデータがそんな二人の仲を壊してしまった……。
AOIのデータさえなければ、今も小太郎は愛奈と二人でクローンモード競技で活躍していたかもしれない………。
そう思うと罪悪感が募る。
ひな子がソファーにもたれて目を閉じていると、彼女のことをすっかり放置してしまっていた小太郎が声をかけてきた。
「ひな子さん、オレらはこれからクローンモードにダイブしますが、――本当にいいのか?」
「わたくしはただの見届け役みたいなものです。責任の一端もこちらにありますから、小太郎さんたちはお気になさらず思う存分楽しんでください」
姿勢を正してひな子がほほ笑むと、少し不安げだった小太郎の表情が明るくなった。
彼からすれば、AOIのデータを取りあげられる恐れを感じていたのだろう。
とりあえず、ひな子の権限でデータの消去の話はなくなった。
これは旭川の方にも伝えてある――。
小太郎と愛奈はバーチャルマシンに乗り込む。
ひな子はふたりに手を振った。
「ディスプレイに仮想空間の映像を送らなくても良いと言われたのでつなげてませんが、ここにいても退屈なんじゃ――」
「大丈夫です。待つことには慣れてますので」
「ひな子さん、ごめんね……」
最後に愛奈が申し訳なさそうな顔をしていたが、にこりと笑顔で返して、彼女たちを見送る。
そして外界遮断カバーが下まで降り、二人は仮想空間へと旅立っていった。
ひな子ははあ~っと大きく息を吐き、肩をコキコキと鳴らしながら回す。
そのまま姿勢を崩してソファーに寝ころんだ。
ちょうどその時、ヒナタがテーブルの上に乗りって機械音声の言葉を発する。
《河平麗華から呼び出しがかかってます》
と―――――。




