Episode25:お嬢さまでも空気読む
戦士が仮想空間に現れ、両者とも所定の位置に着くとカウントダウンの表示とそれに合わせて電子音が鳴る。
開始の合図とともに、愛奈が先に前に飛びだす。
NPC戦でのダメージを感じさせない動きで、確実に相手のHPを削っていく。
しかし相手も決勝まで進んできた猛者だけあって、次第に自分のペースに愛奈を引き込もうとしてくる。
お互いにじわりじわりとHPの削り合いをくり返す。
大きな技を打ち込むようなことはしない。
相手に大きな隙を与えるだけだと分かっているのだ。
「もっと派手に技の応酬やんないんスかね?こういう地味なのは見ててつまんねーっス」
「プロレスのように観客を楽しませるエンターテインメントと違って、クローンモード競技は戦士同士の真剣勝負だからね」
口の中にポップコーンをほお張りながら裕也が愚痴をこぼすと、となりで試合を観ている健人がたしなめる。
試合を通じての相手との間や技の読み合い、そして勝利するための道筋を考えぬくとても高度な頭脳戦、頭で思いついた作戦をどこまで再現できるかが勝負の胆になる。
仮想空間へダイブする前にバーチャルマシンでスキャンされた肉体の記録の上をゆく行動再現はできないからだ。
だが開始四分、愛奈が素早くサイドステップで相手の側面へ回り込み、隙の出来たわき腹に向けてボディブローを決める。
ガクッと相手が前のめりになったところへ、さらにハイキックをキレイに当てる。
相手戦士は気絶したのか、ひざをついてそのままダウン。
HPはあと少し残っていたものの、テンカウントで立ち上がることが出来なかった。
愛奈が二年女子個人の部で優勝した――。
〈おぉおおおおおおおおおっ!!!〉
観客席からひときわ大きな歓声が上がる。
感極まった裕也と健人は、立ち上がりディスプレイの向こうの愛奈に向けて盛大な拍手を送っていた。
ひな子も座ったままではあるが、勝者の健闘を称えるように手を叩く。
しかし、となりに座る小太郎はというと、幼なじみの優勝を喜ぶこともなく、彼女の試合すらまともに観ていなかったようで、心ここにあらずと言う具合に、ぼーっと正面を見ているだけだった―――――。
その後も剛健学園の戦技研の部員たちは、個人戦でみな好成績を収め、団体戦も部長の田原の的確な指示の元、戦士たちは大活躍し、バトルフィールドコンベンションにて有終の美を飾ることが出来た。
黒鳥たちは、団体戦で優勝が決まる前に席を立ち、観客席から去っていくのを横目で確認していた。
楢井先生は最後まで学園の生徒たちの活躍を観ていたが、いつものほわわ~んとした無害な顔とは違い、やや顔を歪めて時折り『どうして――』という言葉をくり返していたようだ。
こちらからは唇の動きがハッキリと見えないので、それ以上の詮索は出来ない。
黒鳥たちに対して、上手くカウンセリングできなかったことに苛立ちでも感じたのだろうか?
ふだんは優しく振舞っていても、先生という仕事はとても大変なことなんだろう……。
ストレスを溜めるようにならなければいいな、とひな子は他人事ながらにそう思った。
大会も終わり、競技場の中にある喫茶店で軽く食事をしたあと、健人と裕也は先に帰って行き、ひな子と小太郎と竹谷は競技場の外へ出て、大会に出場していた戦技研の部員が出てくるのを待っていた。
試合が終わったあと、愛奈がひな子にそうメールを送ってきたからである。
他の学校の生徒たちも出待ちをしている中で、ひな子たちも専用出入り口から出てくるのを待っていると、愛奈がこちらの方へと走って来きた。
この競技場でただ一人、着物を着ているのは優れた目印になるようで、まさに猫まっしぐらと言わんばかりに早々と見つけることができたようだ。
愛奈は個人戦優勝のメダルを首からぶら下げ、小太郎の元へと息を切らせながら全速力で走ってくる。
ひな子と竹谷は、小太郎の後ろの方へ一歩下がった。
きっと愛奈は小太郎に伝えたい大切なことがあるだろうと、ひな子はこれでも気を使っていた。
周りの空気を読むのは苦手だが、こういう分かりやすい事柄くらいなら察することはできる。
ひな子はフッと鼻で笑いながら意味もなく長い髪を手で払った。
この程度のことで得意気な顔をするひな子の頭をなでる竹谷。
穏やかに愛奈たちを見守る気まんまんだった――。
「小太郎ーーー!」
愛奈が笑顔で小太郎の前に歩み寄る。
そして少し息を整えると何かを決心したような顔つきをし、顔を赤らめながら一生懸命に彼に伝える。
「小太郎、アタシの試合観てくれた!?」
「あ――、うん……」
「小太郎がクローンモード競技を止めたあとも、アタシは小太郎みたいになりたくて、がんばってがんばって今日の個人戦で優勝できたんだ!」
「うん、がんばったね……」
しかし小太郎は未だにうわの空で、愛奈の熱意を気に留めることもなく、右から左へと聞き流している様子だ。
それでも愛奈は止まらない。
今まで溜まりに溜まっていた彼女の本当の気持ちを言葉にする。
「ねえ、小太郎。クローンモード競技に復帰しない?アタシは、小太郎と一緒にまた仲良くしたい。――昔は二人でいつも笑い合ってたじゃない?だからさ、また二人でかんばろ」
「……愛奈?」
愛奈は小太郎のパーカーのすそをにぎりしめて、すがるように彼に訴えかける。
感情が高ぶっているのか、目から涙が溢れだしている。
だが愛奈の告白めいた情熱的な言葉すら、今の小太郎の心に響かなかったようだ――。
「今のクローンモード競技には、オレが求めるものはない。それに冒険会をやめる気もない。一緒にがんばる友達が欲しいだけなら、他をあたってくれ」
にべもない淡々とした口調で小太郎は、愛奈の心からの誘いを断るのだった。




