Episode18:お嬢さまが女子心理について考える
週末の学園にて、ひな子はまたもや愛奈に呼びだされて昼休憩に屋上のサンルームにいた。
どうやら小太郎のことで、何かお願いしたいことがあるらしい。
ひな子は小さな手帳サイズの『実録・秘密な乙女の心理』という、いかにも古臭い本を読みふけっていた。
竹谷からお嬢さまらしくないと叱られたので、またもや祖父秘蔵の時代錯誤な内容の古本を頼ることにしたのである。
「それにしても屋上や体育館の裏は、相手にケンカを売るための場所でしょうに……。女子学生の秘め事は女子トイレでと、この本に書いてありますわ」
周りだってけっこうお嬢さまらしくないことするじゃない――。
ふふんと鼻を鳴らしてお昼ご飯のシリアルバーにかじりつく。
もごもごと口の中いっぱいにしてシリアルバーを噛み砕いていると、アシストロボットのヒナタがひな子の膝に着地する。
《ニャーニャー、小坂部愛奈と津川愛の二名が20秒後に屋上へと到着します》
もう来たのかと、ひな子はスポーツドリンクで口の中のものを急いで流しこみ、ビタミンゼリーを一気に吸いこんで、ゴミをまとめてゴミ箱へと叩きこんだ。
そして口元をささっとハンカチでふき、胸ポケットから小さな消臭剤を周囲にシュシュッとふりかけ、何事もなかったようにベンチに座る。
――と同時に愛奈とラブがサンルームに入ってきた。
「お待たせしました、旭川さん」
「ラブで~す。ひなちん、きゃわわ♡」
「ひなちん??……えっと、どうして津川さんがいらっしゃるの?」
ひな子が不思議そうな顔でツッコミを入れると、ラブは愛奈と横並びになって両手でハートマークを作ってみせる。
「ラブとラブ奈ちんは、同じラブラブな名前だからですよォ」
「……ごめんなさい。意味が分からないわ」
「津川先輩、愛をラブというのはご自分の名前だけにしてください!」
ラブが可愛らしくウィンクして答えると、ひな子は本に載っていない女子生徒の生態に混乱し、愛奈は変なあだ名を付けられるのを必死に阻止していた。
なんとかラブの暴走を抑えこむと、愛奈は疲れた顔をしてひな子の向かいのベンチに座る。
可愛さアピールが上手くいかなかったラブは、口を尖らせながら愛奈のとなりに腰掛けた。
「それで、今日はどういうご用件なの?」
面倒ごとに巻き込まれたくないと思いつつ、早めに事を終わらせようとひな子から愛奈に話しかける。
すると愛奈はバツの悪い顔をしてラブの方をちらと見たあと、ひな子の目を見つめて口を開いた。
「二日後の日曜日にバトルフィールド・コンベンションがあって、うちの学園の戦技研も出場するんだけど、……小太郎誘って来てくれない、かな?」
「そうなのですか!?わたくしは構いませんが、小太郎さんが承諾するかどうかまでは責任持てませんわよ?」
「――うん、大丈夫。ひな子さんが誘えば、たぶん小太郎は来てくれると思うから……」
顔を紅潮させて愛奈は恥ずかしそうにそう言ったが、とても悲しそうな表情をする。
「もう!愛奈ちん可愛い、乙女!!こんなに愛奈ちんが想ってるのに、河本クンはっ!」
「やっ、止めてくださいってば、津川先輩!」
愛奈のいじらしさに心打たれたのか、ラブが彼女に抱きついた。
それに驚いた愛奈が、ラブを引き離そうと奮闘する。
ひな子はそんな光景を微笑ましく見ていたが、心の中では祖父秘蔵の少女心理の本に書かれてあった、【少女は恋バナが好きだ。そして友達の彼氏を奪うのも好きだ】という文章を思い出す。
(これは愛奈さんが小太郎さんを好きなこと知って、津川さんは小太郎さんを密かに狙いはじめることになるのかしら……)
ひな子の心は、昼ドラのようなドキドキ展開がこれからはじまるのかと一瞬期待した。
しかしすっかり熱の冷めた愛奈は、ラブを引き離してひな子の方を向く。
「あ、アタシはただ……。バトルフィールド・コンベンションを観戦して、また小太郎が”戦士”に戻って来てほしいだけなの。――ホントにただ、それだけ………」
「戦士?」
「ひなちん、クローンモード競技の選手のことを戦士って言うんだぴょん」
「小太郎はああ見えて、小学生のころには誰にも負けない戦士だったの。だけど、六年前にいきなり辞めちゃってさ……」
愛奈はひな子に戦士としての小太郎の数々の素晴らしさを語りだした。
彼女も彼に憧れて、彼が辞めた後も今でも戦士を続けてきたという。
(大好きな男の子には、強くあってほしいという願望を少女は持っていると本にも載ってましたね)
『なるほど』と、本に書かれていることは当たっていたとひな子が納得していると、ラブが両手の人差し指を胸の前で振りながら
「ということは~、最終的には河本クンを戦技研へ入部させるのが愛奈ちんの夢なのねン♪」
「そ、そこまでは言わない。――でも、そうなればいいかな、って……」
髪をかきあげながらはにかむ愛奈。
きゃ~っとひやかすラブ。
うんうんとひな子は愛奈の言葉を飲みこんで理解しながら、その上で彼女にひとつ質問してみた。
「小太郎さんを大会に観に来てほしい理由は分かりました。同じクローンモード競技でともにご活躍したいお気持ちも分かります。――ですが、それは部活だけの話ですか?それとも日常的な事に関してまで小太郎さんに守ってもらいたいのですか??」
「……日常?」
「ええ、小太郎さんにプライベート・エスコートよろしく何か危害を加えてくる相手の盾になってほしいと……。まあ、そういったことです」
「ちょっと旭川さん、話がおおげさすぎるわ!」
「でも、戦闘技術研究部は『テロから身を守り、また周りをも守ること』を目的となさってるのでしょう?」
「――そ、それは………」
ひな子は部活やゲーム程度のことならば、仮想空間で好きなだけ戦うのは構わないと思っている。
だがリアルは違う。
実際にテロに遭遇した時には、いくら仮想空間で戦うことは出来ていたかもしれないが、死ぬ覚悟を持って立ち向かえる者は少ない。
いたとしても、実戦訓練や対テロの対策を知らない学生がむやみに場を乱すと、本職の者たちに多大な負担や迷惑を及ぼす。
彼女らはそれを知らないので、ひな子は敢えて聞いてみたのだった。
「もし小太郎さんがご自分の限界に気づいて、クローンモード競技から身を引いたのであれば、――愛奈さんはどうしますか?」
ひな子が背筋を正して真剣な眼差しで愛奈に問う。
彼女からして見れば、部員のみんなと力を合わせて頑張って優勝することが楽しかった。テロなどに遭遇したことがないが、自分の力をもってすればプライベート・エスコートに頼らなくても十分戦えるとさえ思っていた。
それに小太郎が一緒にいても盾にする気はさらさらない。
けど……、
――アタシ、自分が考えてるほどテロに対して上手く戦えるの?
という疑問が生まれた。
愛奈は、ひな子がプライベート・エスコートを雇っていることを耳にしている。
それに旭川ひな子は、あの【嵯峨の宮の事変】の数少ない生き残りとして有名だった。
あの大規模テロを生き抜いた彼女だからこそのセリフだと考えると、愛奈は何も言えなくなってしまったのだ――。
うつむいて口を閉ざしたままの愛奈の様子を見ていたラブは、てへぺろーと言いたげなふざけた表情を作ってみせた。
「ひなちんゴメンネー。まあ、と・り・あ・え・ず、日曜日に四つ葉国立競技場に来てちょ♡学生証があれば入場できるからねン☆」
「……はい。分かりました」
ひな子はスッと立ち上がると、二人を残してサンルームから出ることにした。
これはヤバイ……。
言わなくていいことまでガッツリ言ってしまった。
愛奈を泣かせてしまったかもしれない――。
(また竹谷から『お嬢さま失格!』と言われそうですね)
それもこれも『テロを甘く見過ぎている人が多いからだ』と脳内で逆切れしながらも、ひな子は気まずい顔つきのまま教室へと戻るのでした。




