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Episode16:お嬢さまは野生児らしい……

その日、学園から河本家に帰ったひな子は、なにやらご機嫌な様子で部屋の隅に置いてある箱からペットボトルのお茶を取りだすと、豪快に喉を鳴らしながらゴクゴクと飲み干した。


お嬢さまらしからぬ振る舞いに竹谷が眉をひそめていると、ひな子が空になったペットボトルを元の箱に投げ込みながら嬉しそうに口を開いた。


「竹谷!わたくし、やりましたわ!小坂部さんのことと、黒鳥のことの問題を完璧に解決してやりましたわ!!」


「……はぁ」


それからひな子が今日あった出来事をつつみ隠さず竹谷に言い聞かせると、竹谷はサングラスを外して内ポケットにそれをしまい込み、怒りを滾らせた瞳でギロリとひな子を睨みつける。

竹谷の恐ろしい表情にひな子は震えあがり、何がダメだったのかを必死で模索する。

しかし何がいけないことだったのかが、根本的に分からない。


「……た、竹谷?わたくし、何かおかしなことを言いましたか?」


上目づかいで取り繕うとするひな子のおでこを、竹谷はベシッと指で弾いた。


「あだっ!」


「お嬢さま、旭川家の内情をペラペラと他家に漏らしてはいけません。あなたの発言一つで宗家が窮地に陥ることもあるのです」


「――えっ、それは、すいません……」


「あと、あなたの婚約者に対する想いは、同じ歳の者と比べて現実的すぎている上に重いです。小坂部さまはきっと、あなたのセリフの端々でドン引きしたことでしょう。そのため小太郎さまとのことより、あなたのことを可哀想な子だと思われてますよ。頭の中のことを、――ですがね」


「ちょ、竹谷!?そんなことはありませんわ!きちんと和解しましたよ!!たぶん、きっと、絶対に!!!」


ひな子は目を見開いて大声で抗議する。

だが竹谷は、ひな子のおでこに二発目のデコピンをして、あきれた声を出した。


「まあ河平女史の件についてはこちらから抗議しますが、黒鳥に対してのあなたの行動は、はっきり言ってアウトです。いいですか、どこのご令嬢が男の急所を狙いますか?それに下手したら相手をショック死させますよ!?」


「でも、……でもでも、お爺さまが即時に相手を行動不能にさせるにはアレが一番だと言いました。そっ、それに……手加減はしましたから、あの程度で死ぬことはないと思いますわよ?うんうん♪」


可愛らしくひな子が答えると、竹谷は素早く彼女の後方へ回り込み絞め技をかけてきた。


「こちらが言いたいのは、手をだす前に話し合いで解決してくれということですよ。それがご令嬢というものです。……あなたはすぐに自分にとって都合の良い判断をなさいますが、それが一般的ではございません。――ご隠居の古臭い教えは、この際お捨て下さい」


「分かりましたっ!分かりましたあ!!たっ、竹谷!……いきなりチキンウィングフェイスロックは止めなさい!!外した関節を元通りにするのは大変なんですよっ!!」


「――本当に、あなたは器用ですね」


竹谷が技を解くと、ひな子はその場に座り肩などの外した関節を元通りにする。

その光景にあきれるやら感心するやら、竹谷は複雑な表情で苦笑いした。


自分の息子であれば関節技一つで降参させることが出来るが、このお嬢さま相手だとそうはいかない。

生まれながらに特別な人間はいるのだなと、つくづく思い知らされる。


関節をはめ終えると、ひな子はソファーに機嫌悪く座り込む。

キレイな顔つきをしているので、それもまた可愛らしく見えていた。


竹谷は『仕方がない』とズボンのポケットから包装されたどら焼きを取りだして、ひな子の目の前のテーブルに静かに置く。

するとひな子はどら焼きを手に取って、フィルム包装を丁寧にはぎ取るとはむっと大口で食べはじめた。

甘いものを口にすることで、ひな子のご機嫌はあっという間に元に戻ったのだ。


「やっぱり、辰屋のどら焼きが一番だね」


にこにこしながらひな子が満足そうに答えると、竹谷は深いため息をつきながら言葉を紡ぐ。


「……藍子そっくりな顔をしてその形なのに、――それ以外はまったく似ていませんね」


「写真でしか見たことのない母のことはよく分かりません。竹谷、あなたはわたくしの母のことが好きですよねぇ」


「まあ、()()()()()()()から……」


「こんなに竹谷がシスコンが過ぎると、いとこ達が可哀想に思えてくるわ」


「ははっ、子供たちはみんな知ってますよ」


なんだか嬉しそうに答える竹谷をよそに、ひな子はうんざりとした顔つきになる。


竹谷曰く、母は祖母に似て美しい容姿を持ち、控えめでおしとやかで、美人薄命そのままに若くして亡くなった。

ちなみに父に望まれて婚姻関係を持ちかけられたときに、竹谷が祖父より大反対をしていた、と耳にしたことがある。

伯母も夫の竹谷のシスコンの酷さにあきれながらも、伯母も母とは仲が良かったらしいので黙認しているらしい……。


このままだと竹谷の妹自慢で夜が更けてしまうので、別の話題を提示しておく。


「そう言えば、今日は久しぶりにバーチャルマシンに乗りましたの。冒険モード?って言うの??は初めてでしたわ。以前のように狭い機械に押し込められて、研究者たちから無茶苦茶な注文を付けられなかっただけでも楽しいものでしたわ」


「バーチャルマシンは外へ一歩も出たがらない、あのお方が携わってますからね。――それでも嫌なことは断ってもよいのですよ?」


「黒鳥みたいな男のためのデーター集めの協力はしませんが、あの方のためになるなら構いませんわ」


フフフフフッとひな子は怪しげなほほ笑みを浮かべる。

そんなひな子を見つめながら竹谷は『はあっ』と息を吐いた。


――こうしてみるとこのお嬢さまとは同じ”血”というものを感じる。


この子の父があの【嵯峨の宮の事変】の大規模テロの巻き添えでこの世を去り、一人息子を失ったご隠居が落胆したのち、残った孫を連れて田舎へ引きこもってしまった。


わが家もそれにともない定期的に顔見せに訪れてはいたが、ご隠居が自由奔放に育てたためか、年を追うごとに容姿は妹の藍子に似てきたが、言葉使いや態度はそこいらの山猿と変わらない。

数年前から旭川の力で矯正してきたが、やはり生まれ育った環境の影響は根深かった。


それでも自分と共通する要素があるということは、嬉しくもあり恥ずかしくもあり、何とも言えない気持ちで竹谷はひな子を見つめるのだった。

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