Episode11:お嬢さまと竹谷
あれから田原がひたすら謝罪し、その横で津川愛(という名だから自称ラブらしい)がツインテールの髪をいじっていた。
小太郎の婚約者である愛奈は、相変わらずひな子と目が合うと睨みつけて敵意を示していたが、そうでないときは背筋を伸ばして冷静さを装っていました。
すでに下校時間をすぎていたので、お互いに話し合いをすることなく引き上げることになったのだった――。
河本邸に帰宅したひな子は、竹谷が箱買いしてくれたお茶のペットボトルのフタをコキュッとねじり開けて、おもむろにそれを一気に飲み干す。
そしてソファーにぐったりと倒れ込んだ。
昨日と同様に竹谷がソファーの斜め前に控えている。
「今日は予定より遅い帰宅となりましたが、何かありましたか?」
「戦闘技術研究部の方々に絡まれました。どうやら小太郎さんが所属する仮想冒険同好会をよく思われてないようで……」
「さようでございますか。ちなみに絡んできた方々の中心人物のお名前は?」
「黒鳥、と戦技研の部長さんは言ってました。竹谷、――調べるのですか?」
「ある程度の情報はお持ちになっていると便利ですよ」
竹谷はひな子に答えながら、すでに片手で携帯情報端末を操作している。
相変わらず操作が素早いと彼女は感心する。
今どきは誰しもアレを持ち歩いて気軽に操作する時代なのに、自分はそんなふつうのことも出来なくて、アシストロボットのヒナタに介護されているのだ。
「――ヒナタといえば、竹谷!昼の暗号化されたメールは一体何でしたの!?それに暗号キーが『おネコさま』がどうのって、あなたらしくないじゃない!!」
突然ひな子が起き上がって竹谷に抗議する。
しかし竹谷は何のことだか分からないという顔をして言った。
「たしかに本日の昼過ぎにメールを送りましたが、そのような細工はしておりません」
「……本当に?」
上目づかいで見つめるひな子に、竹谷はスーツのポケットからひと包みの大福を差し出す。
「ヒナタに簡単にアクセス出来て、猫がお好きで、メールにいたずらするような知り合いでしたら、お一人ご存知でしょう。お嬢さまはあのお方に遊ばれたのですよ」
「――そう言われてみれば、ヒナタを通してわたくしに助言されたのも、……あの方でしたね」
「度々あのお方はお嬢さまへコンタクトを取られるのですか?」
「二度ほどですが、きっとわたくしをためにしてくれているのだと思います」
ひな子が手を合わせて瞳をキラキラさせながら、相手に感謝の思いをはせる。
だが、竹谷は心の中で『気まぐれにからかっただけだろう』と冷静に分析していた。
盲目的にあのお方に妄信しているひな子に危うさを感じながらも、竹谷は決して注意はしない。
そのように幼いときから刷り込まれているので、否定されることでアイデンティティが危うくなってしまうからだ。
厄介な家系に生まれたものだとため息をつくが、それでも竹谷はひな子が可愛いらしく、ついつい甘やかしてしまう。
「あのお方は日夜お一人で研究に没頭されてますから、たまにはお嬢さまとお話になるのは良い気分転換にもなるでしょう」
「ですよね!わたくしはもっともっとお話がしたいです」
ひな子はすっかりご機嫌になり、竹谷が差し出した大福をもしゃもしゃと食べはじめる。
そんな彼女を横目に、竹谷は送られてきた情報に目を通す。
どうやら学園に潜入し、別企業に所属していると思われるプライベート・エスコートからの調査報告書が回ってきたのだ。
堅剛学園に許可されているプライベート・エスコートたちは、ネットワークを通じて情報提供をし合っている。
いざというときに、お互いに連携が取れないと大惨事を招くことになるからだ。
竹谷もそのネットワークに登録し、流しても良い情報は提供している。
「お嬢さま、黒鳥に関する情報が少し手に入りました」
「教えてください」
お茶のペットボトルの二本目を開けながら、ひな子は竹谷の方を向く。
「黒鳥氏と田原氏は、過去に戦闘技術研究部の部長の座を競っていたようです」
「田原さんが戦技研の部長になったのが気に食わないから、黒鳥さんは反発している、と?」
「そのようです。その上で田原氏と友人関係でもあり仮想冒険同好会の会長でもある三室氏をも敵視し、新型のバーチャルマシンを同好会が所有していることにも良く思っていない、――ということです」
「戦技研のバーチャルマシンは古いのですか?」
「いえ、部員数に対してバーチャルマシンの数が少ないそうです。まあ人気のある部なので全員分をそろえるとなると、設置場所が足らなくなりますからね」
実際、バーチャルマシンの他にジム機材も多数完備されているらしく、空間的な余裕がないですし……。
「部としては至れり尽くせりなのに、黒鳥さんは何を望んでいるのでしょうか?」
「黒鳥家は成りあがりの新参者ですから、周りから認められるような派手な実績が欲しいのでしょう」
戦闘技術研究部で成果を上げて、先祖代々から上流階級の坊ちゃん嬢ちゃんたちから敬われたい、力をつけて成りあがり者と見下されたくない。
その一心で無茶なことをしているのでは?――と竹谷は言う。
今日見たところでも、黒鳥には二十人近くの取り巻きが付いていた。
それについても竹谷は、彼と同じ境遇の者たちらしいと告げられる。
私利私欲にまみれながらも戦技研で個人の力をつけ、弱い自分たちの立場を覆し、力弱い者たちを踏みにじっても強者でありたい。
――まさにテロリストと同じ思考パターンですね。
学園の生徒たちなのでおいそれと手出しは出来ないが、護衛対象者に危害を加えられるようであればプライベート・エスコートたちが動く。
その前に学園側が対処してくれることが一番だが、学園は今のところ口頭での注意でとどめておくらしい。
親たちも寄付金という形で子供たちの悪行の落とし前をつけているそうだ。
余程のことがない限り、学園の方から黒鳥たちを抑えこむようなことは出来ないと竹谷は語る。
「学園とは、面倒なところですね……」
ひな子はペットボトルのお茶を飲み干したあと、机につっぷしてしまったのだった。




