商魂 父と娘
「やはり倉庫に有る分では注文数に足りないな。フランセ支店の在庫か製造元のアルデ町の工房に出向かないと。だが、どちらに手配するにしても時間が足りない。とても納期には間に合わない」
「一個でも足りないと契約違反だと言われかねないし。この契約、失敗だったな……」
「ここまでやる連中とは、私も思わなかったよ……」
声からするとニーナとハンらしい。話題は例の燃やされた商品の補填に関することだろう。
「ニーナ、今回は諦めよう。背に腹は代えられない」
「今回は、と言ってもパパ。これほどの大量注文、もし契約不履行で違約金を払うことになったら! それに燃やされた商品の損失も加えると、マルティネーゼ商会は下手したら破産よ!」
「しかし相手は殺しも辞さない連中だぞ。お前もあんな目に遭ってしまって……お前を失うくらいなら、最悪看板を下ろすことになっても止むを得んよ」
「そんな! おじいちゃんおばあちゃん、そしてパパとママが頑張って支店三つを持つ商会にまで育てたんじゃない! それを! ……それを、あたしのせいで……」
「だから! お前の無事、ましてや命と天秤になど出来ん! フランセ支店長のママも同じことを言う筈だ!」
「……ねえパパ。不足分の引取り、ツトムさんたちに依頼できないかな?」
「タモンに? しかし、彼も人間族だぞ? そこまで手伝ってくれるだろうか? 今、この倉庫も連中に監視されている可能性もある。タモンが連中とは関係ないにしても、どんな妨害を受けるかもわからんぞ?」
「大丈夫よ! パパは見て無いから信じられないのは仕方ないけど、彼の魔導馬車はホントにすごいの! 全部は無理でも、フランセから不足分を積み込むくらいは何とか出来そうだし、頼んでみようよ!」
「しかし明後日中に揃わなければ納期には間に合わんぞ? フランセにしろアルデにしろ、馬車でも3日は掛かるというのに」
「何もしないで潰れるくらいなら出来るだけ抗いたいよ。お願いパパ、これはあたしの責任だもの。最後までやらせて!」
「……逞しくなったなニーナ。こんな目に遭ってもくじけず、逃げもせずに立ち向かおうとするようになってくれた……」
「パパとママの子だもん」
「だが父親としてはハラハラのし通しだよ。とにかく、お前の思いは良く分かった。私も一晩よく考えるから、明日の朝まで時間をくれないか?」
「ん……わかった」
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「ほ~。あんな目に遭いながらも商魂逞しいこっちゃな。気合の入り方が半端ないのう」
ニーナ親子の対話が終りそうになり、立ち聞きがバレたらパパが一晩考える余裕も無くニーナに迫られるかも? と早々に倉庫に向かった勉は、ライトに二人の会話内容を話した。まずはライトの考えも聞かなければ。
「商売やるのも命懸けなんだな、この世界は」
「例の盗賊どもは雇われのようだが、普段でも旅人や農村とかに襲い掛かっとる可能性もあるな。なんにせよ斬った張ったは珍しくない世情だと思わねばなるまいて」
「レイプされた挙句、殺されてしまうところだったってのに、まだ諦めないなんて鋼のメンタルだよなぁ」
「で、どうするんだ? 今の流れだと明朝、商品の引取り依頼をしてくるのは必至じゃろ。オヤジどのも一晩考えるとか言っとるとの事だが、せいぜい『断られたら諦めろ』辺りを落としどころにするのではないか?」
「そんなとこだろうな。でも、盗賊の雇い主の狙いは何だろう? マルティネーゼ商会を失脚させたいってのは何となくわかるけど、取引先も商品が入らなくて迷惑被るし、そこからも恨まれるはずだけど」
「そう裾野を広げんでも、事はもっと単純でないかな?」
「単純?」
「迷惑を被るヤツが、じ~つ~は~?」
ライトの勿体ぶった謎かけ。その言い方も相まって、勉の眉間にシワが寄り出した。
「……いや、単純すぎね、それ? 要するに取引先がニーナさんちに仕掛けたってことだろ? …………違約金のカタに商会そのものを潰すか乗っ取るってか?」
「帝国産魔道具のシェアが拡大傾向に有るなら帝国内の製造元・流通・販路ごと奪ってしまえば手っ取り早く食い込めるしの。正に経済戦争じゃな。まあ、その辺は明日の朝にでも確かめりゃ良かろう。まずは受けるか受けないかだ」
「ライトはどう思う?」
「ニーナ嬢ちゃんが同行するなら賛成じゃな。今回もしっかりシートベルトしてもろて~」
「おまえホント、パイスラ好きだな!」
「いやぁ~、女神様ほどでは無いがニーナ嬢ちゃんもなかなかどうして! なんじゃ、主は見とらなんだのか? まあまあ揺れとったぞ?」
「運転してんだぞ! 只でさえ慣れない道なのに脇見運転なんかできるかよ!」
「脇じゃなくて、おっぱいだが?」
「やかましわ!」
勉は思わず頭が痛かった。
♦
ウィーン……
勉はボタンを操作して後席をフラットモードにチェンジした。さすが高級ブランド車だけあって全てが電動ワンタッチで切換えが出来る。トラックほどでは無いが、これで結構な量の荷物を積載できる。
「ニーナさん、どう? このスペースで不足分の商品、積み込めるかな?」
「はい。これだけの荷室が有れば、十分だと思います!」
一応、勉の勧めもあって、実際に納品する商品の空箱を並べてみて積載量に不足がないかを確認してみた。
昨日に引き続いて時間勝負の依頼だけに「やっぱりスペース足りなかった~」は避けなければならない。
で、この一部始終を見ていたハンは、当然のようにあんぐり顎を落とした。
「な、なるほどすごいな、この魔導馬車は。荷車にもリムジンにもなるなんて」
「リムジンつーのは操縦と乗客のエリアが仕切られとるタイプの事じゃろ? 厳密には違うけどのぅ」
「もっとも、一番驚いたのは馬車が喋るということだが」
「まあ、その辺はとりあえずここだけの話で。ただでさえ目立つもんで」
「承知したよタモンくん。これなら荷の引取りは心配なかろう。だがその分、護衛の冒険者を付けられないところは不安だが。こちらがまだ諦めていないと言う事が知られれば、盗賊を雇った連中も何らかの策を講じるかも……そちらも信じていいんだね?」
「大丈夫よパパ。彼らは一級の魔導士でもあるのよ?」
「そうか。まあニーナがそこまで言うのだから信じる事にするよ。頼むよタモンくん、ライトくん」
「ええ。お受けする以上は全力を尽くしますよ。じゃ、急ぎましょうか?」
倉庫街は既に目覚めの時間を過ぎて市場や店舗向けの出荷が始まっているが、目抜き通りの人出はまだ少ない。そのスキを縫うように勉はライトを走らせた。
まあ、街の話題のタネになるのは時間の問題なのだが。




