ライトくんの初めて
ライトも気持ちは同じらしい。すぐに策を提案して来た。
それに従い、勉はライトの後部に回った。そしてリアバンパー中央部のカバーをいきなり、バリっ! と外した。
「おわひゃぁ! おい主! もっと丁寧に外さんかい! デリケートゾーンやぞ、そこは!」
「妙な声出すなよな。つかデリケートって何だよ、車のくせに」
「追突された時『カマを掘られた!』つーやろがい! 伊達や酔狂で言われとるんちゃうぞ!」
「ほいほい、次から気を付けるよ。さて、フックを……」
勉はバックドアを開けて、トランク隅に置いてあるボックスから牽引フックを取り出した。ピンを抜き、フックを差し込む。
「ほひゃぁー! もっとゆっくりぃ!」
「だから変な声出すなっつーの!」
フックを差し込み、固定ピンと脱落防止のスナップピンを装着。どちらかと言うと、かなり簡易な部類の装置だが、この際、贅沢は言っていられない。
「ふへぇ~……。前オーナーは『いつかはマリンボートを!』とかイキって牽引フック買ったはええが、船舶免許も取らずじまいでの~。結局、一度も使わんかったからワイとしては初めての経験やねん。人間が座薬突っ込まれるのも、こんな感じなんかの?」
「知らねぇよ、座薬なんか使った事無いし」
「座薬入れずに何を入れとったんかや?」
「なんも入れてねぇよ! 一方通行だ! ハンさん?」
装着を終えると勉はハンを呼んだ。取り付けたフックを見せる。
「ハンさん、後輪だけ修理した荷車の先端にブラケットを付けるか、チェーン張ったりとかでこのフックと連結できないかな? 最悪、丈夫なロープででも! とにかくライトで引っ張れるように!」
「そ、その程度なら多分、倉庫内の資材と工具で可能だと思う。でも、ライトくんの負担は大きくなるが大丈夫なのかね?」
「そこは任せいオヤジどの! 我がPUはシステム合計400馬力オーバーのハイパワーシステムだぞ! 馬400頭分のパワーが有れば荷車の1台や2台、へでも無いわ!」
「ライト? 1馬力=馬1頭って俗説だぞ?」
「は? マジか!?」
当時者が知らんでどうする?
「ツトムさん……ライトさん……。まだ……まだ、力になって頂けるんですか?」
「おうよ」
「まだやれることは有るんだ。諦めるこたぁないよ」
「でも、今までも十分すぎるくらいに……」
「ニーナさん。俺、今メッチャ腹立ってるんだよ。ニーナさんはあくまで商人としての筋を通しているだけなのに、奴ら地位と銭金のためにここまでするのかってさ! て言うかさ、ニーナさんがいなけりゃ俺たちだって途方に暮れてたんだ。恩人にこんな仕打ちされて黙ってられないよ!」
「手ェ下した外道ども! 車の命たる車輪をへし折るとか! 同じ車として断じて許しがたいわ! 馬車たちの無念、晴らさでおくべきか!」
「お? やっぱシンパシー感じるのか?」
「当然よ。言ってしまえばご先祖さんのようなもんじゃし」
異世界だけどね~。
「じゃあ、修理する馬車とライトを倉庫に入れよう。多分ヤツらはここを監視してるはずだし。ハンさん、周りへの警戒と修理、改造をお願いします!」
「わかった。明日の朝までには何とかしよう。皆さんはそれまで体を十分に休めてくれたまえ。ニーナ、お前もだ」
ハンは指示を終えると、自ら率先して作業にかかった。
♦
夜明けが近づき、シャンタの街がほんのり明るくなってきた。
もうすぐ夏を迎える頃合いであるが、朝晩はまだまだ肌寒い。
そんな朝靄が漂うマルティネーゼ商会倉庫周辺を、扉の隙間から表を窺っていた丁稚のロンは、小声でハンに報告してきた。
「やっぱり居るっすよ、旦那さま」
「やはりか。人数は分かるか?」
「…………5人は居るっす。みんな斧や丸棒持ってるっす。棒を突っ込んで車輪を止めて斧で車軸を、ってところっすね」
「予想通りだな。じゃあライト、夕べ考えた作戦で行こう」
「おう。主、周辺の見張りの排除は頼むぞ。最低でも全員捕縛できるほどには痛めつけんといかん」
「ああ。これ以上、ハンさんたちに悪さ出来ないようにしてやるさ」
「お? やっぱ一皮むけたか、主よ」
「茶化すなよ。連中にはマジで、ホントにマジで腹立ててるし。それに、ここで俺たちが何もせずに諦めたら……奴らはこれに味を占めてこれからも好き勝手やり出したら、ニーナさんたちの姿は明日の俺たちだ」
「情けは人の為ならず、廻り回って自分のため――じゃな」
「言ってることはもっともだけど、お前ってどんどん年寄りっぽくなってるなぁ」
「年寄りとはなんじゃい、まだ3歳やぞ! と?」
「お待たせしました、ツトムさん、ライトさん」
奥からニーナがやって来た。両手にバスケットケースを抱えている。
厨房で道中の弁当を作っていたらしい。
皇国まではライトの速度をもってしても一夜の露営は必要だそうで、その時の食材も入っている様だ。
「よし、出発しようか」
「はい。じゃあパパ、行って来るわ」
ふっと優しく抱き合うニーナとハン。家族の強い絆で結ばれる二人を見て、勉はちょっとウラヤマシス。
「くれぐれも気を付けてな。ツトムくん、ライトくん。娘をよろしく頼む」
「ええ。全力を尽くします。じゃあニーナさん、乗ってください」
「よし。ロン、アルノ! 私が合図したら扉を一気に開けろ!」
「はい、旦那さま!」
「合点っす!」
2人の丁稚は指示通り、倉庫正面扉に取り付いた。勉も運転席に乗り込む。
「さあて、いよいよだな。ライト、サンルーフオープン!」
「よっしゃぁ。嬢ちゃん、パイスラ……いや、シートベルト絞めとくれ! 街道に出るまでは、ちょっと荒っぽくなるでな」
「はい!」
「いいね? よし。ハンさん、扉を開けてくれ!」
朝靄も薄まって来た。
日付が変わった頃合いから、ほぼ徹夜でマルティネーゼ商会倉庫を監視していた雇われ冒険者――と言うかほぼほぼ野盗に近い逸れ者たちは、朝の冷え込みで垂れてくる鼻水をすすりながら入口を注視していた。
夕べの襲撃後に帰還したであろう調達組が、馬車の惨状を見て万策尽きたと諦めるかと思いきや、いつまでたっても消えない照明に加えて、響く作業音。
つまりマルティネーゼ商会の連中はまだ懲りずに、更なる悪あがきを続けているということだ。念のため、夜中12時を過ぎた頃に様子を見に行ったらこれもんである。
夜間から未明まで、ひっそり近付いて内部で何が行われているか伺うも、窓も隙間も全て目張りされて音しか聞こえてこなかった。
その音もやがて収まり、連中が夜明けとともに何か動き出すということは間違いないだろうと考えていた。
野盗どもも、自分側勢力――雇い主による度重なる襲撃・嫌がらせの全ては知らないだろう。だが昨夜の馬車破壊犯である自分たちが、まだ監視していることは商会側も想定しているはずである。目張りを施したのはその証左に他ならない。
顔を出した途端、我々が襲撃するのは見越しているはず。
予想される行動としては、扉を開けるなり全力疾走で飛び出して我らを煙に巻く、あたりが一番有力であろう。
ならば、飛び出してきた瞬間に襲撃・取り囲んで再度車輪を破壊し、即座に離脱して他の町村、山林に雲隠れを狙う――夜盗どもはそう画策し、仲間を分散配置していた。突破された時の場合に備えて、外壁門までの退路にも3人ほど配置してある。それらが立ち塞がって足止めし、自分たちが追撃する。
8人がかりであれば、吶喊修理の馬車など瞬く間に粉砕してくれよう。
――ヘタ打って取り逃がしちまったら、タダ働きな上に罰金まで追加……おまけに界隈の笑いもんだ、冗談じゃねぇ
夜盗は更に気を引き締めて、その時を待った。




