勉、怒髪てっぺん!
「つまりこの商品は、実質的にニーナさんちの独占商品だったワケね」
最後の職人との会話から勉が聞いてみた。
「はい。外観は普通の陶器なのですが、内部に魔石が仕込まれておりまして。僅かな魔力でも保温が可能になる器なんです」
「へぇ。朝作った料理が夜でも温かいまま食べられるのは嬉しいね」
日本でもランチジャーや保温ポット等は当たり前に有るが、こちらの中世から近世の世相でも魔法・魔石活用による生活様式の発展は、同世代の地球より進歩している面も感じられる。
先程のアルデ町はいわゆる田舎の部類であるが、魔石による照明で夜でも結構明るい。
――コレで科学的な思考や方法を融合させられれば、ワンチャン地球よりも早く快適な環境になるかも? てか、風呂入りてぇ~
と、閑話休題。
「そうです。でもまあ、魔石を仕込んでの保温食器は以前からあったんですけど、これは保冷も出来るんです。一つで冷温両方が出来るのは当商品だけなんですよ。保温用と保冷用の魔石は相性が悪くてそれぞれが効果を打ち消し合ってしまいます。そのため、どこの工房も開発は諦めていたのですが、アルデの職人さんはお互いに干渉しあわない工法を編み出しまして、我が商会もその開発に出資していたんです。市場に出回ると評判も上々で我が商会の看板商品の一つとなりました」
「なるほど。じゃあこの製品の製法はあの工房とニーナさんちだけが知ってるんだな」
「はい。他の工房も模倣しようとしたらしいのですが、この器には一つだけ弱点が有るんです。直火には弱いんです」
「あ。もしかして極端な温度差を加えると歪むとか?」
「ええ。あっと言う間にひび割れするんですよね」
「ん? 陶器なら製造過程で加熱は必須じゃろ? それを……おお、それがあの工房の秘策と言う事かや?」
「正解です。工法としては、単純に言うと歪みを見越しての魔石の選別と配合、それに合わせた成形を施す、と言うことになるわけですが、その加減が職人さんの勘によるところが大でして、他の工房は模倣を諦めたんです」
「まあ、いつかは気づく奴も現れるんだろうけど……あ、じゃあ今回の事案て……」
「模倣できんのなら、製造・販売ルートごと奪ってしまえ、と?」
「おそらくフェラーレロはそれを狙ったんだと思います」
「なるほどね~。ヒット商品を我がものに出来れば、盗賊やら工作員を雇ったって高い投資とは言えない、て寸法か」
「に、しても、商いとしては荒っぽい話よのう」
「いわゆる豪商と言われる大店だと、業績拡大のためにはヤクザまがいの乱暴な手を打って来る所も有るんですよね。フェラーレロも、我が商会の販路や帝国内のパイプを握って、その規模をもって国家と直で取引できるほどの大手の一角に食い込もうと……」
「そう言う所は、例えば軍や官僚・役人たちが使う装備やら備品やらで荒けない金額が動くからのう。食い込むためには三方良しなんて長閑な事を言っとったら、あっという間に足元をすくわれるんじゃろな」
「でも、そんなおっかない店で買い物したがる一般客っているのかな?」
「そこは色々でないか? 領主や皇室御用達な店は庶民など相手にはするまい?」
「そう言った大店も有りますが、そこはそれ、いろんな顔を持ってそれぞれのお客に対応している所の方が伸びている感じですね。うちはまだまだ新参者ですから、庶民の皆さまに頼って頂ける商いを目指しています」
「いい心がけだね。なら、なんとしてもこの取引、成立させないとね!」
「おおよ。往路でデータは取ってあるからな、悪路のチェックポイントはしっかり指示するで、飛ばせ主!」
「おっしゃぁ!」
ライトにハッパをかけられて、勉はラリードライバーになった気分でアクセルを踏み込んだ。
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とはいえ、相手はあらゆる所に抜け目なく布石を打ちまくる手練れである。
商品の員数が揃っただけでは、安心するのは早すぎた。
「あれだけの事を仕掛けてくる連中だからなぁ。想定内、の範疇と見るべきかもしれないけど……しかし……ここまでやるのかよ……」
「そんな……荷馬車が、こんな……」
深夜、日付が変わる頃合いにシャンタの本店に到着した勉たち一行は、眼前に映る騒乱の爪痕も生々しい惨状に愕然としていた。
マルティネーゼ商会が所有する3輌の荷馬車が、何者かの襲撃を受けて損壊・走行不能に陥ってしまっているのだ。
「ひどい……」
今まで様々な妨害を乗り越えて、やっと光明が見えて来た矢先のこの仕打ち。路面にへたり込んでしまったニーナの目から、怒りと悲しみの涙があふれて来る。
「10時も過ぎて、今日中の帰還は叶わなかったのだろうと諦めて引き揚げたところを狙われてしまった。返す返すも甘かった……」
「車輪や車軸を優先に壊されとるな。最短時間を狙っての一撃離脱戦法といったところか。小賢しいのう」
「火ィつけられるよりマシか? でも放火の方が早いだろうにな」
「火事とタタキでは周りの目も違う。タタキは襲われたところだけで済むが、火事ならば自分らにも延焼しかねんから総出で火消しにかかるし、野次馬――目撃者も増えよう」
「積み込みは荷が全て揃ったら、と後回しにしたのは不幸中の幸い。商品は無事だったが運ぶ車が無くては……おい、どうだ? 1輌だけでも組みなおせんか?」
ハンは住み込みの丁稚に被害状況を調べさせた。ニコイチ、サンコイチで部品を集めて、何とか一輌だけでも稼働させたいところだが。
「駄目っす旦那さま。まともな車輪は3個だけっす」
「後輪だけで何とかならないの?」
「姐さん、無理っす。荷台の真ん中ならともかく、前後片っぽだけじゃ馬に負担がかかり過ぎっすよ。早々に潰れちまう」
「く……!」
「ハンさん。他所の馬車は借りられないのかい?」
勉が案を出した。ここは倉庫街、馬車自体は他の業者も持っているはずだし伝手さえあれば……。
だが、
「難しいな。普段ならいざ知らず、うちが嵌められて嫌がらせを受けているって噂は倉庫街に広まってしまっている。盗賊や夜盗のような者が出張って来て、自分たちにとばっちりを被る覚悟で貸してくれと言うのは……」
成るほど理屈である。相手は殺しも辞さない手合いなのだし無理は言えない。
「う、ううう……」
ニーナの嗚咽が漏れる。絶望一歩手前だ。
悔しさと哀しみに、彼女は地面に爪を立てて握り締めた。爪が剥がれないかと心配になるほどに。
それを見て勉の胸の内は、行き場に困るほどの怒りが込み上げて来た。
今までの経緯からも、まだ何らかの妨害は有るだろうとは思っていたが、ここまでストレートに悪意丸出し――と言うか、悪びれもせず当たり前のようにやらかしている感がハンパなく不快この上ない。ニーナは商人の道を決して外さず貫き通そうとしているのに、奴らはそんな彼女の思いを土足で踏み躙り、泥を擦り付けやがる。
怒りの感情が一周回って、冷静にやり返し――対抗策を考えられるほどに湧き上がる。意地でも、是が非でも、万難を排してでも、必ず商品をキッチリ耳を揃えて送り届けてやる! と。
「ライト?」
「おう。後ろに回ってリアバンパー中央のカバーを開けろ、ヒッチメンバーがついとる。ツールボックスに牽引フックが入っとるハズだから、それを取り付けてくれ」
「OK!」




