職人ならば目で盗め
先の二つの町は人目も避けていたことも有るが、こちらを見つけても遠巻きに訝る程度がほとんどだった。奇妙な風体に興味は有れど、下手に近付いてケガを被るような事態は御免こうむる、と考えるのは人情であろう。
ところがこの街は全くの真逆である。やはり職人が多いせいか、目新しい工業品には興味津々となるのだろうか。
で、今現在ニーナは単身、工房主と商談真っ最中なので勉はライト内で待機しているわけだが、正に衆人環視のジロジロ目線。こんなのに晒されるのは非常に落ち着かない。
「でかいガラスだな。しかも見事な曲面に透明度もめっちゃ高い。よほど名のあるガラス職人の手によるものだろうな!」
「ガラスもそうだが、この鉄板を見ろ。驚くほどペラペラじゃ。しかし……」
「うむ。これほど広い鉄板で、信じられんほど厚みが均一だ! それだけでも驚きなのにこの手触りに跳ね具合、かなりの強度と硬度を持っとるぞ」
「鉄なら固くすると脆くなるもんだが……なんだ、この柔軟性は?」
「しかもそれを継ぎ目無しに曲げ加工まで施しとる! 丸で直線を描くような加工じゃ。こんな事をできる奴は仙人級のマイスターじゃな!」
ライトくん、大人気である。
「警戒心の欠片も無いなぁ。職人気質のなせる技ってか?」
「ゴツい手でベタベタ触りよってからに全く~。可愛い女の子ならかまわんが~」
「そうでなくても砂塵撒き散らして走ってるから、車体もだいぶ汚れたよな」
「主、仕事が終ったら洗車してくれよな」
「それはいいけど、川の水とかで洗うしか無さそうだなぁ。カーシャンプーなんぞ無いだろうし」
「てことは、ワックスも無しか!?」
「オリーブオイルでも塗っとくか? ニーナさんの店に有ったぞ?」
「あほか~! 余計にホコリ張り付いて錆びるわ!」
「俺も毎日お風呂、なんて望めないもんなァ。結構キツイわ……ん?」
「お待たせしました、ツトムさん、ライトさん」
ニーナが戻って来た。窓越しに話しかけてくるのでウィンドウを下げる。
すると、おー! 窓が独りでに下がったぞ! とか周りが騒めく。お約束とは言え、やはり落ち着かない。
さて、ニーナである。
「ごめんなさい、今日はこちらで泊りになりそうですわ。実はこちらでも商品が」
「え? 商品が無いの? 製造元なんでしょ、ここ」
「宿所の手配もして頂きました。詳しいことは、でご説明します」
と言う訳でライトを収容できる馬小屋に案内され、勉らはそこで商談の内容を聞く事になった。
「直接買い付けに来た奴らがいる? 例の商品を?」
「一見の業者だったそうですが割増料金を提示されたらしく……最初は断ったとの事ですけど、しつこく食い下がって来て。仕舞いには脅すような口のきき方になったと……で、うちには納品したばかりだし在庫分くらいは大丈夫かと判断したそうで」
「……出来過ぎじゃな」
「ああ、偶然とも思えないよな。ニーナさん、俺たちは部外者だから口ばし突っ込むのもなんだけどさ。絶対変だよね、この取引き」
「……はい。全ては、あたしの青さが原因です」
「やっぱ、乗っ取りかや?」
「ええ、おそらく……」
「嬢ちゃんとこの店は、先代と親御さんで支店を持つほどの商会になった。そして嬢ちゃんは自分の代で、帝国産の魔道具が皇国でシェアを伸ばしている事から皇国内での販路拡大の機を窺っていたところに、それなりの規模の店から商談の機会を得た。しかしそれが……」
「お察しの通りです。帝国も皇国も商取引を活発化させて経済成長を促そうとしているわけですが、実際に行われているのは経済による侵略と言いますか、シェア戦争と言いますか……」
「ライトの言っていた通りか。スキあらば販路を奪う・独占するって、まんま生き馬の目を刳り貫くが如しってとこだなぁ」
「まあ軍隊がぶつかり合ってのガチンコ戦争に比べりゃマシかもしれんが、実際に人死にまで出とるしのぅ。物騒な話じゃて」
「今回の取引相手のフェラーレロ商事は当初、友好的な接触を図って来ました。国や種族にとらわれず三方良しを目指しましょう、と。それ自体は社交辞令と言うか、気を緩ませるための常套手段ですし、軽々に信用する事は無かったのですが……不自然さの無い順調な取引が続いたもので……」
「だが突然、牙を剥いてきた――と言うワケかの? 一寸先は闇じゃな」
「闇っつーか、そこに潜んでいる魑魅魍魎そのものが飛び出したっつーか」
「今回は今までにない大きな取引でした。いい実績が残せると気が緩んだのは言い訳の仕様も有りません。自分の拙さが元で店や両親、挙句みなさんも……」
「黒幕はそのフェラーレロとやらで決まりかな?」
「おそらくは。でも証拠が全くありませんし」
「対抗するには正面から堂々、契約を履行するしかないってワケじゃの。で、今後の対処はどうするんやね?」
「資材屋さんにも話を付けて頂きまして、明日の朝、早いうちから取り掛かって頂けることになりました。でも必要な数が揃うのは午後になると……」
「そっか。まあ到着は深夜になりそうだけど、なんとかなるな」
「重ねがさね申し訳ありません」
「なあに、他ならぬニーナ嬢ちゃんの頼みじゃ。つかワイらも嬢ちゃんに頼らんと寝床もままならんからな。それよりも……」
「え、なにか?」
「ここでの買い占めもフェラーレロの差し金じゃとすると、これで収まるとは思えんのう」
「……」
「そうだな。予想できる全ての所に手を打っているところを見ると、全く油断できないね。でもまあ、俺たちはやれることをやるしかないな」
「もしかして、あの盗賊の襲撃と同様の手段もありえるでしょうか……」
「二人逃がしとるからな。奴らがワイらの情報を黒幕に伝えとれば、新たな策略をこさえとってもおかしくはない。これだけ用意周到な連中ならば、まあ……腹ァ括っとくかの、主?」
「お、おう。まあ、そうだよな……」
ライトに発破をかけられた勉は、軽く心臓が締め付けられた。ライトの操縦はともかく、前回以上の修羅場・戦闘となるとやはりまだ、腰が引けてしまうのである。
サバゲとは全く次元の違う攻防戦――命のやり取り。こちらではどんな分野でも逃れる事の出来ない、正に「今、そこにある危機」だらけと言える世相。
バタバタしていて後回しにしていたが、元の世界に帰れる可能性が有るならそう言うのから逃げ回るのもアリだろう。だが今現在、帰還は不可能、もしくは当面の間は困難――だとすれば、そういう危機にも立ち向かう気概が必要……ライトの腹を括るという言葉は、それも含まれるのか、との思いが勉の脳内に過った。
――ダメだなぁ。まだ、どこかで迷ってるよなぁ、俺……
すでに一戦交えていると言うのに、日本での娑婆っ気がまだまだ抜けない勉。
商人としての矜持を崩さず懸命に、正に命がけで立ち向かうニーナには尊敬の念すら憶える。
この先、納品完遂までにどんなトラブルが起こり得るか? 気の迷いはそのまま、自分の寿命を縮める事になる。至急、乗り越えなければならない壁だ。
だがこの先、とある感情をもって勉はその壁をあっさり超える事になるのだが。
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翌日、アルデの職人は日の出とともに作業に入ってくれた。
職人たちは皆、一生懸命に製作を急いでくれたが作業完了には午後二時を待たねばならなかった。
「はい。必要数はこれで揃いました。主任さん、ご無理を言って申し訳ありませんでした」
「いやいやなんの。こいつはマルさんとこの支援で製品化出来たものじゃからの。なのに余所者に回してもうて、こちらこそ詫びなきゃならんよ」
「相手が相手です、どうかお気になさらずに。では、急ぎますので今日はこれで失礼させて頂きます。本当にありがとうございました」
「道中気を付けての。またゆっくりしに来てくれなぁも。そん時ゃそちらの魔導馬車、じっくり拝見させてくれなんし」
「はい、それでは!」
ニーナは挨拶を終えるとライトに乗り込んだ。同時に勉はアクセルを踏み、シャンタへの帰路に就いた。




