01-35 魔女の審問2 ー 何事も過剰になるなかれ
「おお。怖い怖い。魔女様は肝が据わっておられる。サバトの位も高いのだろうな。教えてくれ。悪魔のアレって、太くて立派か? 人間の男より良いもんかい?」
「げへへ」
サバト。悪魔と魔女だけの謎パーティだ。人里離れた夜の森や山で、乱交に耽ったり幼児を食らったりする秘密集会とか。魔女はハダカで箒にまたがり悪魔のお尻にキスをする。背中を合わせて狂ったように踊りまくる。
秘密会議は、魔女の人以外はみたことない集会。見たことがないのにみんな知ってる。そのサバトに私が参加したって。知りもしない場所に行けるわけないのに。
どうしよう。こんなときどうしたら。
お父様はこんな場合、船乗りは笑ってごまかすって言ってた――それは違うわね。
お爺さまなら? ゲスな男をあしらう方法を言っていたような。思い出せ。
『顎をあげろ。冷たい目でにらんでやれ。美人の冷視線ははことのほか効くもんだ』
顎をあげた。あんたなんかおよびジャナイって。つんと澄ましてやる。
でも、とっくにさっきから睨んでる。顔も目も固定されたように動かないけど、これで目いっぱい澄ました顔だ。効いてる?
「なんだ? ハエでもいたか?」
男の表情は変わらない。ひるみなんて一片も見当たらない。
役に立たないじゃないの、お爺様!
「クリマコやれ」
「おう。まってたぜ」
いったんナイフが外される。お腹を縛ってる紐が外された。
「ほどいてくれるの。ありがと」
ほっとしたのも一瞬。襟元に手が掛けられる。嫌な予感。
「なにするの。いや、放して。いやだって!」
抵抗腕を組んで逆らったけど、大人の男には歯が立たない。
私は服を脱がされてしまった。
「ほうほう。思った通りですなドロテオさん。げへへ」
「うむ形のいい胸だ。悪魔が手もみで整えたようだな」
強引に手をテーブルに戻された。胸を隠すこともできない。ロウソクの灯りで、私の双丘が影を作った。
「……あなた。死んでも、天国にいけないわよ」
「魔女の分際で天国を語るなっ」
頬をぶたれた。
「魔女が尋問官にモノ申すな。女のくせにたてつくな! このっこのっ」
平手打ちが連発される。天国にいけない、つまり地獄に落ちることは、十字教にとって最悪の事態。信奉する者には強い侮辱となる。
「ど、ドロテオさん。あんまりやっちまうのは」
「かまわん。どうせ死刑になる女だ」
「裁判長は良い顔しないぜ」
「お前は誰の味方だ。魔女か」
「わかった、わかった。そうやって取り乱す性格だから。左遷されたんですぜ」
「なんだと!」
「なんでもねーすよっ」
私の頬は真っ赤に腫れてると思う。でも、叩かれたおかげで少し冷静になれた。この男は頭が悪い。脅しは雰囲気だけ。裏付けがない。
「あ、あなた。ドロテオって言ったわね」
「なんだ。話す気になったのか。お前は自分が魔女と認めるか」
「これは裁判前の尋問だって。言ったわね」
「言ったな。それがどうした」
「裁判なら証拠がいるでしょう。さっきから妄想と想像ばかりだわ。密航したのは事実だけど、方法はわかってるのかしら」
「樽に潜んでたんだろ。飛ぶ樽にまたがって船に乗りこんだ」
「魔女が乗る道具といえば、普通は?」
「箒だ。それがどうした当たり前だろ」
「樽はおかしくない? |空<から>でも重いわよ。箒よりもずっと重い。聖書に、魔女は樽に乗って飛ぶという記述があるのかしら」
「む……とある聖人の解釈に魔女が飛ぶとある。箒である必要はない」
「自分の言葉を翻すの? ドロテオは、飛ぶ魔女をみたことがあるのかしら。私が樽に乗って飛ぶのを誰かが見ていたの? それは誰? 名前をいいなさい?」
「チッ」
ドロテオはやりやすい相手だ。いちいちこっちの話に応じてくる。いまいましそうに唇を噛むが、無視されるよりずっといい。言葉が通るなら、この場をやり過ごせるかもしれない。望みはある。
「く、怪しい薬を作ったな。鞭の傷たちまち癒えたというが。そう思わせる幻惑術だ」
良い兆候。不利とみて話を変えてきたわ。
「お爺様が旅商人に教えてもらったのよ。町中に広がってアイワルクじゃ子どもだって作れるわ。あなたは大人のくせに作れないの」
「教会の教えに反する。治療は祈りか、四体液説に基づく治療しか認めん。傷や病の治りは神の奇跡。治らず死ぬならそれが定めだ。この、異端者が!」
「魔女。異端。なにかいえばそればかり。ねえ。サバトってどこにあるの? 山の中? 女の足で山なんか入ったら遭難して死ぬわよね。それにマルタは狭い島だわ。いったいどこに人目につかない場所があるというの」
「減らず口をたたくなあ!」
ガツン。手の甲にナイフを突き立てられる。
「ぐっ」
「出まかせをべらべらうるさいウソつきが! お前は処刑! 裁判なんかいらん」
こんな激高しやすい男だったんて。見当が狂ったわ。理屈で説得しようとしたけど無理みたい。教会の教えを頑なに妄信。私の話なんか、端から拒絶してるんだ。
「こうなると手がつけられねぇ」
クリマコはって匙を投げた。「ほどほろになせぇや」と言いながら、臭い顔を近づけて匂いを嗅ぐ。シャワーも浴びてないのに。ヘンタイだ。汚くがさいた手で胸をつかんだ。「やわらけぇが芯がある。娘はええの」気持ち悪い。心臓が腐りそうだ。
前と後ろから迫られ。逃げられない。これは窮地だ。
シロウだったら。逃げるかな。こんなとき彼ならどんな助言をするだろう。
私、想像して。
『体の力を抜いて逆に相手の力を利用する。どんな屈強な男でも関節の向きは同じだぞ』
役に立ちそうもない。けども、上半身は自由に動かせる。やってみよう。
私はナイフを握るドロテオの手に、右手を被せた。ナイフの刺さりで痛みが強くなったが無視。痛くなんかないと言い聞かせる。
「手をつないで色仕掛けか? 汚らわしい小娘魔女が、む?」
息を吸い込んで胸を張る。クリマコの「ふん?」って生暖かい鼻息が勢いよく耳にかかり気色悪い。これも無視。
息を吐き、体をひねりながら、全身の力を抜いた。自然と両腕が引き寄せられる。
『力を抜いた人間の体は重いぞ。寝た子どもを抱えるのは骨だろ?』
「ぬあ?」
「ふふ……ぬ?」
私から見て、片腕の手首を捻られたドロテオが斜め右前に、覆いかぶさるよう胸をもんでいたクリマコは肩を透かされて前に、よろめく。私は下へ崩れたせいで、中心に吸い込まれるように、二人の頭が衝突した。やってみるものだ。二人はそのまま折り重なって倒れた。
私は身をひるがえし床を蹴り離れた。
「椅子が……紐をほどかないと」
紐の縛りはゆるい。よくあるリボン結びだ。腰の紐があっけなくはずれた。女で子どもだから油断してたな。次は足。紐に手をかける。こっちも単純。船のもやい結びより楽だ。外に逃げよう。ここを出れば助かる。夜の闇に紛れて船に戻るんだ。
「ガキがっ!」
「ぎゃっ」
いきなり頭を殴られた。ドロテオがもう、立ち直った。私なら、倒れたら1分は起き上れそうにないのに、大人の体力をみくびってた。椅子をき込んで横転する。紐が指に絡んだ。
「……うぅ」
逃げなくちゃ。逃げないと。体を引きずるけど、紐が、重い椅子と指に絡みついて、身動きがとれない。よけいなことをした。引きずって逃げればよかった。
「くそ魔女。俺の手に傷がついちまったじゃないかよ。お前の血が混じって、俺まで魔女になったらそうする。いったいどうしてくれるんだ、よ!」
「がっ……」
「ドロテオさんよぉ。こいつ、いらんなら、俺にくれよぅ」
「こいつは殺す。魔女が感染しても覚悟で、悪戯したいなら、あとにしろ」
「遺体いたぶったら呪われる。くれるていうから手伝ってんのに約束やぶんのかっ」
「……ふぅ……わかった、魔女はお前のものだ」
「やりぃ。娘さんよ。楽しもうや」
「やれやれ。暗いうちだぞ。朝には始末しておけよ」
「わかってるわかってる。うひひ」
こいつら。初めから私を生かす気はなかったのね。尋問も拷問もただの、趣味の悪い嫌がらせ。体は穢されたし、もう、女として生きていけない。いっそ殺されるほうがいい。
「……なにもかも、嘘っぱちだった、ってわけね。なにが審問員よ。ゲスカスのド外道」
「俺はれっきとした審問員だ!」
「悪魔に、魂を売ったのね。あなたこそ魔女だわ。悪魔まよ本物の悪魔」
「なぁにぃ」
表情が変わった。泣き出すような笑うような、顔になった。カチリと音が聞こえた気がした。
「……………………殺す。貴様は殺す。いまここで!」
「まてよ。ドロテオさん。くれるっていったろう。やめれ」
「……るせぇ。邪魔するなら貴様も殺す」
「ああ? 殺すって俺をすか。能書きバカのやせっぽちのあんたが俺を」
「バカ? バカといったのか。能なしの貴様が」
「お、お、俺はバカじゃねぇ」
ののしり応酬をくりかえしながらヒートアップしていく。低レベルな争いだ。
私のせいじゃないわよね。
争いは、ドロテオがナイフをちらつかせた瞬間から、次の段階へはいった。
右のナイフを左へ持ち換え、それをまた右へ持ち替える。けん制だ。見たことある。チンピラ同士のケンカであるやつ。あくまでけん制。ビビらせれば勝ちで、認証沙汰になることは少ない。兄貴分や、裏町の実力者が仲裁にはいり、落とし前をつけて決着だ。
ドロテオは、クリマコがビビると考えたようだ。
「ぬおおおお」
けど、体の大きなクリマコは突っ込んだ。武器などないかのように突進した。張り手一発。ドロテオの手からナイフが吹き飛ぶ。そのまま倒れこみながら床に押さえつけ、両の腕を膝で抑え込んだ。
「ぐあっ!」
ドロテオは、身動きが取れなくなった。
「く、クリマコ、てめぇ。誰に、何やってるか、わかってんのか」
「あ、あんたが、約束破るからだ。約束は、だ、大事。神様も言ってる」
「放せ。俺は魔女を葬る」
「だめ。させない」
私は、ぼんやりみつめた。形成は決まった。すぐ殺される心配はない。クリマコが、用事を済ませるまでは。どっちにしたって逃がれられない。
これは他人事。私に起こってることじゃないって。現実から逃避したい。
そのとき、音がして外に気配を感じた。人がいる。扉が、軋みながら勢いよく開いた。男たちが、室内へと雪崩れ込んだ。
「そこまでだ。静粛にしたまえ」
「な、なんだおまえ……司祭さま」
「審問員ドロテオだな。そなたには送還命令が下ってる」
何人もの大人に混じって、ひとり場違いの人物がいた。それはいるはずのない子ども。いたらいいなと何度も思った頼りになる守護者。シロウだった。
「アリアナ! 無事か」




