01-36 島で迷子に ー 力があると思うゆえに力が出る
カストはアリアナを連れて行った。自分勝手な目的のためで、おそらく裁判で証言をさせる気だ。アリアナは魔女。そんな噂がちらほらたってる。事実無根だのだが心配だ。任意の証人であっても、裁判の場に置かれたなら、正当に扱われないかもしれない。船を占拠するマルタ騎士でさえ『魔女裁判』は確定と決めつけている。
俺は舷を蹴り、船から飛び出した。
「おい“バカ僧”。早まるな! 娘が死ぬって決まったわけじゃねぇぞ」
「なんだと え? シロウ? 海は息できねぇぞ!」
オルハンとレッテーリオの慌てる声。死ぬつもりはない。何ができるかわからないが、保護者として放っておけない。あとバカ僧じゃなく若造だ。
「――ネロ」
詠唱しながら港の海へ着水。1坪の薄い水膜を作ってクッションにする。うねる海面の10センチほど下に設置した。見えないから、魔法とわからないだろう。側舷から身を乗り出すオルハンとレッテーリオに仰向けで手をふる。
「ちょっと。観光してくる」
「バカ野郎が……お嬢を頼んだ」
面白い余興でも見るような船乗りと騎士連中に背を向け、岸に向かって泳ぎだした。ガレー船係留した|内港<ダルセナ>でなく、反対側にある、漁港と商人の荷揚げの船着き場を目指す。犬かきのようなクロールでじたばた泳ぐ俺を、溺れる子どもだと思ったらしい。岸に着く。大人たちが駆け付け俺を引き上げた。
桟橋からは警備の騎士らがこっちを目指して走ってくる。
「Estas bien, chaval?」
スペイン語? イタリア語? |通訳<アリアナ>がいないからわからない。大丈夫かと訊いてるんだろう。マルタ島は敵地と認識してたが、人は親切だ。
「わからないけど、助かった。ついでに裁判所を教えてくれ」
「saibansio? De que hablas?」
通じてないみたいだ。困り顔で首をひねってる。妙な子供が変なことを訊いてる。みたいな。到着した騎士らも、子どものやることだと、呆れてる。
「裁判所だよ裁判所。知らないか。”さい ばん しょ”」
|共通語<サビール語>で裁判所はどういうのか。わからない。知る由もないのでこんなときは日本語だ。伝わる気はしない。自棄である。
「No estara diciendo "Galiano"?」
うーん。母音的に合ってるようだが。俺の天秤は合ってないほうに傾いてる。
もういい。それでいい。どうでもいい。
「それはどこだ?」
「Sera un sacerdote de Hagar Qim?」
「El sacerdote de aquella ruina?」
方角が知りたい。わかってもらうおうと、指を立てあちこち向けてみた。男たちが揃って山を指さす。太陽の位置から判断すると、南西の方角。
ふと。腕を見れば腕時計があった。忘れてた。タイムゾーンは東京のまま。時計は夜の7時だ。せっかくなので海外時間を合わせておこう。どこが近いんだ。フロリダ? シドニー グリニッジ? お『バレッタ』があった。ジャストだな。これはいい。
「わかったありがとう!」
「Torna sulla nave!」
騎士たちに行く手を遮られた。こいつらは、俺を船に戻しにきたんだったな。とり囲まれた股の下を、ひょいっと潜り包囲網を軽くくぐり抜けた。舐めきってるからそうなる。障害にもならない。
「Questo moccioso!」
久しぶりに固い地面。揺れない陸地はいいもんだ。どこかに捉まらなくても真っすぐ進める。
「やば……よ、と、とっ」
足がもつれて転びそうになるが、どうにか耐えて、山を目指し駆ける。待ってろよアリアナ。
「Non scappare, aspetta!!」
待てと言ってる気がする。誰が待つか。
石作りの町。山を目指すから必然的に坂を上がる。硬く整備された道は、踏みしめただけのあぜ道になり、獣道になり、道そのものが見当たらくなった。
騎士は追ってこなくなった。あきらめのか。革であろうと鎧は重いし坂はきつい。山に逃げた子供なんぞ捕まえる価値がない。追ってこない理由は知らんけど。助かった。
そして3時間が過ぎた頃。
「完全に迷った……」
深い森の中。木々に邪魔されて、方角がわからない。時計は夕方なのに、あたりは暗い。日本の森より低く、樹木の高さは最大でもせいぜい2mなんだが。ちっこい俺には見通しにくい。巨木のジャングルだ。
道が無いのがイタイ。マルタは島。限られた面積は狭いに決まってる。なのにまだ山の天辺にたどりつけない。岩がゴロゴロだ。起伏に阻まれて、谷と山をうろうろしてる。方向はわかってるけど、そっちにいけない。非常にもどかしい。
「追ってこないはずだわ。山で迷った子供は死ぬ」
グゥ~。
「腹がへった」
船には、3度の食事があった。少量のパン。固い肉。ウジがついたクッキー。ロクな食い物がなかったが、空腹はしのげた。船に志願する人の気が知れなかったが今はわかる。食の心配がない。
「ネロ」
魔法で出した水で空腹をごまかす。すっかり慣れてしまった水魔法。詠唱は短い。唱えなくてもいいんだが、言葉に意思をこめると、応用が効いた。言霊があるのか。自在度が上がる。水のマットレスには何度も救われた。
振り返った木々の間から港が見える。夕日に染まる海が目に染みる。きれいだ。ちくしょう。
「夜はマズイな。熊とか狼とかいるかもしれないし。早く郷に到達したい」
こうなればあれしかない。船を騒がせた必殺技。火魔法だ。森がどうなろうと知ったことではない。環境に喧しい令和じゃないんだ。草を踏みしめ枝をかき分けて、広めのゾーンを見つける。ラジオ体操で人にぶつからないくらいは広い。
えーと呪文はたしか……。
「フローガ」
掌から10センチ前。ソフトボール大の火球が生まれた。こいつはここが定位置。船倉ではビックリして、側にあった|衣装の束<引火物>に擦りつけ、小火騒ぎになった。
別に熱くはない。燃え移ると熱を感じるようだ。実に不思議だ。手を動かすと、一緒についてくる。このままほっといたらどうなるのか。消えるのか、発射されるのか、魔力的なものが枯渇するまで、燃え続けるのか。
あ。消えた。
「30秒くらいか。疲労感はない。使い勝手がいいんだか悪いんだか。もう一回だ。フローガ」
火球が生まれた。腕を動かすと着いてくる少しだけ早く動かしてもついてくる。もっと早く強くく動かしてみよう。投げる動作ならどうだ。ここは小さな巨人フォームのアンダースローで……。
「やった離れた! 熱っち!!」
火球は手から離れたとたん足元の草むらに引火。火は草木を飲み込みながら広がっていく。セーフティゾーンが一瞬にしてデッドゾーン。山火事を起こす勢いである。
すごいな俺の魔法。
「感心してる場合か。み、水、水。ネロ、ネロ、ネロ!!」
自分の魔法で死ぬとか。お粗末な死に方。ご先祖に合わせる顔がない。ここに先祖はいないと思うが。
水魔法で水を作る。両手を広げ左右の掌から、猛烈な噴射水を吐き出す。消防放水のイメージで遠く強く。近くは消火。遠くは延焼防止。
火の色が確認できなくなったが、しばらく水を出し続けた。頭がくらくらしてきた。魔力が固結する兆候だが、ぶっ倒れるわけにはいかん。消防署の一日署長をやったことがある。消防士が言ってた。消したつもりが再燃して燃え広がことがあると。火事は恐ろしい。
「消火できた、か?」
フラグっぽいセリフと吐きながら水魔法をストップ。よし。なんとか消えたようだ。水に溶けた灰で地面はぐちゃぐちゃだが。
すっかり夜になった。だが、結構な範囲が燃えたせいで、歩く障害はなくなった。月灯りで見通しも良い。
少し歩くと山の頂上に着く。斜面の反対側が見下ろせた。ぽつぽつと灯りがあった。規模は小さいが港町。
「こっちも海か。当たり前に島だな」
島が小さいのでどっちの海が見える。日本海側から山を上ったら太平洋が見えたら、こういう気分かもな。町外れに重厚な何かがある。目指す裁判所かもしれない。
相変わらず斜面だが今度は降りだ。獣道が現れ、やがて硬い道になる。上ったときと逆順で。あちこち痛い。なにか棘で手足が傷だらけ。麓に着いたら腰を下ろしたい。
「アルゴー号より寝れるかもな。寝るつもりはないが」
あの船は4時間づつの3交代だった。囚われの身になったペトラ号は、好きな時間寝れたが、臭いやら騒がしいやらで寝た気がしなかった。
思えばベッドが懐かしい。スローライフはどこへやらだ。たかが野宿で嬉しくなるとはな。シーリーのベッドでないと寝られなかった生前がウソみたいだ。一向に始まらない安定を願う自分に苦笑しかない。
一時でも安げる場を期待しなががら山を下っていった。




