01-34 魔女の審問1 ー 我々は教えることによって学ぶ
私が案内、いや、引っ立てられたのは裁判所じゃなく、町から離れた小さな建物だった。造りは同じく石造り。だけど、じめじめしてて埃っぽいのが外からもわかる。宿だとしたら、お金をもらっても泊まりたくない。
「連れてきたぞ」
扉を開ける。部屋の真ん中にぽつんと小さなテーブル。一本だけのロウソクが燭台で揺れる。入り口でためらう私の背中を、騎士が乱暴に押した。
中には男が一人だけ。手を出し何かを渡す。騎士が受け取り無表情にうなずく。それから扉を締めていなくなった。
灯りがか細くうす暗い。壁に十字教の印が掘られた。私は胸の前で十字を切った。
「ようこそアリアナ嬢。立ってないでかけな」
男は40代ほど。身なりは良い。くぼんだ目元がやけに暗く、ほほ笑んだ顔が気味悪い。言われるがまま椅子に座った。小さなテーブルに男と差し向かいになる。
「あなたは誰? 異端審問って聞かされたんだけど裁判所じゃないわよね」
「予算は限られてる裁判は時間と人手がかかる。裁判官はまじめで気にならないようだが、結果の知れてる法廷を開くなんざ無駄の極みさ。そんな無駄を減らすのが俺の仕事」
「予算削減ね。わからなくもないわ」
商人は売ってなんぼ。そには買い付けのお金がいる。人を集めるにもお金だ。先行した投資は、利益が出るまで回収できない。船が沈みでもしたら丸損。祖父はいつでも出費に頭を悩ませた。
「わかってくれて嬉しいね。俺は異端審問員のドロテオ。異端審問員が何かは知ってるか?」
「知り合いにいないわね」
「ふふ。たいていそうだ。皆、お近づきになりたくないらしい。予算削減職ってのは俺流の解釈だが、カンタンに言うと、十字教の教えに反するヤツと話をする仕事だ。『反する』といってもいろいろあるな。解釈が違うと叫ぶヤツ。不正を糾弾しようとする輩。宇宙の中心が地球でないと吹聴するゲス。高度になるほど専門の担当がいる」
ドロテオは、言葉を切ってから目を細めた。
「これからあんたを尋問する」
「私のことを尋問」
言葉が耳に刺さった。カストの荷物を取り戻す裁判では私は証人だった。今度呼ばれたのも、あんなふうな、傍で観覧するような立場だろって、楽観してた。
魔女裁判の事前尋問なら、私個人の取り調べだ。尋問。その意味が、お腹に重くしみ込んでいく。
「そうかまえるな。真実を吐けばすぐ終わる。ウソをつけば長く苦しむ」
「ウソなんかつかないわ。言う必要もない」
「いいねいいね。それじゃ始めよう。クリマコ」
「え、なに! きゃ!」
後ろから手が伸びてきて驚く。ほかに人がいたなんて、暗くてわからなかった。椅子に抑えつけられる。へんなとこ触られた! シロウにも触らせてない。
「げへへ。ガキのくせに良い胸して」
「たいがいにしとけ」
「へいへい。げへへ」
あっというまに縄で縛り付けられる。両手は動くけど、足と胴は椅子に固定。立ちあがることができない。
「テーブルに右手を出して指を広げろ」
「なんでそんなこと」
「出せ!」
逆らえばなにをされるかわからない。両手を出してテーブルの端に置くと、クリマコに手首をつまれた。テーブルの真ん中引っ張りだすと、5本の指を力づくで開かされた。背後の壁でドロテオの影が不気味に揺れた。
「な、何をする気」
「準備さ。では最初の質問」
指を一本立てた。
「お前は魔女か」
「ちがうわ」
「ちがう、ね。魔女は口を揃えてそう言う。正直に吐いたほうがいいのにな」
男がナイフを取り出した。指先でくるりと弄んだそれを、ぞんざいに指の隙間に突き振り下ろした。息を飲み、とっさに手を引こうとしたが、抑えられて動かない。ナイフは人差し指と中指の間。数ミリずれたら指が切れていた。
「な……っ」
産毛という産毛が逆立つ。背中に冷たい汗が流れる。
「正直者になるまじないさ。魔女です言いたくなったか」
「そんなわけないでしょ……魔女じゃない」
私は全力でにらみ返す。
「強い女だな。いったん置いて二つ目だ。何故マルタ島に来た」
「何故って。ガレー船が拿捕したからでしょう」
「聞いてる。ベネチアに行くはずが迷ってマルタに近づいたと。だが。船長のカストは、はっきり、マルタへ寄港する予定と証言してる。辻褄が合わない」
「カストにとってはそうなんでしょうね。私は船に乗り合わせただけよ」
「偶然。港で船を乗り換えたが。それを偶然と」
「偶然よ。ペトラ号に移れって旗艦長が決めた。アルゴー号にいたかったのに……な」
冷たい無表情で、ドロテオはナイフを倒けた。人差し指に刃先が食い込む。血が滲みだす。肌が薄く切れたみたいだ。掌が液体で生温かい。
「密航したそうだな」
「……うっ」
声が漏れる。けども、自分に起こっていることなのに実感がない。劇の観客のようにテーブルを見つめていた。
「普通はわめいて手を引っ込めるもんだ。薄気味悪い女だ」
あなたもね。薄気味悪いわ。
時間が立つにつれ、ジンジン、痛みが湧いてきた。紛れもなく自分に起こってることだ。人連れに聞いた魔女裁判。その矛先が、この私に向けられてる。しかもそれは始まったばかり。
「男所帯に、身の危険も省みず女一人で乗り込んだ。お前はマルタ島に行く企てを知ってた。ダニーロスの旗艦に忍び込むはずが、手違いで別になる。慌てたお前は、目立つ行動で、船団中に知れ渡るように計らった。女だてらにマストに昇りゃ噂は早い。結果は的中。見事なもんだ」
誰から聞いたか知らないけど。そんなバカなはずないでしょう。何を言ってるのよこの男は。怒鳴り散らしたいけど、口が開かない。なぜ。
「十字教の聖地に来た目的は? 東正教は悪魔に取り込まれたか。悪魔を呼び出してここを滅ぼすのか」
「尻尾は生えてないようだぜ。げへへ」
バカなことをいうな。お尻を触るな。怒りと恥ずかしさで、怒鳴り散らしたい。でも声が出ない。
「……ぅ」
そうか。
恐怖で体が固まってる。私、怖がってるんだ。
「おお怖わ。魔女様は肝が据わっておられる。サバトでの立場は上位か。教えてくれ。悪魔のアレって、太くて立派か? 人間の男より良いもんかい?」
「げへへ」
サバト。悪魔と魔女だけの謎パーティのことだ。人里離れた夜の森や山で、乱交に耽ったり幼児を食らったりする秘密集会とか。魔女はハダカで箒にまたがり悪魔のお尻にキスをする。背中を合わせて狂ったように踊りまくる。
秘密会議は、魔女の人以外はみたことない集会だ。矛盾だけどみんなが知ってる。そのサバトに参加したって疑われてる。知りもしない場所に行けるわけないのに。
どうしよう。こんなときどうしたら。
お父様はこんな場合、船乗りは笑ってごまかすって言ってた――それは違うわね。
お爺さまなら? ゲスな男をあしらう方法を言っていたような。思い出せ。
『顎をあげろ。冷たい目でにらんでやれ。美人の冷視線ははことのほか効くもんだ』
顎をあげた。あんたなんかおよびジャナイって。つんと澄ましてやった。
でも、とっくにさっきから睨んでる。顔も目も固定されたように動かないけど、これで目いっぱい澄ました顔だ。効いてる?
「なんだ? ハエでもいたか?」
男の表情は変わらない。ひるみなんて一片も見当たらない。
役に立たないじゃないの、お爺様!
「クリマコやれ」
「おう。まってたぜ」
いったんナイフが外される。お腹を縛ってる紐が外された。
「ほどいてくれるの。ありがと」
ほっとしたのも一瞬。襟元に手が掛けられる。嫌な予感。
「なにするの。いや、放して。いやだって!」
抵抗腕を組んで逆らったけど、大人の男には歯が立たない。
私は服を脱がされてしまった。
「ほうほう。思った通りですなドロテオさん。げへへ」
「うむ形のいい胸だ。悪魔が手もみで整えたようだな」
強引に手をテーブルに戻された。胸を隠すこともできない。ロウソクの灯りで、私の双丘が影を作った。
「……あなた。死んだときは天国に呼ばれないわよ」
「魔女の分際で天国を語るなっ」
いきなり頬をぶたれた。
「魔女が尋問官にモノ申すな。女のくせにたてつくな! このっこのっ」
平手打ちが連発される。天国にいけない、つまり地獄に落ちることは、十字教にとって最悪の事態。信奉する者には強い侮辱の言葉だ。
「ど、ドロテオさん。あんまりやっちまうのは」
「かまわん。どうせ死刑になる女だ」
「裁判長は良い顔しないぜ」
「お前は誰の味方だ。魔女か」
「わかった、わかった。そうやって取り乱す性格だから。左遷されたんですぜ」
「なんだと!」
「なんでもねーすよっ」
私の頬は真っ赤に腫れてると思う。でも、叩かれたおかげで少し冷静になれた。この男は頭が悪い。脅しは雰囲気だけ。裏付けがない。
「あ、あなた。ドロテオって言ったわね」
「なんだ。話す気になったのか。お前は自分が魔女と認めるか」
「これは裁判前の尋問だって。言ったわね」
「言ったな。それがどうした」
「裁判なら証拠がいるでしょう。さっきから妄想と想像ばかりだわ。密航したのは事実だけど、方法はわかってるのかしら」
「樽に潜んでたんだろ。飛ぶ樽にまたがって船に乗りこんだ」
「魔女が乗る道具といえば、普通は箒よね?」
「当たり前だろ」
「それなら樽は? 空でも重いわよ。箒よりもずっと重い。魔女は樽に乗って飛ぶなんて記述が聖書にあるのかしら」
「む……とある聖人の解釈に魔女が飛ぶとある。箒である必要はない」
「そらならドロテオは飛ぶ魔女をみたことがあるのかしら。私が樽に乗って飛ぶのを誰かが見ていたの? それは誰? 名前をいいなさい?」
「チッ」
ドロテオは、いちいちこっちの話に応じる。やりやすい相手だ。いまいましそうに唇を噛んでるが、無視よりマシ。言葉が通るなら、この場をやり過ごせるかもしれない。望みはある。
「ぬ、塗り薬を作ったそうだな。傷が癒えたというがまやかしにきまってる」
不利とみて話を変えてきたわね。良い兆候だわ。
「お爺様が旅商人に教えてもらったやり方よ。今は広がってアイワルクじゃ子どもだって作れる。あなたは大人なのに作れないの」
「治療は祈り、または四体液説に基づく治療しか認めてない。傷や病の治りは神の奇跡だ。治らず死ぬならそれが定めだ。この、異端者が!」
「魔女。異端。なにかいえばそればかり。ねえ。サバトってどこにあるの? 女の足で山なんか入ったら遭難して死ぬわよ。それにマルタは狭い島よね。いったいどこに人目につかない場所があるのよ」
ガツン。手の甲にナイフを突き立てられた。
「あぐっ!」
「出まかせをべらべらうるさいウソつきが! お前は処刑! 裁判なんかいらん」
火に油を注いだ。こんなに激高しやすい男だとは見当が狂った。
クリマコは、ヘンタイだ。シャワーを浴びてない私の匂いを嗅ぎながら。「こうなったら手がつけられねぇ」って匙を投げてしまった。
シロウだったらどうする。こんなとき彼なら。
『体の力を抜いて逆に相手の力を利用する。どんな屈強な男でも関節の向きは同じだぞ』
役立ちそうもなかった。




